自滅王子はやり直しでも自滅するようです(完)

みかん畑

文字の大きさ
19 / 34

神前試合

しおりを挟む
 会場に選ばれたのは古びた宮殿で、大昔の貴族が使っていた舞踏会用のホールが、神明裁判の舞台として改修されていた。

 国王陛下が観覧席に顔を見せるが、特別な挨拶も何もなかった。

 レギが独断で開いた大会だ。
 見届ける意思はあるようだが、介入は一切しないようだ。

 何かあった時の責任は王子が取るという意味でもある。

 心なしか冷たい空気の中、会場にレギとガルムが現れる。

 レギはやつれた顔で、ガルムは反対に底知れぬ笑みを見せている。
 まるで全てが自分の意思に沿っていると言わんばかりだ。

 王子の婚約者であるウリアは、能天気に観覧席で家族との雑談に興じていた。
 彼が目に見えて体調が悪そうなのに、それを気遣う様子もないなんて、いっそ憐れに思えてきた。

 だけど同情することはない。
 私の婚約者を危険に晒しているのは彼だ。

 怒りしか、感じられそうにない。

「……俺の用意した代理人と、リリナ嬢の用意した代理人の戦いだ。勝った方が全てを得る。ルールは以上だ。楽しんでいってくれ」

 ホールに集まった観客に、ジュンが覇気のない挨拶をする。
 卒業記念パーティで会った時とは別人のようだ。
 あの頃は自信に溢れていて、話し方も王族然としていた。

 以前とは比べ物にならない彼の有様に、元婚約者として何があったのかと問いただしたくなる。

「アレが噂の王子ですか。とても王族とは思えない態度ですね。団長の方が堂々としていて、よほど王族らしいですよ」

 私の付き人として会場にいるアレンが感想を呟く。

 一方のジュンは騎士服をまとい堂々としている。
 そのオーラは、王気すら感じるものだった。

 レギ王子による開会式の挨拶が終わる。
 そして、ついにジュンとガルムが立ち合うことになった。

 剣神ガルム。瞬く間に上流貴族を殺めた死神のような剣士だ。
 その一挙手一投足に参列した貴族たちの視線が集まっている。

「先日、久しぶりにアップルパイを食べました。温かい食事というのは生きる糧になりますね」
「……何の話だ?」
「雑談ですよ。ところで、あなたはグロノス族をご存知ですか? この世界の始まりには澄み切った透明の空と、地の底の暗闇、そして時間だけがあった。それ以外のものは全て後から作られた不純物であるという考えを持った一族です」
「そういう先住民が居たらしいことは知ってる。この国じゃタブーだけどな」
「ええ、我々は帝国からの移民であるあなた方の先祖に滅ぼされましたからね。男は殺され、女だけが生かされて奴隷にされました。血は混じり、ほとんどが労働力として消費されましたが、こうして生き残りもいる」
「先住民の末裔か」
「そう、私は全てを飲み込む王国の闇です」

 ジュンはロングソードを構える。
 ガルムは短剣を抜く。

「私はここであなたを殺し、出来る限りの上流貴族、王族を殺害して仲間と合流します」
「そんなことがしたくて檻から出てきたのか。つまらない人生だな」
「ふふ、つまらない? 何の使命も持たずに生まれてきたあなた方と比べれば遥かに有意義な人生と言えるでしょう。今は歴史の転換期なんですよ。王族の支配が緩み始めているのを感じませんか?」
「興味もない」
「視野の狭い男だ」

 試合が始まると同時、ガルムが短剣を投擲。
 何事かを話し合っていた二人だけど、始まりは突然だった。

 ジュンは冷静に短剣を弾いて、追撃をかける。
 ガルムは地を這うように飛び出すと、抜刀と同時に剣を突き入れた。

 ジュンがステップで左へのフェイントを噛ませてから右へ避ける。

「おお、戦い慣れていますね!」
「誰にモノを言っている」

 会場にどよめきが広がる。

 ジュンとガルムの剣戟が火花を散らしながら続く。
 それはまるで舞踏のようだった。

 軌跡を追うことすら難しい程の剣の応酬。
 誰が、あの速度域に追従できるだろう。

 まるで羽根でも生えているかのように身体を操る二人の、舞うような剣舞が続く。

 剣神と謳われる程の相手を前に、ジュンは互角の戦いを見せていた。

「素晴らしい資質だ。私には無意味ですが」
「お前は口先が得意なようだな。相手の心を翻弄して手玉に取るタイプだ」

 ガルムが巧みなステップで距離を詰め、研ぎ澄まされた剣で襲い掛かる。
 反応速度が各段に上がり、ジュンの剣が追いつかなくなる。

「このままあなたが敗れれば、婚約者はレギ王子のものです。もし、あなたがこちらに寝返るというなら歓迎しますよ? 大きな混乱に薪をくべて火をつける。たったそれだけのことで瓦解するのですよ、この国は」
「お前の狙いは内乱だ。リリナを巻き込む可能性があるのに協力すると思うか?」
「彼女を逃がすだけの時間は与えましょう。どうです? 私と共にこの国を変えてみませんか? 王政も議会も私利私欲と利権を貪るだけだ。この国の正当なる統治者は民であるべきです」
「お前の妄言は聞き飽きた。そろそろ決着をつけよう」

 大きく構えたジュンの剣がガルムに弾かれる。

「ジュン!」

 彼の剣が手元を離れた……。
 クルクルと遠心力に従って回転した剣が、澄んだ金属音を立てながら落下する。

 私の喉元から思わず悲鳴が漏れる。
 ガルムの勝利が決定した。

 私は目の前が真っ暗になった。
 怖くて、ジュンが立っている方を見られない。
 視線は、彼の手元から離れた剣に釘づけになってしまっている。

 剣を手放した以上、彼が無事でいられるはずがない。

「ジュン・アルガス。どうやら私の負けのようです」

 え……? 見れば、ガルムの胸に真紅の華が咲いていた。
 彼の胸に突き刺さったのは果物ナイフだ。
 それは、ガルムの墓標に他ならない。

「油断……しました。思っていたよりも手癖が悪いのですね」

 ジュンのジャケットの胸元が開いている。
 彼はあえて剣を手放してガルムの意識を逸らすのと同時に、ジャケットからナイフを投じて不意打ちを仕掛けていたのだ。

 安堵から崩れ落ちそうになる私を、アレンたちが支えてくれた。

「良かった。団長は無事ですよ」

 ああ、何よりジュンが無事に試合を終わらせたことが嬉しい。
 それ以上に望むものなんてなかったから。

「これで勝敗は決した。さて、レギ王子」
「くっ……。分かった。大人しく負けを認めよう。リリナは君のものだ。それで構わないだろう」
「何を言っている。賭けるモノがなければゲームは成立しない。お前が賭けたのはその命だ」
「はぁ? 何を……」
「ジュンの言葉通り、それが、決闘の作法です。何も得ずに……何かを得た者など……いない」

 ガルムがジュンの剣を受け取り、ゆっくりとした足取りでレギに近づく。

「なんだ……。だ、誰かこの狂人を止めろ! 父上……!」

 初めから、こうなることは決まっていたのかもしれない。
 彼が青ざめて悲鳴をあげても、誰も助けに入らない。

 ウリアの方を見れば、両親に何かを熱心に訴えている。

「私、殿下との婚約は破棄しますわ! 幸い、まだ結婚はしていませんし」
「陛下には私から申し上げておこう」

 レギを憐れむ声はない。
 レギに救いの手を差し伸べる声はない。

 逃げようとするレギの背中に、ガルムの剣が突き立てられる。

「やめろぉぉぉぉ!!!!」
「ご自身の賭け金も知らずにゲームに乗っていたとは、実に憐れ。王家の栄光も、ここまででしょうな」
「リリナァァァァ!!!!」

 最後に、会場が震える程に叫んで。
 彼は、レギ王子はその早すぎる生涯に幕を下ろした――はずだった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

侯爵令嬢は追放され、他国の王子様に溺愛されるようです

あめり
恋愛
 アーロン王国の侯爵令嬢に属しているジェーンは10歳の時に、隣国の王子であるミカエル・フォーマットに恋をした。知性に溢れる彼女は、当時から内政面での書類整理などを担っており、客人として呼ばれたミカエルとも親しい関係にあった。  それから7年の月日が流れ、相変わらず内政面を任せられている彼女は、我慢の限界に来ていた。 「民への重税……王族達いい加減な政治にはついて行けないわ」  彼女は現在の地位を捨てることを決意した。色々な計略を経て、王族との婚約を破断にさせ、国家追放の罪を被った。それも全て、彼女の計算の上だ。  ジェーンは隣国の王子のところへと向かい、寵愛を受けることになる。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

家族から邪魔者扱いされた私が契約婚した宰相閣下、実は完璧すぎるスパダリでした。仕事も家事も甘やかしも全部こなしてきます

さくら
恋愛
家族から「邪魔者」扱いされ、行き場を失った伯爵令嬢レイナ。 望まぬ結婚から逃げ出したはずの彼女が出会ったのは――冷徹無比と恐れられる宰相閣下アルベルト。 「契約でいい。君を妻として迎える」 そう告げられ始まった仮初めの結婚生活。 けれど、彼は噂とはまるで違っていた。 政務を完璧にこなし、家事も器用に手伝い、そして――妻をとことん甘やかす完璧なスパダリだったのだ。 「君はもう“邪魔者”ではない。私の誇りだ」 契約から始まった関係は、やがて真実の絆へ。 陰謀や噂に立ち向かいながら、互いを支え合う二人は、次第に心から惹かれ合っていく。 これは、冷徹宰相×追放令嬢の“契約婚”からはじまる、甘々すぎる愛の物語。 指輪に誓う未来は――永遠の「夫婦」。

婚約破棄された瞬間、隠していた本性が暴走しました〜悪女の逆襲〜

タマ マコト
恋愛
白崎財閥の令嬢・白崎莉桜は、幼いころから完璧であることを強いられた女であった。 父の期待、社会の視線、形式ばかりの愛。 彼女に許されたのは「美しく笑うこと」だけ。 婚約者の朝霧悠真だけが、唯一、心の救いだと信じていた。 だが、華やかな夜会の中、彼は冷ややかに告げる。 「俺は莉桜ではなく、妹の真白を愛している」 その瞬間、莉桜の中の何かが崩れた。 誰のためにも微笑まない女——“悪女”の本性が、静かに目を覚ます。 完璧な令嬢の仮面を捨て、社会に牙を剥く莉桜。 彼女はまだ知らない。 その怒りが、やがて巨大な運命の扉を開くことを——。

ある日突然、醜いと有名な次期公爵様と結婚させられることになりました

八代奏多
恋愛
 クライシス伯爵令嬢のアレシアはアルバラン公爵令息のクラウスに嫁ぐことが決まった。  両家の友好のための婚姻と言えば聞こえはいいが、実際は義母や義妹そして実の父から追い出されただけだった。  おまけに、クラウスは性格までもが醜いと噂されている。  でもいいんです。義母や義妹たちからいじめられる地獄のような日々から解放されるのだから!  そう思っていたけれど、噂は事実ではなくて……

聖女は友人に任せて、出戻りの私は新しい生活を始めます

あみにあ
恋愛
私の婚約者は第二王子のクリストファー。 腐れ縁で恋愛感情なんてないのに、両親に勝手に決められたの。 お互い納得できなくて、婚約破棄できる方法を探してた。 うんうんと頭を悩ませた結果、 この世界に稀にやってくる異世界の聖女を呼び出す事だった。 聖女がやってくるのは不定期で、こちらから召喚させた例はない。 だけど私は婚約が決まったあの日から探し続けてようやく見つけた。 早速呼び出してみようと聖堂へいったら、なんと私が異世界へ生まれ変わってしまったのだった。 表紙イラスト:San+様(Twitterアカウント@San_plus_) ――――――――――――――――――――――――― ※以前投稿しておりました[聖女の私と異世界の聖女様]の連載版となります。 ※連載版を投稿するにあたり、アルファポリス様の規約に従い、短編は削除しておりますのでご了承下さい。 ※基本21時更新(50話完結)

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

もてあそんでくれたお礼に、貴方に最高の餞別を。婚約者さまと、どうかお幸せに。まぁ、幸せになれるものなら......ね?

当麻月菜
恋愛
次期当主になるべく、領地にて父親から仕事を学んでいた伯爵令息フレデリックは、ちょっとした出来心で領民の娘イルアに手を出した。 ただそれは、結婚するまでの繋ぎという、身体目的の軽い気持ちで。 対して領民の娘イルアは、本気だった。 もちろんイルアは、フレデリックとの間に身分差という越えられない壁があるのはわかっていた。そして、その時が来たら綺麗に幕を下ろそうと決めていた。 けれど、二人の関係の幕引きはあまりに酷いものだった。 誠意の欠片もないフレデリックの態度に、立ち直れないほど心に傷を受けたイルアは、彼に復讐することを誓った。 弄ばれた女が、捨てた男にとって最後で最高の女性でいられるための、本気の復讐劇。

処理中です...