4 / 75
1皿目 魔牛のステーキ
(2)
しおりを挟む
ハリス先生と呼ばれた男は無精ひげの生えたあごを撫でながら視線をチラっとテオに向ける。
先生ということは、この若い女の師匠だろうか。そのわりに甲斐甲斐しく肉を焼いているのはどういうことだろう。
疲労のためあれこれ思考を巡らす余裕がないまま、テオはただハリスのことをぼうっと眺めている。
ハリスが赤ワインをフライパンに回しかけた。
ジュワ~~ッ!という派手な音の後に、ボッと赤い炎が上がる。
炎が落ち着くのを待ってナイフを取り出すと、ハリスはフライパンの肉を手際よく一口大にカットしていった。
「リリアナ、食べさせてやってくれ」
ハリスの持つフォークには、サイコロ状のステーキが3つまとめて刺してある。
「はい、あーんして」
フォークを受け取った大食いの若い女――リリアナという名前らしい――は、テオの鼻先にステーキを突き付けた。
ステーキの表面にはほどよく焦げ目がつき、断面はまだ赤みの残るミディアムレアに焼き上がっている。脂の少ない赤身の肉だ。
テオにはこれがなんの肉かすらわからなかったが、とてもいい匂いがする。
肉の匂いに混ざってかすかに鼻をくすぐる芳醇な香りが、フランベによる赤ワインのものであるという知識ももちろん持ち合わせていない。
しかしこれは美味いに違いないと思った。
テオはあふれ出てくる唾をごくりと飲み込む。
それでも口を開けなかったのは、このステーキが明らかに贅沢な食事だったためだ。
テオにとって食事とは生命維持と体の鍛錬を目的として義務的に摂取するものであり、楽しく味わいながら食べるものではない。
美食は堕落の元凶――それは故郷での教えだ。
実際に旅の途中に立ち寄った大きな街で下っ腹の出ただらしない体型の大人たちを目の当たりにした時に、あの教えは間違っていなかったと思ったテオだ。
「ねえ、食べないの?」
リリアナにぐいぐいステーキを押し付けられ、テオはますます口を開けてはならないと確信する。
さてはコイツ、俺をでっぷり太らせてから食う気だな!?
それなのにテオの腹の虫がグゥ~ッという大合唱を始めてしまった。
「ほらあ、お腹鳴ってるじゃない」
リリアナに笑われ、鳴り続けるお腹を押さえようとしたが、テオの左手は持ち上がらずにわずかに横に動いただけだった。
その左手に、コンっと当たる物がある。
この感触ならよく知っている――。
寝かされているテオのすぐ横に、彼の愛用の斧も置いてあったのだ。
「食べたら元気出るわよ」
尚もステーキを押し付けてくるリリアナの真意がわからない。
こんなに無防備に武器を置いているということは、元気になったら逃げてみろということか。
しばし迷ったテオは、誘いに乗る決意をしてステーキにかぶりついた。
咀嚼すればするほどにジューシーな肉汁があふれ、濃厚な肉の旨味が口の中に広がっていく。
鼻から抜ける香辛料のスパイシーな香りに食欲を掻き立てられたテオは、あっという間に3切れを平らげた。
するとまたステーキの刺さったフォークが差し出され、それにも夢中でかぶりついた。
先生ということは、この若い女の師匠だろうか。そのわりに甲斐甲斐しく肉を焼いているのはどういうことだろう。
疲労のためあれこれ思考を巡らす余裕がないまま、テオはただハリスのことをぼうっと眺めている。
ハリスが赤ワインをフライパンに回しかけた。
ジュワ~~ッ!という派手な音の後に、ボッと赤い炎が上がる。
炎が落ち着くのを待ってナイフを取り出すと、ハリスはフライパンの肉を手際よく一口大にカットしていった。
「リリアナ、食べさせてやってくれ」
ハリスの持つフォークには、サイコロ状のステーキが3つまとめて刺してある。
「はい、あーんして」
フォークを受け取った大食いの若い女――リリアナという名前らしい――は、テオの鼻先にステーキを突き付けた。
ステーキの表面にはほどよく焦げ目がつき、断面はまだ赤みの残るミディアムレアに焼き上がっている。脂の少ない赤身の肉だ。
テオにはこれがなんの肉かすらわからなかったが、とてもいい匂いがする。
肉の匂いに混ざってかすかに鼻をくすぐる芳醇な香りが、フランベによる赤ワインのものであるという知識ももちろん持ち合わせていない。
しかしこれは美味いに違いないと思った。
テオはあふれ出てくる唾をごくりと飲み込む。
それでも口を開けなかったのは、このステーキが明らかに贅沢な食事だったためだ。
テオにとって食事とは生命維持と体の鍛錬を目的として義務的に摂取するものであり、楽しく味わいながら食べるものではない。
美食は堕落の元凶――それは故郷での教えだ。
実際に旅の途中に立ち寄った大きな街で下っ腹の出ただらしない体型の大人たちを目の当たりにした時に、あの教えは間違っていなかったと思ったテオだ。
「ねえ、食べないの?」
リリアナにぐいぐいステーキを押し付けられ、テオはますます口を開けてはならないと確信する。
さてはコイツ、俺をでっぷり太らせてから食う気だな!?
それなのにテオの腹の虫がグゥ~ッという大合唱を始めてしまった。
「ほらあ、お腹鳴ってるじゃない」
リリアナに笑われ、鳴り続けるお腹を押さえようとしたが、テオの左手は持ち上がらずにわずかに横に動いただけだった。
その左手に、コンっと当たる物がある。
この感触ならよく知っている――。
寝かされているテオのすぐ横に、彼の愛用の斧も置いてあったのだ。
「食べたら元気出るわよ」
尚もステーキを押し付けてくるリリアナの真意がわからない。
こんなに無防備に武器を置いているということは、元気になったら逃げてみろということか。
しばし迷ったテオは、誘いに乗る決意をしてステーキにかぶりついた。
咀嚼すればするほどにジューシーな肉汁があふれ、濃厚な肉の旨味が口の中に広がっていく。
鼻から抜ける香辛料のスパイシーな香りに食欲を掻き立てられたテオは、あっという間に3切れを平らげた。
するとまたステーキの刺さったフォークが差し出され、それにも夢中でかぶりついた。
11
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!
音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ
生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界
ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生
一緒に死んだマヤは王女アイルに転生
「また一緒だねミキちゃん♡」
ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差
アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。
追放即死と思ったら転生して最強薬師、元家族に天罰を
タマ マコト
ファンタジー
名門薬師一族に生まれたエリシアは、才能なしと蔑まれ、家名を守るために追放される。
だがそれは建前で、彼女の異質な才能を恐れた家族による処刑だった。
雨の夜、毒を盛られ十七歳で命を落とした彼女は、同じ世界の片隅で赤子として転生する。
血の繋がらない治療師たちに拾われ、前世の記憶と復讐心を胸に抱いたまま、
“最強薬師”としての二度目の人生が静かに始まる。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる