捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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アンデッドの大群を倒す夜。息子は一人の男性と出会う。

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 夜気は冷たく、進めば進むほどに瘴気は濃くなっていく。

 アンデッドの巣へ近づくにつれ、空気そのものが重く沈みはじめた。
 普通の大人であれば、足がすくみ、一歩も踏み出せなくなるほどの圧だ。

 けれど。

「……思っていたよりも、多いかも?」

 ヨナリウスは、淡々と呟いた。

 地面の裂け目から、ぬらりと這い出してくる影。
 骸骨、亡霊、腐肉を引きずる屍。
 数は――もはや数える意味すらない。

 それでも、ヨナリウスは止まらなかった。

 小さな胸に手を当て、目を閉じる。

「母様……」

 思い浮かべるのは、美しい母の笑顔。

 優しくて、強くて、どこかいつも無理をしている母。

「絶対に、泣かせない!」

 それだけで、十分だった。

 ヨナリウスが目を開いた瞬間、紫の瞳が淡く光る。

 ――神聖力が、波のように広がった。

 白い光が、夜を裂く。

 触れたアンデッドは、悲鳴すら上げられない。
 ただ、音もなく、塵となって消えていく。

「……っと。」

 身体が、わずかに揺れた。

 四歳の身体だ。
 無理をすれば、当然反動は来る。

「せめて、母様くらい強かったら……。」

 自分の浄化範囲の狭さに、舌打ちをしてしまう。

 それでも、立ち止まらない。

「母様、ぼくは早く帰るからね!」

 次、次、と。
 その強い思いだけを力にして。
 
 体をふらつかせながらも、まるで作業のように、淡々と消滅させていく。

 ――そのとき。

 別方向から、強烈な気配がぶつかってきた。
 瘴気とは違う。
 生者の――鋼のような剣気。

「……?」

 視線を向けた瞬間、金色の光が剣閃となって夜を裂いた。
 純粋な力だけで、亡霊を叩き潰す一撃。

「……!」

 ヨナリウスは思わず目を瞬いた。
 アンデッドを“力業”で倒す人間がいる。
 数をものともせず、前へ出てくる。

「こんな無茶な戦い方をする人、他にもいるんだ……」

 思わず、フリーダムのリーダーであるドモンを思い出す。
 月光の下、金髪をなびかせ、白銀の鎧を纏った騎士。

 剣技は洗練され、無駄な動きが一つもない。
 正確に、アンデッドを粉々にしていく。

 そして、彼と目が合った。

「どうしてこんなところに、子供が?」

 ヨナリウスを見る彼は、とても驚いていた。
 
 低く、通る声。

 ヨナリウスの前に立ったのは、恐ろしく顔立ちの整った金髪金眼の男だった。

「……おじさん、だあれ?」

 コテンと、頭を横に倒していかにも幼子なそぶりをしてみせる。
 ヨナリウスは知っていた。
 幼い子供に、大人が甘いと言うことを。

「? 依頼を受けて、アンデッドを討伐しているのだが、君は?」

 天使のようにかわいらしい容姿の子供に、男は敵の幻影か何かかと警戒した。

「ぼくもだよ。」

 その小さな少年は、にっこりと微笑みながら答えた。

「依頼?」

「うしろみて。ぼく、つよいんだ。」

 そう言われ、少年の後ろを見て彼は驚く。
 あんなにもたくさんいたアンデッドが、一体もいないことに。

「凄いな、君が一人でやったのか?」

「もちろんだよ?でもおじさんもつよいね。うしろ、いないいない。」

「……私情だ。八つ当たりみたいなものだ。」

 男は、小さな声でそうつぶやいた。

「あとすこしだね。このさきは、いっしょにしない?」

 男の剣技と自分の残った神聖力があれば、残りもすぐに片づくだろうと、容易に予想できたから。
 怪しいと思ったら、最後の神聖力を使って、なんとか逃げ出せばいい。
 きっとうまくいく……そう心の中で願いながら。

「そうか?じゃあ……」

 そう言うと、男はヨナリウスをひょいと抱き上げた。

「え?ち、ちがうよ、おろして!」

 突然高くなった視界に、驚き戸惑う。

「だって君、疲れているんだろう?こんなに小さいのに、よく頑張ったな。」

 その男は、ヨナリウスの頭を優しくなでながら、美しく微笑んだ。

「母様のためだもの、ぼくはだいじょうぶ!」

 ヨナリウスは力強く答えた。

「母様のため?」

「うん、はやくかえらないと、いろいろあぶないんだ!」

 そう言いながら、ヨナリウスは、男の持っている剣に神聖力を注ぎ込んだ。

「これでいいよ~。いっぱつだよ~。」

 ヨナリウスの言う通りに男が剣を振るえば、アンデッドはまるで霧のように次々と姿を消していった。

「凄いな……。」

 男は驚きながらも、ヨナリウスを片手に抱きかかえながら、最後のアンデッドの群れを次々と蹴散らしていった。

「こいつで最後だ!」

 黒い魔術師のような装束をまとった、アンデッドの王――リッチが立ちはだかった。

 が。

「え……ぼくが、たおしたかったのに……」

 ヨナリウスのがっかりした声。
 男があっという間に切り捨て、リッチの姿は霧と化して闇に消えたのだ。

「これで終わり……かな?」

「うん。いないみたいだよ?」

「ではこのまま、君を送り届けよう、どこから来たんだ?」

 リッチが消え去ったあと、赤く光り輝く拳ほどの魔石 が地に残された。
 男はそれを拾い上げる。

「え? じゃああっちから……」

 ヨナリウスは、正直言うと疲れていた。
 そして眠かった。

『さっき頭をなでてくれた手、大きくて暖かかったなぁ~。ドモンのお兄ちゃん達みたい……』

 なのでつい、男の好意に甘えてしまったのだ。
 自分がやってきた方角を、そっと指さして教える。

「分かった。」

 男はそう言うと、引き返し馬に乗った。

「くらいけど、おうまさんだいじょうぶ?」

「ああ、こいつは慣れているから大丈夫だ。」

 男の優しい声に安心する。

 が、ウトウトしつつも、自分が黙って抜け出してきたことを思い出し、はっと目を覚ます。

「そういえばぼく、みんなにないしょしてきたんだった……。」

「え……」

 頭の上から男の驚きの声が降っていた。

「みつからないようにして?」

「分かった。」

 男は、そう答えると約束通り、陣営を張っている場所のすぐ近くの茂みで馬を止めた。

「おじさん、ありがとう。」

「こちらこそ、協力に感謝する。」

 男はひょいとヨナリウスを抱き上げ、ゆっくりと地面に下ろしてくれた。

「母様のところに、はやく帰れるよ。」

「……お母さんは、危険な目に遭っているのか?」

「いつだってきけんだよ。よのおとこは、てきだらけなんだから!」

「……そうなのか。」

「だから、おじさんも、母様にちかづかないでね?」

 紫の瞳が、真剣に男を射抜く。

「ぼく、ゆるさないから。」

「……分かった。約束しよう。」

「うん、やくそく。」

 ヨナリウスはそう言うと、男に小指を出させ、指切りをした。
 
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