犯意

北川 悠

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提案

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 小松から連絡を受けて麗奈は長良キャンプ場に向かった。麗奈が駐車場に車を停めると、すでに小松が到着していた。
「高橋は?」
「キャンプ場のなかだ。富永が張っている」小松が言った。
「高橋一人?」
「ああ一人だ」
 先程、麗奈は津島からメールで連絡を受けた、高橋が立ち寄りそうな場所五か所。津島は高橋紀彦とその家族や友人のSNSなどを片っ端から検索し、絞り込んだのだ。木更津の駅前本屋、木更津港近辺での釣り、富津西クリニック、長沢原オートキャンプ場、そして長柄キャンプ場の五か所。そこにいなければ、次の候補をメールしてもらう手はずだった。さすが津島である。
 麗奈は津島のメールを受けてすぐ、富永と小松に連絡を取った。小松が自分のネットワークを使って、手分けして探したところ、長柄キャンプ場に高橋紀彦を発見したのだ。

「夜まで待つでしょうね?」麗奈がつぶやく。
「だろうな」
 小松が空を見上げる。
「でも、今日とは限らない……」
「ああ、だが今日は条件がいい」
「そうね」
「だが、もし現れなきゃ、何日でも張るさ、幸いな事に、今の俺たちには売るほど時間がある」
「ありがとう」
「お前の為にやっているわけじゃない。俺の落とし前だ」
「沢口?」
「ああ、知らなかったとはいえ、あんなバカに盃を与えちまった……富永と川島には申し訳がたたん……お嬢ちゃんにもな」
「律儀ね」
「で佐島、その後はどうする?」
「考えてないわ……そもそも想定外……」
 
 二時間後、富永から小松に電話がきた。「うん、ああ、わかった。ご苦労だった。じゃあ手はず通りに頼む」
「間に合ったの?」
「ああ、大丈夫だ、俺達も帰るぞ」
「よかった」
 麗奈は胸をなでおろした。「津島君に連絡しなきゃ」

 津島のスマホが震える。表示はRenaさん。
「はい……」
「津島君ありがとう。こっちはなんとかなったわ」
「麗奈さん……すみません……」
「麗奈! お前今どこにいる?」
「え? 武男? どうして武男が?」
「小松もいるのか?」
「……どうして……」
「どこにいるんだ」
「どこって……長柄……」
「一時間後、津島と小松の家に行く。富永も呼んでおけ」
「……嫌だといったら?」
「手配する」
「本気?」
「そんな事はしたくない」
「わかったわ」

 武男と津島が小松家に着くと、小松が出てきた。
「ここは売りに出すことにした」
 今はすっかり荒れ果てているが、代々続いてきた小松家の庭は広く、鯉の泳ぐ池もある。
「そうか……昔この庭で遊んだ事があったな」
 武男が大きなミズナラの木を見上げて言った。
「遅くなるとお前の母親が迎えに来た。優しくて綺麗な人だった」
「小松……覚えているのか?」
「ああ、俺のおふくろは早くに亡くなっていたからな、お前の母親にもらった握り飯の味は今でも覚えている」
「そうか……」
「なあ山城、世の中は理不尽だと思わんか? 俺が言うのもなんだが、悪人がのさばり、善人が裁かれる……」
「意味深だな」
「中に入れ」
 小松は事務所ではなく、応接間に二人を通した。
 中で待っていた富永が立ち上がって頭を下げる。
 麗奈はソファーに座っている。

「俺がなぜここにきたのか、もうわかっているな?」
 武男の言葉に全員が頷く。
「いつからだ?」
 武男が小松を睨む。
 小松が麗奈に向かって顎をしゃくる。
「私が浩一、川島先生ね。彼に頼まれたのは……武男、貴方が浩一と日暮里のバーで飲んだすぐ後よ。でもその時点では、入谷を殺した犯人が誰なのか、彼もわかっていなかった」
 富永がしゃべろうとするのを抑えて麗奈は続けた「浩一は……浩一と富永は、博孝君と絵里さんの殺害に、南沢と入谷、沢口が関わっている可能性が高い。というところまで調べていたが、確定的ではなかったの」
 麗奈が煙草を取り出したので、武男は火をつけてやった。
「ありがとう」麗奈がゆっくりと煙を吸い込んで、それを吐き出していく。「そこで彼は……浩一は私に調査を頼んだの」
「それが、密着取材か……」武男も煙草に火をつける。
「密着取材は私の独断。彼は私と貴方……千葉県警本部の警部との関係なんて知らなかったし」
「そうなのか?」
「うん。でも元々、私は仕事で仙谷を調べていたからちょうどよかったの。で、調べれば調べるほど、南沢修は黒い人物だった」麗奈が武男に向き直る。「私が県警本部に行った時、あの時は南沢について少し脚色したわ……武男の注意を惹きたかったから……ごめんなさい」
 武男は深く一服してから言った。「なぜ川島先生はお前に依頼した? お前とはどういう関係だ?」
「恋人ではなかったわ。彼はずっと加奈子さんのことを想っていたから。でも大切な人」
「大切な人か……」
「そうよ。私と武男のような関係。貴方もずっと、今でも奥さんのことを想っているでしょ。仮に浩一と武男が逆だったとしても、私は同じ事をしたわ」
 そう言って麗奈は川島浩一とのいきさつを話した。

「富永、お前は息子が死んですぐ組を抜けている。それは時間を得るためか? 先生とはいつからだ?」
「組に迷惑はかけたくなかった……」
 富永は川島とのいきさつを説明した。
「ほんとは、俺たち二人の手で殺すつもりだった」
 富永が拳をかかげる。
「小松は? お前はいつから知ってた?」
 小松が富永を見ながら言った。「富永は息子の自殺を疑っていた。犯人捜しをするために組を抜けたのは容易に想像がつく」小松が武男に向き直る。「俺達が積極的に協力を始めたのは、沢口が酔って殺人をしゃべってからだ。沢口の件を富永に話したのは俺だ」
 小松は一呼吸おいてから続けた。「富永が、川島と佐島を連れてきたのは、沢口の遺体が発見された後だ」
「麗奈、先生の病気については? いつから知ってた?」
「調査を頼まれた時に聞いたわ。自分にはもう時間が無いって」
「その時点でこの結末が計画されていたのか?」
「いいえ……彼がこの計画を考えたのは、入谷殺害の犯人に目星がついた時。その時は漠然とって感じだったけど……」
「それはいつだ?」
「沢口と柿崎が殺される少し前よ」
「その頃、俺と先生で沢口と南沢を殺る計画を立てていた。確定的な証拠はなかったが、ほぼ決まりだったし、仮に人違いであったとしても、世の中にいてはいけないカスだった」富永が拳に力をいれて言った。「それに……先生には時間が無かった。でも、佐島には殺害するとは言っていない。あくまでも犯人捜しとして協力を頼んだだけだ」
「私だったら殺すわ」麗奈が富永を見て頷く。「でも、既に南沢は行方不明で、沢口と柿崎が殺された」麗奈が武男に向き直る。「たぶん、南沢も殺されている可能性が高い。実際殺されていた。――そして、浩一の提案に私たちが乗った」
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