逢瀬

夏緒

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2話

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 それでも沙世はふわりと顔を逸らした。口紅は恐らくつかないだろう。そういう種類のものを使っているし、現にグラスにもついていない。だがそんな誘いに素直に乗るつもりはない。
 焦らしても追ってくる。
 沙世にはそれが分かっていた。
 案の定倫太郎は、沙世の顎にかけていた指を素早く頬に移動させ、沙世がもう一度逃げないようにしてくちびるを重ねてきた。
 倫太郎の厚いくちびるが、沙世の小さなそれを軽く吸う。
 沙世は、今度は無理に逃げようとはしなかった。
「俺がキスをするのが分かっていた?」
 倫太郎がくちびるを離さずに囁く。
「あなたは、わたしが嫌がらないのを分かっていた」
 沙世が囁き返すと、倫太郎は気分をよくしたのか舌を這わせてきた。
 沙世はそれをくちびるで甘噛みしながら、スリットからはみ出ている左ももにシャンパングラスが滑らされるのを感じていた。
 頬にあった手が首筋を辿って腰まで降りる。ぐっと引き寄せられたところで、沙世はくちびるを離した。
「時間が足りないな。俺は今夜、上に部屋を取ってあるんだ。きみもだろ」
「部屋番号は教えませんよ」
「いいさ、調べるよ」
「有紗にだけは聞かないでくださいね。彼女はあなたを好意的に思っているし、わたしの部屋番号を知っているので」
「それは良いことを聞いた」
 倫太郎は、いつの間にかはだけていた沙世のストールを肩まで上げて直してやると、
「では、後で」
と一言耳許で囁いて、フロアの彩りの中へと戻って行った。
 沙世は、口紅がよれていないかを心配して一面窓のガラスを覗き込んだ。



 沙世は部屋に戻ると一番にヒールを脱いだ。
 長く爪先立ちをしていた足は、床にかかとをつけると違和感が酷い。そのままドレスも脱ぎ、化粧台の前でアクセサリーを外し髪も下ろし、それから立ち上がってシャワーへ向かう。
 ぬるま湯でスタイリング剤と化粧とボディクリームを洗い流しシャワーを出ると、濡れた肌を丁寧にタオルで押さえてからバスローブを羽織る。
 化粧台の前に座って乳液をつけていると、ドアブザーが鳴った。
 沙世がバスローブ姿のままドアの前まで移動し、チェーンをかけたままほんの隙間を開けると、そこにはワインを片手に持った倫太郎が立っていた。
 沙世は一度閉めてからドアチェーンを外し、もう一度今度は大きくドアを開ける。
「こんばんは。手土産は、これで良かったかな」
 倫太郎はにこやかな表情で部屋に入ると、沙世の代わりにしっかりとドアチェーンを施錠した。
「本当に来たんですね」
「来ると思ってなかった?」
「ええまったく」
 沙世は部屋の奥まで戻ると、ベッドに置いたままにしていたドレスを拾い上げ、ハンガーにかけた。
 ワイシャツにスラックス姿の倫太郎は、窓際に設えられた丸いテーブルへ持参したワインを置き、備え付けのグラスをふたつ、勝手に用意した。
「俺に部屋番号を教えたのはきみだ。ああ、ここの部屋は夜景が綺麗だな」
「違いますよ、教えたのは有紗です」
「同じだろ。彼女はきみの部屋番号を聞かれて怒っていたな」
「彼女に悪いことをしてしまったわ」
「ちゃんとフォローしておいたから、恐らく大丈夫だよ。それにしても、随分と扇情的な姿をしているな。俺を待っていた?」
 冗談混じりに話しながら淀みなくコルクを開け、グラスに少しずつ注いでいく。
 沙世はそれを受け取ると、「ありがとう」とまたさっきと同じようにグラスを鳴らした。
「さっき言ったじゃないですか。本当に来るとは思ってなかった。シャワーから出たばかりで、まだ髪も乾かしてないのに」
 責めるような困ったような声で話す沙世に、倫太郎は控えめに笑みをこぼす。
「それは急いで来た甲斐があったな。確かに濡れてる。しかし風呂上がりが別人じゃなくて良かった。……さっきの続きをしても?」
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