捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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辺境伯様の元で、働くことになりました

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 フリーダムのメンバーと共にヨナリウスを抱いたまま、ヴァレン辺境伯の屋敷へと向かった。

 屋敷の一室。
 そこには、青白い顔で横たわるバーナード伯爵の妻ナターシャと、生まれたばかりの赤子がいた。

「……ひどい。」

 思わず、ユーリは息を呑んだ。

 部屋中に、鼻と口を押さえたくなるほどの悪臭がこもっていた。
 『呪い』の気配が濃いことをうかがわせる香りであった。
 確実に『死』が近づいていると言ってもいい。

 ……呪いの臭いは普通の人間には分からない。
 だから、ケイオス以外は気づいていない。

 しかし。
 ヨナリウスは敏感なのか、少しぐずり始めた。

 メリンダとククルにお願いをして、ヨナリウスと外で待ってもらうようにした。
 このままここにいれば、ヨナも危ないかもしれない……そう思ったから。
 屋敷の主である辺境伯様は、快く応じてくれた。
 きっと、大丈夫だろう。

 母と子の容体は刻一刻と悪化していた。

「……ユーリ。」

 ケイオスが呼ぶ声は、苦渋に満ちていた。

 出産直後の彼女に、これ以上の負担をかけてはならない。
 それは全員が分かっていた。
 だからこそ、誰も彼女の名を口にしなかった。

 それでも――

「……私が、やります。」

 ユーリは、静かにそう言った。

「今やらなければ、お母さんだけでなく、この子も助からないもの。」

 フリーダムのメンバーが一斉に顔を上げる。

 そんな彼らの負担を少しでも取り除きたくて、ユーリは彼らに微笑んで見せた。

「大丈夫です。」

 そう、言いながら。
 その笑顔に全員が、ドキリと胸を高鳴らせる。

「無理すんなよ?」

「俺たちは、ずっとそばに付いているからな?」

「フォローはします!」

 後ろに控えている三人から、エールが送られた。
 それだけでも十分、ユーリを元気づけてくれる。

 ユーリは母子の傍らに膝をつき、そっと手を重ね、静かに目を閉じた。

 ――静かに、しかし確実に。
 神聖力が満ちていく。

 その瞬間、頭の奥に澄んだ声が直接響いた。

『――その呪い、消さないでたもれ』

(……ターニャ王女様?)

『そうや、わらわじゃ。お願いがあるのじゃ』

『その呪いは、“返すだけ”にしてほしいのじゃ』

 ユーリは一瞬、指先を止めた。

 呪いは浄化するものだ。
 消し去り、誰にも害を及ぼさないようにする――それが自分の役目のはず。

(……消せば、相手はまた繰り返すかもしれない)

 目の前に横たわるのは、衰弱しきった若い母。
 生まれた我が子を抱くこともできず、日々苦しみ続けている。

 隣に眠る生まれたばかりの赤子も、またしかり。
 どちらも、明らかに“人の悪意”によって命を削られている。

『この呪いの悪意は、とても質がいいのじゃ』

 楽しげなのに、どこか舌なめずりするような声だった。

『悪魔にとっては、極上の馳走といっても良い』

(……救うべき命は、もちろんこっち…………)

 ユーリは決意した。

(……分かりました。返すだけにします。後は、よろしくお願いします)

 神聖力はやさしく、ユーリの思惑通り、正確に働いた。

 呪いは消えず、ただ“元の持ち主”へと、静かに還っていくようにイメージをした。
 
「眩しい……」

 部屋にいた面々がそのまぶしさに目を細める瞬間。

「バシッ!!」

 という雷鳴のような大きな音がしたかと思うと、急速に光は小さくなって、そして消えてしまった。
 部屋の中の空気が澄んでいき、悪臭はもうしない。

 母子の呼吸が、目に見えて穏やかになった。
 顔色に、赤みが差してきている。

「呪いが……消えた?」

 ヒーラーのケイオスが、驚いた声を上げる。

「……いや、違う。もしかして――移動したのか?」
 
 慌ててユーリを見る。

「はい」

 ユーリは短く答えた。

「もう、大丈夫ですよ、良かったですね。」

 ユーリはそう言うとにっこりと、ほほえみ返した。
 
 その場にいた誰もが、思わず息を呑んだ。

 ――神々しい、と。

 ***

 呪いが解かれた翌日から、母子の体調は劇的に回復した。

 しかし、問題が一つ残っていた。

 赤子は元気になったからなのか、急に食欲が出てきたらしい。
 しかし、体調が回復し始めたばかりのナターシャは、母乳を出すことができなかった。

「ごめんなさいあなた、私……。」

 ナターシャは、ベッドの中で泣いており、バーナード伯爵が必死になだめている。

 その時。

「奥様。そんなに泣かないでください。私が代わりにあげますので。」

 そう言うと、ユーリは赤子を抱き上げた。
 ご飯がもらえるからか、赤子はキャッキャとうれしそうな声を上げている。

「ではヨナと一緒にあげてきますね?」

「ふ、二人も大丈夫なのか?」

 フリーダムのメンバーは不安そうにしている。
 ……特に男性陣が。

「一人も二人も一緒よ? 私、たくさん出るし?」

 ユーリが、迷いなく言った。

「そ、そうか……」

「ユーリがいいのなら……」

「無理はしないでくださいね?」

 フリーダムの男性陣は、気まずそうに視線をそらしてそういった。

 用意された別室にて、ユーリは二人の赤子に交互に母乳を与えていた。
 二人ともうれしそうに、ゴクゴクとたくさん飲んでいる。

「ふふっ、二人とも食いしん坊さんなのね。」

 その姿はまさに、慈愛に溢れる女神そのものであった。
 護衛でそばにいた、メリンダとククルは、涙を流しながらユーリを見ている。

「どうかしたんですか?」

 不思議そうに尋ねるユーリに、二人は。

「まさに神!」

「神々しすぎる!」

 と、手を組んで崇め始めた。

 こうしてユーリは、自分の息子ヨナリウスと共に、しばらくヴァレン辺境伯の屋敷に滞在することになった。

 ***

 ユーリが別室で、母乳を与え、二人の冒険者に崇められている頃。

 「あの光は、一体何だったのですか?」

 辺境伯に執務室へと呼ばれた『フリーダム』の面々は、困惑していた。
 昨晩のあのまばゆい光は、さすがに隠すことが難しかったからだ。

 しかも、協会の高位者でさえ匙を投げた母子を救ったのが「ユーリ」だ。
 彼女の正体を問われるのは避けられなかった。

「どうする?」

 困惑するドモン。

「もう隠すのは難しいのでは?相手は辺境伯様ですし。」

 状況を冷静に判断しているのは、フリンクス。

「辺境伯様なら、大丈夫だと思いますよ?」

 二人の心配をよそに、あっさりと承諾を促すケイオスさん。

「辺境伯様も弟の伯爵様も、あの若さでこの領地を劇的に発展させた、手腕の持ち主です。ご兄弟は共に領民思いで、この地域は他よりも税金は高くありません。そして何よりも、一般庶民が過ごしやすいように、尽力を尽くされているお方です。我々冒険者にも、威圧的ではなくむしろ好意的です。信用に値する方だと、私は思いますよ?」

「け、ケイオスがそう言うのなら……。」

 三人の意見は、まとまったようである。

「で、では、他言無用でお願いしたいのですが……。」

「もちろんだとも。弟親子の命の恩人だからね。」

 ヴァレン辺境伯の言葉を信じ、三人はお互いに顔を見合わせ、こくりと頷いた。

「実は……。」

 そして、ユーリに初めて出会った日から、今までのことを話す。
 そう。
 ユーリの持つ『神聖力』についてを中心に。

 ヴァレン辺境伯は、ドモン達の話をただ黙って聞いていた。

「確かに。そこまで強い『神聖力』をもつのなら、協会に狙われかねませんね?」

 彼は、フリーダムメンバーと意見が一致していた。

「ええ。念のため、冒険者ギルドにも、報告はあげていません。」

「それはいい判断ですね? どこで情報が漏れるか分かりませんし。」

「それにしても……」

 ヴァレン辺境伯は、フーッと深いため息を漏らした。

「ユーリさんの元旦那様は、そんなにも救いようのない外道だったとは。意外です。」

「ええ本当に!」

「本当は、見つけてユーリの前に顔が出せないように、永遠に始末したいのですけれどね?」

 フリーダムの面々のこめかみに、青筋が立つ。

「では、元旦那さんや協会、諸々から彼女を守るためにも、この屋敷で働いてもらうのはいかがでしょう?」

「え?」

 突然のヴァレン辺境伯の提案に、フリーダムメンバーは固まった。

「もちろん、君たちには、この辺境伯のお抱えA級冒険者になっていただきます。ここで私と一緒に、ユーリさん母子を守りましょう。私が全ての盾となりますので。」

 ……こうしてユーリ母子は、安心とも言えるヴァレン辺境伯のお屋敷に、その身を置くこととなったのであった。
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