オーバードライブ ・エロス〜性技カンストの俺が魔王をイカせるまで帰れない世界〜

ぽせいどん

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第38話 ー群れを裂く誓いー

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 断崖を越えてたどり着いた岩棚は、唯一「休息」という言葉を思い出させる場所に見えた。黒い岩肌は広く平らで、頭上には雲の切れ間があり、薄く差し込む光が四人の影を伸ばしていた。だがその光は頼りなく、空は灰色にくすみ、見上げた星々はどこか歪んで瞬いていた。

 レイジは剣を膝に横たえ、背を岩に預けた。息を吸うたびに胸が軋み、手のひらにはいくつもの細い裂傷が走っている。血は乾ききらず、刃の柄を握るたび痛みが脳髄に走った。彼は黙って剣先を見つめ、その痛みを自分への罰のように受け入れていた。

 セレーナは少し離れた場所で腰を下ろしていた。妹の死はまだ癒えない。喉元に押し込めた嗚咽が何度も逆流し、声にできない。彼女の視線は虚空に向けられているが、そこに映っているのはリリィナの笑顔と最期の姿に違いなかった。手が震え、杖を握る指に白く力がこもる。

 カリーネは震えを隠すように手早く香袋を裂き、辛い香を周囲に漂わせていた。呼吸を落ち着かせるため、自分の心を誤魔化すため、そして何より仲間に「まだ冷静だ」と示すために。だが彼女の耳の先は赤く、張り詰めた神経が悲鳴を上げているのが分かる。

 影の王女は背後に立ち、岩の影を静かに広げていた。表情は変わらず冷徹で、長い黒髪が風もないのに揺れている。だがその瞳の奥に潜む光は、誰よりも強い警戒と怒りを宿していた。彼女もまた、リリィナの死を「無駄にはしない」と心に誓っているのだ。

 「……ほんの少しでいい。ここで休もう」
 カリーネがかすれた声で言った。誰も反対はしない。ただそれぞれが疲れを抱え込み、短い安らぎを求めて目を閉じようとした。

 しかし、大陸はそれすら許さなかった。
 岩棚が、呼吸をするように微かに上下したのだ。固い岩盤のはずが、内部に心臓でも潜んでいるかのような脈動が伝わる。空気がざらつき、肺の奥に砂を吸い込んだような感触が広がった。

 「……休ませる気なんてないのね、この大陸は」
 セレーナが顔を上げ、虚ろな瞳で杖を握り直す。

 レイジは剣を持ち直し、岩に耳を当てた。深く、重い音――地鳴りではなく、確かに「拍動」だった。大地そのものが、彼らを拒絶する生き物であるかのように。

 影の王女の影がざわめいた。
 「……来る」

 四人は同時に立ち上がり、休息の残り香を捨てた。未開の大陸は、次なる牙をすでに剥いていた。

 その「拍動」はすぐに形を持った。
 最初に耳を打ったのは低く唸る翅音。岩棚の下から押し寄せる風が逆巻き、断崖の闇を破って巨大な昆虫が這い上がってきた。六脚は鋼鉄の杭のように鋭く、節目が軋むたびに岩が砕ける。赤い複眼が無数に輝き、触角からは青白い火花が散っていた。羽ばたきの一撃で岩棚が揺れ、砂塵が舞い上がる。

 「来るぞ!」
 レイジが剣を構えるより早く、さらに別の音が地面から響いた。ずるり、と岩の割れ目から半透明の粘体が溢れ出す。無数の触手のような流れが足に絡み、冷たい水銀を浴びせられたかのように血が凍る。触れられた筋肉が意志を拒み、勝手に弛緩していく。

 「下からもか!」
 カリーネが叫び、短剣で足に絡む粘体を叩き切るが、切り口はすぐに再生し、さらに太い帯となって絡みつく。彼女の瞳には恐怖が浮かんでいた。それでも腰を引き直し、毒袋を抜く手は止めない。

 そして頭上。黒雲を切り裂いて舞い降りてきたのは、翼を持つ異形たちだった。鳥とも獣ともつかぬ巨躯に、鱗のような羽根が無数に重なり、舞い散る鱗粉が光を反射して視界を歪める。匂いは甘く、肺に吸い込むと心拍が不自然に速まる。

 「幻じゃない……これは全部、実体だ」
 セレーナが震える声で告げる。幻惑だけではなく、物理の群れで押し潰すつもりなのだ。妹を奪った蝶姫のやり口を思わせ、怒りと恐怖が同時にこみ上げる。

 影の王女は裾を翻し、黒の影を地面いっぱいに広げた。黒い糸が粘体を絡め取り、岩棚に縫い付けて動きを止める。しかし、縫い止められたはずの粘体は影ごと吸い込み、逆に影の王女の裾を揺らし始めた。彼女の眉がわずかに動く。

 「……影を喰うだと」

 その瞬間、空からの突風。翼ある異形が突撃し、羽根の刃を振り下ろす。レイジは咄嗟に剣で受けたが、重さと衝撃で岩盤に片膝をついた。剣身に走る火花と、吹き荒れる鱗粉が目を灼く。

 「下、止めて! 私が空を!」
 セレーナが詠唱を早口に繋げ、杖の先に氷嵐の光を集める。空を切り裂いた冷気が翼の群れを凍り付かせ、数体が墜落して岩に叩きつけられる。だが落ちた異形の身体は砕けず、鱗の羽が床に広がり、地面を刃のように切り裂いた。

 四方から押し寄せる群れ。
 休息の場は一瞬で戦場へと変わった。

 群れは途切れることなく押し寄せ、岩棚を戦場に変えていた。甲殻の脚が岩を砕き、翼ある異形が空を裂き、粘体は足元から執拗に絡みつく。大地も空も敵となり、四人は狭い足場で押し潰されそうな重圧に耐えながら立ち回った。

 レイジは剣を振るい、赤い複眼を次々と叩き割る。だが殻の堅さは人間の武器を拒み、刃が火花を散らして弾かれるたびに腕に鈍痛が走った。にもかかわらず彼は前に出る。リリィナを守れなかった悔恨が、全身を突き動かしていた。
 「……もう二度と、仲間を失わせはしない!」
 怒声とともに剣を振り抜くと、蓄積した怒りが刃を重くしたのか、甲殻が裂け、赤い体液が飛び散った。

 セレーナは妹を失った心の空洞を埋めるように詠唱を続けていた。氷と炎の相反する魔法を交互に放ち、空の異形を凍らせ、炎で叩き落とす。瞳には涙が滲むが、頬を伝う前に熱気に乾いていく。妹の声が耳の奥で響き続けていた。
 「兄様を……お願いね」
 幻の記憶か、それとも幻聴か。それを振り払うように彼女は杖を振るい、燃え落ちる羽を風に散らせた。

 カリーネは外交官としての非戦の理念を胸に抱いていたはずだが、今は迷いなく短剣を閃かせていた。粘体が絡みつくたびに彼女は毒を打ち込み、核を突いて消滅させる。恐怖はある。だがそれ以上に、仲間を守るという意志が全身を支えていた。
 「私は……誰よりも臆病だから、誰よりも足を止められないのよ!」
 吐き出す言葉で自分を奮い立たせ、血に濡れた短剣を振り回す。

 影の王女は冷徹そのものだった。裾から伸びる影は無数の鎖となって異形を絡め取り、脚を折り、翼を裂き、動きを止める。その顔に感情は表れていない。だが戦場の中心に立つその姿は、仲間を守ろうとする強固な意志を宿していた。彼女の影はまるで盾のように広がり、背を預けるに足る存在であることを示していた。
 「……リリィナ。お前の死は、この大陸への刃に変える」
 その囁きは誰にも届かない。だが確かに、彼女自身を突き動かしていた。

 四人の奮戦は群れの流れを少しずつ押し返していた。だが敵は尽きない。裂いた甲殻の影から次の個体が這い出し、焼いた翼の代わりに別の群れが空を覆う。戦いは終わらない――終わらせる意志がなければ。

 岩棚は血と粘液に塗れ、空気は鉄の匂いで満ちていた。四人は肩で荒く息をしながらも剣と杖を構え続けている。群れは幾重にも押し寄せてきたが、その波はついに途切れ始めた。最後の一体をレイジが断崖へ叩き落とした瞬間、耳をつんざくような翅音がふっと消え、周囲に訪れたのは燃え立つような心拍音だけだった。

 「……終わった、のか?」
 カリーネが短剣を下ろす。腕は震えており、息を吸うたびに胸が痛む。

 「いいえ」
 セレーナが唇を震わせながら空を指差す。

 雲間が裂け、夜空の奥に、光でも影でもない“紋”が広がっていた。蝶の翅を模した巨大な紋章。紫と黒の光が絡み合い、空全体を支配していく。星が翅の模様に飲み込まれ、世界そのものがひとつの幻へと変わっていくようだった。

 そのとき、風に混じって声が響いた。女の声――甘く、濡れた囁きが背骨を撫で上げる。
 「ようこそ、私の庭へ……ここまで生き延びるなんて、なかなか優秀な駒たちね」

 セレーナは震える拳を握りしめ、妹の幻聴を掻き消すように叫んだ。
 「リリィナを奪ったのはお前……幻淫の蝶姫!」

 影の王女の影がざわめき、黒い鎖が空に伸びようとする。だが紋の光は影さえも吸い込み、鎖は虚空に消えた。王女の冷徹な瞳にわずかな驚きが走る。
 「……ただの幻惑ではない。空間そのものを支配している」

 レイジは血に濡れた剣を掲げ、低く呟いた。
 「リリィナの仇を、必ず……ここで討つ」

 その言葉に三人の視線が重なる。彼らを結んでいるのは綱でも影でもない。妹を失った痛みと、その死を無駄にしないという誓いだ。

 夜空の紋がさらに濃くなり、蝶の翅が羽ばたいたように見えた。岩棚全体が震え、風が渦を巻き、花の香りに似た甘い匂いが四人の身体を覆う。思考を蕩かせるほどの官能の気配。その中心にいる存在こそが――次に待つ“本丸”、幻淫の蝶姫だった。

 四人は互いの腰綱を強く握り直した。疲れはある。痛みもある。喪失の空洞も消えはしない。だがそのすべてを抱えたまま、彼らは前を見据える。

 「前へ」
 レイジの声が、暗い空気を切り裂いた。

 蝶の紋がゆらぎ、女の笑声が風に混じり、夜空いっぱいに響く。
 「ふふ……なら、見せてちょうだい。あなたたちのすべてを――快楽と絶望の果てまで」

 その声を合図に、大陸は再び牙を剥いた。
 幻淫の蝶姫との対峙は、もう避けられない。
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