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3.5 エミリーの回想
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「お嬢様を不安にさせるとは……。ガキが」
十年前、私が七歳だった頃、エミリーという偽名を与えられた私は、リア・アリソン・アンクタンの専属メイドとしてこの屋敷で働き始めた。当時の私はエルランジェ家に仕える暗殺者であり、エルランジェ家が私に期待したのは、リア様の排除だった。
ようは、娘のマリエルを王子殿下の婚約者に、という政治的駆け引きの一環だ。バービニエ王国では毒を使用すれば死罪が待っているので、こういった暗殺に使われるのは私のような消耗品だった。
『あなたは消耗品なの。どうせ未来がないゴミだけど、もし毒を使ったのがバレずに戻ってこれたら、一生遊んで暮らせるだけのお金をあげるわ』
――エルランジェ家のマリエルお嬢様が嘲笑混じりに言っていた言葉を、私は子供ながらに嘘だと判断していた。私のことを信用せず、初めから成果も期待していなかった。私は、自分ができる女だということを証明したかった。だから、リアお嬢様のこともすぐに始末してやろうと思っていた。だけど……。
――そう、私にはできなかった。
「あなたが私の専属メイドなのですか? 専属ということは、すごく仲がいいということですよね? 私のとっておきのお菓子、あげますね?」
「あの、お嬢様……? 私は使用人ですので……」
「ああ、この娘の言うとおりにしてくれて構わないから。私の娘は少しオツムが弱くてね。妹のロザリーの方は優秀なんだが、姉の方は見た通りなんだよ。まあ、問題を起こさないように見守ってくれさえすれば給料は出すから」
こう言ってはなんだが、リアお嬢様は私と同じなんだなと感じてしまった。
彼女は、実の父親から信用されず、誰からも期待されていない令嬢だった。
(どうして、この人は誰からも期待されず笑っていられるんだろう)
もっとリア様のことを知ってみたいと思った。
その日からは、私は四六時中お嬢様に付き従って、一緒に過ごすようになった。
お嬢様は自分より3つ年上の私を、「姉ができたみたいです」と喜んでいた。
しかし、サミュエル侯爵はそれが気に入らないという顔をしていた。
「……貴族と平民を一緒くたにするなんて。顔以外は全て駄目だな」
侯爵が吐き捨てるように。お嬢様に聞こえるように舌打ちまでする。
それでも、お嬢様はめげずに笑っていた。
「私は馬鹿ですけど、頑張ってるんです」
(ああ、お嬢様はいつでも笑顔を絶やさないように……)
お嬢様が泣くのは決まって自分の部屋の中だけだ。
勉強も、礼儀作法も、お嬢様は必死に他の令嬢についていこうと努力されている。
しかし、結果が出るのはいつも遅かった。その成果も微々たるもので、彼女が他者から評価されることはなかった。
「私、ダメダメですね」
「旦那様は八つ当たりをされているだけです」
――サミュエル様は妹のロザリーの方を王子殿下の婚約者にと考えていた。しかし、実際に婚約者を決める為のパーティで声を掛けられたのは、リア様の方だったらしい。殿下の婚約者になってから、お嬢様の教育係は十数人に膨れ上がった。専属の家庭教師を新たにつけられたのだ。ただでさえ教養やマナーの修得に苦慮されていたお嬢様なのに、殿下の婚約者に選ばれたことで、今まで以上の重圧が掛かるようになってしまった。
神様は不公平だ。心優しく誰にでも平等に接するお嬢様に、令嬢としての不平等を与えられた……。
「少し、庭園を歩いてきます」
「お嬢様、今日は土砂降りですよ」
「誰もいないこんな日だから、歩いてみたいのです」
こんな日に外に出たら、また非常識だと旦那様から小言があるだろう。
だけど、リア様は今外に出たいんだ。
「行きましょう。お嬢様」
「そう言ってくれるのね」
傷ついたお嬢様と一緒に庭園に出る。
私は彼女が濡れないよう傘を差し出す係だけど、主の肩は濡れてしまっている。
「申し訳ありません。私が大柄な男なら、もっと大きな傘が持てたのですが」
「私、ずっとお姉様が欲しかったんです。だから、エミリーはエミリーのままでいいと思います」
「私は平民ですよ?」
「関係ありません。私はいつも一緒にいてくれる、優しいエミリーが好きなんです」
「……ありがとうございます。優しいお嬢様」
お嬢様が立ち止まって、目をつむる。
そうしているとまるで精霊のようだと思った。
お嬢様に厳しい旦那様も、リア様の美しさにだけは、一度もケチをつけたことがない。この人は、本当に綺麗だ。身体も、心も……。こう言っては何だが、彼女が一番に生かせる才能は容姿なのかもしれない。だったら、私は従者としてお嬢様に特別な知識を――
「何か聞こえますよ」
「……お嬢様?」
「子猫の鳴き声です!」
お嬢様は私が止めるのも聞かず、傘の外に向かって走り出してしまった。
「お嬢様、風邪を引かれたら大変です!」
「でも、子猫の鳴き声みたいなんです!」
お嬢様は泥のなかで蹲る毛玉を発見して、ドレスが汚れるのも気にせずそれを腕の中で抱きしめられた。
(……誕生日に買ってもらった、元気が無いときに着るお召し物ですよね。ずっと大切にされていたものですよね?)
「かわいそう。震えてる。助けてあげないと……」
(なぜ、あなたは、自分が苦しみ、もがいているなかでも、他者に手を差し伸べられるのですか?)
いつか、本当のお嬢様を知る方に守っていただいて欲しい。
私はそう願わずにはいられなかった。
…………王子については見極めが必要だ。
もし、お嬢様にとって害となる方なら。
あの日使わなかった毒は、大切にしまってある。
十年前、私が七歳だった頃、エミリーという偽名を与えられた私は、リア・アリソン・アンクタンの専属メイドとしてこの屋敷で働き始めた。当時の私はエルランジェ家に仕える暗殺者であり、エルランジェ家が私に期待したのは、リア様の排除だった。
ようは、娘のマリエルを王子殿下の婚約者に、という政治的駆け引きの一環だ。バービニエ王国では毒を使用すれば死罪が待っているので、こういった暗殺に使われるのは私のような消耗品だった。
『あなたは消耗品なの。どうせ未来がないゴミだけど、もし毒を使ったのがバレずに戻ってこれたら、一生遊んで暮らせるだけのお金をあげるわ』
――エルランジェ家のマリエルお嬢様が嘲笑混じりに言っていた言葉を、私は子供ながらに嘘だと判断していた。私のことを信用せず、初めから成果も期待していなかった。私は、自分ができる女だということを証明したかった。だから、リアお嬢様のこともすぐに始末してやろうと思っていた。だけど……。
――そう、私にはできなかった。
「あなたが私の専属メイドなのですか? 専属ということは、すごく仲がいいということですよね? 私のとっておきのお菓子、あげますね?」
「あの、お嬢様……? 私は使用人ですので……」
「ああ、この娘の言うとおりにしてくれて構わないから。私の娘は少しオツムが弱くてね。妹のロザリーの方は優秀なんだが、姉の方は見た通りなんだよ。まあ、問題を起こさないように見守ってくれさえすれば給料は出すから」
こう言ってはなんだが、リアお嬢様は私と同じなんだなと感じてしまった。
彼女は、実の父親から信用されず、誰からも期待されていない令嬢だった。
(どうして、この人は誰からも期待されず笑っていられるんだろう)
もっとリア様のことを知ってみたいと思った。
その日からは、私は四六時中お嬢様に付き従って、一緒に過ごすようになった。
お嬢様は自分より3つ年上の私を、「姉ができたみたいです」と喜んでいた。
しかし、サミュエル侯爵はそれが気に入らないという顔をしていた。
「……貴族と平民を一緒くたにするなんて。顔以外は全て駄目だな」
侯爵が吐き捨てるように。お嬢様に聞こえるように舌打ちまでする。
それでも、お嬢様はめげずに笑っていた。
「私は馬鹿ですけど、頑張ってるんです」
(ああ、お嬢様はいつでも笑顔を絶やさないように……)
お嬢様が泣くのは決まって自分の部屋の中だけだ。
勉強も、礼儀作法も、お嬢様は必死に他の令嬢についていこうと努力されている。
しかし、結果が出るのはいつも遅かった。その成果も微々たるもので、彼女が他者から評価されることはなかった。
「私、ダメダメですね」
「旦那様は八つ当たりをされているだけです」
――サミュエル様は妹のロザリーの方を王子殿下の婚約者にと考えていた。しかし、実際に婚約者を決める為のパーティで声を掛けられたのは、リア様の方だったらしい。殿下の婚約者になってから、お嬢様の教育係は十数人に膨れ上がった。専属の家庭教師を新たにつけられたのだ。ただでさえ教養やマナーの修得に苦慮されていたお嬢様なのに、殿下の婚約者に選ばれたことで、今まで以上の重圧が掛かるようになってしまった。
神様は不公平だ。心優しく誰にでも平等に接するお嬢様に、令嬢としての不平等を与えられた……。
「少し、庭園を歩いてきます」
「お嬢様、今日は土砂降りですよ」
「誰もいないこんな日だから、歩いてみたいのです」
こんな日に外に出たら、また非常識だと旦那様から小言があるだろう。
だけど、リア様は今外に出たいんだ。
「行きましょう。お嬢様」
「そう言ってくれるのね」
傷ついたお嬢様と一緒に庭園に出る。
私は彼女が濡れないよう傘を差し出す係だけど、主の肩は濡れてしまっている。
「申し訳ありません。私が大柄な男なら、もっと大きな傘が持てたのですが」
「私、ずっとお姉様が欲しかったんです。だから、エミリーはエミリーのままでいいと思います」
「私は平民ですよ?」
「関係ありません。私はいつも一緒にいてくれる、優しいエミリーが好きなんです」
「……ありがとうございます。優しいお嬢様」
お嬢様が立ち止まって、目をつむる。
そうしているとまるで精霊のようだと思った。
お嬢様に厳しい旦那様も、リア様の美しさにだけは、一度もケチをつけたことがない。この人は、本当に綺麗だ。身体も、心も……。こう言っては何だが、彼女が一番に生かせる才能は容姿なのかもしれない。だったら、私は従者としてお嬢様に特別な知識を――
「何か聞こえますよ」
「……お嬢様?」
「子猫の鳴き声です!」
お嬢様は私が止めるのも聞かず、傘の外に向かって走り出してしまった。
「お嬢様、風邪を引かれたら大変です!」
「でも、子猫の鳴き声みたいなんです!」
お嬢様は泥のなかで蹲る毛玉を発見して、ドレスが汚れるのも気にせずそれを腕の中で抱きしめられた。
(……誕生日に買ってもらった、元気が無いときに着るお召し物ですよね。ずっと大切にされていたものですよね?)
「かわいそう。震えてる。助けてあげないと……」
(なぜ、あなたは、自分が苦しみ、もがいているなかでも、他者に手を差し伸べられるのですか?)
いつか、本当のお嬢様を知る方に守っていただいて欲しい。
私はそう願わずにはいられなかった。
…………王子については見極めが必要だ。
もし、お嬢様にとって害となる方なら。
あの日使わなかった毒は、大切にしまってある。
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