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破局と始まり
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「ん? 誰だ君は。名乗りたまえ」
「ジュン・アルガスですよ、王子殿下」
「誰だ?」
(……また顔と名前が一致してない)
ジュン・アルガス辺境伯。
夜の闇を溶かしこんだような黒髪と、怜悧な眼差しが印象的な辺境伯だ。
私より二つ年上の彼は、成り上がりの貴族として悪い意味で有名だった。
数年前にあった戦争の際、隣国カルカトへ攻め入って功績を上げ、その時の褒美で現在の地位と占領した領土をそのまま貰い受けたらしい。
そんな彼だけど、その後は領主代行に仕事を押しつけて学園生を満喫しているともっぱらの噂だった。
私自身、どちらかといえば彼にはいいイメージを持っていなかったのだけど、まさかこうやって割って入ってくるとは思わなかった。
「殿下。現在のトリテ王国の平和は、我々のような辺境伯の献身があってこそのものです。それを名前すら憶えていないとは酷いですね」
「貴様、戦争屋の成り上がりか。高貴なる生まれである俺は、匂いで相手の生まれが分かるんだよ。貴様、少し口を慎んだ方が良いのではないか? 田舎者の辺境伯よ」
「あの、殿下……」
この人、本当にセンスがないわ。
この国では純粋な貴族が辺境伯になることはない。
この国において、辺境伯というのは占領した領地に無理やり領主を立てた場合に発生する成り上がり者を指す蔑称で、外様という意味合いが強い。
占領地の元代表や、占領した騎士団の代表を領主に立てた場合に発生する地位で、ジュン・アルガスの場合は後者であった。
確かに、殿下の言う通り、ジュン・アルガスが平民の成り上がりだというのは事実だ。
だけど、辺境伯なんて一番有事の際に負担が掛かるし、ともすれば裏切りの可能性だってある人たちなのに。
他の貴族がどれだけ辺境伯を侮り、馬鹿にしようと、王族だけは彼らを保護しなければならない。そうしなければ隣国に懐柔され、最悪は裏切られる可能性があるから。
国境が機能しなくなった国は悲惨だし、被害を被るのは領民だと思う。
仕方なく、私はジュンの為に声をあげた。
「殿下、今の発言は撤回すべきでは? あまりに無礼です。彼に爵位を授けたのは国王陛下なのですよ?」
「黙れリリナ。成り上がりの辺境伯風情に舐められては我々の沽券に関わる。それで、辺境伯の君がいったい何のようかね。俺は婚約者と重要な話し合いをしている最中なのだが」
「実は僕にも重要な話があるんですよ。この二年間、僕は嫁探しをしていまして」
ジュンと目が合う。
「リリナ嬢が僕のお嫁さんになってくれたら、嬉しいです」
はい……? 今、この辺境伯、なんて言った?
「ふ、ふざけるな! 侯爵令嬢と辺境伯で釣り合いが取れると思っているのか! なんと無礼で節操のない男だ! リリナ、君のことは妾として後宮に入れてやる。だから、変な気は起こさないように!」
「いえ、後宮に入るつもりはありませんが」
「意外と脈ありだ。言ってみるものですね」
「いえ、まだ決めてはいませんけど」
なんで結果的に二人の男から言い寄られてるんだろう。
私、殿下に婚約破棄された身の上ですよね。
そんなことを思っていると、ドレス姿の令嬢が駆け寄ってくる姿が。
また登場人物が増えるの?
今度は誰かしら。
「もう、殿下ったらいい加減にしてください! 殿下は私だけを愛するんでしょう!? 今さら妾を増やすなんてどういう了見ですか!」
「ウリア! 君は話には加わらず見守っていてくれると言ったじゃないか!」
ウリアと呼ばれた少女がプリプリしながら割って入ってきた。
あら、殿下ったらもう新しい女を引っかけてるんじゃないですか。
だったら、念書も書いてもらえるみたいだし構わないだろう。
さすがに、私より劣る婚約者を恋愛感情だけで婚約者にしたりしませんよね。
各国の要人からの手紙や殿下の裁量で承認できる書類だとか、そういった諸々の執務を手伝えるだけの知識は持った方なんですよね?
「殿下、執務の方ですが、私がいなくても回せるのですね?」
「……ああ、平気だろう。ウリア、お前は頭がいいはずだな?」
「それはもう。私、首席の座は譲りましたが学園の次席ですから」
「そういうことだリリナ。君はもう俺の婚約者の地位を失った。で、どうするんだ? このまま意地を張って全てを失うか? それとも、妾となって後宮に入るか?」
「殿下! ウリアだけを見てくれるって約束じゃ……」
「ウリア。王子である俺は、一人でも多く血筋を残したいんだよ。リリナは見てくれだけはいい。俺は彼女で我慢するのだから、君だって辛抱してくれ。俺が愛しているのはウリアだけなのだから」
この人、デリカシーの欠片もないな。
これから後宮に入れようという人の前で、正妻だけを愛するなんて普通言える?
散々私の人間性をなじっていた彼だけど、殿下も大概だと思いますよ。
「殿下。リリナ嬢の気持ちも考えるべきでは。彼女は殿下の妾になるつもりはないと仰っています」
そうだそうだ!
私は賛成の意を示す為、ジュンの腕を抱いた。
すると、殿下が烈火のごとく怒りだした。
「ふざけるな!!!! リリナは俺と一緒になれば幸福なんだよ! こんな辺境伯なんかに騙されるな! きっと内心ではリリナを抱きたいだけなんだ! そうに決まってる!」
殿下が顔を真っ赤にしてる怒るけど、怒りたいのはこちらの方だ。
一方的に婚約を破棄して、大勢の前で恥をかかせて、その上でまだ私を自由にできると思っているのなら頭が幸せすぎる。
平民に嫁ぐなんて考えたこともなかったけど、生まれなど関係なく、ジュン・アルガスの方が男として上等だと思う。彼は誰もが私を遠巻きに見守るだけで声すらかけられなかった中、ただ一人、果敢に私を守ろうとしてくれたのだ。
その一点だけでも、私にはジュンの腕を取る理由になる。
ピンチの時に助けに入ってくれない連中にどう思われようが構わない。
私はジュンでいいと思ったし、彼が私を欲しているなら構わないだろう。
「殿下の相手は疲れました。あとのことはウリアさんと好きにしてください」
「勝手な発言をするな! 王になるのは俺だ! その俺を敵に回して無事でいられると思っているのか!」
「脅迫ですか? あなたは独裁者にでもなるつもりですか」
「黙れ! 揚げ足を取るな!」
情けない。こんな男を支えようとしていたなんて。
「それと殿下、あまり声をあげると――」
「これは何の騒ぎだ」
事態の収集がつかなくなっていたところへ、陛下が現れた。
宰相と共に伝統ある卒業記念パーティに参列していた陛下は、王子に厳しい視線を向けた。
「遠目に見ていたが、何やらリリナと揉めていたようだな。お前がどうしてもというので私から頼み込んで結んだ婚約だったが、まさかお前から破棄したのではあるまいな」
「ええ、婚約者を選びなおす権利くらい私にもあるでしょう。私はウリア嬢を妻にします。その上で、リリナには後宮へ入っていただこうと」
「……お前の婚約は国の未来を占う。お前に選択権があるはずなかろう」
「父上! 私は未来の王として、国にとって正しい決断をしました! ウリア嬢はリリナより優秀な妻になってくれます! どうか、私たちの婚約を認めていただきたい」
「愚か者め。好きにしろ」
あっさりと、レギとウリアの婚姻が決まる。
あまりにあっさり決まってしまった為、レギは口をパクパクと間抜けに開閉している。
「……父上、本当によろしいのですか?」
「構わん。我々には女神ルナリアの加護がある。だが、リリナのことは解放してやれ」
「いえ、そういうわけには。私は彼女を側室に推薦していて」
「認めん」
「ち、父上?」
「異論は認めぬ。リリナは今日までよく愚息に尽くしてくれた。礼を言うぞ」
「とんでもございません。私が至らないばかりに婚約を破棄されてしまいました」
「リリナに一切の非はない。これからはジュンを支えるがよい」
あっさりと、私の婚約破棄と新たな婚約が決定した。
というか、王族が人前で罪を認めるなんて異例中の異例なんだけど。
もしかして、王としての面子よりも貴族の反発を警戒した?
それほどに、ジュンの今夜の発言は反発を買うものだったのだろう。
見れば、お父様と同じ派閥にいる貴族たちは殿……いやもう敬わなくていいか。
王子に剣呑な視線をやっている。
陛下はピリついた空気を察して、高度な政治的判断を下したのだろう。
しかし、今日の一件はすぐに噂として貴族社会に広まって、レギ王子の信頼を失墜させると思う。彼にとっては向かい風の日々が始まろうとしている。
「くっ! なんと愚かな……。意地を張って全てを失うとは! 絶対に君は後悔するよ」
私の予想だと絶対後悔するのはあなたの方なんですけど。
まあ、いっか。
私はもう自由だ。
猫を被るのはやめるし、後のことなんか知るか。
「では、行きましょうかリリナ嬢」
「急転直下ですね。陛下まで出てくるとは思いませんでした」
「僕と婚約することに抵抗はありますか?」
「いえ、全く」
ニコリとジュンが微笑む。
爽やかすぎる笑顔を見て、人たらしかもしれないなーと思いつつ、割と新天地での生活が楽しみな私だった。
「ジュン・アルガスですよ、王子殿下」
「誰だ?」
(……また顔と名前が一致してない)
ジュン・アルガス辺境伯。
夜の闇を溶かしこんだような黒髪と、怜悧な眼差しが印象的な辺境伯だ。
私より二つ年上の彼は、成り上がりの貴族として悪い意味で有名だった。
数年前にあった戦争の際、隣国カルカトへ攻め入って功績を上げ、その時の褒美で現在の地位と占領した領土をそのまま貰い受けたらしい。
そんな彼だけど、その後は領主代行に仕事を押しつけて学園生を満喫しているともっぱらの噂だった。
私自身、どちらかといえば彼にはいいイメージを持っていなかったのだけど、まさかこうやって割って入ってくるとは思わなかった。
「殿下。現在のトリテ王国の平和は、我々のような辺境伯の献身があってこそのものです。それを名前すら憶えていないとは酷いですね」
「貴様、戦争屋の成り上がりか。高貴なる生まれである俺は、匂いで相手の生まれが分かるんだよ。貴様、少し口を慎んだ方が良いのではないか? 田舎者の辺境伯よ」
「あの、殿下……」
この人、本当にセンスがないわ。
この国では純粋な貴族が辺境伯になることはない。
この国において、辺境伯というのは占領した領地に無理やり領主を立てた場合に発生する成り上がり者を指す蔑称で、外様という意味合いが強い。
占領地の元代表や、占領した騎士団の代表を領主に立てた場合に発生する地位で、ジュン・アルガスの場合は後者であった。
確かに、殿下の言う通り、ジュン・アルガスが平民の成り上がりだというのは事実だ。
だけど、辺境伯なんて一番有事の際に負担が掛かるし、ともすれば裏切りの可能性だってある人たちなのに。
他の貴族がどれだけ辺境伯を侮り、馬鹿にしようと、王族だけは彼らを保護しなければならない。そうしなければ隣国に懐柔され、最悪は裏切られる可能性があるから。
国境が機能しなくなった国は悲惨だし、被害を被るのは領民だと思う。
仕方なく、私はジュンの為に声をあげた。
「殿下、今の発言は撤回すべきでは? あまりに無礼です。彼に爵位を授けたのは国王陛下なのですよ?」
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「実は僕にも重要な話があるんですよ。この二年間、僕は嫁探しをしていまして」
ジュンと目が合う。
「リリナ嬢が僕のお嫁さんになってくれたら、嬉しいです」
はい……? 今、この辺境伯、なんて言った?
「ふ、ふざけるな! 侯爵令嬢と辺境伯で釣り合いが取れると思っているのか! なんと無礼で節操のない男だ! リリナ、君のことは妾として後宮に入れてやる。だから、変な気は起こさないように!」
「いえ、後宮に入るつもりはありませんが」
「意外と脈ありだ。言ってみるものですね」
「いえ、まだ決めてはいませんけど」
なんで結果的に二人の男から言い寄られてるんだろう。
私、殿下に婚約破棄された身の上ですよね。
そんなことを思っていると、ドレス姿の令嬢が駆け寄ってくる姿が。
また登場人物が増えるの?
今度は誰かしら。
「もう、殿下ったらいい加減にしてください! 殿下は私だけを愛するんでしょう!? 今さら妾を増やすなんてどういう了見ですか!」
「ウリア! 君は話には加わらず見守っていてくれると言ったじゃないか!」
ウリアと呼ばれた少女がプリプリしながら割って入ってきた。
あら、殿下ったらもう新しい女を引っかけてるんじゃないですか。
だったら、念書も書いてもらえるみたいだし構わないだろう。
さすがに、私より劣る婚約者を恋愛感情だけで婚約者にしたりしませんよね。
各国の要人からの手紙や殿下の裁量で承認できる書類だとか、そういった諸々の執務を手伝えるだけの知識は持った方なんですよね?
「殿下、執務の方ですが、私がいなくても回せるのですね?」
「……ああ、平気だろう。ウリア、お前は頭がいいはずだな?」
「それはもう。私、首席の座は譲りましたが学園の次席ですから」
「そういうことだリリナ。君はもう俺の婚約者の地位を失った。で、どうするんだ? このまま意地を張って全てを失うか? それとも、妾となって後宮に入るか?」
「殿下! ウリアだけを見てくれるって約束じゃ……」
「ウリア。王子である俺は、一人でも多く血筋を残したいんだよ。リリナは見てくれだけはいい。俺は彼女で我慢するのだから、君だって辛抱してくれ。俺が愛しているのはウリアだけなのだから」
この人、デリカシーの欠片もないな。
これから後宮に入れようという人の前で、正妻だけを愛するなんて普通言える?
散々私の人間性をなじっていた彼だけど、殿下も大概だと思いますよ。
「殿下。リリナ嬢の気持ちも考えるべきでは。彼女は殿下の妾になるつもりはないと仰っています」
そうだそうだ!
私は賛成の意を示す為、ジュンの腕を抱いた。
すると、殿下が烈火のごとく怒りだした。
「ふざけるな!!!! リリナは俺と一緒になれば幸福なんだよ! こんな辺境伯なんかに騙されるな! きっと内心ではリリナを抱きたいだけなんだ! そうに決まってる!」
殿下が顔を真っ赤にしてる怒るけど、怒りたいのはこちらの方だ。
一方的に婚約を破棄して、大勢の前で恥をかかせて、その上でまだ私を自由にできると思っているのなら頭が幸せすぎる。
平民に嫁ぐなんて考えたこともなかったけど、生まれなど関係なく、ジュン・アルガスの方が男として上等だと思う。彼は誰もが私を遠巻きに見守るだけで声すらかけられなかった中、ただ一人、果敢に私を守ろうとしてくれたのだ。
その一点だけでも、私にはジュンの腕を取る理由になる。
ピンチの時に助けに入ってくれない連中にどう思われようが構わない。
私はジュンでいいと思ったし、彼が私を欲しているなら構わないだろう。
「殿下の相手は疲れました。あとのことはウリアさんと好きにしてください」
「勝手な発言をするな! 王になるのは俺だ! その俺を敵に回して無事でいられると思っているのか!」
「脅迫ですか? あなたは独裁者にでもなるつもりですか」
「黙れ! 揚げ足を取るな!」
情けない。こんな男を支えようとしていたなんて。
「それと殿下、あまり声をあげると――」
「これは何の騒ぎだ」
事態の収集がつかなくなっていたところへ、陛下が現れた。
宰相と共に伝統ある卒業記念パーティに参列していた陛下は、王子に厳しい視線を向けた。
「遠目に見ていたが、何やらリリナと揉めていたようだな。お前がどうしてもというので私から頼み込んで結んだ婚約だったが、まさかお前から破棄したのではあるまいな」
「ええ、婚約者を選びなおす権利くらい私にもあるでしょう。私はウリア嬢を妻にします。その上で、リリナには後宮へ入っていただこうと」
「……お前の婚約は国の未来を占う。お前に選択権があるはずなかろう」
「父上! 私は未来の王として、国にとって正しい決断をしました! ウリア嬢はリリナより優秀な妻になってくれます! どうか、私たちの婚約を認めていただきたい」
「愚か者め。好きにしろ」
あっさりと、レギとウリアの婚姻が決まる。
あまりにあっさり決まってしまった為、レギは口をパクパクと間抜けに開閉している。
「……父上、本当によろしいのですか?」
「構わん。我々には女神ルナリアの加護がある。だが、リリナのことは解放してやれ」
「いえ、そういうわけには。私は彼女を側室に推薦していて」
「認めん」
「ち、父上?」
「異論は認めぬ。リリナは今日までよく愚息に尽くしてくれた。礼を言うぞ」
「とんでもございません。私が至らないばかりに婚約を破棄されてしまいました」
「リリナに一切の非はない。これからはジュンを支えるがよい」
あっさりと、私の婚約破棄と新たな婚約が決定した。
というか、王族が人前で罪を認めるなんて異例中の異例なんだけど。
もしかして、王としての面子よりも貴族の反発を警戒した?
それほどに、ジュンの今夜の発言は反発を買うものだったのだろう。
見れば、お父様と同じ派閥にいる貴族たちは殿……いやもう敬わなくていいか。
王子に剣呑な視線をやっている。
陛下はピリついた空気を察して、高度な政治的判断を下したのだろう。
しかし、今日の一件はすぐに噂として貴族社会に広まって、レギ王子の信頼を失墜させると思う。彼にとっては向かい風の日々が始まろうとしている。
「くっ! なんと愚かな……。意地を張って全てを失うとは! 絶対に君は後悔するよ」
私の予想だと絶対後悔するのはあなたの方なんですけど。
まあ、いっか。
私はもう自由だ。
猫を被るのはやめるし、後のことなんか知るか。
「では、行きましょうかリリナ嬢」
「急転直下ですね。陛下まで出てくるとは思いませんでした」
「僕と婚約することに抵抗はありますか?」
「いえ、全く」
ニコリとジュンが微笑む。
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