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《略奪者》への変生
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ホウルが壁の窪みの岩を押し、お宝部屋の入り口を開ける。松明を翳して中の様子を伺う。中央にあった宝箱はアイテムに変わっており、渦高く積まれた肉片の向こう側にグラトが倒れている。
「おいグラトしっかりしろ!グラト!」
ホウルはグラトの胸に耳を当てると心音が聴こえたので安心した。胸に抱いていた黒豹の仔も触ってみると温かく、大丈夫なようだ。
「今、回復魔法をかけてやるからな。」
ホウルは懐から護符を取り出すと、回復魔法の呪文を唱える。グラトの身体が仄かに光り、酷かった右足の傷も2回、3回と魔法をかける内に消えていった。
「うっ、うーん…」
「おい、グラト!大丈夫か?」
「!?俺、生きてる!?」
「良かった。黒豹の仔も生きてるよ。」
「おお!お前も大丈夫だったか。」
『ふん、やっと起きたか…』
子供のような声が黒豹の仔から聞こえる。
「!お前、喋れるのか!?」
『喋れる訳ないだろ!声帯が無いのに。念話だよ!』
「念話?」
「グラト?どうした?」
「何でお前と話が出来るんだ?」
両手で黒豹の仔を持ち上げ目の高さを合わせる。
『話せば長くなる…』
「ホウル、俺ちょっとこの仔と話をするから。」
「えっ?黒豹と?お前どこか頭打ったか?」
「何で俺達は会話が出来るんだ?」
『それは“LOOTER”の能力を手に入れたからだ。』
「るぅたぁ?」
『さっきの魔獣を喰うことで奴の能力を引き継いだのさ。』
「くっそ不味かったあの肉か。」
『元々母が持っていた能力だったんだが、さっきの魔獣が俺の兄弟を襲ってきたとき、身代わりになって命を落としてな…喰われて能力を奪われたんだ。』
「そうか…兄弟達は?」
『結局奴に喰われてしまった。』
「お母さんは無駄死にだったのか…」
『それは違う。俺が生き延びた。』
「そうだな。能力も奪い返せたし。」
『本当は俺が奴を倒して奪い返せれば良かったんだが、まだまだ未熟で無理だった。お前が倒してくれて助かった。感謝する。』
「おう。役に立てて良かった。」
『能力を奪うためには、倒した後肉が赤く光っている内に喰わねばならない。倒してくれたお礼にお前にも肉を喰わせて能力を分けてやったんだ。』
「それでお前と話が出来るようになったのか。」
『それだけじゃない。LOOTERの能力は“喰った相手の知識・能力を引き継ぐ”んだ。』
「へ?」
『頭の中を覗いてみろ。お前以外の記憶があるはずだ。』
「うっわ、確かに…」
過去様々な人、獣、魔獣、魔族などの記憶・知識が思い出せる。
『体術などは鍛えなければ再現出来ないかも知れないが、魔法は相反する属性でも使えるようになったはずだ。』
普通、魔法は1人1属性、多くて2属性しか持てない。“火”と“水”、“風”と“土”のように相反する属性を同時に持つことは出来ない。属性精霊力のバランスが取れないからだ。例えば“火”属性魔法ばかり使っていると、“水”の精霊力がどんどん減っていき水の精霊から愛想を尽かされ、最後は水属性が失われる。相反する属性の魔法をバランス良く使った場合は、結局どちらも強力な魔法は使えない。
“火”“水”“風”“土”は精霊魔法だ。他に“光”と“闇”があり、これらは神や悪魔の加護を与えられた者のみ行使できる。精霊魔法との共存も可能で、選ばれた者のみ最大3属性の保持が可能である。
グラトは自分の中に6属性全ての魔力を感じることができた。しかも最大威力までの行使が可能だ。百年前に実在した“爆炎の魔術師”、隣の国の生没年不詳の“水の賢者”、70年前に噂になった真偽不明の“旋風の執行者”、伝説だけで詳細不明の“硬土の貴公子”達の記憶がある。
(みんなLOOTERに喰われたのか)
彼等が研鑽してきた知識は全てグラトに引き継がれた。他にも何体かの神獣・霊獣の記憶と能力もあった。
『さて、俺の用は済んだ。助けてもらった礼もしたし…』
「何だ?何処かに行くのか?」
『俺は子供だが、これだけの能力があれば生きていくのに困らないからな。』
「体術は鍛えないと使えない、だろ?」
『まあそうだが…』
「親兄弟を亡くしたばかりで、独りぼっち。何かあっても助けてくれる仲間もいない。」
『うっ、うむ…』
「じゃ、一人前になるまで俺の側にいるって言うのはどうだろう?」
『何だ。俺に守って欲しいのか?』
「…まぁ、そんなとこだ。」
『仕方ないな。一人前になるまでだぞ。』
「ああ。よろしくな相棒。」
黒豹の仔はグラトの肩によじ登り、居心地を確かめてそこを居場所に決めたようだ。
「…話、終わった?」
恐る恐るホウルが聞いてくる。
「ああ、すまん。なんとか終わった。」
「“るぅたぁ”とか言ってたけど何?」
「あの黒い魔獣の能力名、かな?」
「!?そう言えばあの魔獣倒したのか!?」
「ああ。あそこの肉の山がアイツの成れの果てだよ。」
「うおおぉ。やったな。一角うさぎ退治よりポイント高いんじゃないか?」
「そうだな。…そう言えば『アガラ・ゴロシャ』は?」
「魔導師は回復不能、剣士は聴き手欠損、リーダーはギルドに損害賠償請求しに帰った。」
「はぁ?帰った?不味いな…」
「ん?何が?」
「俺達だけじゃ『黒い魔獣討伐』ミッションを受領出来ない…」
「あ!じゃあ討伐しても」
「かえってペナルティを食らうかも。」
「うえぇ。もう少しでDランク昇格だって言うのに…」
「…取り敢えず、一角うさぎ退治するか。」
魔導師の亡骸に一角うさぎが引き寄せられて来たようだ。ホウルはロッドを構える。
「せめて自分達の受領分くらい完遂しておこう。」
一角うさぎに向かいながら俺は身体に違和感を感じている。今まで17年間使ってきた身体だがとても頼りないような、全力で動いたら壊れてしまいそうに感じる。持っている武器もただの短剣で、属性付与したら砕けそうな代物だ。慎重に扱わなければ。ん?属性付与?出来るんだっけ?
一角うさぎに短剣を振るう。首筋の急所を一突きするにも慎重に身体を動かす。だが一角うさぎの動きが遅い。時間が引き伸ばされたかのようにゆっくりに感じる。これなら急所を外すことはない。狙った通りのところに狙った通りの深さまで短剣を突き立てた。一瞬で一角うさぎの命の炎が消えてゆく。全てが手に取るように判った。これを数回繰り返し、一角うさぎの群れを殲滅した。後には針の穴ほどの傷しかついていない一角うさぎが転がっているばかりだった。
「グラト、何か凄く綺麗に殲滅してない?」
「こいつらがのんびりしてたから、狙い通りに短剣を振るえただけだよ。」
「こいつら、普段通り素早かったけど…」
「そうか?まあ血塗れにならなかったから良しとしよう。」
一角うさぎを解体し埋めた。魔術師も葬った。壁に寄り掛かってぼんやりしている剣士に近づいて様子を診る。
「ホウル、あれからどのくらい経った?」
「そうだな、松明2本使ったから3時間位かな。」
人間、暗闇の中にいると悪いことを考えてしまうもので、ホウルが何気なく松明を灯したとき、剣士が自分の剣を首筋に当てていて、慌てて剣を奪い取り事無きを得たということがあってから、剣士の前には火を付けた松明を置いていた。
「3時間か…まだいけるか?」
「グラト?」
「剣士の人、腕を持って。こうして、ここに当てて」
剣士は自分からは何もしない。グラトに無理矢理ちぎれた腕を持たされ、ちぎれた箇所に押し当てられた。
「…腕、くっつけ」パアアァァ
剣士とグラトが光りだした。目が開けていられない程明るくなり、やがて光が収まると剣士の腕は元通りくっついていた。剣士はぼんやりと前を見ているだけだ。護符が数枚消滅した。
「どうだ?」
「凄い!くっついた!僕の回復魔法じゃ血を止めることがやっとだったのに。」
「剣士の人?」
グラトは剣士の肩を揺すって声をかける。ぼんやりしていた剣士は面倒臭そうにくっついた腕でグラトを振り払うと、驚いたように自分の腕を見る。矯めつ眇めつグーパーを繰り返して段々と自分の腕が回復したことを理解する。すると涙を流してグラトの手を取り感謝の気持ちを表した。
「ああ、腕が、腕が動く!ありがとう。ありがとう。もう諦めていたんだ。二度と剣は握れないと。ああ、ありがとう…」
「あ、ああ、どういたしまして。」
「俺はこの恩をどうやって返したら良い?」
「それなら、今回の“黒い魔獣討伐”ミッションを完遂するのに俺達が役に立ったとギルドに報告してほしい。」
「そんなことならお安い御用だ。君達が黒い魔獣を退治したと報告するよ。」
「俺達が退治したというのは内緒にしてください。Eランクの俺達で退治できたってことになると色々面倒なことになるので。」
「面倒?」
「例えば、ギルドのレベル設定ミス。今回はBランク以上でしたし。それから黒い魔獣と遭遇したパーティの降格もあるかも知れません。」
「君達がBランク相当の実力があったとは…ならないか。」
「はい。それはそれで今までEランクから昇格させなかったギルドの責任問題になりますし。」
「そうか…色々大変なんだな。」
「まあ、そういうことです。『アガラ・ゴロシャ』のリーダーさんがギルドで一悶着起こすと思うので、それも収めて頂ければ充分です。」
「判った。剣士生命を救ってくれた恩には見合わないが、任せてもらおう。」
ホウルがじっと剣士の腕を見ている。
「それにしても凄いな、ちゃんと動いてる。どうやったの?」
「えっと、まず両方の傷口の回復魔法・回復薬効果を無効化する為に、時間を3時間分戻した。傷口の鮮度も回復したから都合が良かった。それから双方をくっつける回復魔法、かな。光魔法は良く解んない。」
「時間を戻すって!?最高難易度の無属性魔法じゃん!」
「無属性魔法ばかり研究してたおっさんがいたんだよ。」
「まさか“時空間のマックスウェル”じゃないだろうな?」
「あー、違うな。その弟子のマニフォウだ。」
「…ヤバイ臭いがぷんぷんする。無属性魔法の事は秘密にしておいた方が良いよ。厄介事が起こる気しかしない。」
「そうだな。」
「さっきの剣士の腕治療、かなりの護符が消滅してたよ。」
「残りの枚数を確認しておいた方が良さそうか。」
グラトは自分の鞄の蓋を開け、中身を確認する。ホウルはお宝部屋の中央の人食い箱のドロップアイテムを見る。金色の篭手のようだ。振り返ってグラトに
「金色の篭手があるよ、これドロップしたやつ?」
「そう、人食い箱が。ちょっと待って、“鑑定”…?」
いつの間にか鑑定スキルを使えるようになっていた。グラトの中の誰かの習慣で、反射的にスキルを使用してしまったのだ。残り少ない護符が一枚消失した。
『“黄金の籠手”。防御力アップ、特殊効果無し、呪い無し』
「…取り敢えず呪われてはいないみたいだな。」
「何、そんな事判るようになったの?」
「あ、ああ、そうみたい。これは後で換金して山分けにしよう。」
3人はひとまず仮眠を取ることにした。1日で2日分踏破し、黒い魔獣に襲われて休む暇がなかったからだ。
グラトは闇魔法で結界を張る。魔物達が恐れて近づいて来なくなる。
「護符2枚は惜しいけど、これで安心して眠れる。」
「魔物達が来たりしない?」
「大丈夫。名のある悪魔とかでなければ近付いてこないよ。見張りの必要もない。」
3人は思い思いに横になって寝た。
暫くすると剣士がこっそり起き上がり2人から離れる。腕の回復具合を確かめるため、素振りを始めた。舞を舞っているかと思うほど、滑らかで力強く素早い剣捌きだった。
「以前と寸分違わぬ動きができる…有り難い。」
「逃げ出すのかと思った。」
「まさか。一緒にいた方が生還率高いでしょ。帰り道も分かるし。」
「そうだね。」
「おいグラトしっかりしろ!グラト!」
ホウルはグラトの胸に耳を当てると心音が聴こえたので安心した。胸に抱いていた黒豹の仔も触ってみると温かく、大丈夫なようだ。
「今、回復魔法をかけてやるからな。」
ホウルは懐から護符を取り出すと、回復魔法の呪文を唱える。グラトの身体が仄かに光り、酷かった右足の傷も2回、3回と魔法をかける内に消えていった。
「うっ、うーん…」
「おい、グラト!大丈夫か?」
「!?俺、生きてる!?」
「良かった。黒豹の仔も生きてるよ。」
「おお!お前も大丈夫だったか。」
『ふん、やっと起きたか…』
子供のような声が黒豹の仔から聞こえる。
「!お前、喋れるのか!?」
『喋れる訳ないだろ!声帯が無いのに。念話だよ!』
「念話?」
「グラト?どうした?」
「何でお前と話が出来るんだ?」
両手で黒豹の仔を持ち上げ目の高さを合わせる。
『話せば長くなる…』
「ホウル、俺ちょっとこの仔と話をするから。」
「えっ?黒豹と?お前どこか頭打ったか?」
「何で俺達は会話が出来るんだ?」
『それは“LOOTER”の能力を手に入れたからだ。』
「るぅたぁ?」
『さっきの魔獣を喰うことで奴の能力を引き継いだのさ。』
「くっそ不味かったあの肉か。」
『元々母が持っていた能力だったんだが、さっきの魔獣が俺の兄弟を襲ってきたとき、身代わりになって命を落としてな…喰われて能力を奪われたんだ。』
「そうか…兄弟達は?」
『結局奴に喰われてしまった。』
「お母さんは無駄死にだったのか…」
『それは違う。俺が生き延びた。』
「そうだな。能力も奪い返せたし。」
『本当は俺が奴を倒して奪い返せれば良かったんだが、まだまだ未熟で無理だった。お前が倒してくれて助かった。感謝する。』
「おう。役に立てて良かった。」
『能力を奪うためには、倒した後肉が赤く光っている内に喰わねばならない。倒してくれたお礼にお前にも肉を喰わせて能力を分けてやったんだ。』
「それでお前と話が出来るようになったのか。」
『それだけじゃない。LOOTERの能力は“喰った相手の知識・能力を引き継ぐ”んだ。』
「へ?」
『頭の中を覗いてみろ。お前以外の記憶があるはずだ。』
「うっわ、確かに…」
過去様々な人、獣、魔獣、魔族などの記憶・知識が思い出せる。
『体術などは鍛えなければ再現出来ないかも知れないが、魔法は相反する属性でも使えるようになったはずだ。』
普通、魔法は1人1属性、多くて2属性しか持てない。“火”と“水”、“風”と“土”のように相反する属性を同時に持つことは出来ない。属性精霊力のバランスが取れないからだ。例えば“火”属性魔法ばかり使っていると、“水”の精霊力がどんどん減っていき水の精霊から愛想を尽かされ、最後は水属性が失われる。相反する属性の魔法をバランス良く使った場合は、結局どちらも強力な魔法は使えない。
“火”“水”“風”“土”は精霊魔法だ。他に“光”と“闇”があり、これらは神や悪魔の加護を与えられた者のみ行使できる。精霊魔法との共存も可能で、選ばれた者のみ最大3属性の保持が可能である。
グラトは自分の中に6属性全ての魔力を感じることができた。しかも最大威力までの行使が可能だ。百年前に実在した“爆炎の魔術師”、隣の国の生没年不詳の“水の賢者”、70年前に噂になった真偽不明の“旋風の執行者”、伝説だけで詳細不明の“硬土の貴公子”達の記憶がある。
(みんなLOOTERに喰われたのか)
彼等が研鑽してきた知識は全てグラトに引き継がれた。他にも何体かの神獣・霊獣の記憶と能力もあった。
『さて、俺の用は済んだ。助けてもらった礼もしたし…』
「何だ?何処かに行くのか?」
『俺は子供だが、これだけの能力があれば生きていくのに困らないからな。』
「体術は鍛えないと使えない、だろ?」
『まあそうだが…』
「親兄弟を亡くしたばかりで、独りぼっち。何かあっても助けてくれる仲間もいない。」
『うっ、うむ…』
「じゃ、一人前になるまで俺の側にいるって言うのはどうだろう?」
『何だ。俺に守って欲しいのか?』
「…まぁ、そんなとこだ。」
『仕方ないな。一人前になるまでだぞ。』
「ああ。よろしくな相棒。」
黒豹の仔はグラトの肩によじ登り、居心地を確かめてそこを居場所に決めたようだ。
「…話、終わった?」
恐る恐るホウルが聞いてくる。
「ああ、すまん。なんとか終わった。」
「“るぅたぁ”とか言ってたけど何?」
「あの黒い魔獣の能力名、かな?」
「!?そう言えばあの魔獣倒したのか!?」
「ああ。あそこの肉の山がアイツの成れの果てだよ。」
「うおおぉ。やったな。一角うさぎ退治よりポイント高いんじゃないか?」
「そうだな。…そう言えば『アガラ・ゴロシャ』は?」
「魔導師は回復不能、剣士は聴き手欠損、リーダーはギルドに損害賠償請求しに帰った。」
「はぁ?帰った?不味いな…」
「ん?何が?」
「俺達だけじゃ『黒い魔獣討伐』ミッションを受領出来ない…」
「あ!じゃあ討伐しても」
「かえってペナルティを食らうかも。」
「うえぇ。もう少しでDランク昇格だって言うのに…」
「…取り敢えず、一角うさぎ退治するか。」
魔導師の亡骸に一角うさぎが引き寄せられて来たようだ。ホウルはロッドを構える。
「せめて自分達の受領分くらい完遂しておこう。」
一角うさぎに向かいながら俺は身体に違和感を感じている。今まで17年間使ってきた身体だがとても頼りないような、全力で動いたら壊れてしまいそうに感じる。持っている武器もただの短剣で、属性付与したら砕けそうな代物だ。慎重に扱わなければ。ん?属性付与?出来るんだっけ?
一角うさぎに短剣を振るう。首筋の急所を一突きするにも慎重に身体を動かす。だが一角うさぎの動きが遅い。時間が引き伸ばされたかのようにゆっくりに感じる。これなら急所を外すことはない。狙った通りのところに狙った通りの深さまで短剣を突き立てた。一瞬で一角うさぎの命の炎が消えてゆく。全てが手に取るように判った。これを数回繰り返し、一角うさぎの群れを殲滅した。後には針の穴ほどの傷しかついていない一角うさぎが転がっているばかりだった。
「グラト、何か凄く綺麗に殲滅してない?」
「こいつらがのんびりしてたから、狙い通りに短剣を振るえただけだよ。」
「こいつら、普段通り素早かったけど…」
「そうか?まあ血塗れにならなかったから良しとしよう。」
一角うさぎを解体し埋めた。魔術師も葬った。壁に寄り掛かってぼんやりしている剣士に近づいて様子を診る。
「ホウル、あれからどのくらい経った?」
「そうだな、松明2本使ったから3時間位かな。」
人間、暗闇の中にいると悪いことを考えてしまうもので、ホウルが何気なく松明を灯したとき、剣士が自分の剣を首筋に当てていて、慌てて剣を奪い取り事無きを得たということがあってから、剣士の前には火を付けた松明を置いていた。
「3時間か…まだいけるか?」
「グラト?」
「剣士の人、腕を持って。こうして、ここに当てて」
剣士は自分からは何もしない。グラトに無理矢理ちぎれた腕を持たされ、ちぎれた箇所に押し当てられた。
「…腕、くっつけ」パアアァァ
剣士とグラトが光りだした。目が開けていられない程明るくなり、やがて光が収まると剣士の腕は元通りくっついていた。剣士はぼんやりと前を見ているだけだ。護符が数枚消滅した。
「どうだ?」
「凄い!くっついた!僕の回復魔法じゃ血を止めることがやっとだったのに。」
「剣士の人?」
グラトは剣士の肩を揺すって声をかける。ぼんやりしていた剣士は面倒臭そうにくっついた腕でグラトを振り払うと、驚いたように自分の腕を見る。矯めつ眇めつグーパーを繰り返して段々と自分の腕が回復したことを理解する。すると涙を流してグラトの手を取り感謝の気持ちを表した。
「ああ、腕が、腕が動く!ありがとう。ありがとう。もう諦めていたんだ。二度と剣は握れないと。ああ、ありがとう…」
「あ、ああ、どういたしまして。」
「俺はこの恩をどうやって返したら良い?」
「それなら、今回の“黒い魔獣討伐”ミッションを完遂するのに俺達が役に立ったとギルドに報告してほしい。」
「そんなことならお安い御用だ。君達が黒い魔獣を退治したと報告するよ。」
「俺達が退治したというのは内緒にしてください。Eランクの俺達で退治できたってことになると色々面倒なことになるので。」
「面倒?」
「例えば、ギルドのレベル設定ミス。今回はBランク以上でしたし。それから黒い魔獣と遭遇したパーティの降格もあるかも知れません。」
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「はい。それはそれで今までEランクから昇格させなかったギルドの責任問題になりますし。」
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「そうだな。」
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「…取り敢えず呪われてはいないみたいだな。」
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「魔物達が来たりしない?」
「大丈夫。名のある悪魔とかでなければ近付いてこないよ。見張りの必要もない。」
3人は思い思いに横になって寝た。
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「そうだね。」
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勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
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