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神前試合

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 会場に選ばれたのは古びた宮殿で、大昔の貴族が使っていた舞踏会用のホールが、神明裁判の舞台として改修されていた。

 国王陛下が観覧席に顔を見せるが、特別な挨拶も何もなかった。

 レギが独断で開いた大会だ。
 見届ける意思はあるようだが、介入は一切しないようだ。

 何かあった時の責任は王子が取るという意味でもある。

 心なしか冷たい空気の中、会場にレギとガルムが現れる。

 レギはやつれた顔で、ガルムは反対に底知れぬ笑みを見せている。
 まるで全てが自分の意思に沿っていると言わんばかりだ。

 王子の婚約者であるウリアは、能天気に観覧席で家族との雑談に興じていた。
 彼が目に見えて体調が悪そうなのに、それを気遣う様子もないなんて、いっそ憐れに思えてきた。

 だけど同情することはない。
 私の婚約者を危険に晒しているのは彼だ。

 怒りしか、感じられそうにない。

「……俺の用意した代理人と、リリナ嬢の用意した代理人の戦いだ。勝った方が全てを得る。ルールは以上だ。楽しんでいってくれ」

 ホールに集まった観客に、ジュンが覇気のない挨拶をする。
 卒業記念パーティで会った時とは別人のようだ。
 あの頃は自信に溢れていて、話し方も王族然としていた。

 以前とは比べ物にならない彼の有様に、元婚約者として何があったのかと問いただしたくなる。

「アレが噂の王子ですか。とても王族とは思えない態度ですね。団長の方が堂々としていて、よほど王族らしいですよ」

 私の付き人として会場にいるアレンが感想を呟く。

 一方のジュンは騎士服をまとい堂々としている。
 そのオーラは、王気すら感じるものだった。

 レギ王子による開会式の挨拶が終わる。
 そして、ついにジュンとガルムが立ち合うことになった。

 剣神ガルム。瞬く間に上流貴族を殺めた死神のような剣士だ。
 その一挙手一投足に参列した貴族たちの視線が集まっている。

「先日、久しぶりにアップルパイを食べました。温かい食事というのは生きる糧になりますね」
「……何の話だ?」
「雑談ですよ。ところで、あなたはグロノス族をご存知ですか? この世界の始まりには澄み切った透明の空と、地の底の暗闇、そして時間だけがあった。それ以外のものは全て後から作られた不純物であるという考えを持った一族です」
「そういう先住民が居たらしいことは知ってる。この国じゃタブーだけどな」
「ええ、我々は帝国からの移民であるあなた方の先祖に滅ぼされましたからね。男は殺され、女だけが生かされて奴隷にされました。血は混じり、ほとんどが労働力として消費されましたが、こうして生き残りもいる」
「先住民の末裔か」
「そう、私は全てを飲み込む王国の闇です」

 ジュンはロングソードを構える。
 ガルムは短剣を抜く。

「私はここであなたを殺し、出来る限りの上流貴族、王族を殺害して仲間と合流します」
「そんなことがしたくて檻から出てきたのか。つまらない人生だな」
「ふふ、つまらない? 何の使命も持たずに生まれてきたあなた方と比べれば遥かに有意義な人生と言えるでしょう。今は歴史の転換期なんですよ。王族の支配が緩み始めているのを感じませんか?」
「興味もない」
「視野の狭い男だ」

 試合が始まると同時、ガルムが短剣を投擲。
 何事かを話し合っていた二人だけど、始まりは突然だった。

 ジュンは冷静に短剣を弾いて、追撃をかける。
 ガルムは地を這うように飛び出すと、抜刀と同時に剣を突き入れた。

 ジュンがステップで左へのフェイントを噛ませてから右へ避ける。

「おお、戦い慣れていますね!」
「誰にモノを言っている」

 会場にどよめきが広がる。

 ジュンとガルムの剣戟が火花を散らしながら続く。
 それはまるで舞踏のようだった。

 軌跡を追うことすら難しい程の剣の応酬。
 誰が、あの速度域に追従できるだろう。

 まるで羽根でも生えているかのように身体を操る二人の、舞うような剣舞が続く。

 剣神と謳われる程の相手を前に、ジュンは互角の戦いを見せていた。

「素晴らしい資質だ。私には無意味ですが」
「お前は口先が得意なようだな。相手の心を翻弄して手玉に取るタイプだ」

 ガルムが巧みなステップで距離を詰め、研ぎ澄まされた剣で襲い掛かる。
 反応速度が各段に上がり、ジュンの剣が追いつかなくなる。

「このままあなたが敗れれば、婚約者はレギ王子のものです。もし、あなたがこちらに寝返るというなら歓迎しますよ? 大きな混乱に薪をくべて火をつける。たったそれだけのことで瓦解するのですよ、この国は」
「お前の狙いは内乱だ。リリナを巻き込む可能性があるのに協力すると思うか?」
「彼女を逃がすだけの時間は与えましょう。どうです? 私と共にこの国を変えてみませんか? 王政も議会も私利私欲と利権を貪るだけだ。この国の正当なる統治者は民であるべきです」
「お前の妄言は聞き飽きた。そろそろ決着をつけよう」

 大きく構えたジュンの剣がガルムに弾かれる。

「ジュン!」

 彼の剣が手元を離れた……。
 クルクルと遠心力に従って回転した剣が、澄んだ金属音を立てながら落下する。

 私の喉元から思わず悲鳴が漏れる。
 ガルムの勝利が決定した。

 私は目の前が真っ暗になった。
 怖くて、ジュンが立っている方を見られない。
 視線は、彼の手元から離れた剣に釘づけになってしまっている。

 剣を手放した以上、彼が無事でいられるはずがない。

「ジュン・アルガス。どうやら私の負けのようです」

 え……? 見れば、ガルムの胸に真紅の華が咲いていた。
 彼の胸に突き刺さったのは果物ナイフだ。
 それは、ガルムの墓標に他ならない。

「油断……しました。思っていたよりも手癖が悪いのですね」

 ジュンのジャケットの胸元が開いている。
 彼はあえて剣を手放してガルムの意識を逸らすのと同時に、ジャケットからナイフを投じて不意打ちを仕掛けていたのだ。

 安堵から崩れ落ちそうになる私を、アレンたちが支えてくれた。

「良かった。団長は無事ですよ」

 ああ、何よりジュンが無事に試合を終わらせたことが嬉しい。
 それ以上に望むものなんてなかったから。

「これで勝敗は決した。さて、レギ王子」
「くっ……。分かった。大人しく負けを認めよう。リリナは君のものだ。それで構わないだろう」
「何を言っている。賭けるモノがなければゲームは成立しない。お前が賭けたのはその命だ」
「はぁ? 何を……」
「ジュンの言葉通り、それが、決闘の作法です。何も得ずに……何かを得た者など……いない」

 ガルムがジュンの剣を受け取り、ゆっくりとした足取りでレギに近づく。

「なんだ……。だ、誰かこの狂人を止めろ! 父上……!」

 初めから、こうなることは決まっていたのかもしれない。
 彼が青ざめて悲鳴をあげても、誰も助けに入らない。

 ウリアの方を見れば、両親に何かを熱心に訴えている。

「私、殿下との婚約は破棄しますわ! 幸い、まだ結婚はしていませんし」
「陛下には私から申し上げておこう」

 レギを憐れむ声はない。
 レギに救いの手を差し伸べる声はない。

 逃げようとするレギの背中に、ガルムの剣が突き立てられる。

「やめろぉぉぉぉ!!!!」
「ご自身の賭け金も知らずにゲームに乗っていたとは、実に憐れ。王家の栄光も、ここまででしょうな」
「リリナァァァァ!!!!」

 最後に、会場が震える程に叫んで。
 彼は、レギ王子はその早すぎる生涯に幕を下ろした――はずだった。
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