無能と追放された結界師、三十路のおっさんですが17歳の辺境伯令嬢と婚約して人生逆転します

みかん畑

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 順調に攻略が進み、第三層に繋がる階段を発見した。

「ここまで重傷者を出さずに進むことができた。願わくば、このまま犠牲を出さずに帰還したいものだな」
「そうですね。向こうが大きく作戦を変えてこなければいいのですが」
「君は、迷宮にも意思があると?」
「分かりませんが、あってもおかしくはないかと」
「そうか。ならば、加減をしてもらえるよう頼んでみるか」

 クラウスの軽口に苦笑する。話して解決するなら冒険者はいらないな。

 第三層に降りた瞬間、空気が変わった。
 これは、白夜結界によって瘴気が管理されているときの感覚に近い。

(……空気が澄んでる?)

 前を歩く騎士が、周囲を見回す。
 松明の火が揺れ、粗い岩肌が照らされる。
 しかし、魔物の姿は一体も見当たらない。

「魔物が枯れたのか?」 
「俺たちが狩りすぎたんだろ」

 緊張で固まっていた喉がようやく動き出したように、騎士たちの声が弾む。

 拍子抜けするほど静かだ。

 一層、二層。群れで押し寄せた狼型の魔物も、虫型の魔物も、槍の列を崩せずに倒れていった。
 騎士たちの刃が通った。魔物の傷が塞がらなかった。
 それだけで、騎士たちは信じられないものを見る目をしていた。
 俺にとっては「当然」の現象でも、ここでは違う。

 勇気づけられた騎士たちは勇ましい。
 雑魚が何匹襲いかかってきたところで、今の彼らの敵ではないだろう。

 しかし、この異質なフロアは嫌な予感しかしない。

 瘴気が消え、空気が澄んでいるはずなのに背筋に冷たいものが走る。

(……これは、違う)

 瘴気は完全に消えたわけじゃない。
 一点に集まっている。

 結界の範囲を広げたところ、更に奥の方で浄化できる瘴気があった。

 通常、瘴気はフロア全体を満たしている。
 それが、一箇所に集まっているということは、一つの事実を示した。

(……フロアボスの生成)

 迷宮の奥。壁の向こう。さらに深いところ。
 氷柱のように研ぎ澄まされた瘴気がある。

「クラウス団長」

 俺は騎士団長の背に声をかけた。
 クラウスが振り向く。汗で濡れた額に、松明の光が反射した。

「どうした、フィン」
「部隊の撤退を進言します」 
「……撤退?」

 周囲の騎士たちがざわつく。

「どういうことだ。魔物はもういない。瘴気はもうなくなったんじゃないか?」

 クラウスが眉を寄せる。

「雑魚を作りすぎた。そうしたら勝てなかった。だから――。一体にまとめる。全部を。フロア全体、ありったけの瘴気を……」

 喉が乾く。冷たい汗が背中を伝う。

「迷宮がフロアボスを生成しています」

 誰かが息を呑んだ音がした。

「腕の立つ者を数名残して、残りは撤退させた方がいい。……じゃないと、大勢命を落とすことになります」

 フロアボスは戦闘の最中に成長する。
 敵を屠れば屠るほど、力を増すのだ。
 数で押す作戦は通じない。

 クラウスは沈黙した。
 その間に、騎士たちの間に不満が渦巻くのが分かる。

「冗談じゃないですよ」
「全員で掛かった方が有利なんじゃないか?」

 フロアボスとの戦闘経験がない者は、少数の方が勝率が高くなるという現実を肌で実感できない。

 だが、彼は迷わなかった。

「……全員聞け」

 鋼のような声が落ちる。

「もし、撤退命令に文句がある者がいれば、私に言え。フィンを信頼し、撤退命令を下すのは私だ」

 反発の空気が一瞬で引っ込む。

「ハインツ。レオン。お前たちは残れ」
「了解」
「……承知」

 俺の背後にいた二人が短く答えた。
 双璧。そう呼ばれる古参の騎士だ。
 旅の道中で見た背中は頼りになる。

「残りは負傷者から順に引け。二層まで戻って陣形を組み直せ。治癒と補給を優先」

 クラウスは俺に視線を向ける。

「フィン。君も退いてくれて構わない。後は私たちで何とかしよう」
「俺だって残りますよ。結界があればフロアボスを弱体化できる」

 俺を信頼してくれた彼を置いてはいけない。
 そんなことをして生き残っても嬉しくないからだ。

 それに、守りたい人だっている。
 今、ここでグランフォードの危険の芽を摘む。
 それが最善の選択肢だ。

 クラウスが口元を緩めた。
 
「……いいだろう。なら、四人で行く」

 撤退が始まる。鎧の音が遠ざかっていく。
 静まり返った迷宮の三層。俺たちは言葉もなく進んでいく。
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