オーバードライブ ・エロス〜性技カンストの俺が魔王をイカせるまで帰れない世界〜

ぽせいどん

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第44話 ー奪われし誇りを求めてー

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 目覚めた後もなお、四人の耳には巣の奥から響く脈動が止むことなく届いていた。それは大地そのものの鼓動のようであり、あるいは母の子守歌のようでもあった。粘膜に似た壁は薄く光を放ち、どこもかしこも湿り気に満ちている。呼吸をするたび、肺の奥まで甘ったるい香気が染み込み、意識を曇らせた。

 レイジは裸同然の身を隠すように背を丸めながらも、必死に前へ進んだ。剣も鎧もなく、仲間の視線からも自分の視線からも隠したい姿。だが怯んでいては、この巣に呑み込まれる。
 「……俺たちの装備は必ずどこかにあるはずだ。探し出すしかない」

 セレーナは頬を赤らめ、震える指で髪を胸元に垂らして隠す。その姿はかつての妖艶な魔導士の面影を失い、ただ羞恥に苛まれる少女のようだった。
 「兄様……お願い、視線を逸らして……。今の私は……戦士じゃない。ただ……恥ずかしいだけ」

 カリーネは外交官らしい冷静さを取り戻そうとするが、背を覆う布もなく、露わになった素肌が彼女の誇りを削いでいく。唇を噛みしめ、低く囁いた。
 「……敵の前に出る前に……自分の仲間にすら顔を上げられないなんて……」

 影の王女は長い髪を両肩に垂らし、白い肌を覆い隠していた。普段は冷徹そのものの彼女でさえ、その姿を晒すことに羞恥を覚えているのが伝わる。
 「……母胎の罠だ。武器を奪うだけでなく、私たちの尊厳を削いで弱らせる……」

 足元の床は生き物のように柔らかく沈み、歩くたびに水音が響く。その音は耳の奥にまで忍び込み、羞恥を増幅させるかのようだった。やがて進んだ先には、大きな繭のような塊が並んでいた。半透明の殻の中に、彼らの装備らしき影が見える。剣、杖、鎧、衣。それらは赤黒い液に浸され、まるで母胎に胎児を沈めるように揺蕩っていた。

 セレーナが喉を震わせた。
 「……あそこに……!」

 レイジは拳を握り締めたが、繭に近づくと脳裏に声が響いた。『戻れ』『まだここで眠れ』『母が抱いてやる』。甘く優しいその囁きは、戦う意志を根こそぎ奪おうとしていた。

 カリーネは両手で耳を塞ぎ、涙をにじませる。
 「やめて……! こんな声に惑わされたら……私……」

 影の王女の糸が繭へと伸びる。だが触れた瞬間、糸は溶け、白い霧と化して消えた。彼女は唇を噛み、わずかに震える声で呟く。
 「……やはり、これは罠。母胎の意識そのものが装備を守っている」

 彼らの前に横たわるのは、奪われた武器と服。だが同時に、それは淫蠱母が仕掛けた“揺り籠”であり、彼らを再び甘美な眠りへ誘う囁きの源でもあった。

 半透明の繭は、近づくほどにぬるい呼気を吐き、内側に沈んだ剣や杖の影を揺らして見せた。見えているのに、触れようとした瞬間に遠のく――そんな意地の悪い距離感だ。粘膜めいた表面は脈を打ち、その鼓動が肌へ移ってくる。包まれれば楽になれる、と身体のどこかが囁いた。

 「離れるな。声が頭に入ってくる前に、互いを見ろ」
 レイジが言うたび、三人は小さく頷く。だが頷くたび、胸元や肩先を隠そうと腕が泳ぎ、頬の熱が増す。視線を合わせることそのものが難しい。誰もが自分の露わな姿を直視されたくなかった。

 「……あの繭、硬いところと柔らかいところが交互にある。硬い部分を冷やせれば、割れるかもしれない」
 セレーナが囁く。杖はない。けれど彼女は呼吸を整え、脈のリズムに合わせて掌へ微かな冷気を集めた。指先に灯るわずかな白。巣はそれを嫌うのか、繭の表面がざわりと粟立つ。

 影の王女は裾の影を細く伸ばし、繭の根元を“縫い付ける”ように固定した。
「長くは保てない。揺り戻しが来る前に」

 カリーネは唇を噛み、足もとに落ちていた殻片を拾い上げる。薄いが縁は鋭い。彼女は視線を逸らしながら小さく息を吐いた。
 「見ないでね……手早く終わらせるから」
 殻片を握る指が震え、胸元を髪で覆い隠す仕草にさらに赤みが差す。それでも彼女は躊躇を振り払い、セレーナの作った白い霜の継ぎ目へ刃を入れた。

 繭が甘い唸りを上げる。途端に、耳の奥へ柔らかい声が流れ込んだ。『痛いの?』『大丈夫』『母がかわってあげる』。言葉ではないのに、意味だけが胸に溶ける。手を止めれば、この温度にもう一度包まれてしまう。
 「だめ……!」
 セレーナは己の頬をぴしゃりと叩き、冷気をさらに強めた。白い筋が繭を走り、わずかな亀裂が音を立てる。影の王女の糸が軋んだ。

 「今だ、押し広げる!」
 レイジが肩と前腕で亀裂をこじ開ける。素肌にぬめる感触がまとわり、熱が皮膚を撫でた。思わず息が漏れる。それが自分の声だと気づき、彼は歯を食いしばった。羞恥が頬へ昇る。背後でセレーナとカリーネが息を呑む気配。誰も何も言わない。言葉にした途端、平静が砕けると知っているからだ。

 ぱん、と湿った破裂音。繭が裂け、赤黒い液が飛沫になって散った。中から滑り落ちたのは、レイジの外套、カリーネの薄布、セレーナの手袋、影の王女の軽い外衣。武器はない。それでも衣があることに、四人は一瞬だけ救われたように息を吐く。

 「とりあえず――これを」
 レイジは外套を背に回し、腰で結ぶ。肩からずり落ちぬよう、胸元を握り込む動きがぎこちない。セレーナは手袋を胸元へ抱き、うっすらと霜のついた布で鎖骨を隠した。指先に残る冷気が、まだ自分を保てる楔になる。
 「見ないでって言ったのに……でも、ありがとう」
 言いながら彼女は横顔だけで微笑み、レイジの視線から逃げる。

 カリーネは薄布を腰に巻き、恥じらいで震える指を深呼吸で宥めた。
 「これでは……外交の晩餐にも出られないわね」
 冗談めかした言葉に、かすかな笑いが混じる。張り詰めた糸が少し緩む。
 影の王女は外衣を肩にかけ、留め紐を結ぶと、ほんの一拍だけ目を閉じた。
 「奪われた尊厳の一部、回収。次」

 安堵は、すぐに揺り戻された。通路の天井から糸のようなものが垂れ、衣へ触れた瞬間、そこだけ温度が上がる。布地に染みる生温い感触が、肌まで伝わってくる。衣が重くなるのではない。身体が衣へ吸い寄せられる。
 「離れろ!」
 レイジが叫ぶより早く、繭の列がざわめき、通路全体に鼓動が走った。『せっかく着たのにね』『また戻っておいで』。耳ではなく、皮膚で聞こえる声。外套の内側を撫でるような波が、背を這い上がる。

 影の王女が外衣の裾を握り締め、低く呟く。
「衣そのものが餌にされる。布から意志を侵す――これも母胎の手口」
 彼女は素早く外衣の内側に影の糸を縫い込み、“重さ”を与えて揺らぎを殺した。セレーナも手袋に霜を纏わせ、布地を冷やして感覚の侵入を鈍らせる。カリーネは薄布の縁に殻片で細かな傷をつけ、表面をざらつかせて滑りを止めた。

 「もう一つ、割る。武器がいる」
 レイジは繭の列を見渡し、一番奥の濃い影へ歩み寄る。足裏を吸い上げる床の粘りが強まる。踏むたびに、幼い頃の記憶のような温さが脚へ絡む。着慣れぬ外套の裾が肌へ貼りつき、呼吸が浅くなる。――これは戦いだ。そう言い聞かせ、彼は拳を握り直した。

 今度は影の王女が先に動く。糸で繭の“脈”を縛り、鼓動を一瞬だけ止める。セレーナがそこへ冷気を落とし、カリーネが殻片で継ぎ目を裂く。囁きが強くなる。『よくできました』『じゃあ休んでいいのよ』『もう何も持たなくていい』。
 「休みたいのは山々だけどね」
 カリーネが苦笑とともに刃を押し込む。レイジは両腕で割れ目を開き、歯を食いしばった。背筋を伝う粘膜の温度が、じわりと心へ入り込もうとする。彼は自分の頬を爪で引っ掻き、鋭い痛みで意識を縫い止めた。

 ――ぱしゅ、と小さく弾ける音。二つ目の繭から、レイジの手甲と、セレーナの短いマントが滑り落ちた。まだ剣はない。杖も見えない。けれど、握るものがあるだけで呼吸が深くなる。

 「もう少し、いける」
 レイジが手甲を装着し、拳を握る。その金属の感触が、ようやく自分の輪郭を取り戻させる。セレーナは短いマントを肩へ掛け、首もとに小さく結び目を作った。結び目が震える指に力をくれる。
 「ありがとう……これで、少しだけ……前を見られる」

 通路の奥、まだいくつも繭が眠っている。囁きは先ほどより粘つき、甘さを増していた。『えらい子』『がんばったね』『じゃあ、母のところへ』。
 影の王女がその声を切るように言う。
 「戻らない。私たちは、取り返すために来た」

 羞恥と恐怖は消えない。むしろ、衣の下にまで忍び込んできた。だが四人は、その感情を肩で抱えたまま、三つ目の繭へ歩を進めた。次の破裂音が、奪われた誇りと“戦う姿”を呼び戻す合図になると信じて。

 繭を割り、衣の一部を取り戻したとはいえ、四人の羞恥と恐怖は薄れなかった。通路はさらに深くうねり、壁に貼り付いた無数の小さな繭が、乳児のように身をよじらせながら甘い声を漏らしている。

 『まだ足りない』『もっと母の中で眠れ』『肌を晒すのは、甘える証』――。
 囁きは頭で聞くのではなく、肌から染み込んでくる。布の下にまで忍び込む湿った空気が、血潮と同じ温度で身体を撫でていった。

 セレーナは肩を震わせ、マントを掴んだ。だがマントは汗と湿気に濡れて貼りつき、逆に彼女の曲線を際立たせていた。
 「兄様……目を合わせないで。私……耐えられない」
 羞恥に震えながらも、前へ進まなければならない矛盾が、彼女の声を揺らした。

 カリーネは外交官として幾度も舌戦をくぐり抜けてきたが、この揺さぶりには言葉すら役立たない。壁の繭が耳元で囁き、幼い頃に母に膝枕された記憶を突きつけてくる。
 「やめて……そんな記憶まで……利用しないで……」
 頬を赤く染めながら、彼女は薄布を押さえ、必死に歩を進めた。

 影の王女は冷徹さを装いながらも、声の揺さぶりにわずかに眉を寄せる。彼女には母という存在の記憶がなく、逆に“未知の温もり”への渇望を掘り起こされる。
 「……知らぬはずなのに……これが、母……? 心が……ほどけていく」
 糸を放とうとするが、指先が甘い痺れに縛られ、思うように操れない。

 レイジは歯を食いしばり、心の奥に現れた幻影を振り払おうとした。そこに現れたのは、異世界へ来る前の母の姿。優しく笑みを浮かべ、肩に手を置いてくる。
 「……帰っておいで、レイジ……もう戦わなくていいのよ」
 胸が締め付けられ、足が止まりかける。だが背後で仲間の息が乱れるのを聞き、必死に叫んだ。
 「惑わされるな! 俺たちの武器も、誇りも、ここで取り戻すんだ!」

 その声に三人の視線が引き戻される。羞恥も恐怖も消えはしない。だが互いの存在を確かめることで、揺さぶりの波を一時的に押し返すことができた。

 奥に進むと、より大きな繭が待ち受けていた。赤黒い液に沈んだその影は、剣と杖の輪郭をはっきりと映し出している。だが繭の表面には乳児のような顔が無数に浮かび、笑みを浮かべながら囁きを重ねていた。
 『帰れない子』『母が全部もらってあげる』『肌も、声も、記憶も』

 羞恥と恐怖は、もはや戦闘以上の試練となっていた。四人は互いに目を逸らしながらも、覚悟を新たにして繭へと手を伸ばした。

 巨大な繭の前に立った瞬間、四人の胸は同時にざわめいた。そこに沈んでいるのは、彼らの「核」――レイジの剣、セレーナの杖。その二つがなければ、この戦いを挑むことすら許されない。

 しかし繭の表面に浮かぶ無数の乳児の顔は、あまりにも不気味だった。目を開け、笑い、囁き、涙を流す。それぞれが異なる表情を浮かべながらも、同じ甘い声を紡ぐ。
 『母が抱くから怖くない』『その手を離しておいで』『裸のままでも美しい』

 セレーナは両手で耳を塞ぎ、顔を赤らめた。羞恥と恐怖が一体となり、身体を硬直させる。
 「だめ……もう聞きたくない……」

 レイジはそんな彼女の肩を掴み、強い声で遮った。
 「俺が取り戻す。……お前たちは支えてくれ」

 影の王女は静かに頷き、影糸を繭の根元へ突き立てる。カリーネは震える手で殻片を握り、セレーナは涙を拭って冷気を再び指先に灯した。羞恥を抱えたままでも、仲間としての誇りは揺るがない。

 四人の力が交錯し、繭を縛り、冷やし、裂き、そしてレイジの両腕が力強く押し広げる。湿った破裂音とともに、赤黒い液が飛び散り、剣と杖が姿を現した。

 レイジは剣を握り締め、その冷たい重みを確かめる。裸同然の自分を覆い隠すものはまだ薄衣しかない。だが剣があることで、羞恥の奥に確かな自信が戻ってきた。
 「……ようやく帰ってきたな」

 セレーナは杖を胸に抱きしめ、涙混じりに微笑んだ。
 「……これがないと……私はただの弱い女の子だから……」
 その声には羞恥と同時に、誇りが戻った安堵が滲んでいた。

 だが、安堵は長く続かなかった。巣の奥から響く鼓動が急に高鳴り、粘膜の壁がどくどくと激しく脈打ち始める。天井から垂れ下がる無数の管が揺れ、粘液が滴り落ち、地面を濡らした。

 影の王女が冷たい声で告げる。
 「……母胎が気づいた。これ以上は……ただでは済まない」

 カリーネは濡れた髪をかき上げ、薄布を握りしめた。羞恥はまだ肌に残っている。だが彼女は小さく笑みを浮かべ、仲間を見やった。
 「いいじゃない。これ以上の試練が来るなら、誇りを取り戻した今の私たちで、真正面から受けてみせる」

 巣全体が胎動し、囁きは歌へと変わった。甘い子守歌が、四人を再び眠りへ誘おうとする。だが今度は、剣も杖も、仲間との絆もある。

 レイジは剣を振り上げ、仲間へ告げた。
 「次が本番だ。母胎――淫蠱母を叩き潰す」

 羞恥を抱えたまま、四人の眼差しは一つに揃う。戦うための姿勢を取り戻し、巣の奥へと進み出した。
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