冷酷な王子がお馬鹿な私にハマり過ぎて婚約破棄できなくなってることを周りは誰も知りません※R15

みかん畑

文字の大きさ
4 / 29

3.5 エミリーの回想

しおりを挟む
「お嬢様を不安にさせるとは……。ガキが」

 十年前、私が七歳だった頃、エミリーという偽名を与えられた私は、リア・アリソン・アンクタンの専属メイドとしてこの屋敷で働き始めた。当時の私はエルランジェ家に仕える暗殺者であり、エルランジェ家が私に期待したのは、リア様の排除だった。

 ようは、娘のマリエルを王子殿下の婚約者に、という政治的駆け引きの一環だ。バービニエ王国では毒を使用すれば死罪が待っているので、こういった暗殺に使われるのは私のような消耗品だった。

『あなたは消耗品なの。どうせ未来がないゴミだけど、もし毒を使ったのがバレずに戻ってこれたら、一生遊んで暮らせるだけのお金をあげるわ』

 ――エルランジェ家のマリエルお嬢様が嘲笑混じりに言っていた言葉を、私は子供ながらに嘘だと判断していた。私のことを信用せず、初めから成果も期待していなかった。私は、自分ができる女だということを証明したかった。だから、リアお嬢様のこともすぐに始末してやろうと思っていた。だけど……。

 ――そう、私にはできなかった。

「あなたが私の専属メイドなのですか? 専属ということは、すごく仲がいいということですよね? 私のとっておきのお菓子、あげますね?」
「あの、お嬢様……? 私は使用人ですので……」
「ああ、この娘の言うとおりにしてくれて構わないから。私の娘は少しオツムが弱くてね。妹のロザリーの方は優秀なんだが、姉の方は見た通りなんだよ。まあ、問題を起こさないように見守ってくれさえすれば給料は出すから」

 こう言ってはなんだが、リアお嬢様は私と同じなんだなと感じてしまった。
 彼女は、実の父親から信用されず、誰からも期待されていない令嬢だった。

(どうして、この人は誰からも期待されず笑っていられるんだろう)

 もっとリア様のことを知ってみたいと思った。
 その日からは、私は四六時中お嬢様に付き従って、一緒に過ごすようになった。

 お嬢様は自分より3つ年上の私を、「姉ができたみたいです」と喜んでいた。
 しかし、サミュエル侯爵はそれが気に入らないという顔をしていた。

「……貴族と平民を一緒くたにするなんて。顔以外は全て駄目だな」

 侯爵が吐き捨てるように。お嬢様に聞こえるように舌打ちまでする。
 それでも、お嬢様はめげずに笑っていた。

「私は馬鹿ですけど、頑張ってるんです」

(ああ、お嬢様はいつでも笑顔を絶やさないように……)

 お嬢様が泣くのは決まって自分の部屋の中だけだ。
 勉強も、礼儀作法も、お嬢様は必死に他の令嬢についていこうと努力されている。
 しかし、結果が出るのはいつも遅かった。その成果も微々たるもので、彼女が他者から評価されることはなかった。

「私、ダメダメですね」
「旦那様は八つ当たりをされているだけです」

 ――サミュエル様は妹のロザリーの方を王子殿下の婚約者にと考えていた。しかし、実際に婚約者を決める為のパーティで声を掛けられたのは、リア様の方だったらしい。殿下の婚約者になってから、お嬢様の教育係は十数人に膨れ上がった。専属の家庭教師を新たにつけられたのだ。ただでさえ教養やマナーの修得に苦慮されていたお嬢様なのに、殿下の婚約者に選ばれたことで、今まで以上の重圧が掛かるようになってしまった。

 神様は不公平だ。心優しく誰にでも平等に接するお嬢様に、令嬢としての不平等を与えられた……。

「少し、庭園を歩いてきます」
「お嬢様、今日は土砂降りですよ」
「誰もいないこんな日だから、歩いてみたいのです」

 こんな日に外に出たら、また非常識だと旦那様から小言があるだろう。
 だけど、リア様は今外に出たいんだ。

「行きましょう。お嬢様」
「そう言ってくれるのね」

 傷ついたお嬢様と一緒に庭園に出る。
 私は彼女が濡れないよう傘を差し出す係だけど、主の肩は濡れてしまっている。

「申し訳ありません。私が大柄な男なら、もっと大きな傘が持てたのですが」
「私、ずっとお姉様が欲しかったんです。だから、エミリーはエミリーのままでいいと思います」
「私は平民ですよ?」
「関係ありません。私はいつも一緒にいてくれる、優しいエミリーが好きなんです」
「……ありがとうございます。優しいお嬢様」

 お嬢様が立ち止まって、目をつむる。
 そうしているとまるで精霊のようだと思った。

 お嬢様に厳しい旦那様も、リア様の美しさにだけは、一度もケチをつけたことがない。この人は、本当に綺麗だ。身体も、心も……。こう言っては何だが、彼女が一番に生かせる才能は容姿なのかもしれない。だったら、私は従者としてお嬢様に特別な知識を――

「何か聞こえますよ」
「……お嬢様?」
「子猫の鳴き声です!」

 お嬢様は私が止めるのも聞かず、傘の外に向かって走り出してしまった。

「お嬢様、風邪を引かれたら大変です!」
「でも、子猫の鳴き声みたいなんです!」

 お嬢様は泥のなかで蹲る毛玉を発見して、ドレスが汚れるのも気にせずそれを腕の中で抱きしめられた。

(……誕生日に買ってもらった、元気が無いときに着るお召し物ですよね。ずっと大切にされていたものですよね?)

「かわいそう。震えてる。助けてあげないと……」

(なぜ、あなたは、自分が苦しみ、もがいているなかでも、他者に手を差し伸べられるのですか?)

 いつか、本当のお嬢様を知る方に守っていただいて欲しい。
 私はそう願わずにはいられなかった。

 …………王子については見極めが必要だ。
 もし、お嬢様にとって害となる方なら。

 あの日使わなかった毒は、大切にしまってある。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

なりゆきで妻になった割に大事にされている……と思ったら溺愛されてた

たぬきち25番
恋愛
男爵家の三女イリスに転生した七海は、貴族の夜会で相手を見つけることができずに女官になった。 女官として認められ、夜会を仕切る部署に配属された。 そして今回、既婚者しか入れない夜会の責任者を任せられた。 夜会当日、伯爵家のリカルドがどうしても公爵に会う必要があるので夜会会場に入れてほしいと懇願された。 だが、会場に入るためには結婚をしている必要があり……? ※本当に申し訳ないです、感想の返信できないかもしれません…… ※他サイト様にも掲載始めました!

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

【完結】「お前とは結婚できない」と言われたので出奔したら、なぜか追いかけられています

22時完結
恋愛
「すまない、リディア。お前とは結婚できない」 そう告げたのは、長年婚約者だった王太子エドワード殿下。 理由は、「本当に愛する女性ができたから」――つまり、私以外に好きな人ができたということ。 (まあ、そんな気はしてました) 社交界では目立たない私は、王太子にとってただの「義務」でしかなかったのだろう。 未練もないし、王宮に居続ける理由もない。 だから、婚約破棄されたその日に領地に引きこもるため出奔した。 これからは自由に静かに暮らそう! そう思っていたのに―― 「……なぜ、殿下がここに?」 「お前がいなくなって、ようやく気づいた。リディア、お前が必要だ」 婚約破棄を言い渡した本人が、なぜか私を追いかけてきた!? さらに、冷酷な王国宰相や腹黒な公爵まで現れて、次々に私を手に入れようとしてくる。 「お前は王妃になるべき女性だ。逃がすわけがない」 「いいや、俺の妻になるべきだろう?」 「……私、ただ田舎で静かに暮らしたいだけなんですけど!!」

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

婚約者のことが大大大好きな残念令息と知らんふりを決め込むことにした令嬢

綴つづか
恋愛
――私の婚約者は完璧だ。 伯爵令嬢ステラリアの婚約者は、将来の宰相として期待されている筆頭侯爵令息のレイルだ。冷静で大人びていて文武にも長け、氷の貴公子などと呼ばれている完璧な男性。 でも、幼い頃から感情と表情が読み取りづらいのレイルの態度は、婚約者として可もなく不可もなく、ステラリアはどこか壁を感じていた。政略なこともあるが、引く手あまたな彼が、どうして平凡な伯爵令嬢でしかないステラリアと婚約を結び続けているのか、不思議で不安だった。 だが、そんなある日、偶然にもステラリアは見てしまった。 レイルが自室でベッドローリングをしながら、ステラリアへの愛を叫んでいる瞬間を。 婚約者のことが大好き過ぎるのに表情筋が動かな過ぎて色々誤解をされていた実は残念な侯爵令息と、残念な事実を知ったうえで知らんふりをすることにした伯爵令嬢のラブコメです。 ヒーローとヒロインのどちらかの視点で基本お話が進みますが、時々別キャラ視点も入ります。 ※なろうさんにも掲載しています。

処理中です...