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9皿目 霧の中のトルティーヤ
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「テオは『おまえ誰だ』って言ってたわよね。どういうことかしら」
「ジョセフを見つけたのか、あるいは魔物か……」
背中がすうっと寒くなったリリアナは、濃い霧が晴れるまでハリスの腕にしがみついていた。
なんて恐ろしいエリアなんだろうかと改めて思う。
リリアナには見えなかったが、テオはなにかの姿が見えていて、それを追いかけていったのだ。
「わたし、ホラーとかオカルトは苦手なんだけど!」
ハリスが肩を揺らしてくくっと笑う。
「霧が晴れたら探しに行こう。それまでは離れないように待機。コハクもな」
「ガウッ!」
猪突猛進のテオよりもコハクのほうが優秀ね……。
リリアナは小さくため息をついた。
霧がゆっくりと晴れていき、コハクが鼻をヒクヒクさせた。テオの匂いを追おうとしているようだ。
コハクにも霧耐性アップのバフがかかっているから、湿気や霧に惑わされずに見つけてくれるに違いない。
地面を嗅ぎ、時折ウロウロしながらもコハクは少しずつ進んでいく。
そして途中からは確信したように歩調を速めた。
コハクの後ろを小走りで追いかけるリリアナとハリスの目に、思いがけない光景が飛び込んできた。
セーフティカードの結界の中でくつろぐテオの隣に、なぜか正座している人の形をした霧がいる。そしてその結界を取り囲むように、テオが何人もいるのだ。
「テオ!」
名を呼ぶと、テオたちが一斉にリリアナのほうを向いた。
「もおぉぉぉっ! オカルトはイヤだって言ってるじゃない!」
「リリアナ! 霧は絶対に吸うな!」
結界の中にいるテオが叫ぶ。普通に考えて、あれが本物だろう。
ほかのテオたちがゆらりとリリアナに近づいてくる。
隣に立つハリスが緊張した面持ちで出刃包丁を構えた。あごの骨が浮き出ていて、強く奥歯を食いしばっているのが見て取れる。
偽物のテオたちの正体はなんだろうか。
出刃包丁で刺したりして大丈夫!?
冒険者同士の殺し合いは、いかなる理由があってもご法度だ。もしも魔物ではなくて人間だったらと考えると恐ろしい。
そこでリリアナは、弱い雷を落として気絶させてみることにした。
生意気そうなテオそっくりの顔をして近づいてくるヤツらの頭に雷を落とす。しかし当たったと思われた稲妻はすり抜けて地面に吸い込まれていった。
「え……?」
戸惑っていると、また結界の中からテオが叫ぶ。
「そいつらの弱点は火だ! 魔物だから遠慮なくぶちかませ!」
テオの言葉を信じて手のひらに炎を発生させると、それを見た偽物たちがピタリと立ち止まる。
たしかに火が苦手らしい。
ハリスが出刃包丁をマジックポーチにしまい、代わりに長剣を取り出した。ハリスがその武器を持つ姿をリリアナは初めて見た。しかも、剣の刃先からゴオッと炎が噴き出す様子にギョッとする。
驚くリリアナに向かってハリスはニッと笑った。
「調理士になる前は、魔法騎士だったんだ」
ハリス先生が魔法騎士だったなんて、初耳なんですけど!
さらに驚いて固まるリリアナを置いてハリスが駆け出した。
ハリスの炎の剣に斬りつけられた偽物は、文字通り霧散していく。
霧の魔物がテオに擬態していたってことね?
テオのいる結界の右側のヤツらをハリスが相手しているため、リリアナは左側を攻撃することにした。
手のひらから火球をボンボン飛ばすと、おもしろいように偽物のテオたちが霧散する。
結界内のテオの指示のおかげであっさり制圧することができた。
「霧の魔物か……。初めてだな」
ハリスが首を傾げながら、ドロップ品と思われる丸くて小さく綿毛のような白い塊を回収して革袋の中に入れていく。
リリアナもそれを手伝っていると、ようやくテオが結界から出てきた。
その隣には、霧人間もいてこちらへ手を振っている。
「こんにちは!」
「――っ!?」
いまの挨拶はテオの声ではない。
「しゃべれるんですか?」
この霧人間は魔物ではないの……?
リリアナは戸惑いながら聞き返す。
「おお! 私の声が聞こえるんですね!?」
「はい、聞こえますけど」
正直に答えると、霧人間は手を叩いて喜んでいる。
「テオさんから、連れのリリアナさんは大食いでバフ効果が長いからきっとまだ会話できるだろうって聞いていたんです。大食いって素晴らしいですねっ! テオさんには少し前からもう私の声が届かなくなってしまったんですけどね、いやあ助かるなあ。大食い万歳ですねえ!」
得意げにドヤ顔をするテオと、「大食い」を連呼して喜びを全身で表現している霧人間。
なぜだろう。褒められているようだが、あまり嬉しくない。
「私はジョセフです。さっきの霧の魔物によって霧になってしまったんです」
「ジョセフ!? 先生! この人、自分がジョセフさんだって言ってるわ!」
ハリスが無精髭をさすりながらじっと霧人間を見つめる。
「よかった、生きていたのか……いや、その状態を生きてるって言っていいのか?」
ボソっと呟く言葉を聞いて、たしかにその通りだと思うリリアナだ。
ジョセフ本人もどうすれば元の人間の姿に戻れるかわからないらしい。
さっき倒した魔物の中にジョセフを霧にした張本人がいれば、討伐されたことで霧化の呪いが解けるかもしれないと期待していたようだが、彼は霧のままだ。
「もう戻れないのかもしれません……」
ジョセフは、シュンと肩を落とす。
「いや、それよりもひとつだけ確認させてくれ」
そう言うや否や、ハリスは再び剣先に炎をまとわせた。
――――!?
驚くリリアナとテオが止める間もなく、ハリスがジョセフを炎の剣で斬りつけたのだった。
「テオは『おまえ誰だ』って言ってたわよね。どういうことかしら」
「ジョセフを見つけたのか、あるいは魔物か……」
背中がすうっと寒くなったリリアナは、濃い霧が晴れるまでハリスの腕にしがみついていた。
なんて恐ろしいエリアなんだろうかと改めて思う。
リリアナには見えなかったが、テオはなにかの姿が見えていて、それを追いかけていったのだ。
「わたし、ホラーとかオカルトは苦手なんだけど!」
ハリスが肩を揺らしてくくっと笑う。
「霧が晴れたら探しに行こう。それまでは離れないように待機。コハクもな」
「ガウッ!」
猪突猛進のテオよりもコハクのほうが優秀ね……。
リリアナは小さくため息をついた。
霧がゆっくりと晴れていき、コハクが鼻をヒクヒクさせた。テオの匂いを追おうとしているようだ。
コハクにも霧耐性アップのバフがかかっているから、湿気や霧に惑わされずに見つけてくれるに違いない。
地面を嗅ぎ、時折ウロウロしながらもコハクは少しずつ進んでいく。
そして途中からは確信したように歩調を速めた。
コハクの後ろを小走りで追いかけるリリアナとハリスの目に、思いがけない光景が飛び込んできた。
セーフティカードの結界の中でくつろぐテオの隣に、なぜか正座している人の形をした霧がいる。そしてその結界を取り囲むように、テオが何人もいるのだ。
「テオ!」
名を呼ぶと、テオたちが一斉にリリアナのほうを向いた。
「もおぉぉぉっ! オカルトはイヤだって言ってるじゃない!」
「リリアナ! 霧は絶対に吸うな!」
結界の中にいるテオが叫ぶ。普通に考えて、あれが本物だろう。
ほかのテオたちがゆらりとリリアナに近づいてくる。
隣に立つハリスが緊張した面持ちで出刃包丁を構えた。あごの骨が浮き出ていて、強く奥歯を食いしばっているのが見て取れる。
偽物のテオたちの正体はなんだろうか。
出刃包丁で刺したりして大丈夫!?
冒険者同士の殺し合いは、いかなる理由があってもご法度だ。もしも魔物ではなくて人間だったらと考えると恐ろしい。
そこでリリアナは、弱い雷を落として気絶させてみることにした。
生意気そうなテオそっくりの顔をして近づいてくるヤツらの頭に雷を落とす。しかし当たったと思われた稲妻はすり抜けて地面に吸い込まれていった。
「え……?」
戸惑っていると、また結界の中からテオが叫ぶ。
「そいつらの弱点は火だ! 魔物だから遠慮なくぶちかませ!」
テオの言葉を信じて手のひらに炎を発生させると、それを見た偽物たちがピタリと立ち止まる。
たしかに火が苦手らしい。
ハリスが出刃包丁をマジックポーチにしまい、代わりに長剣を取り出した。ハリスがその武器を持つ姿をリリアナは初めて見た。しかも、剣の刃先からゴオッと炎が噴き出す様子にギョッとする。
驚くリリアナに向かってハリスはニッと笑った。
「調理士になる前は、魔法騎士だったんだ」
ハリス先生が魔法騎士だったなんて、初耳なんですけど!
さらに驚いて固まるリリアナを置いてハリスが駆け出した。
ハリスの炎の剣に斬りつけられた偽物は、文字通り霧散していく。
霧の魔物がテオに擬態していたってことね?
テオのいる結界の右側のヤツらをハリスが相手しているため、リリアナは左側を攻撃することにした。
手のひらから火球をボンボン飛ばすと、おもしろいように偽物のテオたちが霧散する。
結界内のテオの指示のおかげであっさり制圧することができた。
「霧の魔物か……。初めてだな」
ハリスが首を傾げながら、ドロップ品と思われる丸くて小さく綿毛のような白い塊を回収して革袋の中に入れていく。
リリアナもそれを手伝っていると、ようやくテオが結界から出てきた。
その隣には、霧人間もいてこちらへ手を振っている。
「こんにちは!」
「――っ!?」
いまの挨拶はテオの声ではない。
「しゃべれるんですか?」
この霧人間は魔物ではないの……?
リリアナは戸惑いながら聞き返す。
「おお! 私の声が聞こえるんですね!?」
「はい、聞こえますけど」
正直に答えると、霧人間は手を叩いて喜んでいる。
「テオさんから、連れのリリアナさんは大食いでバフ効果が長いからきっとまだ会話できるだろうって聞いていたんです。大食いって素晴らしいですねっ! テオさんには少し前からもう私の声が届かなくなってしまったんですけどね、いやあ助かるなあ。大食い万歳ですねえ!」
得意げにドヤ顔をするテオと、「大食い」を連呼して喜びを全身で表現している霧人間。
なぜだろう。褒められているようだが、あまり嬉しくない。
「私はジョセフです。さっきの霧の魔物によって霧になってしまったんです」
「ジョセフ!? 先生! この人、自分がジョセフさんだって言ってるわ!」
ハリスが無精髭をさすりながらじっと霧人間を見つめる。
「よかった、生きていたのか……いや、その状態を生きてるって言っていいのか?」
ボソっと呟く言葉を聞いて、たしかにその通りだと思うリリアナだ。
ジョセフ本人もどうすれば元の人間の姿に戻れるかわからないらしい。
さっき倒した魔物の中にジョセフを霧にした張本人がいれば、討伐されたことで霧化の呪いが解けるかもしれないと期待していたようだが、彼は霧のままだ。
「もう戻れないのかもしれません……」
ジョセフは、シュンと肩を落とす。
「いや、それよりもひとつだけ確認させてくれ」
そう言うや否や、ハリスは再び剣先に炎をまとわせた。
――――!?
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