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第57話 ー誓いの残響ー
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光が静かに消えたあと、広間にカリーネの姿はなかった。
残されたのは、床にぽつりと横たわる眼鏡だけ。赤黒い粘液に濡れることなく、そこだけ異質なほど清らかに光を反射していた。
セレーナは足元をふらつかせながら駆け寄り、膝をついてその眼鏡を抱き上げる。冷たさが掌に伝わり、心臓が引き裂かれるように痛んだ。
「……いや……そんな……カリーネ……」
頬を伝う涙が、レンズに落ちて淡い光を滲ませる。
レイジは共鳴剣を杖のように突き立て、肩で荒く息をしていた。喉が焼けるように熱いのに、声は出ない。
ようやく絞り出せたのは、掠れた呟きだけだった。
「なんで……なんでお前が……」
影の女王は拳を握りしめ、床を叩きつけた。血に濡れた指先から赤黒い雫が散る。
「馬鹿者め……! なぜ自分を秤にかけた……!」
怒鳴ったはずの声は震え、哀しみを隠せなかった。
そのときだった。広間を支配していた鼓動が、唐突に止まったのだ。
耳を裂くほどの脈動が消え、卵胞の産声は途絶える。壁や床に張りついた卵の群れが痙攣し、やがて動きを失ってしぼんでいく。
セレーナは涙に濡れた瞳を大きく開いた。
「……孵化が……止まってる……?」
レイジは胸に手を当てた。あれほど焼き付けていた強制的な鼓動が、今は静まっている。
「カリーネの……取引……。誓約を糧にする力を、封じてくれたんだ……」
影の女王は長く息を吐き、歯を食いしばった。
「……命と引き換えに……最後の外交を果たしたか」
沈黙が降りる。
三人は言葉を失い、ただ眼鏡を見つめていた。透明なレンズはなお淡い光を宿し、彼女の意思がそこに残っているかのようだった。
レイジは剣を震える手で掲げる。光が再び蒼く燃え上がるのを見て、胸の奥で熱がこみ上げた。
「カリーネ……お前の交渉、俺たちが必ず結果にする」
セレーナは眼鏡を胸に抱き締め、涙をこぼしながら強く頷く。
影の女王もまた無言で眼鏡に目を落とし、低く呟いた。
「外交官の死を……刃に変える」
その瞬間、三人の誓約紋が眩しく輝き、広間を照らす蒼光となった。
――終淫核メギアを討つための刃が、再び彼らの手に戻ったのだった。
静まり返った広間に、不気味な音が走った。
――ぐじゅり、と肉が潰れるような音。
終淫核メギアの胎核が大きく波打ち、赤黒い粘液を撒き散らす。誓約を糧にする力を失ったことで、己の存在そのものが不安定になっていたのだ。
無数の卵胞が潰れ、広間を覆っていた幼体が次々に崩れていく。それはまるで、カリーネの交渉が正しく成立した証のようだった。
「……苦しんでいる……」
セレーナが眼鏡を胸に抱いたまま呟いた。
頬を伝う涙を拭うことなく、その瞳に強い光を宿す。
「カリーネの犠牲を無駄にしない……! この瞬間に終わらせる!」
レイジは共鳴剣を掲げた。
刃の蒼光は、さっきまでの揺らぎが嘘のように安定している。
「誓約を喰えないなら……俺たちの刃は届く! カリーネが命を賭けて作った最後の交渉の場だ……ここで決める!」
影の女王は深く息を吐き、血を吐きながらも笑った。
「外交官の死を……戦士が刃に変える。悪くない筋書きだ……」
その掌から闇糸が伸び、再び広間を覆う。今度は吸収されることなく、純粋な力として形を成した。
メギアが咆哮を上げた。
《……交ワレ……糧ナシデモ……産メヨ……!》
胎核が狂ったように膨張し、収縮し、広間全体が震える。
だが、もう新たな卵胞は芽吹かない。粘液はただ無駄に滴り落ち、力を制御できないまま暴走を始めていた。
「今よ!」
セレーナが符を掲げ、紅蓮の炎を放つ。
「カリーネの眼が見ている……だから迷わない!」
影の女王も闇糸を疾走させ、胎核の外殻を引き裂く。
レイジは全身の力を込め、共鳴剣を両手で握った。
「俺たちの誓いで……終わらせる!」
蒼光が三人の誓約を束ね、広間を照らし出す。暴走する胎核は、もはや逃れる術を持たなかった。
終淫核メギアの心臓めいた胎核は、狂った鼓動を刻みながら肥大していた。
だが、もはや増殖はない。ただ膨らみ、粘液を撒き散らし、自らを壊すように震えている。
レイジは共鳴剣を両手で握りしめ、胸に残る痛みを押し殺した。
「……カリーネ。お前の命で得た、この一瞬を無駄にはしない」
刃は彼の心臓の鼓動と重なり、蒼光を強めていく。
セレーナが符を掲げた。涙に濡れた頬のまま、声は凛としていた。
「私たちの誓いは、まだ続いている……! あなたの残した眼鏡が、私たちを導いてる!」
紅蓮の炎が符から溢れ、蒼光と絡み合う。
影の女王は闇糸を幾重にも広げ、広間全体を支配するように織り込んだ。
「外交官が最後に交わした取引……我らが戦士として結実させる!」
闇が炎と光に共鳴し、三人の誓約は一つになった。
胎核が咆哮を上げる。
《……奪エナイ……糧ナシデ……ナゼ……》
その声は悲鳴のように歪み、赤黒い光が暴発する。
レイジは共鳴剣を振りかざし、声を張り上げた。
「誓いを汚すお前を――ここで断ち切るッ!」
三人の鼓動が完全に重なった瞬間、蒼光は爆発的な輝きを放った。
紅蓮の炎、闇の糸、そして蒼刃が束ねられ、一本の巨大な光の槍となる。
「うおおおおお――ッ!」
レイジが咆哮し、光を胎核へ突き立てた。
轟音が広間を揺らし、赤黒い心臓が蒼光に貫かれる。
胎核はひび割れ、粘液を撒き散らしながら断末魔を上げた。
《……誓イ……奪エズ……終……》
崩れ落ちる胎核。その破裂音は、確かに終焉を告げる響きだった。
蒼光に貫かれた終淫核メギアの胎核は、断末魔の咆哮を残して砕け散った。
赤黒い粘液が四方に飛び散り、崩壊の衝撃が広間を揺らす。響き渡る破裂音は、どこかで産声のようにも聞こえたが――それはもう、増殖を意味しない。
ただの、終わりの音だった。
光が収まると、広間には静寂が訪れた。あれほど圧し掛かっていた鼓動も、もはや感じない。
腐臭を放っていた卵胞は干からび、壁にへばりついていた幼体は灰となって消えていく。
レイジは共鳴剣を握ったまま膝をつき、肩で荒く息をした。
「……終わった、のか……」
セレーナは胸に抱いていた眼鏡を見つめ、涙を流した。
「カリーネ……あなたが……あなたの命で、勝たせてくれたのね……」
彼女は眼鏡を胸に押し当て、嗚咽をこらえきれなかった。
影の女王は闇糸を収め、静かに眼鏡を見つめた。
「外交官が最後に結んだ取引……我らが勝利として結実した。お前の命の代償で……私たちは未来を繋いだ」
その声音にはいつもの冷酷さはなく、かすかな震えが混じっていた。
レイジは震える手で共鳴剣を収め、眼鏡に手を伸ばした。
レンズ越しに自分の顔が映り込む。その奥には、涙に濡れたセレーナと、沈痛な影の女王の顔も並んで映っていた。
「カリーネ……俺たちは絶対に忘れない。この眼鏡で、お前が見てきた世界を、俺たちがこれからも見続ける」
セレーナも頷き、震える声で誓った。
「あなたが命を賭けて守ったもの……必ず未来へ繋ぐ。もう一度、あの時の誓いを結ぶの。裸の心で、最後まで共にあると」
影の女王は目を閉じ、低く呟いた。
「……外交官にしかできない勝利。見事な幕引きだ」
崩壊した広間に残されたのは、カリーネの眼鏡と、三人の涙と、そして強く結び直された誓いだった。
その誓いは、彼女の犠牲が無駄ではなかったことを示す光となり、確かに彼らの胸に刻まれていた。
――こうして、天凶のひとり「終淫核メギア」は討たれた。
残るは最後の一体。彼らの旅は、まだ終わらない。
残されたのは、床にぽつりと横たわる眼鏡だけ。赤黒い粘液に濡れることなく、そこだけ異質なほど清らかに光を反射していた。
セレーナは足元をふらつかせながら駆け寄り、膝をついてその眼鏡を抱き上げる。冷たさが掌に伝わり、心臓が引き裂かれるように痛んだ。
「……いや……そんな……カリーネ……」
頬を伝う涙が、レンズに落ちて淡い光を滲ませる。
レイジは共鳴剣を杖のように突き立て、肩で荒く息をしていた。喉が焼けるように熱いのに、声は出ない。
ようやく絞り出せたのは、掠れた呟きだけだった。
「なんで……なんでお前が……」
影の女王は拳を握りしめ、床を叩きつけた。血に濡れた指先から赤黒い雫が散る。
「馬鹿者め……! なぜ自分を秤にかけた……!」
怒鳴ったはずの声は震え、哀しみを隠せなかった。
そのときだった。広間を支配していた鼓動が、唐突に止まったのだ。
耳を裂くほどの脈動が消え、卵胞の産声は途絶える。壁や床に張りついた卵の群れが痙攣し、やがて動きを失ってしぼんでいく。
セレーナは涙に濡れた瞳を大きく開いた。
「……孵化が……止まってる……?」
レイジは胸に手を当てた。あれほど焼き付けていた強制的な鼓動が、今は静まっている。
「カリーネの……取引……。誓約を糧にする力を、封じてくれたんだ……」
影の女王は長く息を吐き、歯を食いしばった。
「……命と引き換えに……最後の外交を果たしたか」
沈黙が降りる。
三人は言葉を失い、ただ眼鏡を見つめていた。透明なレンズはなお淡い光を宿し、彼女の意思がそこに残っているかのようだった。
レイジは剣を震える手で掲げる。光が再び蒼く燃え上がるのを見て、胸の奥で熱がこみ上げた。
「カリーネ……お前の交渉、俺たちが必ず結果にする」
セレーナは眼鏡を胸に抱き締め、涙をこぼしながら強く頷く。
影の女王もまた無言で眼鏡に目を落とし、低く呟いた。
「外交官の死を……刃に変える」
その瞬間、三人の誓約紋が眩しく輝き、広間を照らす蒼光となった。
――終淫核メギアを討つための刃が、再び彼らの手に戻ったのだった。
静まり返った広間に、不気味な音が走った。
――ぐじゅり、と肉が潰れるような音。
終淫核メギアの胎核が大きく波打ち、赤黒い粘液を撒き散らす。誓約を糧にする力を失ったことで、己の存在そのものが不安定になっていたのだ。
無数の卵胞が潰れ、広間を覆っていた幼体が次々に崩れていく。それはまるで、カリーネの交渉が正しく成立した証のようだった。
「……苦しんでいる……」
セレーナが眼鏡を胸に抱いたまま呟いた。
頬を伝う涙を拭うことなく、その瞳に強い光を宿す。
「カリーネの犠牲を無駄にしない……! この瞬間に終わらせる!」
レイジは共鳴剣を掲げた。
刃の蒼光は、さっきまでの揺らぎが嘘のように安定している。
「誓約を喰えないなら……俺たちの刃は届く! カリーネが命を賭けて作った最後の交渉の場だ……ここで決める!」
影の女王は深く息を吐き、血を吐きながらも笑った。
「外交官の死を……戦士が刃に変える。悪くない筋書きだ……」
その掌から闇糸が伸び、再び広間を覆う。今度は吸収されることなく、純粋な力として形を成した。
メギアが咆哮を上げた。
《……交ワレ……糧ナシデモ……産メヨ……!》
胎核が狂ったように膨張し、収縮し、広間全体が震える。
だが、もう新たな卵胞は芽吹かない。粘液はただ無駄に滴り落ち、力を制御できないまま暴走を始めていた。
「今よ!」
セレーナが符を掲げ、紅蓮の炎を放つ。
「カリーネの眼が見ている……だから迷わない!」
影の女王も闇糸を疾走させ、胎核の外殻を引き裂く。
レイジは全身の力を込め、共鳴剣を両手で握った。
「俺たちの誓いで……終わらせる!」
蒼光が三人の誓約を束ね、広間を照らし出す。暴走する胎核は、もはや逃れる術を持たなかった。
終淫核メギアの心臓めいた胎核は、狂った鼓動を刻みながら肥大していた。
だが、もはや増殖はない。ただ膨らみ、粘液を撒き散らし、自らを壊すように震えている。
レイジは共鳴剣を両手で握りしめ、胸に残る痛みを押し殺した。
「……カリーネ。お前の命で得た、この一瞬を無駄にはしない」
刃は彼の心臓の鼓動と重なり、蒼光を強めていく。
セレーナが符を掲げた。涙に濡れた頬のまま、声は凛としていた。
「私たちの誓いは、まだ続いている……! あなたの残した眼鏡が、私たちを導いてる!」
紅蓮の炎が符から溢れ、蒼光と絡み合う。
影の女王は闇糸を幾重にも広げ、広間全体を支配するように織り込んだ。
「外交官が最後に交わした取引……我らが戦士として結実させる!」
闇が炎と光に共鳴し、三人の誓約は一つになった。
胎核が咆哮を上げる。
《……奪エナイ……糧ナシデ……ナゼ……》
その声は悲鳴のように歪み、赤黒い光が暴発する。
レイジは共鳴剣を振りかざし、声を張り上げた。
「誓いを汚すお前を――ここで断ち切るッ!」
三人の鼓動が完全に重なった瞬間、蒼光は爆発的な輝きを放った。
紅蓮の炎、闇の糸、そして蒼刃が束ねられ、一本の巨大な光の槍となる。
「うおおおおお――ッ!」
レイジが咆哮し、光を胎核へ突き立てた。
轟音が広間を揺らし、赤黒い心臓が蒼光に貫かれる。
胎核はひび割れ、粘液を撒き散らしながら断末魔を上げた。
《……誓イ……奪エズ……終……》
崩れ落ちる胎核。その破裂音は、確かに終焉を告げる響きだった。
蒼光に貫かれた終淫核メギアの胎核は、断末魔の咆哮を残して砕け散った。
赤黒い粘液が四方に飛び散り、崩壊の衝撃が広間を揺らす。響き渡る破裂音は、どこかで産声のようにも聞こえたが――それはもう、増殖を意味しない。
ただの、終わりの音だった。
光が収まると、広間には静寂が訪れた。あれほど圧し掛かっていた鼓動も、もはや感じない。
腐臭を放っていた卵胞は干からび、壁にへばりついていた幼体は灰となって消えていく。
レイジは共鳴剣を握ったまま膝をつき、肩で荒く息をした。
「……終わった、のか……」
セレーナは胸に抱いていた眼鏡を見つめ、涙を流した。
「カリーネ……あなたが……あなたの命で、勝たせてくれたのね……」
彼女は眼鏡を胸に押し当て、嗚咽をこらえきれなかった。
影の女王は闇糸を収め、静かに眼鏡を見つめた。
「外交官が最後に結んだ取引……我らが勝利として結実した。お前の命の代償で……私たちは未来を繋いだ」
その声音にはいつもの冷酷さはなく、かすかな震えが混じっていた。
レイジは震える手で共鳴剣を収め、眼鏡に手を伸ばした。
レンズ越しに自分の顔が映り込む。その奥には、涙に濡れたセレーナと、沈痛な影の女王の顔も並んで映っていた。
「カリーネ……俺たちは絶対に忘れない。この眼鏡で、お前が見てきた世界を、俺たちがこれからも見続ける」
セレーナも頷き、震える声で誓った。
「あなたが命を賭けて守ったもの……必ず未来へ繋ぐ。もう一度、あの時の誓いを結ぶの。裸の心で、最後まで共にあると」
影の女王は目を閉じ、低く呟いた。
「……外交官にしかできない勝利。見事な幕引きだ」
崩壊した広間に残されたのは、カリーネの眼鏡と、三人の涙と、そして強く結び直された誓いだった。
その誓いは、彼女の犠牲が無駄ではなかったことを示す光となり、確かに彼らの胸に刻まれていた。
――こうして、天凶のひとり「終淫核メギア」は討たれた。
残るは最後の一体。彼らの旅は、まだ終わらない。
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