捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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出産して三ヶ月。子育てに奮闘していたら、辺境伯様に呼ばれました。

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 出産から三か月。

 ユーリは変わらず、ヨルムンド共和国にある自由都市シールズーに滞在していた。
 この国は、元々ユーリが生まれ育ったシュバリエ皇国から、二つの国を越えた先――大陸の最も東に位置する国である。

 気候は温和で海にも面しており、さらに五つものダンジョンを有する、活気あふれる国だった。

 シールズーは国境沿いに位置する都市で、魔物の多く出るダンジョンを抱えていることから、冒険者や商人の出入りが激しく、常ににぎわっている。

 ヨルムンド共和国が保有する、主要な三つのダンジョンのうち二つは、この自由都市を含む領地を治める辺境伯が管理しており、一つは隣の伯爵領が管理していた。

 そのため、「鑑定眼」を持つユーリは非常に重宝されていた。

 自然と待遇も良くなり、育児と終わりのない授乳に追われながらも、『フリーダム』の仲間たちに支えられ、忙しくも幸せな日々を過ごしていた。

 赤ちゃんは驚くほど手のかからない子だった。
 それでも初めての育児は分からないことだらけだが、冒険者ギルドの職員たちや『フリーダム』の面々の協力のもと、子供はすくすくと育っていった。

 赤ちゃんの名前は、ヨナリウス。
「新しい始まり」を意味すると言われる、この世界の創造神――ヨナス神から名をもらった。

 一般的に、男の子の赤ちゃんは体が弱く、病気がちだと言われている。
 しかし、この子は今のところ、病気らしい病気を一度もしていない。

 大声で泣きわめくこともほとんどなく、夜泣きすらない。

 まだ三か月だというのに、

 おしっこの時には、

「シー、シー」

 便の時には、

「ウー、ウー」

 お腹が空けば、

「マー、マー」

 と声を出して教えてくれる、大変お利口な子だった。
 ……まるで「知らせる」という概念を理解しているかのように。

 ただし、知らない人が来ると、とてつもなく大きな声で泣き出す。
 特に男性には警戒心が強く、基本的に『フリーダム』のメンバーにしかなつかない。

 普段はとにかくおとなしいのに、お乳を飲む力はとても強い。
 食欲も旺盛で、常にきゃっきゃと笑顔を振りまく――まさに天使だった。

 冒険者ギルドでも、

「天使ちゃん」

 というあだ名が、あっという間に定着したほどである。

 しかし。
 私には、ひとつだけ残念なことがあった。
 それは――。

「ねえ、ユーリちゃん。」

「はい? なんでしょう。」

「前から思ってたんだけど……」

 今日もヨナリウスをあやすために、おもちゃや洋服を大量に買い込んできた『フリーダム』の面々。

 今、抱っこしてご機嫌にあやしているのは、フリンクスに恋する乙女――ククルである。
 まだ付き合ってはいないものの、将来の予行演習だと言っては頻繁に訪れ、甲斐甲斐しくヨナリウスの世話をしていた。

「この子、めちゃくちゃ顔が整ってるわよね。ユーリちゃんとはまた違った美しさじゃない?」

「そうそう。銀髪で、目は紫だし。」

 横ではメリンダが、ヨナリウスの柔らかくぷにぷにした頬をつついている。

「えっと、実は母方の祖父に似ているんですよね~」

 嘘は言っていない。
 祖父も、年齢のわりにはとても整った顔立ちをしていたのだから。

「え? ユーリちゃんのおじいちゃん? そりゃ美形だわ!」

「うん、納得~。」

「よかった~、クズの旦那に似てなくて~!」

「本当にね~。」

 ははは、と笑い合う一同。
 だが、私の内心は穏やかではなかった。

 そう。
 髪の色も瞳の色も私にそっくりなのに……。
 できれば、見た目まで似てほしかった。

 残念なことに、この子の顔立ちは公爵様そっくりだった。
 まだこんなに小さいのに、目鼻立ちの作りが、あの人と瓜二つだなんて……。

 神様、私に何か恨みでもあるんですか?

「将来、女泣かせになりそうね?」

「絶対モテるわよ~。」

 今からそんなことを、息子に言わないでほしい。

「いいえ。ヨナリウスは、女性に優しくて誠実な男の子に育てます!」

 父親とは違って。
 優しく、思いやりのある男の子に。

 それが、今の私の一番の願いだった。

「そうよね~。こんなに天使なんだもの~。」

「私も、こんな子産みたーい!」

 そんな女子だけの会話を楽しんでいると――

 突然、大きな音を立てて『フリーダム』の男性陣が飛び込んできた。
 ただし、そこにケイオスの姿はない。

「……ユーリ。子育てで大変なのは分かっているが……」

 開口一番、フリンクスが息を整えながら言った。
 その声には、いつもの穏やかさがない。

「ケイオスでは、どうにもならないらしい。すまないが、一緒に来てほしい。」

 続いてドモンが告げると、さっきまで笑顔だったメリンダとククルの表情が、一気に引き締まった。

「……やっぱり。まずい状況なのね?」

「ケイオスでも、難しい案件?」

「ああ……」

 ドモンとフリンクスは、申し訳なさそうにうつむいた。

 私の妊娠が分かってから、彼らはずっと、私の体調を最優先に考えて行動してくれていた。

 冒険者ギルドでも、子供の世話をしながら『鑑定職』を行えばいいと、子連れ出勤が認められている。

「私とククルでヨナリウスを見るわ。だから……。」

「お願いしてもいいかな?」

 メリンダとククルまでもが、申し訳なさそうな顔で頼んできた。

 ヨナリウスを見ると、さきほど母乳をたっぷり飲んだせいか、すでにうつらうつらしている。

「分かりました。でも……どちらへ?」

「辺境伯様の屋敷だ。」

 辺境伯様――この自由都市を治める、ローウェン・ヴァレン辺境伯のことである。
 若くして有能、しかも領民思いで人気の高い領主だ。
 見た目も悪くはないが、仕事一筋なせいか、いまだ独身らしい。

 問題は、彼の弟一家だった。

 弟は隣の領地を治める、バーナード・ハイランズ伯爵。
 伯爵令嬢のもとへ婿養子として入った、やはり有能な人物だった。

 その妻――ナターシャ夫人が、一か月前に出産した。

 だが、出産前から体調を崩しており、当初は妊娠によるものだと考えられていた。

 しかし――

 出産後、症状はさらに悪化していく。
 生まれたばかりの息子も呼吸が弱く、どうにか生きながらえている状態だという。

 ただの体調不良ではないのでは、とヒーラーのケイオスが呼ばれた結果。

「……どうやら、厄介な呪いにかかっているらしい。」

 とのことだった。
 ケイオスでも、進行を抑えるだけで精一杯らしい。

「辺境伯家の人間には見られないよう、俺たちだけで対処することで納得してもらっている。」

「誰も部屋には入れてない。だから……」

「そうよね。辺境伯様とはいえ、ユーリの神聖力が知られたら、いろいろ面倒だもの。」

 そう。
 あの日からずっと、『フリーダム』の仲間たちは、私の神聖力を全力で隠してくれていた。

 だからこそ、私は今まで、普通の一般庶民として暮らしてこられたのだ。

 そんな彼らの頼みである。

 きっと、私の力でなければ解決できない案件なのだろう。

 こうして私は、辺境伯の屋敷へ向かうことになった。

 ――それが、新たな波乱の始まりだとも知らずに。
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