38 / 70
第38話 ー群れを裂く誓いー
しおりを挟む
断崖を越えてたどり着いた岩棚は、唯一「休息」という言葉を思い出させる場所に見えた。黒い岩肌は広く平らで、頭上には雲の切れ間があり、薄く差し込む光が四人の影を伸ばしていた。だがその光は頼りなく、空は灰色にくすみ、見上げた星々はどこか歪んで瞬いていた。
レイジは剣を膝に横たえ、背を岩に預けた。息を吸うたびに胸が軋み、手のひらにはいくつもの細い裂傷が走っている。血は乾ききらず、刃の柄を握るたび痛みが脳髄に走った。彼は黙って剣先を見つめ、その痛みを自分への罰のように受け入れていた。
セレーナは少し離れた場所で腰を下ろしていた。妹の死はまだ癒えない。喉元に押し込めた嗚咽が何度も逆流し、声にできない。彼女の視線は虚空に向けられているが、そこに映っているのはリリィナの笑顔と最期の姿に違いなかった。手が震え、杖を握る指に白く力がこもる。
カリーネは震えを隠すように手早く香袋を裂き、辛い香を周囲に漂わせていた。呼吸を落ち着かせるため、自分の心を誤魔化すため、そして何より仲間に「まだ冷静だ」と示すために。だが彼女の耳の先は赤く、張り詰めた神経が悲鳴を上げているのが分かる。
影の王女は背後に立ち、岩の影を静かに広げていた。表情は変わらず冷徹で、長い黒髪が風もないのに揺れている。だがその瞳の奥に潜む光は、誰よりも強い警戒と怒りを宿していた。彼女もまた、リリィナの死を「無駄にはしない」と心に誓っているのだ。
「……ほんの少しでいい。ここで休もう」
カリーネがかすれた声で言った。誰も反対はしない。ただそれぞれが疲れを抱え込み、短い安らぎを求めて目を閉じようとした。
しかし、大陸はそれすら許さなかった。
岩棚が、呼吸をするように微かに上下したのだ。固い岩盤のはずが、内部に心臓でも潜んでいるかのような脈動が伝わる。空気がざらつき、肺の奥に砂を吸い込んだような感触が広がった。
「……休ませる気なんてないのね、この大陸は」
セレーナが顔を上げ、虚ろな瞳で杖を握り直す。
レイジは剣を持ち直し、岩に耳を当てた。深く、重い音――地鳴りではなく、確かに「拍動」だった。大地そのものが、彼らを拒絶する生き物であるかのように。
影の王女の影がざわめいた。
「……来る」
四人は同時に立ち上がり、休息の残り香を捨てた。未開の大陸は、次なる牙をすでに剥いていた。
その「拍動」はすぐに形を持った。
最初に耳を打ったのは低く唸る翅音。岩棚の下から押し寄せる風が逆巻き、断崖の闇を破って巨大な昆虫が這い上がってきた。六脚は鋼鉄の杭のように鋭く、節目が軋むたびに岩が砕ける。赤い複眼が無数に輝き、触角からは青白い火花が散っていた。羽ばたきの一撃で岩棚が揺れ、砂塵が舞い上がる。
「来るぞ!」
レイジが剣を構えるより早く、さらに別の音が地面から響いた。ずるり、と岩の割れ目から半透明の粘体が溢れ出す。無数の触手のような流れが足に絡み、冷たい水銀を浴びせられたかのように血が凍る。触れられた筋肉が意志を拒み、勝手に弛緩していく。
「下からもか!」
カリーネが叫び、短剣で足に絡む粘体を叩き切るが、切り口はすぐに再生し、さらに太い帯となって絡みつく。彼女の瞳には恐怖が浮かんでいた。それでも腰を引き直し、毒袋を抜く手は止めない。
そして頭上。黒雲を切り裂いて舞い降りてきたのは、翼を持つ異形たちだった。鳥とも獣ともつかぬ巨躯に、鱗のような羽根が無数に重なり、舞い散る鱗粉が光を反射して視界を歪める。匂いは甘く、肺に吸い込むと心拍が不自然に速まる。
「幻じゃない……これは全部、実体だ」
セレーナが震える声で告げる。幻惑だけではなく、物理の群れで押し潰すつもりなのだ。妹を奪った蝶姫のやり口を思わせ、怒りと恐怖が同時にこみ上げる。
影の王女は裾を翻し、黒の影を地面いっぱいに広げた。黒い糸が粘体を絡め取り、岩棚に縫い付けて動きを止める。しかし、縫い止められたはずの粘体は影ごと吸い込み、逆に影の王女の裾を揺らし始めた。彼女の眉がわずかに動く。
「……影を喰うだと」
その瞬間、空からの突風。翼ある異形が突撃し、羽根の刃を振り下ろす。レイジは咄嗟に剣で受けたが、重さと衝撃で岩盤に片膝をついた。剣身に走る火花と、吹き荒れる鱗粉が目を灼く。
「下、止めて! 私が空を!」
セレーナが詠唱を早口に繋げ、杖の先に氷嵐の光を集める。空を切り裂いた冷気が翼の群れを凍り付かせ、数体が墜落して岩に叩きつけられる。だが落ちた異形の身体は砕けず、鱗の羽が床に広がり、地面を刃のように切り裂いた。
四方から押し寄せる群れ。
休息の場は一瞬で戦場へと変わった。
群れは途切れることなく押し寄せ、岩棚を戦場に変えていた。甲殻の脚が岩を砕き、翼ある異形が空を裂き、粘体は足元から執拗に絡みつく。大地も空も敵となり、四人は狭い足場で押し潰されそうな重圧に耐えながら立ち回った。
レイジは剣を振るい、赤い複眼を次々と叩き割る。だが殻の堅さは人間の武器を拒み、刃が火花を散らして弾かれるたびに腕に鈍痛が走った。にもかかわらず彼は前に出る。リリィナを守れなかった悔恨が、全身を突き動かしていた。
「……もう二度と、仲間を失わせはしない!」
怒声とともに剣を振り抜くと、蓄積した怒りが刃を重くしたのか、甲殻が裂け、赤い体液が飛び散った。
セレーナは妹を失った心の空洞を埋めるように詠唱を続けていた。氷と炎の相反する魔法を交互に放ち、空の異形を凍らせ、炎で叩き落とす。瞳には涙が滲むが、頬を伝う前に熱気に乾いていく。妹の声が耳の奥で響き続けていた。
「兄様を……お願いね」
幻の記憶か、それとも幻聴か。それを振り払うように彼女は杖を振るい、燃え落ちる羽を風に散らせた。
カリーネは外交官としての非戦の理念を胸に抱いていたはずだが、今は迷いなく短剣を閃かせていた。粘体が絡みつくたびに彼女は毒を打ち込み、核を突いて消滅させる。恐怖はある。だがそれ以上に、仲間を守るという意志が全身を支えていた。
「私は……誰よりも臆病だから、誰よりも足を止められないのよ!」
吐き出す言葉で自分を奮い立たせ、血に濡れた短剣を振り回す。
影の王女は冷徹そのものだった。裾から伸びる影は無数の鎖となって異形を絡め取り、脚を折り、翼を裂き、動きを止める。その顔に感情は表れていない。だが戦場の中心に立つその姿は、仲間を守ろうとする強固な意志を宿していた。彼女の影はまるで盾のように広がり、背を預けるに足る存在であることを示していた。
「……リリィナ。お前の死は、この大陸への刃に変える」
その囁きは誰にも届かない。だが確かに、彼女自身を突き動かしていた。
四人の奮戦は群れの流れを少しずつ押し返していた。だが敵は尽きない。裂いた甲殻の影から次の個体が這い出し、焼いた翼の代わりに別の群れが空を覆う。戦いは終わらない――終わらせる意志がなければ。
岩棚は血と粘液に塗れ、空気は鉄の匂いで満ちていた。四人は肩で荒く息をしながらも剣と杖を構え続けている。群れは幾重にも押し寄せてきたが、その波はついに途切れ始めた。最後の一体をレイジが断崖へ叩き落とした瞬間、耳をつんざくような翅音がふっと消え、周囲に訪れたのは燃え立つような心拍音だけだった。
「……終わった、のか?」
カリーネが短剣を下ろす。腕は震えており、息を吸うたびに胸が痛む。
「いいえ」
セレーナが唇を震わせながら空を指差す。
雲間が裂け、夜空の奥に、光でも影でもない“紋”が広がっていた。蝶の翅を模した巨大な紋章。紫と黒の光が絡み合い、空全体を支配していく。星が翅の模様に飲み込まれ、世界そのものがひとつの幻へと変わっていくようだった。
そのとき、風に混じって声が響いた。女の声――甘く、濡れた囁きが背骨を撫で上げる。
「ようこそ、私の庭へ……ここまで生き延びるなんて、なかなか優秀な駒たちね」
セレーナは震える拳を握りしめ、妹の幻聴を掻き消すように叫んだ。
「リリィナを奪ったのはお前……幻淫の蝶姫!」
影の王女の影がざわめき、黒い鎖が空に伸びようとする。だが紋の光は影さえも吸い込み、鎖は虚空に消えた。王女の冷徹な瞳にわずかな驚きが走る。
「……ただの幻惑ではない。空間そのものを支配している」
レイジは血に濡れた剣を掲げ、低く呟いた。
「リリィナの仇を、必ず……ここで討つ」
その言葉に三人の視線が重なる。彼らを結んでいるのは綱でも影でもない。妹を失った痛みと、その死を無駄にしないという誓いだ。
夜空の紋がさらに濃くなり、蝶の翅が羽ばたいたように見えた。岩棚全体が震え、風が渦を巻き、花の香りに似た甘い匂いが四人の身体を覆う。思考を蕩かせるほどの官能の気配。その中心にいる存在こそが――次に待つ“本丸”、幻淫の蝶姫だった。
四人は互いの腰綱を強く握り直した。疲れはある。痛みもある。喪失の空洞も消えはしない。だがそのすべてを抱えたまま、彼らは前を見据える。
「前へ」
レイジの声が、暗い空気を切り裂いた。
蝶の紋がゆらぎ、女の笑声が風に混じり、夜空いっぱいに響く。
「ふふ……なら、見せてちょうだい。あなたたちのすべてを――快楽と絶望の果てまで」
その声を合図に、大陸は再び牙を剥いた。
幻淫の蝶姫との対峙は、もう避けられない。
レイジは剣を膝に横たえ、背を岩に預けた。息を吸うたびに胸が軋み、手のひらにはいくつもの細い裂傷が走っている。血は乾ききらず、刃の柄を握るたび痛みが脳髄に走った。彼は黙って剣先を見つめ、その痛みを自分への罰のように受け入れていた。
セレーナは少し離れた場所で腰を下ろしていた。妹の死はまだ癒えない。喉元に押し込めた嗚咽が何度も逆流し、声にできない。彼女の視線は虚空に向けられているが、そこに映っているのはリリィナの笑顔と最期の姿に違いなかった。手が震え、杖を握る指に白く力がこもる。
カリーネは震えを隠すように手早く香袋を裂き、辛い香を周囲に漂わせていた。呼吸を落ち着かせるため、自分の心を誤魔化すため、そして何より仲間に「まだ冷静だ」と示すために。だが彼女の耳の先は赤く、張り詰めた神経が悲鳴を上げているのが分かる。
影の王女は背後に立ち、岩の影を静かに広げていた。表情は変わらず冷徹で、長い黒髪が風もないのに揺れている。だがその瞳の奥に潜む光は、誰よりも強い警戒と怒りを宿していた。彼女もまた、リリィナの死を「無駄にはしない」と心に誓っているのだ。
「……ほんの少しでいい。ここで休もう」
カリーネがかすれた声で言った。誰も反対はしない。ただそれぞれが疲れを抱え込み、短い安らぎを求めて目を閉じようとした。
しかし、大陸はそれすら許さなかった。
岩棚が、呼吸をするように微かに上下したのだ。固い岩盤のはずが、内部に心臓でも潜んでいるかのような脈動が伝わる。空気がざらつき、肺の奥に砂を吸い込んだような感触が広がった。
「……休ませる気なんてないのね、この大陸は」
セレーナが顔を上げ、虚ろな瞳で杖を握り直す。
レイジは剣を持ち直し、岩に耳を当てた。深く、重い音――地鳴りではなく、確かに「拍動」だった。大地そのものが、彼らを拒絶する生き物であるかのように。
影の王女の影がざわめいた。
「……来る」
四人は同時に立ち上がり、休息の残り香を捨てた。未開の大陸は、次なる牙をすでに剥いていた。
その「拍動」はすぐに形を持った。
最初に耳を打ったのは低く唸る翅音。岩棚の下から押し寄せる風が逆巻き、断崖の闇を破って巨大な昆虫が這い上がってきた。六脚は鋼鉄の杭のように鋭く、節目が軋むたびに岩が砕ける。赤い複眼が無数に輝き、触角からは青白い火花が散っていた。羽ばたきの一撃で岩棚が揺れ、砂塵が舞い上がる。
「来るぞ!」
レイジが剣を構えるより早く、さらに別の音が地面から響いた。ずるり、と岩の割れ目から半透明の粘体が溢れ出す。無数の触手のような流れが足に絡み、冷たい水銀を浴びせられたかのように血が凍る。触れられた筋肉が意志を拒み、勝手に弛緩していく。
「下からもか!」
カリーネが叫び、短剣で足に絡む粘体を叩き切るが、切り口はすぐに再生し、さらに太い帯となって絡みつく。彼女の瞳には恐怖が浮かんでいた。それでも腰を引き直し、毒袋を抜く手は止めない。
そして頭上。黒雲を切り裂いて舞い降りてきたのは、翼を持つ異形たちだった。鳥とも獣ともつかぬ巨躯に、鱗のような羽根が無数に重なり、舞い散る鱗粉が光を反射して視界を歪める。匂いは甘く、肺に吸い込むと心拍が不自然に速まる。
「幻じゃない……これは全部、実体だ」
セレーナが震える声で告げる。幻惑だけではなく、物理の群れで押し潰すつもりなのだ。妹を奪った蝶姫のやり口を思わせ、怒りと恐怖が同時にこみ上げる。
影の王女は裾を翻し、黒の影を地面いっぱいに広げた。黒い糸が粘体を絡め取り、岩棚に縫い付けて動きを止める。しかし、縫い止められたはずの粘体は影ごと吸い込み、逆に影の王女の裾を揺らし始めた。彼女の眉がわずかに動く。
「……影を喰うだと」
その瞬間、空からの突風。翼ある異形が突撃し、羽根の刃を振り下ろす。レイジは咄嗟に剣で受けたが、重さと衝撃で岩盤に片膝をついた。剣身に走る火花と、吹き荒れる鱗粉が目を灼く。
「下、止めて! 私が空を!」
セレーナが詠唱を早口に繋げ、杖の先に氷嵐の光を集める。空を切り裂いた冷気が翼の群れを凍り付かせ、数体が墜落して岩に叩きつけられる。だが落ちた異形の身体は砕けず、鱗の羽が床に広がり、地面を刃のように切り裂いた。
四方から押し寄せる群れ。
休息の場は一瞬で戦場へと変わった。
群れは途切れることなく押し寄せ、岩棚を戦場に変えていた。甲殻の脚が岩を砕き、翼ある異形が空を裂き、粘体は足元から執拗に絡みつく。大地も空も敵となり、四人は狭い足場で押し潰されそうな重圧に耐えながら立ち回った。
レイジは剣を振るい、赤い複眼を次々と叩き割る。だが殻の堅さは人間の武器を拒み、刃が火花を散らして弾かれるたびに腕に鈍痛が走った。にもかかわらず彼は前に出る。リリィナを守れなかった悔恨が、全身を突き動かしていた。
「……もう二度と、仲間を失わせはしない!」
怒声とともに剣を振り抜くと、蓄積した怒りが刃を重くしたのか、甲殻が裂け、赤い体液が飛び散った。
セレーナは妹を失った心の空洞を埋めるように詠唱を続けていた。氷と炎の相反する魔法を交互に放ち、空の異形を凍らせ、炎で叩き落とす。瞳には涙が滲むが、頬を伝う前に熱気に乾いていく。妹の声が耳の奥で響き続けていた。
「兄様を……お願いね」
幻の記憶か、それとも幻聴か。それを振り払うように彼女は杖を振るい、燃え落ちる羽を風に散らせた。
カリーネは外交官としての非戦の理念を胸に抱いていたはずだが、今は迷いなく短剣を閃かせていた。粘体が絡みつくたびに彼女は毒を打ち込み、核を突いて消滅させる。恐怖はある。だがそれ以上に、仲間を守るという意志が全身を支えていた。
「私は……誰よりも臆病だから、誰よりも足を止められないのよ!」
吐き出す言葉で自分を奮い立たせ、血に濡れた短剣を振り回す。
影の王女は冷徹そのものだった。裾から伸びる影は無数の鎖となって異形を絡め取り、脚を折り、翼を裂き、動きを止める。その顔に感情は表れていない。だが戦場の中心に立つその姿は、仲間を守ろうとする強固な意志を宿していた。彼女の影はまるで盾のように広がり、背を預けるに足る存在であることを示していた。
「……リリィナ。お前の死は、この大陸への刃に変える」
その囁きは誰にも届かない。だが確かに、彼女自身を突き動かしていた。
四人の奮戦は群れの流れを少しずつ押し返していた。だが敵は尽きない。裂いた甲殻の影から次の個体が這い出し、焼いた翼の代わりに別の群れが空を覆う。戦いは終わらない――終わらせる意志がなければ。
岩棚は血と粘液に塗れ、空気は鉄の匂いで満ちていた。四人は肩で荒く息をしながらも剣と杖を構え続けている。群れは幾重にも押し寄せてきたが、その波はついに途切れ始めた。最後の一体をレイジが断崖へ叩き落とした瞬間、耳をつんざくような翅音がふっと消え、周囲に訪れたのは燃え立つような心拍音だけだった。
「……終わった、のか?」
カリーネが短剣を下ろす。腕は震えており、息を吸うたびに胸が痛む。
「いいえ」
セレーナが唇を震わせながら空を指差す。
雲間が裂け、夜空の奥に、光でも影でもない“紋”が広がっていた。蝶の翅を模した巨大な紋章。紫と黒の光が絡み合い、空全体を支配していく。星が翅の模様に飲み込まれ、世界そのものがひとつの幻へと変わっていくようだった。
そのとき、風に混じって声が響いた。女の声――甘く、濡れた囁きが背骨を撫で上げる。
「ようこそ、私の庭へ……ここまで生き延びるなんて、なかなか優秀な駒たちね」
セレーナは震える拳を握りしめ、妹の幻聴を掻き消すように叫んだ。
「リリィナを奪ったのはお前……幻淫の蝶姫!」
影の王女の影がざわめき、黒い鎖が空に伸びようとする。だが紋の光は影さえも吸い込み、鎖は虚空に消えた。王女の冷徹な瞳にわずかな驚きが走る。
「……ただの幻惑ではない。空間そのものを支配している」
レイジは血に濡れた剣を掲げ、低く呟いた。
「リリィナの仇を、必ず……ここで討つ」
その言葉に三人の視線が重なる。彼らを結んでいるのは綱でも影でもない。妹を失った痛みと、その死を無駄にしないという誓いだ。
夜空の紋がさらに濃くなり、蝶の翅が羽ばたいたように見えた。岩棚全体が震え、風が渦を巻き、花の香りに似た甘い匂いが四人の身体を覆う。思考を蕩かせるほどの官能の気配。その中心にいる存在こそが――次に待つ“本丸”、幻淫の蝶姫だった。
四人は互いの腰綱を強く握り直した。疲れはある。痛みもある。喪失の空洞も消えはしない。だがそのすべてを抱えたまま、彼らは前を見据える。
「前へ」
レイジの声が、暗い空気を切り裂いた。
蝶の紋がゆらぎ、女の笑声が風に混じり、夜空いっぱいに響く。
「ふふ……なら、見せてちょうだい。あなたたちのすべてを――快楽と絶望の果てまで」
その声を合図に、大陸は再び牙を剥いた。
幻淫の蝶姫との対峙は、もう避けられない。
1
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…
アルファカッター
ファンタジー
ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。
そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる