オーバードライブ ・エロス〜性技カンストの俺が魔王をイカせるまで帰れない世界〜

ぽせいどん

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第56話 ー外交の果てにー

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 絶望の広間を、赤黒い脈動が揺らしていた。
終淫核メギアの胎動は強まる一方で、誓約の刃は今にも掻き消えそうに震えている。

 レイジは蒼白な顔で剣を支えながら吠えた。
「くそっ……何をしても効かねぇ……!」

 セレーナは血を吐きつつ、符を握りしめる。
「誓約が奪われてるのよ……均しても意味がない……!」

 影の女王も闇糸を伸ばそうとしたが、腕が痙攣して力が抜ける。
「……完全に呑み込まれる……ここでは抗えん……」

 三人の顔には疲弊と絶望が濃く刻まれていた。

 その中で――カリーネだけは不思議な静けさを纏っていた。
荒い呼吸を抑え、眼鏡を押し上げる仕草は、まるで戦場ではなく会議の席に臨む外交官のようだった。

「……交渉の本質は、常に等価交換よ」
彼女は自分に言い聞かせるように囁き、ゆっくりと広間を見渡した。

 レイジが振り返る。「策があるのか!?」
「……まだ諦める段階じゃない」
彼女の声は静かで落ち着いていた。

 セレーナは眉をひそめる。「でも、もう手は尽きて……」
「尽きていない。外交は常に、見えない切り札を探し続けるものだから」
カリーネは微笑んだ。その笑みは弱々しいのに、不思議と頼もしさを帯びていた。

 影の女王が目を細める。「……お前、何を考えている?」
「それはまだ言えないわ。交渉は最後の一瞬まで内容を晒さないものよ」

 彼女はそう言って一歩前へ進み、脈動する胎核を見据えた。
鼓動が四人の胸を揺らし、誓約紋が焼け付くように痛む。それでもカリーネは眉一つ動かさなかった。

 「まだ……勝算はある」
その言葉は戦友への慰めではなかった。
外交官として、冷静に天秤を見極める者の確信だった。

 脈動はさらに強まり、誓約の刃がきしむ音が広間を支配した。
セレーナは歯を食いしばり、震える手で符を握りしめる。
「……もう、削るものが残っていない……!」

 影の女王も額から血を流し、低く呻いた。
「ここで尽きるか……」

 レイジは共鳴剣を地に突き立て、仲間たちを見渡す。
「何か……打つ手はねえのか……!」

 その問いに、カリーネは静かに答えた。
「あるわ」

 視線が一斉に彼女に向けられる。
セレーナは驚きに目を見開いた。「……策があるの!?」
「外交は、最後の一手を隠しておくものよ」カリーネは淡々と答える。
影の女王は訝しげに眉をひそめた。「……お前の言う“最後の一手”とは?」

 カリーネは返事をせず、眼鏡の奥で静かに笑んだ。
「信じて。ここまで共に来たんだもの。私が交わした誓いを、無駄にする気はない」

 レイジは彼女の目を見据え、しばし沈黙した。
疲弊した瞳の奥に、確かな決意が燃えている。
「……分かった。任せる。だが無茶はするなよ」

 「無茶なんて、外交官の常套手段よ」
そう言ってカリーネは軽く肩を竦めた。その仕草は、血に濡れた戦場には似つかわしくないほど、穏やかだった。

 広間を揺るがす脈動に逆らうように、彼女は一歩ずつ前へ進む。
卵胞が破裂し、粘液が飛び散る。幼体が床を這い出す。
だがカリーネの瞳は揺らがなかった。

 「最終的に、交渉は“対価”を差し出すことで成り立つ。
問題は、その対価をどこまで見極められるか――」

 その声は仲間に届いたが、真意までは伝わらなかった。

 セレーナは不安げにレイジに囁いた。
「……彼女、本当に策があるのかしら……?」
レイジは唇を噛み、ただ頷いた。
「信じるしかねえ」

 カリーネの背に、決意の影が落ちていた。
まだ誰も、その“最終手段”の正体を知る者はいなかった。

 カリーネは脈動する胎核の正面へ歩を進めた。
粘液に靴が沈み、赤黒い光が眼鏡に映り込む。
その姿に、仲間たちの心臓は凍りついた。

 「カリーネ!」
レイジが思わず声を張り上げる。
「前に出るな! 狙われるぞ!」

 彼女は片手を軽く上げ、制するように応えた。
「大丈夫。交渉は、常に危険な席に臨むものよ」

 セレーナが唇を噛む。「今さら交渉なんて……あれは意思を持たない“増殖”よ」
「意思がないならなおさら。“条件”を突きつければ従うしかないわ」
その声には、不思議な確信が宿っていた。

 影の女王が冷たい目を向ける。
「……条件? 等価交換のことか」
 カリーネは頷いた。
「ええ。交渉の本質はそこにある。相手が欲するものに、こちらが差し出せるものを秤にかける――それが均衡を生む」

 レイジは目を細めた。
「……差し出せるものって、何を……」
「まだ言えないわ」カリーネは静かに微笑む。「交渉は最後の一瞬まで切り札を見せないものだから」

 セレーナは息を呑み、何かを感じ取ったが、言葉にはできなかった。
レイジも問い詰めようとしたが、その瞳に浮かぶ強い光に押し返され、口を閉じた。

 カリーネは前に立ち、胎核に向かって声を放った。
「終淫核メギア――あなたが求めているのは“誓約の糧”。
ならば私は差し出す。けれど、こちらの条件を必ず飲んでもらう」

 《……交ワレ……差シ出セ……糧……》

 胎核の鼓動が応えるように高鳴り、赤黒い光が広間を満たす。

 セレーナが震える声を漏らす。「カリーネ……いったい何を差し出すつもり……?」
レイジも叫んだ。「教えてくれ! それは何だ!?」

 しかし、カリーネは背を向けたまま、静かに首を横に振った。
「最後まで切り札は明かさない――それが外交官の鉄則よ」

 その背中に、仲間たちはただ不安と緊張を募らせていった。
まだ誰も、その“対価”が何なのか、知る由もなかった。

 カリーネの背に、三人の視線が突き刺さっていた。
だが彼女は振り返らない。眼鏡の奥の瞳は、揺るがぬ決意で赤黒い胎核を見据えていた。

 「……いいわ」
その声は震えもなく、澄み切っていた。
「取引をしましょう――私の命と、あなたの“誓約を糧にする権利”とを」

 瞬間、広間の空気が凍りついた。
セレーナは絶叫する。「カリーネ!? 何を言って……!」
レイジが駆け寄ろうとするが、誓約紋の力に弾かれる。
「やめろッ! そんなの受け入れる必要は……!」

 影の女王も声を荒げた。「狂気だ……! 自分を差し出すなど……!」

 しかし、カリーネは穏やかに微笑んでいた。
「外交官は常に命を賭けてきたわ。けれど、これほど正しい取引は初めて」

 《交ワレ……承認……》
胎核の脈動が応じ、彼女の胸の誓約紋が灼けるように輝いた。

 カリーネは眼鏡をそっと外し、両手で大切に抱えた。
「……ずっと、この眼で真実を見ようとしてきた。でも……最後は裸の私で誓う」

 彼女の肉体が光に包まれていく。
セレーナは涙を流し、手を伸ばす。「行かないで……! まだ一緒に……!」
カリーネは首を振り、微笑んだ。
「あなたたちなら……きっと勝てる。私が命を賭けた交渉を……無駄にしないで」

 レイジは喉を潰すほど叫んだ。「やめろォッ! カリーネェ――ッ!」

 影の女王も拳を床に叩きつける。「なぜだ……なぜ自分だけ……!」

 光は一層強まり、カリーネの輪郭を溶かしていく。
最後に彼女は眼鏡を床へ落とし、柔らかな声を残した。

 「ようやく……正しく使えたわ、この命を」





――彼女の姿は完全に消失した。

 残されたのは、血にも汚れず、ただ静かに横たわる眼鏡だけ。

 三人は言葉を失い、その眼鏡を見つめるしかなかった。
涙と怒りと絶望が入り混じり、声にならない嗚咽だけが広間に響いた。

 しかし同時に――胎核の脈動が一瞬、止まった。
誓約を糧にする能力が断ち切られたのだ。
カリーネが命を賭して結んだ取引が、確かに成立していた。

 広間に残る眼鏡の光沢が、仲間たちに彼女の誓いを伝えていた。
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