無能と追放された結界師、三十路のおっさんですが17歳の辺境伯令嬢と婚約して人生逆転します

みかん畑

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野営

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 日が落ちる前に野営の準備に入った。

 街道から少し外れた林の縁。
 焚き火を中心に据え、騎士たちが周囲を確認する。
 獣人の少女はいつの間にか木の上に登り周囲を警戒していた。

 手慣れている者と、そうでない者の差ははっきりしている。

 子供たちは明らかに疲れていた。
 弟のユルが焚き火のそばで膝を抱え、時折、小さく咳き込んでいる。

「……寒いか?」

 声をかけると首を縦に振った。
 顔色が蝋のように白く、唇も少し青い。
 このままだとグランフォードまで保たない可能性もある。

「大丈夫です。僕は平気ですから」
「本当か?」
「大丈夫なので、置いていかないでください」
「そんな心配するな」

 ユルの頭を撫でてやる。

 騎士の一人が言った。

「可哀想だが、我々にできることは少ない。見守るしかないだろう」

 騎士が二人で手分けして配給を配り始める。
 確かに正論だが、それで済む話でもないだろう。

 俺は革袋を下ろし、簡単な調理の準備を始めた。
 干し肉と乾燥野菜。野営用としては、ごく普通の食材だ。

「……フィン?」

 リリカが近づいてくる。

「何をしてるの?」
「温かいものを作る。腹に入れば少しは違うだろ」
「この食材、どこから……」
「荷物持ちの名残だ。気にしないでくれ」

 料理は得意と言うほどじゃないが、冒険者をやっていれば嫌でも覚える。

 鍋に水を張り、火にかける。
 乾燥野菜を放り込み、干し肉を食べやすい大きさに刻む。
 鍋に肉を投入したところで、一瞬手が止まった。

 革袋の奥。
 小さな包みがある。

 中身は香辛料で、王都にいたときに買ったものだ。
 保存が効くし、売ればそれなりの金になる。
 次の仕事の当てもない今、正直、貴重品だ。

 だが、鍋の中を見て迷うのはやめた。

 布を解き、振り入れる。
 香りがふわりと立ち上った。

「……いい香り」

 焚き火の周囲の空気が変わる。

「皆、集まってくれ」

 俺は鍋を下ろしながら声をかけた。

 騎士たちがこちらを見る。
 子供たちも、亜人の少女も、鍋の匂いに釣られて近づいてくる。

「何を始める気だ?」とハインツが言う。

「温かいものがあった方がいいだろ」

 集まった連中の椀に注ぎ始める。

 最初に子供たちとリリカに。
 次に大人連中。
 最後に――

「お前もだ」

 遠巻きに様子を見ていた獣人の少女に、そう声をかける。
 一瞬、きょとんとした顔をした。

「……あたしも?」

 少し間を置いてから、彼女は静かに輪に入った。
 受け取った椀を見つめ、匂いを嗅ぐ。

「……人間の飯だと思った」
「人間も獣人も、腹は減るだろ」

 彼女は一瞬黙り込み、椀を受け取った。

「……変な人」

 全員が椀を手にし、焚き火の周りに座る。
 自然と会話が増え、最初は目も合わせなかった連中が談笑してる。

 ユルは少し震える手で椀を持ち、少しずつ口をつけていた。

「……あったかい」

 それだけ言って、ゆっくり飲む。
 兄のカイルは、何度もこちらを見て言葉を探しているようだったが、俺はあえて視線を逸らした。

 礼を言われるのは得意じゃない。

 食事が終わる頃には、場の空気が少し緩んでいた。
 焚き火の音と、静かな空気だけが残る。

 子供たちはそのまま眠りについた。
 夜が更け、起きているのは俺とリリカだけになる。
 交代で仮眠を取ることになったが、なぜかリリカは俺を相方に指名した。

 護衛の騎士が反対するが、リリカは聞かなかった。
 俺の方が彼らに申し訳ない気持ちになる。

「……さっきの香り」

 焚き火を見つめたまま、リリカがぽつりと漏らした。

「安いものじゃないんでしょ?」
「それは商人の勘か?」

 尋ねると、キョトンとした顔のあとに柔らかく微笑んだ。

「だって、フィンの手が止まってたから」

 気づかれてたと思い、罰が悪くなる。

「どうして使ってくれたの?」
「香辛料が欲しい。そういう気分だったんだ」
「…………」

 はぐらかそうとしたが、リリカの視線に押し負ける。
 俺は観念して打ち明けた。

「病人もいたからな。栄養をつけさせないと、何かあったら嫌だろ?」
「フィンって優しいね」

 リリカは隣で肩を並べて嬉しそうにしてる。

「やめてくれ。今回限りだ」
「誰かが困ってたら、きっとフィンは声をかける。ユルに話しかけたみたいに」

 怖いくらい純粋な娘だ。
 俺にできるのは予防線を張ることだけだった。

「おだてたって何も出ないからな」
「分かってる。ちょっと貧乏そうだもの」
「お前なぁ……」

 呆れるが、リリカが笑ってるので良しとする。
 しめっぽい空気よりはマシだろう。
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