月の輝く夜に行った先は、異世界でした。今度こそ、彼に会えると信じています

蒼月柚希

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辺境伯家へ ー勇者の縁者が導く十四夜ー

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再び、車輪の音が近づいてくる。

――ガラガラッ。

さっきとは違う、軽やかで整ったリズム。
木立の向こうから姿を現したのは、深い紺色の車体に銀の紋章が刻まれた馬車だった。
神殿で見たきらびやかな馬車よりも装飾は控えめなのに、不思議と凛としている。

「遅れて申し訳ありません、陛下。」

馬車の扉が開き、黒髪の青年が軽やかに飛び降りた。
同じ黒でも、彼の髪は光を受けて青銀にきらめく。
凛とした姿勢に、口元の微笑み。
声までもが気品を帯びていて、まるで“王族の黒”とでも呼びたくなる。
品格って、こういう人のためにある言葉なんだろうなと思う。

けれど、同じ黒でも――あの人とは、まるで違う。

「あれ? どこに行ったの?」

気づけば、私の前に立っていた彼の姿が見えない。
急に胸の奥がざわついて、思わずあたりをキョロキョロと見渡す。

……いた。

いつの間にか、馬車から降りた青年の背後に立っていた。
まるで影が形を持ったように、ひっそりと。

さっきまであんなに存在感があったのに、今は風の一部みたいに静かだ。
全身黒で統一された服装が光を吸い込んで、彼をさらに目立たなくしている。

「あの人の……従者?」

つい小声で呟いてしまう。
ロイヤルオーラ全開の青年と、静かに控える黒の影。
同じ色なのに、どうしてこんなに違って見えるんだろう。

「ヴァルトホルグ辺境伯家嫡子ルクシオン、ただいま参上いたしました。」

青年――ルクシオンは、まず国王へと跪き、礼を尽くす。
それからすぐに、視線を宙に浮かぶ四聖獣へと移した。

「朱雀様、白虎様、青龍様、玄武様。お久しゅうございます。」

深く頭を垂れる所作は、完璧だった。
慣れているというより、“敬意を払うこと”が自然になっている人の動き。
流れるような所作が、とても美しい。

『うむ。来たか、小さき勇の血よ。』

白虎が、満足げにうなずく。

『この娘を、お前たちの屋敷で預かれ。しばし、喧騒から遠ざける必要がある。』

玄武の低い声が、静かに響いた。

『彼女はまだこちらの世界に慣れていない。まずは落ち着ける場所を、おぬしらに頼みたい。』

青龍の声に、ルクシオンは真摯な眼差しで頷く。

「謹んでお引き受けいたします。我が家は初代勇者様と四聖獣様の聖域を守る家。お任せいただけるのであれば、命に代えましても。」

さらりと、とんでもないことを言う。
なのに押しつけがましさがなく、自然にそう思っているのだと伝わってしまうから、ずるい。

「聖女様。」

今度は私の方へ向き直る。
黒曜石のような瞳が、まっすぐ私を映す。
さっき神殿で向けられた“獲物を見る目”とはまるで違う。
そこにあるのは、評価でも欲望でもなく――配慮だ。

「突然のことでお疲れでしょう。よろしければ、我が家にてしばしお休みになりませんか。ここより近く、四聖獣様の聖域にも隣接しております。安全は私が保証いたします。」

言葉の一つ一つが落ち着いていて丁寧で、
“聖女だから保護する”というより、“困っている一人の人として扱う”響きがあった。

「……お邪魔でなければ。」

気づけば、そう答えていた。

国王は深く頭を垂れ、四聖獣に礼を述べる。
他の者たちもそれに倣い、深々と頭を下げた。

『彼女は客人。くれぐれも粗相のないように。』

白虎はじろりと王子を睨みつけながら、国王一行に告げる。

『では、後は彼らに任せ、そなたらは城に戻られよ。』

玄武が、まっすぐに王子を見据えて告げた。

「仰せのままに。」

国王の一言で、全員がその場から去っていく。

ただ一人。
王子だけが恨めしそうに、こちらを見ていた。

今まで何度か感じた、“執着の目”。
その視線に、背筋が寒くなる。

「ピィィ~!」

朱雀が青空に向かって大声で鳴いた、その瞬間――。

国王一行の姿は、跡形もなく消えていた。

この場に残ったのは、私と四聖獣、それから二人の青年だけ。

「自己紹介が遅れましたね。」

穏やかな笑みを浮かべ、黒髪ロイヤルな方の青年が一礼する。

「私はルクシオン・フォン・ヴァルトホルグ。この辺境伯家の次期当主です。どうぞ、ルクシオンとお呼びください。」

柔らかな笑み。
完璧な姿勢。
癖のない、澄んだ声。
全部が“好青年テンプレ”の極地みたいで、逆にちょっと笑えてくる。

「私は……竹取《たけとり》美月《みつき》です。」

「ミツキ様ですね。良い名だ。では、ミツキ様。こちらが――」

ルクシオンの視線の先にいたのは、私を守ってくれていた、あの黒髪の地味な服装の青年だった。

「兄の、ハルジオンです。」

紹介されても、彼は短く会釈しただけだった。

「……ハルジオンと申します。」

低く抑えた、心地よい声。
表情はほとんど動かない。
けれど、その黒い瞳が一瞬だけ、私の状態を確かめるように揺れた気がした。

「外套、ありがとうございます。とても暖かくて、ゆっくり休めました。」

「……お役に立てて、良かったです。」

頭を垂れたまま、視線が合わないことに、少しばかり寂しさを感じた。

「もう少し、お借りしてもよろしいでしょうか?」

「……聖女様のご意向であれば。」

「あの、先ほども言いましたが、私のことは“美月”と呼んでください。」

「……かしこまりました。ミツキ様。」

同じ兄弟なのに、何故こんなにもこの人は――。

「では、参りましょうか?」

心の中に芽生え始めたモヤモヤは、ルクシオンの一言で霧のように消えた。

「お疲れでしょうが、もう少しご辛抱くださいね。」

ルクシオンの先導のもと、馬車までの短い距離を歩く。

「え、なんか……昔の日本人女性みたい。」

三歩後ろを静かに歩くハルジオンの姿が、ふとそんな言葉を連れてくる。
馬車の前にたどり着くと、彼は無言で扉を開けた。
と同時に、朱雀が私の左肩にちょこんと乗る。

「どうぞ、ミツキ様。道中は少し揺れますので、お足元にお気をつけて。」

いつの間にか隣にいたルクシオンが、手を差し出す。
戸惑いながらもその手を取ると、迷いなく私の動きに合わせて角度を変え、そっと支えてくれた。

――レディーファーストって、こういうことを言うのね。

「ありがとうございます。」

彼の手は、必要な分だけ支え、決して引き寄せたりはしなかった。
距離感が、絶妙だ。

私は窓側に座り、その向かいにルクシオンが腰を下ろす。
私たちが腰を下ろしたのを確認し、ハルジオンが馬車の扉を閉めた。

窓の外をそっと見れば、彼は馬車の隣の馬にまたがっていた。

その黒髪が風に揺れるのを見て、胸の奥がふっと軽くなる。
理由の分からない安堵を抱えたまま、馬車は静かに動き出した。
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