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まゆし

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日常編

第五話 理科室の幽霊、正体見たり枯れ尾花

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 今日は13歳になった青一郎が学校の畑で取れた里芋を持って帰って来ました。私は貴方が大好物だった里芋の煮っ転がしを作りました。青一郎も里芋の煮っ転がしが大好物なのですよ。食べている姿なんか、貴方にそっくりです。少しの間だけ、貴方の仏壇にも置いておきました。青一郎が運んでくれたのを貴方は気づいてくれましたでしょうか。
本日、12月24日といえば、あの方がお生うまれになった日ですね。貴方はもしかしたらあの方のもとへ行っているのでしょうか。私にはそう思えてなりません。里芋が冷めてしまいますので、早めに戻ってきてください。
昭和30年12月24日、友子。


「学校の七不思議?!何だそれ。聞いたことねぇけど。」
海は昼休み、教室でコンビニ弁当を頬張りながら言った。クラス替えがあり、新鮮な気持ちで新たな生活をスタートする新学期を迎え、早2週間が過ぎようとしていた。海と一緒の机で弁当を広げているのは、1年の時に同じクラスで仲良くなった海の親友、千頭相助せんずそうすけだった。耳には無数のピアス、髪は紫色のマッシュスタイル、大きめの黒縁メガネ、着崩した制服…かなりチャラい見た目をしており、その見た目からか、周りから若干距離を置かれている。恐らく海しか友達がいない(少なくとも海が知っている限りは)。しかし見た目に反して、重度のオカルト好きのオタクであり、オカルト研究会の副部長を務めている。
「そうそう。お前知らねぇの?この学校、出るんだぜ?幽霊が!」
「知らねぇし、知りたくもねぇわ。」
「あ~そっか。お前幽霊が嫌いなザコだもんな。」
相助は海を馬鹿にしたように笑って言った。
「ザコじゃねー!前言撤回しろ!」
海は怒って相助の卵焼きを一個勝手に取り、口に放り投げた。
「あ、俺の卵焼き!…まぁいいや。それよりも聞けよ。七不思議って言うくらいなんだから、7つの伝説があるんだよ。まず最初がな…」
オカルト好きの相助の話は、当分止まりそうになかった。
「あー!あー!聞きたくもねぇ!どうせくっだらねぇ噂ばっかなんだろ?!」
海は相助の話を聞くまいと、断固拒否!というように耳を両手で塞いだ。
「お前聞けよ!!じゃあこれだけは言っておく!お前、旧校舎の理科室には不用意に近寄るんじゃねぇぞ。」
海たちの高校…愛智高校あいちこうこうにはあまり使われなくなった旧校舎がある。1階の格技場は体育の時間でよく使われているが、2階の家庭科室、理科室はもう使われていない。新校舎に新しいのがあるからだ。
「はぁ??…理科室に何があるって言うんだよ…。人体模型が動くとか?」
顔では何事もないように隠していた海だが、足がガタガタ震えていた。振動が机にまで伝わり、弁当がカタカタ揺れている。
「はぁ…お前、わかりやすい奴だな。いいか、理科室の噂は七不思議の中でも4番目の噂で、他のと違ってガチっぽいんだ。目撃者が複数人いる。ウチのオカ研でも有名な話。」
「嘘…」
「なんでも、出るんだよ。夜中に血塗れの男子生徒の幽霊が…。去年の文化祭、泊まり込みで準備してた2個上の先輩で、見た人がいるんだってよ。しかも逃げたら部屋の出口まで猛スピードで追いかけてきたらしい。」
「はぁ??!追っかけてくる?!こ…怖っ!!!」
海は顔を真っ青にして、持っていた箸を落としてしまった。
「絶対近寄らないとこ。」
海は落ちてしまった箸を取ろうとしゃがみ込んだその時、後ろから声をかけられた。今怖い話をしていたこともあって、心臓が飛び出るかというほど驚き、変な声が出てしまった。
「そ…そんなに驚いた…?ごめんね。」
声をかけてきたのは、同じクラスの女の子だった。とても落ち着いた性格の子であり、普段海とは全く話さないため(というか海はもともと女子と喋らないのだが)、すっかり名前を忘れていた。
「えっと…」
「あ、井口芽愛里いぐちめありです。」
「お前さぁ、いくら新学期始まったばっかだからって、名前忘れるとか失礼すぎ。」
相助は呆れて箸で海の頬を突いた。
「うっせ!…ごめん、井口さん。その、何か用ですか?」
「今の話…聞こえてしまって…。いきなり横槍入れてすみません。えっと、実は新学期の大掃除なんですけど、旧校舎の理科室、うちのクラスが掃除当番になってしまって…。」
「「え!!!嘘!!!」」
海と相助は同時に叫んでしまった。
「すみません。私美化委員で…ジャンケンに負けてしまいました…。」
彼女は申し訳なさそうに謝った。何も責められない要因だった。
「うん…。しょうがないですよね。気にしないでください、井口さん。」
相助は笑顔で芽愛里にフォローを入れた。しかし海にとっては大問題だった。何せ海は霊感が特別強い。昼でも血塗れの幽霊が見えてしまうかもしれないのだ。見えてしまったら最後…確実に失神する。


海は帰って早速、理科室の幽霊の話を真実に話した。彼女はリビングで大好きな三色団子を食べながら、ゲーム雑誌をゆっくり読んでいた。最初は邪魔すんじゃねぇという顔で軽くあしらっていたが、海のあまりの必死さにとうとう折れた。そして彼女は「う~む」と適当に考えたか考えてないかの後、こう言い放った。
「まぁ、運だよな。」
「そんなぁ!!俺、死ぬかもなんだぞ!?お前大掃除の日だけ学校変わってくれよ…。」
「そんなこと言われても。私中3だし。でもさ、目撃情報があっただけで、その後その人に何かあったわけじゃねぇんだろ?呪い殺されたとか、人が変わっちまったとか。じゃあそこまでタチ悪くねぇよ。大丈夫大丈夫。」
「でも血塗れだぞ?!普通に怖い…。」
「それはさ、死んだ時の格好で現れるからしょうがねぇよな。それにさ、お前能力使えるじゃん。その能力、幽霊にも使えるから、いざとなったら使えば?」
海はボストンでの出来事を思い出した。確かあの時は足元に雑草が生えたんだっけ…。
「いや、あの時自分でもどうやってやったのか覚えてねぇんだよ。気づいたら生えてたっていうか…。ていうか雑草生やしたところで、どう使えばいいんだよ。」
「なんかトリガーとかねぇのかな。私の場合はさ、自分の血を左目につけることで、能力が発動するから。」
「あぁ…お前、やってたな…。」
確か彼女の左目に黒い空洞が空いて、それを見たノアは、憑き物が取れたかのように元に戻ったんだっけ…。
「そういやお前の能力って、どういうものなの?化け物を追い払う能力?」
海はふと疑問に思った。
「違う。私の能力は、そういいもんじゃねぇ。ノアくんの時は、彼自身幽霊だったし、それにノアくん自身が死んでもなお怨霊に囲われていたから、アレで済んだけどさ。」
「じゃあ、生きてる人間相手だったら?」
「死ぬ。」
真実ははっきりとそう言い切った。海は思わず息を呑んだ。
「生きてる人間には決して使っちゃいけない。私の能力は、その人の心にある黒い感情を引き摺り出すもの。欲望、妬み、苦しみ、悲しみ、トラウマ…それらを無理やり引き摺り出して、嫌というほど突きつける。一番汚いところを無理矢理暴くんだ。そして思考を腐らせ精神的に殺すんだ。だからこの能力で、最悪自分の手を汚さずに人を殺すことだってできる。自殺に追い込むってことな。私の能力は、この世で最低最悪な能力だよ。」
真実は自嘲気味に鼻で笑ってそう言った。そんな彼女を見て海は、もう彼女には能力を使わせないようにしようと誓った。
「だから翔ちゃんの時はマジで焦った。彼さ、私の能力効いてなかったよな?」
「ああ…そうだったな。」
翔太が大切に持っていた恐ろしい呪具を、真実が無理やり回収しようと能力を使った時、何故か翔太にはあまり効いていなかったのだ。
「今でも訳わかんねぇ。過去を引き摺ってない人間なんていねぇんだよ。暗い感情を持ってない人間なんているはずかない。どんなに誠実で明るい人間だって、見返したくない過ちや後悔は多少はある。それが人生だし、人間である限り当然なんだろうけどさ、でも…翔ちゃんは…」
真実はそう言いながらどんどん表情を曇らせた。益々、翔太が何者なのかわからなくなってきた。


「結局何にも解決策思い浮かばなかった…!!」
2日後の大掃除の日。海は頭が痛くなるほど、どのようにすれば理科室の掃除を避けられるか考えたが、結局真実の言うように、運しかないという結論に至った。要はどこの掃除をどの班が担当するかを決めるジャンケンに自分が勝って、理科室を避ければいい話なのだ。海の班は彼を含めて4人、海、相助、真理亜、そして今年この高校へ転校してきた三常行さんじょうゆきである。行は口数の少ない男で、同性から見ても、少しとっつきにくい印象を受ける。海と相助も、一言二言しか言葉を交わしたことがない。班のリーダーは海、海のジャンケンで今後の運命が決まるのだ。班のリーダー同士が集まり、海が意気込んでいたその時、美化委員の真面目そうな男子生徒がある提案をした。
「旧校舎の理科室は青井くんの班に任せてもらっていいですか?」
「は??」
海は目がパチパチさせながら、美化委員の男を見た。何言ってるんだ?こいつ…と少し苛立ちを覚えた。
「他の掃除場所は体育館、格技場、トレーニング室、体育倉庫の4つ。青井くん以外の班には運動部の子がいるので、運動部の子に任せたほうが、いろいろ物の配置とかもわかってやりやすいと思うんです。なので理科室やってもらえませんか?」
至極真っ当な理由だった。他の生徒もその提案を聞いて頷いていた。海は断るにも断れない雰囲気を感じ取り、泣きそうになった。そしてその提案に、反対する意見も海には出せなかった。
「………わ…わかりました…。」
運どころの話ではなかったのである。


あっという間に各々の掃除場所が決まり、皆掃除道具を持って散らばっていった。海たち4人も、箒と雑巾、バケツ、ちりとりを持って旧校舎へ向かった。
「なんとなくだけどさ、こういうことになる気はしてた。」
相助は呆れ気味に笑って言った。
「これは俺の運が悪いっていうことではないよな?それ以前の問題であって…。なぁ相助、身を挺して俺を守れよ。」
海は相助の背中にしがみつきながらノロノロと歩いた。
「重い重い!やめろ!お前なんか置いてすぐに逃げてやるわ!てか夜中しか出ないならいいだろ別に。」
「いやいや…そうじゃないんだって!」
相助は海が霊感強くて幽霊がはっきり見えてしまうことを知らない。相助には、何をそんなに恐れているのかがわからなかった。
「どんだけ怖がりなんだよ…。」
すると芽愛里が口を開いた。
「やっぱり私のせいです…すみません。さっさとやって、早めに終わらせちゃいましょう。」
「いやいや、井口さんのせいじゃないって!そうですね、早く終わらせよう!」
海は空元気を見せた。もうこうなってしまった以上、腹を括るしかない。見えたら見えないフリ…見えたら見えないフリ…海はそう自分に言い聞かせた。情けないことに受験の時より遥かに緊張していた。心臓がバクバクとうるさい。そうこうしていると、例の理科室へとうとう着いてしまった。相助が鍵を開けて扉を開くと、そこは埃被った椅子や机、実験道具が乱雑に置かれているだけの部屋だった。教室の位置的に窓からあまり陽の光が入らず薄暗くなっており、それが幽霊が出そうな雰囲気を余計に醸し出してしまっている。
「埃臭いな…。」
相助は顔を顰め、電気をつけようとスイッチに手を伸ばした。それを海が咄嗟に止めた。
「うわ!なんだよ…。びっくりするな…。」
「電気は…やめない?」
「なんで?薄暗いじゃん。」
「なんでも!電気つけなくてもなんとか見えるじゃん。節電節電!いいからやめよ!」
「意味わかんねぇなコイツ…。」
海は持っていた箒でさっさと床の掃除を始めた。それにつられて他の3人も持っていた道具で掃除を始めた。海にはやはり見えていたのだ。理科室の右奥の角に、自分くらいの大きさの人型の影が。電気をつけられたら確実にその様相がハッキリとしてしまう。そうしたら失神する自信しかない。海はなんとか幽霊がいるところを避けて埃を集めた。すると行がやってきて海の集めた埃をちりとりで集めてくれた。
「ありがと…。」
「おい、お前も見えてるんだろ?」
「え…。」
無口な行が、小声で海に話しかけてきた。
「あそこの角…いるだろ。俺も見えてるから安心しろ。」
海は行のその言葉を聞いて、心から安心した。思わずポロリと涙が出た。
「うぅ…三常も見えてたんだ…よかった…。」
「何かと厄介だよな。もう箒は終わっただろ?じゃあ千頭と井口手伝ってさっさとこの教室出ようぜ?」
「うん…そうしよう。」
海と行は雑巾を取りに行こうとしたその時、幽霊が徐々にこちらに近づいて来ているのを感じた。
「まずいな…こっち来てる…。もしかして勘づかれたか?青井、気づいてないフリしろ。見えてること気付かれたら多分追ってくる。」
「無理無理無理…!怖すぎだろ…!」
海の足は既に恐怖で固まってしまっていた。それを察した行は海の手を取り、早足で相助の元へ向かった。
「千頭。ちょっといいか?」
「うお!三常か。…なんでお前ら手握ってんの?」
相助は訝しげに2人を見た。確かに、今までそんなに仲良くしていなかった男子高校生2人が、小さい子どものように手を繋いでいるところなんて、滑稽以外何物でもないだろう。
「なんか青井具合悪いみたい。」
「え、マジ?ビビり過ぎて体調崩すとかザコじゃん。保健室行く?」
「いや、多分外の空気吸ったら大丈夫。ちょっと外出てくる。なんかあったら呼んでくれ。」
「おお…行ってらっしゃい。」
行は海を引っ張って、早足で旧校舎を出て行った。相助は2人の背中を見つめて首を傾げた。


「ごめん…三常。助かった…。」
「お前そんなビビりでよく生きてこれたな。」
海は旧校舎の入り口の大きな柱にもたれかかった。
「いや…俺、去年まで全く霊感なかったからさ…。全然慣れてなくて…。」
「え、お前突然見えるようになったのか?」
「ああ。16歳の誕生日に突然な。元々幽霊とか化け物系苦手だからさ…。ホラー映画とかフィクションってわかってても無理。それなのに見えるようになるなんて…最悪だよ。」
行は呆気に取られた。突然強大な霊感が発現するなど聞いたことがない。しかも何かしらのきっかけも無しに。
「嘘だろ?そんなことあり得るのか…?ちなみにさ!能力使えたりする?」
行は深刻な顔で尋ねた。海はその勢いに少し圧倒された。
「あ…うん。一応…な。まぁ先月使えることが判明したっていうか…。」
「マジか!スゲェ…突然覚醒した能力使いか…。実はさ、俺も能力使えんだよ。誰にも話してねぇし、使うこともないけど。」
行のいつもはどんより曇っている灰色の瞳に、少し光が差した。
「え!お前も?!なんだ、俺たち仲間じゃん!」
「はは…そうだな。」
海は少し感動した。なんとなく転校初日から居心地悪そうだった行が、初めて顔を緩ませたからだ。
「ところでさ、あの幽霊、お前にはどう見えた?怖くてあんまり見てないと思うけど…。」
「え…そうだな。身長は俺ぐらいの…170センチくらいの男だったかな。」
「うん、俺もそう見えた。後は服に赤い何かが付着していたな。」
噂通りだった。血塗れの男子生徒の幽霊は本当にいたのだ。
「それ…血じゃねぇのかな…?」
海は恐る恐る言った。
「まぁ、おそらくな。でも死因がわからねぇ。」
「何かに刺さったとか?でも理科室に刺さる物なんて…メスとかかな?動脈を運悪く切っちゃったとか?」
「メスで動脈切るって…どんな事故だよ…。1人で実験して誤って切ったのか?いや、そんなこと先生許すか?」
「普通許さねぇだろうな。だったら自殺か?でもわざわざ理科室で自殺って…?なんかそこまで考えると切ったって可能性は低い気がする。」
「じゃあ何かで強く殴られたとか?」
「それ殺人事件じゃん!さすがにそんなこと過去にあったらでっかいニュースになってるだろ?!事故なんじゃね?滑って転んで、打ち所が悪かったとか?」
「だとしたら正面に血がついてるのはおかしくないか?あの幽霊、襟元から胸にかけてべったり赤いのがついてたぞ。それこそ動脈でも切らないとあんなに真っ赤にはならない。さっき俺が横目で確認した。」
「う~ん。ますますわからなくなってきた…。」
海は頭を抱えてしまった。理科室で死ぬことなんてそもそもあるのか?首吊りでもないし…
「もういっそのこと幽霊本人に接触してみるか。」
行は考えるのが面倒くさくなったのか、海にとってとんでもない提案をした。
「は?!それはダメだろ!襲われたらどうすんの?」
海はゾッとした。できればもう理科室には戻りたくないのだ。
「大丈夫だって。俺たちには能力がある。」
行は励ますようにそう言ったが、対して海は相変わらず全く自信なさげだった。
「言ってなかったけどさ、俺の能力…クソほど役に立たないぞ?」
「どんな能力だよ?」
「雑草生やす能力。」
行は予想外の能力に少し目を開いた。戦闘向きではないのか…と。
「雑草?植物を操るってことか?」
「操るっていうか…生やしたことしかない。」
「へぇ…もしかしたらなんか他に出来ることあるかもしれないな。応用できるっていうか…伸び代があるっていうか…。お前、能力が発現したばっかりだから、もっと可能性を秘めてるかも。ちなみに俺は人間を不自由にする能力な。」
「動けなくするってこと?」
「そう。行動の自由を奪う能力だ。身体を鉛のように重くして、動かせなくなるんだ。正確には…対象の体感を変える能力な。」
「怖っ!じゃあもし幽霊が襲ってきたら…。」
「能力発動させて、動けなくしてやるよ。それならなんとかお前も大丈夫だろ?」
「うん…。多分…。」
今後また大掃除で理科室に行くことはある。その度にこんな怖い思いをするのはごめんだった。行は海を勇気づけるように肩をポンと叩いた。
「よし、戻るか。千頭も井口も待ってるしな。」


理科室に2人が戻ると、入り口に芽愛里がぐったりと倒れていた。
「…!!おい!井口さん!」
海は井口の肩を軽く揺らした。反応はなかったが、呼吸はしているようだ。
「相助は…?!」
海は理科室を見渡し、相助を探した。しかし相助の姿は見当たらなかった。
「そんな…!物音は外からは何もしなかったぞ?!一体何が…!?」
戸惑っていると、理科室の右角から何かが起き上がった。そこには相助立っていた。しかし力なく頭が垂れ下がっていた。まるで某テレビから出てくる女性の幽霊のようだった。海は相助が相助ではないように見えて、恐怖を感じた。
「相助…?」
行は能力を発動しようと右手を相助へ向けて力を込めた。しかしそれを遮るように、ものすごいスピードで相助が2人の元へ走ってきた。人間の出せる速さではなかった。
「「!!?」」
終わった!!と海は目を瞑った。しかし想像していた衝撃がいつまで経っても来なかったので、海は恐る恐る目を開けてみた。
『すまん!ワイ…自分ら怖がらせてしまったようやな!』
目の前に相助の顔があった。海は失神してしまった。


目を開けると茶黒い木造の天井が目に飛び込んできた。理科室の天井だ。
「あれ…?俺…。」
「やっと目が覚めたか。」
海は理科室の机に寝かされていた。だいぶ気を失っていたのか、身体のあちこちが痛い。重い体を起こすと、行と相助がこちらを椅子に座って見ていた。海は何とか今までの記憶を手繰り寄せた。
「…あ!!俺、相助が迫ってきて気絶したんだ!」
徐々に記憶が蘇ってきた。
「相助なら大丈夫。今取り憑かれてるけど。」
行がとんでもないことをサラッと言った。
「あ?!!」
海は変な声を出して相助の方を見た。しかし特に変わった様子はなかった。
「そ…相助…?」
『あ、ワイ相助くんじゃないんよ。』
確かに相助の顔、相助の声でそう発した。しかし彼は確実に相助ではなかった。まず口調が全然違った。関西弁?ここ愛知県だよな?
「え……誰?」
『自己紹介遅れてしもうてすまんな。ワイの名は生口怜いきぐちれい。ここの学校の生徒だったんや。よろしゅうな。』
彼は笑顔で海に握手を求めた。見慣れた相助の顔だが。
「あ、ハイ…。」
海も釣られて手を差し出した。勢いよくブンブンと振られると、パッと離された。
『改めて…驚かせてしもうてホンマすまんかった!びっくりさせるつもりなんてなかったんや。せやけど、自分ら2人、ワイのこと見えとったやろ?それがたまらなく嬉しゅうて…。』
「え、バレてた…。」
『どうしても話さんとあかん!って思うて、相助くんの体借りさせてもろうたんや。本来の姿やと…自分ビビるやろ?あんまワイのこと見んようにしとったやろ?』
「ハイ…ビビります…。」
ビビって一旦避難したくらいだ。それに出来るなら今も逃げ出したい。
「まぁこんな感じで、全然悪い人じゃなさそうなんだよ。だから先に目が覚めた井口にはもう帰ってもらって、お前が目覚めるのを待ってたわけ。井口もお前と一緒、怜さんに驚いて少し気を失ってただけだった。」
「そっか…よかった。」
海は心から安心した。関係ない上にあまり親しくもない芽愛里を巻き込んでしまっていたら、さすがに目覚めが悪い。
『彼女にも悪いことしてしもうたわ。あとで謝ってもろうてええか?』
怜は申し訳なさそうに手を合わせて頼んだ。
「いいですよ。それより青井目ぇ覚めたんで、本題に入りますか。…怜さんはどうしてここにずっといるんですか?」
行は一番気になっていたことを切り出した。
『せやな…実はワイな、自分の名前と死んだ時のこも以外は何にも覚えとらんねん。弁当食いにここの理科室に来て…確か右奥の椅子に腰掛けたんや。でもその椅子に何か挟まっとって、バランスを崩したんや。そんでワイは転んで、机の角に頭打って…そんで死んだんやろうな。そっからこんな状態や。』
「とんでもなくかわいそすぎる…。え…じゃあ赤いのが服に付いてましたよね?あれは?」
『あれはケチャップや。』
「「ケチャップ??!」」
行と海は拍子抜けしてしまった。自分たちが想像してたのとは全く違って、実に下らないものだった。
『転んだ時弁当のケチャップ持っとって、ぶちまけてしもうた。』
「な…なんだ…そうだったのか…。」
海は一気に力が抜けた。
『そこでワイが自分らに頼みたいことはな、どうして成仏できないか調べて欲しいねん!』
「え!?自分でもよくわかってないんですか?」
海は驚いた。なぜあの世に逝けないかわからない幽霊なんて初めてだ。
『おお…。な~んか心にこうモヤモヤっとしたもんはあるんやけど、それが何かわからん。なんせ死んだ経緯しか覚えとらんからな。ワイがどんな人間だったかも…どんな奴と連んでたかも…何も思い出せん。せやから頼む!!死んでからまともに話できたのは、自分らが初めてや!ワイの頼み、聞いてくれへんか?!』
怜は必死で海の手をぎゅっと掴んだ。なんか相助に掴まれてるみたいで(実際はそうなのだが)ちょっと気持ち悪かった。
「わ…わかりました!だから手を離してください!」
『すまん、痛かったか?』
そうではない。そうではないが黙っておいた。怜はすぐに手を離した。
『行くんもワイの頼み、きいてくれるか?』
「ええ…まぁ…いいですよ。ここまで話聞いてしまったんで。」
相変わらず行はぶっきらぼうだったが、明らかに声のトーンに優しさが含まれていた。


次の日、海と行はまず何年か前の生徒について調べることにした。そのために放課後、図書室に行き、そこにある歴代卒業アルバムで、取り敢えず過去10年間分のものを探すことにした。昨日のことを全く覚えてない相助には「お前らいつの間にそんな仲良くなったの?!」と大層驚かれた。そんな相助は放っておいて、2人は授業後すぐに図書室へ向かった。アルバムは、図書室の隣の資料室にあった。
「あったあった!やっと見つけた。」
海は行のところにアルバムを持っていき、1番古い10年前のものを開いてみた。
「へぇ~10年前の学校、今と全然違うな。やっぱり新校舎ができたからだな。えっと、怜さんは…いるかな?」
2人は片っ端から生徒の写真と名前を追って行った。怜は3年C組にいた。別枠に写っていたので、すぐにわかった。
「お!一発で見つかるとかビンゴじゃん!どれどれ…みんなの寄せ書きに怜さんのこと書いてあるな。『怜くんお元気ですか。早いものでとうとう卒業の季節ですね。怜くんも一緒に卒業です。』これは先生のメッセージか。」
「同じクラスの人は何か書いてないのか?」
「あ、あった。『怜、少ししか一緒にいられなかったけど、どうか俺たちのことを見守ってくれ。』怜さんの友達だった人かな。でも怜さんの未練に繋がる手がかりは見当たらないな。」
海はクラスのページは諦めて、他のページをペラペラとめくると、1枚紙が落ちてきた。
「おい青井、何か落ちたぞ。」
行はヒラヒラと足元に落ちた小さな紙片を拾い上げた。それは新聞記事の切り抜きだった。
「『愛智高校の生徒、校内で事故死』…これ、怜さんのことじゃね?」
「当時の人取ってくれてたのか!ナイス!」
記事の内容は正しく怜本人から聞いた内容そのままのことが書かれてあった。記事から新しく得た情報と言えば、事故が起こったのは今から10年前の4月15日ということ、当時怜は転校生で、この学校に転校してからすぐに事故死してしまったということだった。
「4月15日…明日か。」
今日は4月14日。明日がちょうど怜の10回目の命日となる。


2人はアルバムを持って旧校舎の理科室へ駆け込むと、教室の端っこで机に臥して寝ている怜を見つけた。
「う…ケチャップってわかっていても、見た目がえぐい…。事案レベル…。」
海は改めてまじまじと怜の姿を見た。同性から見ても顔が整っていて、生きていたら大層女性にモテていたんだろうなという印象を受けた。ケチャップのシミがなければ…の話だが。
「怜さん。起きてください。」
行が声をかけると、怜はゆっくり瞼を開けた。
『おお…!行くんに海くん!すまんすまん…寝てしもうた。最近やけに眠くてな…。動いとらへんのにおかしいやろ。』
怜は欠伸をし、目を擦りながら言った。
「…それ、この世に留まるための力が弱くなってるんですよ。」
行は深刻な表情で言った。
『え…そうなんか?』
「え?マジ?」
海と怜は同時に言った。幽霊にそんな事情があるなんて知らなかった。幽霊である怜も初耳のようだった。
「まぁ…俺、小さい頃から霊感強いんで、いろんな奴見たことあるんですけど、幼稚園くらいの時に仲良くしてた幽霊の友達に、同じことが起こってました。その子は友達が欲しくてこの世に留まってたみたいで、俺と毎日会っていたら、遊んでる最中に寝てしまうことが増えていって、ある日突然消えてしまいました。めっちゃ寂しかったんで覚えてます。でも消えてしまう要因は人それぞれで、未練がなくなって消えた人もいれば、時間が経って、この世に留まるための力…まぁ強い未練が段々薄れて消えた人もいましたよ。」
「マジで?!早く怜さんの未練を探らないと!」
「怜さんの場合は多分後者。10年も経ったから、自分でも覚えてない心の闇の正体が薄れてるんですよ。」
海は行の言葉を聞いて焦った。なんやかんやあったが、折角怜さんと出会えたんだ。何とかしてあげたいという思いが強かった。
「俺たち、当時の怜さんの記事を見つけたんです。それで、怜さんが亡くなったのが4月15日だったことがわかったんですけど、その日ってなんかの記念日だったとか、そういうの心当たりないですか?」
『4月15日か…。』
怜は出来るだけ記憶を辿るように考え込んだ。
「あと…ここに来て何かしたかったこととかないですか?怜さんは転校生なんですよね?」
『ワイのしたかったこと… やりたかったこと…4月15日…。』
「そうです。ここに引っ越してやりたかったことですよ。」
行の言葉に誘導されたかのように、怜の脳裏にある女性の影が霞んで消えた。考え込んで力が入っていた彼の目が、ゆっくりと開いた。
『あったかもしれん…やりたかったこと…。』
「マジですか?!」
海は自分のことのように喜んだ。
『ワイ、ここに引っ越したら真っ先に会いたかった人がおったような気ぃするわ。』
「それって誰ですか?」
海が聞いたが怜はまた顔を顰めてしまった。
『わからへん…モヤモヤする…喉まで出かかってるのに…!』
「男か女か…とか、同じ歳くらいの人だったとかくらいは思い出せないですか?」
『多分…女やと思う。』
「だとしたら考えられるのは母親、恋人、姉、妹くらいだよな?」
『母ちゃん…か…。』
怜が苦い顔をしてそう呟いた。
「お、もしかしてその女の人ってお母さんですか?」
『いや、ワイ自身、生きてる時の記憶が無いんやけど、母ちゃんと聞いてもあんまりいい思い出がないような気ぃするわ。』
「じゃあお母さんじゃないのか…。むしろお母さんはあんまり好きではなかったということですか。」
『いや、そうやない。確かにいい思い出はないんやと思うけど…ワイ、生前は母ちゃんいなくても、それなりに満たされていたと思うねん。何というか…別に母ちゃんがいなくても寂しくなかったというか…。』
どういうことなのだろうか、海は怜の言葉に頭を悩ませた。怜はおそらく母親となんらかの確執があった、もしくは母親がいなかった。しかしそれでいても心は比較的満たされていた…ということならば…
「もしかして、母親代わりになってくれていた人がいたってことじゃないですか?」
行のその言葉に、怜はまるでパズルのピースがうまくハマったかのように納得がいった。そうだ、先程頭に浮かんだ女性は、自分の母親代わりだった、とても大切な存在だった人だ。なんでそんな大切なこと、思い出せなかったのだろう。
『そう…それや。ワイ、その人に会いにここまで引っ越してきたんや!それで、4月15日…ワイが死んだ日は…その人にとって大切な日やったんや。』
「じゃあ多分、怜さんの未練ってそれですね。その人に会えば成仏できるかも!その大切な人の名前とか、その人がどこに住んでいたかとかわかりますか?」
『すまん、そこまでは…思い出せん…。』
「そうですか…。」
一歩進展したのにまたしても停滞したような気がして、海は落ち込んだ。怜が覚えていないなら、どのように捜索したらいいのか見当もつかない。
「でしたら怜さん、あなたの家はどこにあったかは覚えてますか?」
「三常…何言って…」
「10年前だから、もしかしたらもういないかもしれないけど、怜さんの家を当たれば、その女の人の話を聞けるかもしれない。どうせ怜さんはここから動けねぇんだ。俺たちが連れてくるしかねぇだろ。」
「そうか、そうだよな。高校だから学区とかないし…卒アルに住所載ってないよな?」
海は持っていたアルバムをザッと探してみたが、住所が載っているページは確認できなかった。
「生口…か。」
突然、行がつぶやいた。
「三常、いきなりなんだよ。」
「いや、珍しい名字じゃん。だけどどっかで聞いたことあるなって思って。」
海も思考を巡らせた。生口…いきぐち…
「…いた。俺らのクラスにいた!俺出席番号1番だからわかったけど、ほら、2番の人。生口だ!」


2人は急いでクラスに戻ると、まだチラホラ生徒が残っていた。“生口美琴いきぐちみこ”それが御目当てのクラスメイトの名前だ。
「生口さん、いますか?!」
海が全体に聞こえるよう大きめな声で尋ねると、クラスにいた全員が海に振り向いた。そしてその中の男子生徒が1人答えた。
「生口さんだったら、職員室に行って、そのまま帰るって言ってたぞ。10分くらい前に出て行った。」
「ありがとう!」
海は礼を言うと全力疾走で職員室に向かった。10分程度ならまだ学校にいるかもしれない。すると通り過ぎた人から声をかけられた。
「青井くん!三常くん!」
2人が振り返ると、そこには探し求めていた生口美琴本人が立っていた。ウサギのヘアピンが似合う、明るくて元気な女の子だ。
「よかった、まだ帰ってなくて。さっき先生に…」
みこが何か言いかけたが、それを海が遮るように彼女の腕を掴んだ。
「生口さん!!ちょっと来てほしい!」
「え?!」
みこは混乱しながらも、海の必死さに圧倒されて大人しく着いてくことにした。


3人は旧校舎に着き、歩くスピードを緩めると、美琴がさすがに困惑しながら2人に聞いてきた。
「あのさ!ど…どうしたの?」
「ごめん、生口。ちょっと聞きたいことがあって…」
行が申し訳なさそうに言った。
「生口さんの親戚か家族に、若くして亡くなった方いる?」
「え…。」
「あ…さらに困惑させてるな。でも出来れば思い出してほしいんだけど…。」
「えっと…私のお母さん。実はもう亡くなってて…。でもお母さん死んだのは40歳だったからなぁ…。若いといえば若いけど…」
「そうか…辛いこと思い出させてごめん。それよりさらに若い人いなかった?」
「あ、私会ったことないけど、それこそお母さんに聞いたことある。高校生で亡くなった親戚がいるって。」
海と行はその言葉で確信した。
「その人の名前!思い出せる?!」
「名前は…確か聞いたことあるけど、思い出せないなぁ。もう5年前くらいだから…。」
「お母さん亡くなられて5年経つの?」
「うん、末期癌だったから。あ、そうそう!お母さんがその亡くなった親戚の遺品を持っていたから、それに名前書いてないかなぁ…?でも何でそんなことを?」
ごもっともな質問である。海と行は困った。
「えっと…。」
もちろん、その亡くなった親戚らしき人が幽霊としてここにいるから、なんならそこの理科室にいるからなんて言えない。言ったところで、頭おかしい人認定されてしまう。
「じ…実はさ!俺の兄ちゃんがその親戚さんと知り合いで…えっとそれで…亡くなったことは知ってるんだけど、その話聞いたら俺も気になってきちゃってさ。名字が『生口』だって聞いたから、もしかしたらって思って!」
海は苦しそうに即席で作った嘘をしどろもどろに言った。行も聞いてて、絶対信じてもらえないだろうとヒヤヒヤした。しかし美琴は、心配になるほど天然だった。
「へえ!そうなんだ。世界は狭いね!」
(嘘だろ……。信じてもらえた。)
2人は同じことを思った。
「じゃあ帰ったら下の名前調べてみるよ!それにお父さんに聞けばわかるかもしれないし。」
「ありがとう!あと…遺品ってどういうものなの?明日よければ見せてほしいんだけど…。」
「それはね、その親戚の人がお母さんの誕生日にプレゼントするつもりだったものって聞いたことあるよ。お母さんが大事そうにずっと手元に置いていたから覚えてる。オルゴールだったかな。明日持ってくるね。」
「ありがとう!ちなみにお母さんの誕生日って…?」
「4月15日。ちょうど明日だね。」


「しっかし彼女の言ってた通り、世界って狭いな。でもどうしよう。生口さんのお母さん、もう亡くなってるじゃん。連れてきようがなくない?」
海は職員室の前で行に言った。何故そこなのか。それは海の理科の成績が頗る悪すぎて、教師から特別追加課題を出されたからだ。行も生徒指導担当の教師に呼ばれ、髪色と制服の着方を直せと説教された。確かに彼は、髪色をアレンジして黒い髪に赤メッシュを所々に入れている。制服も胸元まで開けたシャツの裾を少しパンツから出し、パンツもサイズが大きく股上が浅いものを履いている。指導されてもおかしくない恰好だった。美琴が2人を探していたのは、このことだった。
「じゃあ生口を、明日あの理科室に連れてくるか。」
「え、大丈夫か?それ。」
「大丈夫だろ。生口は怜さんのこと見えないし。」
「でもさ、なんか怜さん可哀想だな。会いたかっただろうに。」
「ああ。早く会わせるためにもあの世に送ってやらなきゃな。」
行がそう言った時、理科の教師が課題を持って職員室から出てきた。それは分厚い冊子だった。
「お待たせ青井。ちゃんとやってこいよ。先生お手製だからな。」
「はーい…。」
海は唇を尖らせて、渋々課題を受け取った。


4月15日。放課後、海と行はまた美琴を連れて旧校舎にやって来た。彼女はちゃんと例のオルゴールを持って来てくれていた。
「昨日も今日もごめんね、生口さん。」
「いいよ!それよりまた何で旧校舎?」
「あ、いやぁ…深い意味はないんだけど、ここの理科室、すごく静かだからさ、落ち着いて話できるかなって…。」
またしても海は苦しい嘘をついた。実際は薄暗くて不気味な場所以外の何物でもない。しかし美琴は何も疑わなかった。
「へぇ、そうなんだ。」
(生口さん…大丈夫かな…。)
海は少し心配になった。
理科室を開けると昨日と同じように座って寝ている怜がいた。行が美琴の目を盗んで怜を起こした。
「怜さん、起きて下さい。連れてきましたよ。」
『行くんか…?ワイ昨日…2人と別れてから寝こけてしもうたわ。』
「怜さんの探していた人、見つけましたよ。」
『ホンマか…?!』
行がその言葉に頷き、美琴のいる方へ目線を送った。
『彼女が…ワイの未練なんか…?』
「はい。正確には少し違うんですけど、彼女の持ってるオルゴール、見て下さい。」
『あ、あれは…!!』
オルゴールを見た瞬間、怜の中に失ったはずの記憶が流れ込んできた。あの人が好きだった流行っていたラブソングが流れるものを選んだ。高校生の財力では少し厳しかったけど、木製でウサギの親子が彫られてあるものにしたんだ。可愛らしくて絶対気に入ってくれると思ったのだ。この歳で母親にプレゼントしてる人なんてほとんどいなかったけど、それでもやっぱり世界で一番大切な人だったから、照れ臭かったけど悩みに悩んで買った。早く渡したい…喜んでくれるかな、笑顔を見せてくれるかな…なんてそう考えていた矢先に…。そして一番思い出したかったこと、あの人の名前は……!!
「やっぱりあれ、怜さんの買ったものですよね。」
『ああ、間違いない。ワイ、あれをプレゼントしたくて、ずっとここに残ってたんやなぁ…。』
怜の目から涙が溢れ出てきた。幽霊も泣くんだ…と行は見ていたが、その涙はこの世で一番綺麗な宝石のように、彼の目には映った。すると海がこちらへやってきた。海は怜の姿を見て、何かを決心したような顔をした。
「三常、生口さんのところ行っててくれ。」
「…わかった。」
なんとなく、海が今からすることを行はわかってしまった。
「あんまり長時間はダメだからな。」
行はそう釘を刺すと、美琴の元へ戻った。それを海は見届けると、怜に向かって言った。
「怜さん、俺の体、貸しますよ。」


美琴は海が理科室の奥で、一人でボソボソ喋っているのを見て疑問に思った。
「青井くん、何してるの?」
「ああ、アイツのことは気にしなくていいよ。それよりさ、その親戚の名前、わかった?」
行は海の姿が彼女から見えないように立ち塞がった。
「うん!お父さんに聞いたらわかった。名前は怜さん、生口怜さん。私のいとこに当たる人だったんだって。しかも、この学校の生徒だったんだよ!偶然ってすごいね。」
「へぇ、スゲェなそれは。」
知っていたことだったので、少し棒読みになってしまった。すると海…否、海の体に入った怜がこちらにやって来た。
『あ…えっと…。』
「青井くん?」
『しょ…証子しょうこさん…。』
「え!青井くん、私のお母さん知ってるの?」
美琴はいきなり海の口から自分の母親の名前が出てきて驚いた。
『そうか…証子さんの娘さん…似とるなぁ…。そのオルゴール、ホンマに大切にしてくれてたんやな。もう10年も経つっちゅうのに、傷一つついとらん。』
「もちろんだよ!お母さんが死ぬ間際まですっごく大切にしていたものだから…私の宝物でもあるんだ。オルゴールにウサギが乗ってるでしょ?お母さんが大好きだった動物だったんだ。怜さんって本当、お母さんのこと何でも知ってたんだね!」
『…そうか。証子さんに、ワイの気持ちはちゃんと届いてたのか。そのオルゴール、ずっと君が大切にしてくれてたら、プレゼントした人はとても喜ぶと思うで。だから…どうか、これからも、君に大切に持っていてほしい。そのオルゴールは、その人の心やから。』
「怜さんの心…。うん、そうだね!なんだか怜さんはね、会ったことないけど、お兄ちゃんみたいだなって思っていたの。だって怜さんは私のお母さんのこと、本当のお母さんのように愛してくれていたから。」
そう言った美琴の朗らかな笑顔は、10年前の今日に見たかった証子の笑顔そのままだった。
『はは…ワイにこんなに可愛らしい妹がいたなんてな…。最後に君に会えてホンマによかった。ありがとう。』
「…青井くん?何言ってるの?」
怜は最後に目を潤ませ微笑むと、海の中からふわりと消えた。海は意識を失いそのまま倒れた。


目が覚めるとまず最初に白い天井が目に入った。
「ここ…どこ?」
海は起き上がると、消毒液の独特な臭いでここが保健室だということに気づいた。真っ白なベッドに寝かされていた。
「お、青井。お疲れさん。」
海が起きたことを察して、行が白いカーテンの奥からでてきた。
「俺…怜さんに体貸して…。」
「そうそう。怜さん、生口に会えて、嬉しそうだったよ。しかしお前スゲェな。あんな危険なことよく出来るよな。下手したら自分の体に戻れなくなるんだぞ?」
「ああ…やっぱり怜さん見てたら、絶対生口さんと喋ってほしいなって思ってさ。それに他にも一回体乗っ取られたことあるし。」
「怖っ!!お前気をつけろよ?あ、生口さ、お前の様子かなり不審がってたぞ。」
「さすがにいきなり関西弁になるのは不自然すぎたよな…」
「でもお前が倒れたのをいいことに、具合が悪いから一時的に頭がおかしくなったって適当なこと言ったら、何故かアッサリ信じてさ。いきなり関西弁になったのもそれかって謎に納得してた。マジであの子大丈夫かな?」
「……大丈夫じゃないと思う。」
「……だよな。」
2人は同時に吹き出してゲラゲラ笑った。
「なぁ、これからお前のこと名前で呼んでいい?」
「あぁいいぜ。俺もお前を下の名前で呼ぶわ。よろしくな、海。」
「よろしく、行。」
こうして海に、唯一無二の相棒が出来たのだった。


「って…成仏してねーじゃん!あのくだり何だったの?!」
怜と美琴を会わせることに成功した次の日、無事あの世に行けたと思われた怜だが、あのケチャップ塗れの姿で普通にこの世に留まっていた。美琴の守護霊として。
『海くん!昨日はホンマ世話になった!おおきに!』
怜はチャッカリ美琴の背後から離れず、フヨフヨと浮いていた。海は学校来て早々、驚きのあまり口をあんぐり開けた。行は海より早く学校に来ており、彼もやれやれといった様子で、怜を自分の席から見ていた。
「行!どういうこと?!」
「あ~今度は別の未練が出来ちまったんだろうな。」
「何それ!?」
行は美琴を顎でしゃくった。
「もしかして…生口さん?」
「そ。」
『実はな』
いつの間にそこにいたのか、怜が海と行の間にニョキっと顔を出してきた。海は心臓が飛び出るかと思うほどビビった。
『美琴ちゃんは証子さんがこの世に残してくれた唯一の宝や。ワイはその宝をずっと守っていきたいと強く思ってしまったんや。それにな…』
「それに…なんですか?」
『美琴ちゃんは言うなればワイの妹や。だからな、兄として美琴ちゃんが今後変な輩に絡まれないか、変な事件に巻き込まれないか心配で心配であの世に逝かれへん。だって美琴ちゃんゴッツ可愛えやろ?』
「え…」
『可愛えやろ?』
「あ、はい。」
海は怜の勢いに完全に圧されてしまった。というか怖かった。
『ちゅーことで、ワイ、今度は我が妹を全身全霊で守っていく為に、邁進してくで!!文字通り全身全霊やな、霊だけに!海くん、行くん、おおきにな!!出会えてホンマ良かったわ!』
そう言い残して、怜は美琴の背後へ戻っていった。
「ま、本人が幸せならいいんじゃね?」
行は半ば呆れながらそう言った。しかし目が笑っていたように、海にはそう見えた。
「お前ってさ、本当素直じゃねーよなぁ。」
海はニヤけながら行の頬をツンツンと突いた。
「あ?」
「ナンデモナイデス…」
行がギロッと睨んできたので、すぐさま指を引っ込めた。
「しっかし怜さんよくまだこの世いられるよな?だって力が消えかかってたんだろ?」
「あのオルゴールだよ。」
「昨日の?」
「そうそう。あのオルゴールが力の源になってるんだと思う。物には霊的な力が宿りやすいんだよ。人形とかそうだろ?人の形をしているからってやつ…」
「だから神社で人形供養ってあるもんな。」
「他にも人の想いが籠った物にも宿りやすい。怜さんの場合はオルゴールだったんだな。」
何にせよよかったと、海は心から安心した。しかしそれも束の間、理科の教員が海に課題を迫ってきた。1限目の教科が化学だったからだ。教員は筋トレが趣味のかなり体格ががっしりとした男性で、課題をやってこなかったら最後…ボコボコにされるかもしれない。
「おい、青井。課題やってるか?提出明日だからな。せっかくだから、今日出来た分まで見せてみろ。」
「げ…」
実のところ、1ページも進んでない。しかも出来なかったのではない、やる気がなかっただけだ。
「アッハハハ…今日は課題持ってきてないんですよぉ~」
「おい、お前嘘が下手すぎるだろ。」
「……」
速攻でバレた。
「はぁ…どうせお前のことだから、何にも手をつけてないんだろ?」
「いやぁ~まぁ…」
「お前なぁ、あの量一晩でやるの難しいぞ?しょうがないから、今日放課後職員室来い。付きっきりで課題手伝ってやる。終わるまで帰らせないぞ。」
正に学生にとっては死刑宣告同様のことを言われてしまった。海の頭に稲妻が落ちた。ムキムキの先生と2人きりなんて絶対に嫌だ。綺麗なお姉さんだったらまた別だったが。そこで海は最終手段に出た。
「行も!行も勉強したいって!!」
海は行の腕をガシッと掴み、自分に引き寄せた。逃がさないとばかりに。
「はぁ?!てめ…何言って…!!おい!離せ!」
まさか自分が巻き込まれるなんて思ってもいなかった行は、海に掴まれた腕を解こうと必死だった。
「そうかそうか。友達となら寂しくないだろ。三常、お前も放課後来いよ。」
理科の教師は満足げにそう言うと、「そろそろ授業始めるぞ~」と教卓へ戻っていった。
「お前なぁ~!!」
行は怒りを通り越して最早呆れていた。
「てへ!許して!」
海は舌をぺろっと出した。
「可愛くねーっつの。むしろキモいからやめろ。ったく、お前と出会ったのが運の尽きか。」
行は海の頭に思いっきりチョップを入れた。それはそれは凄まじい勢いの手刀だった。海は舌を噛みそうになった。
「痛っっって!!!」
そんな2人の様子をまじまじと遠くから見ている人物がいた。遅刻ギリギリで登校してきた相助だ。
「あの2人…掃除の時も思ったけど…もしかしてそういう関係なのか?!」
あらぬ誤解が生まれた瞬間だった。


生口美琴には他校に友達がいる。彼女は高校で生徒会会長を務めており、文武両道、才色兼備、その上超が付くほどの絶世の美少女で、近くの男子校にはファンクラブがあるという…そんな友達だ。そんな彼女は今、精神的に追い詰められているほどの悩み事があり、美琴はそれを心から心配していた。そこで少し最近話せるようになった海に相談してみた。
「……ということで、青井くん、その高校って何かあると思う?」
「ええ…いやぁ、何もないと思う…けど?」
なんとも歯切れの悪い返事になってしまった。それもそのはず、美琴の話を聞く限り、その高校には絶対に幽霊がいるとしか思えないからだ。しかし絶世の美少女…男としては一度お目にかかりたいものである。そこで海は、頭の中で幽霊と美少女とを天秤にかけてみた。そうして出た結論は………
(…よし、真実を巻き込むか。)
清々しいほど簡単に答えは出たのである。
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