オーバードライブ ・エロス〜性技カンストの俺が魔王をイカせるまで帰れない世界〜

ぽせいどん

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第54話 ー胎内の檻、かすかな兆しー

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 ――絶望の淵で、四人は息を繋いでいた。

 広間はすでに戦場という枠を失い、まるで世界そのものが敵と化していた。壁も床も天井も卵胞に覆われ、割れるたびに生まれる幼体が無数の声をあげて蠢く。その産声は甘く、官能的ですらあるのに、耳に届くごとに心を削り、骨まで染み込むように疲弊させた。

 レイジは共鳴剣を握りしめたまま膝をついていた。刃の蒼光は弱まり、まるで灯火のように頼りなく揺れている。呼吸は荒く、胸の誓約紋が灼けるように熱を帯び、鼓動が不規則に跳ねていた。
 「……っ……まだ……終わっちゃ……いけねえ……」

 セレーナも隣で倒れ込み、壁に背を預けていた。唇は白く、汗で濡れた髪が頬に貼り付いている。
 「心臓が……重い……。誓約で均しても……脈が乱れるばかり……」
 彼女の指先は何度も符を描こうとしたが、震えて形にならず、ただ虚空を掻くだけだった。

 カリーネは必死に冷静さを保とうとしていたが、その双眸に宿る焦燥は隠せなかった。外交の場で何度も理不尽な状況を打破してきた彼女ですら、声を震わせる。
 「何をしても……すべてが養分に変わる。攻撃も、拒絶も……。この胎内では、すべてがメギアのものになる……」

 影の女王は片膝をつき、血を吐きながら低く笑った。
 「世界の影を操ってきた私ですら……ここでは影が存在しない……すべてが“胎”に呑まれている……」

 四人の周囲で、また卵が割れた。半透明の幼体が這い出し、彼らの姿を真似て蠢き始める。
 「……俺たちの幻影、か」
 レイジは薄笑いを浮かべる。幼体はセレーナやカリーネ、影の女王の顔を持ちながら、爛れた唇で甘く囁いた。

 《交ワレ……誓約モ欲望モ、同ジ……母胎ノ糧……》

 「……もうやめろ……!」
 セレーナが叫ぶが、幻影は笑みを浮かべて触手を伸ばす。

 その触手が胸元に触れかけた瞬間、レイジは共鳴剣を振り抜いた。蒼光が幼体を焼き払うが、消えたはずの残骸は再び床へ吸い込まれ、新たな卵を膨張させる。

 「……希望が……見えない」
 カリーネの声は掠れていた。

 《産メヨ……産メヨ……無限ニ……》

 広間全体が震え、奥の胎核がさらに膨張した。血管のような筋が光り、脈動のたびに四人の心臓を鷲掴みにする。
 「……ああ……」セレーナが胸を押さえ、苦悶に顔を歪める。
 「誓約が……砕ける……」影の女王の声が震える。

 その時――
 レイジの胸で、誓約紋が一瞬強く輝いた。

 「……待て。今……何か……」
 彼は息を荒げながらも、胸に手を当てた。脈動が確かに狂っている。だがその狂いが、一瞬だけ卵の動きを鈍らせていた。

 「……今の、感じたか?」
 レイジの問いに、セレーナは息を呑んだ。
 「……ほんの一瞬……卵の脈が……乱れた?」

 カリーネは目を見開き、震える声で囁いた。
 「まさか……“均した鼓動”そのものが……奴のリズムを乱している?」

 影の女王は血を拭い、薄く笑った。
 「……かすかな兆しだな。勝てる方法ではなくても……抗う手立てにはなるかもしれん」

 レイジは剣を握り直し、奥の胎核を睨んだ。
 希望ではなく、ただの“揺らぎ”にすぎない。
 だが、それは暗闇に落ちかけた四人にとって、唯一の光だった。

 レイジの胸で輝いた誓約紋は、わずかな時間だけ卵の脈動を乱した。その揺らぎは小さく、ほんの数拍分の静寂に過ぎなかった。しかし四人にとっては、絶望の中で初めて得た“確かな変化”だった。

 「……確かに感じたわ」
 セレーナが荒い息を吐きながらも目を見開く。「あの瞬間だけ、卵の産声が途切れた。均された鼓動が……この胎内に楔を打ち込んだのよ」

 「だが……代償も大きい」
 カリーネは手を胸に当て、血を吐きそうなほどの痛みに顔を歪めた。「私たちの心臓にかかる負担は……想像を超えてる。命を削っている感覚……」

 影の女王は唇の端から血を垂らしながら笑った。
 「命を燃やして道を作る……これまでと変わらんさ。裸で誓ったあの時から、常に命懸けだった」

 レイジは共鳴剣を地に突き立て、震える膝を押さえつける。
 「……なら、やるしかねえ。鼓動を均し続けて、奴のリズムを乱す。ほんの一瞬でも足を止められるなら、本体に近づける!」

 その言葉に三人は視線を交わし、互いの頷きを確認した。恐怖も絶望も消えてはいない。だが誓いを交わした仲間だからこそ、ここで立ち止まる選択肢はなかった。

 四人の胸の紋が同時に輝き、鼓動が一つに重なった。
 次の瞬間、広間に満ちる卵の脈動がわずかに狂い、孵化の速度が止まった。

 「今だ!」
 レイジが共鳴剣を振り抜き、蒼光が通路を切り開いた。

 セレーナは符を投げ、紅蓮の炎で群れを押し退ける。カリーネは風の刃を走らせ、影の女王は闇糸で広間の天井を裂いた。四人の力が束ねられ、進路は開かれていく。

 だが、代償はすぐに現れた。

 「……っ!」
 セレーナが胸を押さえ、血を吐いた。
 「誓約が……強すぎる……!」

 カリーネも脚を取られて倒れ込み、息を荒げる。「心臓が焼けるようだ……鼓動を均すたびに寿命が削られていく……!」

 影の女王は立ち上がりながらも、唇を切って笑った。「……上等だ……生きて帰れると思ってはいなかった」

 レイジは仲間を背に庇い、剣を掲げた。蒼光はまだ彼の手の中にあったが、光は明らかに弱々しい。
 「……代償は承知の上だ。命を削ってでも、この道を……開ける!」

 その瞬間、奥の胎核が反応した。心臓のような塊が大きく収縮し、今度は卵胞全体が鼓動と同調して震え始める。

 《交ワレ……誓約モ糧ニ……無限ニ産メヨ……》

 誓約の力すら飲み込み、己の増殖に変えようとする動きだった。

 「……まさか……!」
 セレーナが絶望に目を見開いた。

 カリーネの声は掠れ、震えながらも言葉を紡いだ。
 「誓約さえ……利用される……?」

 影の女王は吐き捨てるように言った。「……この胎内は、何もかも呑み込む檻だ」

 わずかに見えた突破口さえも、次の瞬間に掻き消される。
 四人の心臓を焼き尽くす負担と、胎核の無限増殖――それは死よりも重い現実だった。

 広間に充満する脈動は、もはや四人の鼓動を完全に支配しようとしていた。
 均した鼓動を放つたびに卵の増殖は一瞬止まる。しかしそのたびに心臓を掴まれるような痛みが走り、血管の奥で命が削られていくのを誰もが感じていた。

 「……このまま続ければ……死ぬわね」
 セレーナが膝を抱え、震える声で呟く。額から汗が滴り、頬に落ちて光った。

 「ここで止めても……待つのは同じ死だ」
 カリーネは唇を噛み、乾いた笑みを浮かべた。「外交では、どちらを選んでも破滅という局面がある。けれど交渉の本質は……“少しでも生の確率が高い方を選ぶ”ことよ」

 影の女王は吐き捨てるように言った。「命を賭けてでも進むしかない、ということか」
 その目はすでに覚悟を決めていた。王座を失い、影に堕ち、それでも生き延びてきた彼女は、退路を捨てることに迷いがなかった。

 レイジは仲間の顔を順に見て、共鳴剣を胸に掲げた。
 「……そうだ。命を削るのは怖えよ。でも俺たちは裸で誓った。“この世界で生き直す”ってな。その誓いを貫くなら……ここで折れるわけにはいかねえ」

 《交ワレ……誓約モ糧ニ……》

 胎核の囁きが再び響く。奥の心臓のような塊が脈動し、殻を破った卵からは彼ら自身の幻影が次々と生まれてきた。

 セレーナの前には、かつて死んだ妹リリィナの姿。
 カリーネの前には、救えなかった民の群れ。
 影の女王の前には、王座に座り人々を支配する自分自身。
 そしてレイジの前には、現世で疲弊し、机に突っ伏す“社畜の自分”。

 「……またか」
 レイジは吐き捨てるように言った。だが胸が締め付けられる。逃げてきたはずの自分が、そこにいた。

 《戻レ……苦痛モ、誓約モ、欲望モ……全テ母胎ニ抱カレヨ》

 甘美な声に、セレーナの膝が崩れた。「リリィナ……」と震える声が漏れる。
 カリーネも顔を覆い、「私が……見捨てた……」と呟いた。
 影の女王もまた、幻の王座から目を逸らせなかった。

 「……やめろ!」
 レイジは叫び、共鳴剣を振り下ろした。蒼光が走り、幻影を焼き払う。だが焼き尽くした残骸は再び卵へと戻り、膨れ上がっていく。

 「効かねえ……」
 喉が乾き、声が掠れる。それでも刃を握る手だけは離さなかった。

 「なら……進むしかない」
 影の女王が立ち上がり、血を吐きながらも笑う。「幻影を払えなくても、進めばいい。誓約を均し、命を削り、道をこじ開けるしかない」

 「死ぬために戦ってるんじゃない……!」
 セレーナが涙を拭い、符を握りしめる。「……生き直すために戦ってるのよ!」

 カリーネも剣を抜き直した。「希望は見えない。でも……立ち止まれば絶望しか残らない!」

 レイジは共鳴剣を掲げ、叫んだ。
 「行くぞ……! 命を削ってでも、本体に辿り着く!」

 四人の誓約紋が燃えるように輝き、鼓動が再び均される。広間の脈動が狂い、卵の孵化が一瞬止まった。

 その一瞬を掴み、四人は再び走り出した。

 鼓動を均すたび、広間の脈動が狂い、卵の孵化はわずかに遅れる。その隙を四人は逃さず進む。だが同時に、胸を焼くような痛みが全身を貫き、肺は熱で膨れ上がり、血が喉を逆流する。

 「……はぁ、はぁ……!」
 セレーナの吐息は荒く、足取りは覚束なかった。彼女の符は震える指先から零れ落ち、それでも再び拾い上げては描かれた。
 「これ以上は……私の心臓が……」

 「諦めるな!」
 レイジが叫ぶ。共鳴剣の蒼光はすでに薄く、まるで霧のように揺れていた。それでも彼は剣を前に突き出し、奥に脈打つ胎核を睨む。

 カリーネは額から血の汗を流し、片膝をついた。
 「……外交なら、ここで退く選択もある……でも……ここは……」
 彼女は立ち上がり、風の刃を放つ。だが威力は弱々しく、幼体をかろうじて押し返すだけだった。

 影の女王は闇糸を放ち、迫る肉塊を切り裂いた。だが次の瞬間、糸ごと飲み込まれ、逆に彼女の胸を焼いた。咳き込みながらも、彼女は嗤うように言った。
 「……これが……生き直す誓いの代償か……」

 広間の奥、巨大な胎核が再び収縮した。
 《交ワレ……誓約ヲ糧ニ……産メヨ……》
 声が脳髄に響き、四人の心臓が同時に跳ねた。

 セレーナの唇から血が流れ、カリーネは腕を押さえて倒れ込み、影の女王も肩で荒い息を吐く。
 「……もう、長くは……」
 彼女たちの瞳には限界が映っていた。

 それでもレイジは剣を握り直す。手は震え、視界は霞み、心臓は今にも破裂しそうだった。
 「……俺が……均す……! だから……まだ……進め!」

 胸の誓約紋が光り、仲間たちの鼓動を束ねた。
 刹那、卵の群れが痙攣し、孵化のリズムが途絶える。

 「今だ……!」
 四人は血を吐きながらも前へと駆け出した。

 広間の中心――ついに巨大な胎核の目前に立つ。
 赤黒い心臓のような塊は、彼らを見下ろすかのように脈打っていた。

 だが――その瞬間。
 誓約の刃が、音を立てて軋んだ。

 「……っ!」
 蒼光が砕けかけ、刃は光を失い始める。

 「まさか……ここまで削られて……!」
 カリーネの声が絶望に染まる。

 希望の光は届きかけた。
 だが代償はあまりにも大きく、仲間たちは限界を迎えつつあった。

 ――倒せる兆しはまだ見えない。
 それでも、命を賭けて進む以外に道はなかった。
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