魔法の薬は猫印。

長島 江永

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序章5

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「死んだか……?」
「うん、恐らく」
 警戒しながら近付く二人の背後から、気の抜けた声が投げかけられる。
「ま、待ってよー!」
 いつの間にか岩陰から出てきていたシモンが、二人の方へ小走りで向かって来る。
「いやあ疲れたね……!」
「……シモンさんは何かしていたのかな……?」
 本人に聞こえないように、レレはベルに耳打ちをした。
 攻撃魔法を一切放った様子がなく、最初にベルに加護の魔法をかけて以来、ずっと隠れていただけ、というのがレレの認識だ。
 しかし、実際にはそうでは無かった。
(俺達を支援するために、終始補助魔法を使ってくれていただろうが……!)
 シモンの一度や二度ではないサポートに一切気が付いていない様子のレレに、ベルは一言何か言おうとして、すぐにその口を噤んだ。
(興味のない人間に言っても仕方がない、か……)
 先程、レレに好き勝手言われた言葉を思い出し、思った事をすぐに口に出すのは一旦辞めにしようと決めた。
 興味のない素人と言うには、あまりにも特別な魔法を操るレレを、ベルは何とも複雑そうな顔で見た。
 その直後、ベルの体がぐらりと揺れて、その場に膝をついた。
(何だ……眩暈が……)
「だ、大丈夫かい、ベル君……!」
「……少し、吐き気が……」
 戦闘の疲れが急に出たのかとも思ったが、それにしては少し様子がおかしい。
 吐き気だけで無く、冷や汗が顔中の毛穴から出るような感覚がする。
「……さっき吸いだした毒か……!」
 レレもようやく思い出したようで、「あっ」と声を上げた。
「体内に入った毒は少量だと思うけれど、早く解毒処置はした方が良いね」
 レレの指摘にシモンも納得したようで、ベルの喉を光源魔法で照らして覗くなどをして、状態の確認を始めた。
「……すみません。自分が油断していたせいで……」
 毒で気分が悪いせいなのか、弱気な声で素直に項垂れる。
「さっきのは私が完全に悪いよ……」
 レレもしっかりと反省しており素直に謝る。頭上の耳が反省の気持ちを伝えるかのように、しゅんと垂れている。
「シモンさんは解毒の魔法は使えますか?」
「使える事には使えるんだけど……」
 シモンがちらりとベルの方を見る。ベルはその無言の問いかけに対して、首を横に振った。
「自分の魔力は、もうほとんど残っていないです」
 今回のケースのように、毒の詳細が分からない場合に魔法で解毒する場合は、本人の体に自浄を促すタイプの魔法を使用する方が望ましい。
 しかし、その魔法はかけられた本人の魔力も消費するため、現在魔力が底をついているベルには効果が期待できない。
「魔力回復のポーションはあるけれど、ベル君の今の状態だと中毒になる危険性も少しだけあるね……」
「そうなると、解毒薬を調合しないとですね」
 レレは有事のために持ち歩いてる道具をリュックから取り出して準備を始めた。
「出来るのかい?」
「大丈夫です、任せてください!」
 特殊な毒に対しては一般的な解毒薬では効果が薄い、あるいは無い事も多く、専用の薬を調合する必要がある。
 そのため冒険者や研究者は探索先に出現するモンスターを下調べし、毒を持つものがいた場合は、その対策をしっかりと整えてから挑む事が望まれる。
 今回のケースは厄介で、ジャイアント・ケイヴワームの毒の性質が無数に変化するため、予め解毒薬を準備する事は実質不可能と言える。
「確かにケイヴワームの毒は厄介ですが、あくまでベースになっている毒は一つなんです。あいつの毒腺は実は二段構造になっていて、一つ目の毒腺の内でそのベースの毒が分泌されます。それを高純度で抽出して調合した解毒薬がこれです」
 レレはリュックから箱を取り出し、その中から薄黄色の液体が入った小瓶を手に取って見せた。
「これに毒を注入された本人の血液、月光草の葉とマンドラゴラを加えて、反転式の魔法調合をすれば一回限りの解毒薬が完成します」
「このスクロールが反転式の……?」
 レレが取り出した羊皮紙のスクロールには魔法陣が描かれているが、これもチタットの魔法理論で成り立っているらしく、ベルには内容がさっぱり分からない。
 こちらもまた、チタットの基礎的な理論とは少し異なる箇所が見られるようで、シモンが手に取って「ほうほう」と興味深そうに観察を始めた。
「あ、あの、ベルの顔がどんどん白くなっていくので、急いだ方が……」
「あっ、そうだった、ごめんねえ!」
「……」
 ベルが少し上を向いてぼんやりとし始めたのを見て、急ぎ二人で協力して準備に取り掛かった。ベルの腕をナイフで少しだけ切り、血液を採収して他の素材と混ぜ、解毒薬の調合が開始された。
「出来たー! はい、さっき血液を採った所を出してー」
 解毒薬を傷口にかけると、ほのかに輝いて、液体がどこかへと消えていく。緊急の処置としては、体に素早く吸収されるこの方法が推奨される。
「念のため、後でまた体調を崩さないように、飲み薬も作ったから飲んで」
 ベルは解毒薬の入った瓶を受け取り、一気に喉の奥へと流し込む。
「……不味い」
「仕方が無いじゃない! 即席だからそこまで考慮する時間は無いの!」
「いや、文句ではない……ありがとう、助かった」
「え、うん……いや、私が原因だし当然だけど……」
 ベルが素直にお礼を言うので、レレは拍子抜けをしてしまった。
(具合が悪いと素直になる人っているし、そういう事かな……?)
「とりあえず大丈夫だ。採取を済ませて戻ろう」
「具合悪かったら、休みながらで良いからね」
「ああ」
 三人は討伐したジャイアント・ケイヴワームの亡骸の前に集まり、解体作業を始めた。
 学院組の目的は毒腺だが、レレも先ほどの解毒薬の補充など、個人的に使用するため分けてもらう事にした。
 外皮や牙などは加工用途で重宝されるが、自分達だけで全て運び出すのは現実的ではないため、回収の依頼を鉱山の管理組合に出す予定だ。
「討伐依頼が出ていれば報酬も貰えたんだけどね。残念ながら今朝見た限りでは無かったかな」
 必要なものの採取が終わり、鉱山出口に向かって第七鉱路を三人で歩いている。
 シモン達もケイヴワームの毒腺を入手した事で目的は達成されたようで、レレと一緒に宿に戻る事になった。
 レレがモンスターの討伐報酬が望めない事にぼやいていると、ベルが「金が必要なのか」と問いかけた。
「目的があって貯めている訳では無いけれど、いつ何が起こるか分からないからね。頼れる人もあまりいないし」
「……気分を害したら悪いが、もしかしてお前、母親も……」
「うん、お母さんも五年前にお父さんと同じ病気でね」
「そうか……」
 両親はおろか、祖父母も健在なベルは、肉親を亡くした人の気持ちを正しく理解する事は出来ない。
 出会ってまだ半日だが、明るく元気な姿しか想像できないこの女も、陰では母親を偲んで泣いているのだろうか。
 自分は肉親が死んだ時に、そうやって泣く事が出来るだろうか。
 今の俺にはきっと──。
「ベル?」
「……ああ、いや。何でもない」
「ふうん?」
 しばらく沈黙が流れた後、ふと後ろを振り返ると、考え事をしているらしく、シモンの歩くペースが遅くなっていた。
「先生、置いて行きますよ」
「……ん、ああ、ごめんごめん! 早く行こうか」
「何か考え事ですか?」
「んー、少しね。宿に戻ったら話そうか」
 水浴びのため途中で別れたレレが宿に戻ると、衝撃の提案がシモンの口から語られた。
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