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第66話 ー崩壊の大地ー
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轟音と共に神殿が崩れ落ちた。黄金の心臓が粉砕された瞬間、大地は裂け、空は赤黒い亀裂に覆われた。瓦礫が雨のように降り注ぎ、黒い肉の塊が溶け崩れ、世界そのものが悲鳴を上げていた。
セレーナは崩れ落ちる石柱を避けながら、必死に息を整えた。胸は血で濡れ、呼吸は途切れ途切れ。それでも彼女の瞳は涙に曇りながらも、強い光を宿していた。
「……レイジ……あなたが守った世界を……私たちが生きて伝えなければ……」
影の女王は肩を押さえ、血を吐きながらも立ち上がった。
「……愚か者め……。だが、お前の命を……無駄にはしない……」
彼女の声は震えていた。冷酷な王女であろうと努めた心が、いまや崩れ落ち、ただ喪失の痛みに支配されていた。
二人の頭上から瓦礫が落ちてきた。セレーナは反射的に魔力を展開し、光の障壁を張った。障壁はすぐにひび割れたが、その一瞬の猶予で二人は崩落を免れた。
「このままじゃ……ここごと呑まれる!」
セレーナは叫び、血に濡れた腕で影の女王を支えた。
影の女王は苦痛に顔を歪めながらも、うなずいた。
「……出口を……探せ。ここはもう……墓場だ……」
崩壊する神殿を抜け出すと、目の前に広がっていたのは、かつて見渡す限りの荒野だった大陸の姿。しかしその大地も、今や断崖のように裂け、黒い溶解液に呑まれていく。空には稲妻が走り、裂け目から吹き出した光が天を焼いていた。
セレーナはその光景に震えた。
「……レイジの犠牲で……守られたはずなのに……この大陸ごと崩れて……!」
影の女王は冷たい声で言った。だがその声は震えていた。
「……この大陸は、人を拒み続けた。彼の抱擁で、ようやく滅びの時を迎えたのだ……」
足元の大地が裂け、二人は必死に飛び退いた。落ちた先は赤黒い海のように煮え立ち、無数の影が蠢いていた。もし落ちれば、即座に呑み込まれる。
セレーナは歯を食いしばり、影の女王の手を握った。
「……私たちは……生きて帰る。彼の犠牲を……誓いに変えるために!」
影の女王はその手を握り返し、嗚咽を抑えながら言った。
「……ああ。死んではならぬ……愚か者の最後を、私たちが……伝えねば……」
その時、背後から風が吹き抜けた。
――温かい風だった。
セレーナは振り返った。そこには誰もいない。だが確かに、レイジの気配があった。
「……レイジ……?」
呟いた声は震え、涙が頬を伝った。
影の女王もまた、わずかに振り返り、目を細めた。
「……まだ……傍にいるのか……」
二人はその気配に導かれるように、崩壊する大地の中を駆け出した。背後では神殿が完全に崩れ落ち、光と闇の渦に呑まれていった。
――これは逃走ではなく、誓いの継承への旅立ちだった。
大地が悲鳴を上げるように裂けていった。
足元の石床は亀裂を走らせ、赤黒い光を吹き出すと、次の瞬間には奈落のごとき深淵へ崩れ落ちる。どこまでも広がっていた大陸は、今や巨大な瓦礫の浮島に姿を変え、轟音と共に呑み込まれていった。
セレーナは血に濡れた腕で障壁を展開し、降り注ぐ岩片を防いでいた。だが障壁はひび割れを増やし、砕けるのは時間の問題だった。
「……こんな……本当に、逃げ切れるの……?」
心が折れかけたその瞬間、彼女の掌に温かな感覚が走った。影の女王の手だった。
影の女王は青白い顔で、それでも力強く彼女の手を握り返した。
「生きるのだ。愚か者が命を賭して切り開いた未来を、我らが無駄にするわけにはいかぬ」
その言葉に、セレーナの瞳が揺れた。嗚咽を堪えながら、彼女は頷き、前を向いた。
二人は崩れ落ちる石の橋を駆け抜けた。背後では炎と闇が混じり合った奔流が迫り、まるで大地そのものが牙を剥いて追ってくるようだった。
突然、影の女王の足場が崩れた。
「っ……!」
彼女の身体が奈落に落ちかける。セレーナは咄嗟に手を伸ばし、必死にその腕を掴んだ。
「絶対に離さない……!」
その声は涙混じりで震えていた。
影の女王は苦笑を浮かべた。
「……王女に救われるとは……皮肉なものだな」
だが、その目には確かな安堵の色が宿っていた。
二人が必死に這い上がった時、周囲の大地はほとんど崩壊していた。見渡せば裂け目と炎、そして滅びゆく大地の残骸。そこに生き残る道はほとんどなかった。
セレーナは胸に痛みを覚えながらも叫んだ。
「レイジ……あなたが残してくれたこの力で……必ず生き延びる!」
その瞬間、風が吹いた。熱と硫黄の臭いを帯びた風の中に、確かに温もりが混じっていた。まるでレイジが背を押してくれるように。
影の女王もその風を感じ取り、呟いた。
「……愚か者……最後まで、我らを導くのか……」
瓦礫の隙間を縫って駆け抜ける二人。その頭上で空が裂け、光の奔流が世界を覆い尽くす。大陸の崩壊は止まらず、残された時間はわずかだった。
それでも二人は進んだ。
レイジの魂の気配を信じて。
彼が残した未来を生き抜くために。
――崩壊の大地を駆け抜ける彼女たちの姿は、絶望の中に立つ最後の希望だった。
裂け目は止まることなく広がり続けていた。
足元の大地は次々と崩落し、二人が走るその先すらも刻一刻と消えていく。追い立てられるように進んでも、前方にはさらに大きな亀裂が待ち構えていた。
セレーナは息を荒げながら立ち止まった。
「……もう……渡れない……!」
幅は二十メートルを超えている。下を覗けば、赤黒い奔流が煮えたぎり、触れるものすべてを呑み込む深淵が広がっていた。
影の女王も顔を青ざめさせた。
「ここで……終わりか……」
その声には諦めが混じっていた。
二人の耳に、大地の崩壊音が響く。背後から迫る炎と闇の奔流が、彼女たちを追い詰めていた。
セレーナは唇を噛み、震える声で呟いた。
「……レイジ……ごめんなさい……。あなたの犠牲を、無駄にしてしまう……」
影の女王も視線を落とし、血に濡れた唇を震わせた。
「我らは……最後まで……生きると誓ったのに……」
その瞬間――風が吹いた。
熱に焼かれた空気の中、確かに温かな風が二人を包んだ。
セレーナは驚き、振り返った。
そこには誰もいない。だが彼女の心には、確かな気配が届いていた。
「……レイジ?」
影の女王も目を細めた。
「……あの愚か者……」
風は彼女たちの背を押し、崩れ落ちる瓦礫を結びつけていった。まるで見えざる橋が築かれていくかのように、崩落する岩片が次々と組み合わさり、深淵を渡るための道を作り上げた。
セレーナは涙を流しながら、その道を見つめた。
「……導いてくれているのね……」
影の女王も嗚咽混じりに言った。
「魂だけになっても……なお我らを守るのか……」
二人は互いに顔を見合わせ、頷いた。
そして足を踏み出した。
崩れかけた瓦礫の橋は、まるで命綱のように不安定だった。それでも二人は全力で駆け抜けた。背後から迫る奔流が髪を焼き、衣を焦がす。落ちれば一瞬で終わるだろう。
セレーナは心の中で叫んだ。
(見ていて……レイジ……私たちは生き抜く……!)
影の女王も胸の奥で誓った。
(愚か者……我が命をもってしても……その最後を伝えてみせる!)
最後の一歩を踏み越えた瞬間、背後で瓦礫の橋が完全に崩れ落ちた。轟音と共に奔流に呑まれ、跡形もなく消えていった。
だが二人は立っていた。裂け目を渡りきり、崩壊する大陸の先へ進む道を得たのだ。
セレーナは膝をつき、涙を流しながら空を仰いだ。
「……ありがとう……レイジ……」
影の女王も膝をつき、震える声で呟いた。
「愚か者……。お前の魂は……確かに我らを導いた……」
崩壊は止まらない。だが二人の胸には、確かな希望が再び宿っていた。
荒れ狂う轟音の中、二人は走り続けていた。
大地はすでに無数の断片へと引き裂かれ、空は赤黒い裂け目に覆われていた。火の雨が降り注ぎ、影のような獣の群れが奈落から這い上がろうと蠢いていた。世界そのものが死に瀕している――その事実を全身で感じながらも、セレーナと影の女王は止まらなかった。
「もうすぐ……大陸の縁が見える!」
セレーナは荒い息を吐きながら叫んだ。
彼女の視線の先、崩壊の混沌を突き抜けるように、一筋の蒼い光が差し込んでいた。裂けゆく大地の果てに、外の海原へと繋がる出口が見えていたのだ。
影の女王は傷ついた身体を引きずりながらも、かすかに笑みを浮かべた。
「……まだ生き残る道が……残されていたか……」
しかし、その道は決して平坦ではなかった。縁に至るまでの大地は崩壊し続け、裂け目と炎に覆われていた。数歩進むごとに足場は砕け落ち、後ろに残すものは一切ない。
セレーナは胸の奥で祈るように呟いた。
「レイジ……お願い……もう一度だけ……導いて……」
すると風が吹いた。
熱と灰を含んだ暴風の中に、確かに柔らかな温もりが混じっていた。それは二人の髪を揺らし、前方へ進むように背を押した。
影の女王はその風を受け、目を閉じて微かに頷いた。
「……あの愚か者の魂だ……最後まで我らを見捨てぬとは……」
二人は崩壊する大地を駆け抜けた。
足場が砕ける寸前に跳び、裂け目の上を飛び越え、崩落する瓦礫の橋を踏み抜きながら必死に前進する。背後では炎と闇の奔流が追いすがり、全てを呑み込もうとしていた。
セレーナの視界は涙に曇っていた。だがその瞳には確かな光が宿っていた。
「……もうすぐ……! レイジ……あなたが命を懸けて守った未来に、たどり着く!」
最後の裂け目を越えた時、目の前に蒼い光が広がった。大陸の縁――そこには、崩壊に呑まれぬ空と海の世界が、奇跡のように残されていた。
二人は膝をつき、荒い息を吐きながら、その光景を見つめた。
涙が頬を伝い、嗚咽が喉を震わせた。
影の女王は震える声で呟いた。
「……生き延びたか……愚か者……お前の犠牲は……決して無駄ではなかった……」
セレーナは両手を胸に当て、瞼を閉じた。
「……レイジ……聞こえる? 私たちは……生きている。あなたの抱擁が、この命を……この未来を守ってくれたの」
風が吹き抜けた。温かな風だった。
それは答えのように、二人の頬を撫で、涙を乾かした。
――レイジの魂は確かに、そこにあった。
崩壊する大陸を背に、二人は蒼い光の差す世界を見据えた。
未来へ進むために。
誓いを継ぐために。
セレーナは崩れ落ちる石柱を避けながら、必死に息を整えた。胸は血で濡れ、呼吸は途切れ途切れ。それでも彼女の瞳は涙に曇りながらも、強い光を宿していた。
「……レイジ……あなたが守った世界を……私たちが生きて伝えなければ……」
影の女王は肩を押さえ、血を吐きながらも立ち上がった。
「……愚か者め……。だが、お前の命を……無駄にはしない……」
彼女の声は震えていた。冷酷な王女であろうと努めた心が、いまや崩れ落ち、ただ喪失の痛みに支配されていた。
二人の頭上から瓦礫が落ちてきた。セレーナは反射的に魔力を展開し、光の障壁を張った。障壁はすぐにひび割れたが、その一瞬の猶予で二人は崩落を免れた。
「このままじゃ……ここごと呑まれる!」
セレーナは叫び、血に濡れた腕で影の女王を支えた。
影の女王は苦痛に顔を歪めながらも、うなずいた。
「……出口を……探せ。ここはもう……墓場だ……」
崩壊する神殿を抜け出すと、目の前に広がっていたのは、かつて見渡す限りの荒野だった大陸の姿。しかしその大地も、今や断崖のように裂け、黒い溶解液に呑まれていく。空には稲妻が走り、裂け目から吹き出した光が天を焼いていた。
セレーナはその光景に震えた。
「……レイジの犠牲で……守られたはずなのに……この大陸ごと崩れて……!」
影の女王は冷たい声で言った。だがその声は震えていた。
「……この大陸は、人を拒み続けた。彼の抱擁で、ようやく滅びの時を迎えたのだ……」
足元の大地が裂け、二人は必死に飛び退いた。落ちた先は赤黒い海のように煮え立ち、無数の影が蠢いていた。もし落ちれば、即座に呑み込まれる。
セレーナは歯を食いしばり、影の女王の手を握った。
「……私たちは……生きて帰る。彼の犠牲を……誓いに変えるために!」
影の女王はその手を握り返し、嗚咽を抑えながら言った。
「……ああ。死んではならぬ……愚か者の最後を、私たちが……伝えねば……」
その時、背後から風が吹き抜けた。
――温かい風だった。
セレーナは振り返った。そこには誰もいない。だが確かに、レイジの気配があった。
「……レイジ……?」
呟いた声は震え、涙が頬を伝った。
影の女王もまた、わずかに振り返り、目を細めた。
「……まだ……傍にいるのか……」
二人はその気配に導かれるように、崩壊する大地の中を駆け出した。背後では神殿が完全に崩れ落ち、光と闇の渦に呑まれていった。
――これは逃走ではなく、誓いの継承への旅立ちだった。
大地が悲鳴を上げるように裂けていった。
足元の石床は亀裂を走らせ、赤黒い光を吹き出すと、次の瞬間には奈落のごとき深淵へ崩れ落ちる。どこまでも広がっていた大陸は、今や巨大な瓦礫の浮島に姿を変え、轟音と共に呑み込まれていった。
セレーナは血に濡れた腕で障壁を展開し、降り注ぐ岩片を防いでいた。だが障壁はひび割れを増やし、砕けるのは時間の問題だった。
「……こんな……本当に、逃げ切れるの……?」
心が折れかけたその瞬間、彼女の掌に温かな感覚が走った。影の女王の手だった。
影の女王は青白い顔で、それでも力強く彼女の手を握り返した。
「生きるのだ。愚か者が命を賭して切り開いた未来を、我らが無駄にするわけにはいかぬ」
その言葉に、セレーナの瞳が揺れた。嗚咽を堪えながら、彼女は頷き、前を向いた。
二人は崩れ落ちる石の橋を駆け抜けた。背後では炎と闇が混じり合った奔流が迫り、まるで大地そのものが牙を剥いて追ってくるようだった。
突然、影の女王の足場が崩れた。
「っ……!」
彼女の身体が奈落に落ちかける。セレーナは咄嗟に手を伸ばし、必死にその腕を掴んだ。
「絶対に離さない……!」
その声は涙混じりで震えていた。
影の女王は苦笑を浮かべた。
「……王女に救われるとは……皮肉なものだな」
だが、その目には確かな安堵の色が宿っていた。
二人が必死に這い上がった時、周囲の大地はほとんど崩壊していた。見渡せば裂け目と炎、そして滅びゆく大地の残骸。そこに生き残る道はほとんどなかった。
セレーナは胸に痛みを覚えながらも叫んだ。
「レイジ……あなたが残してくれたこの力で……必ず生き延びる!」
その瞬間、風が吹いた。熱と硫黄の臭いを帯びた風の中に、確かに温もりが混じっていた。まるでレイジが背を押してくれるように。
影の女王もその風を感じ取り、呟いた。
「……愚か者……最後まで、我らを導くのか……」
瓦礫の隙間を縫って駆け抜ける二人。その頭上で空が裂け、光の奔流が世界を覆い尽くす。大陸の崩壊は止まらず、残された時間はわずかだった。
それでも二人は進んだ。
レイジの魂の気配を信じて。
彼が残した未来を生き抜くために。
――崩壊の大地を駆け抜ける彼女たちの姿は、絶望の中に立つ最後の希望だった。
裂け目は止まることなく広がり続けていた。
足元の大地は次々と崩落し、二人が走るその先すらも刻一刻と消えていく。追い立てられるように進んでも、前方にはさらに大きな亀裂が待ち構えていた。
セレーナは息を荒げながら立ち止まった。
「……もう……渡れない……!」
幅は二十メートルを超えている。下を覗けば、赤黒い奔流が煮えたぎり、触れるものすべてを呑み込む深淵が広がっていた。
影の女王も顔を青ざめさせた。
「ここで……終わりか……」
その声には諦めが混じっていた。
二人の耳に、大地の崩壊音が響く。背後から迫る炎と闇の奔流が、彼女たちを追い詰めていた。
セレーナは唇を噛み、震える声で呟いた。
「……レイジ……ごめんなさい……。あなたの犠牲を、無駄にしてしまう……」
影の女王も視線を落とし、血に濡れた唇を震わせた。
「我らは……最後まで……生きると誓ったのに……」
その瞬間――風が吹いた。
熱に焼かれた空気の中、確かに温かな風が二人を包んだ。
セレーナは驚き、振り返った。
そこには誰もいない。だが彼女の心には、確かな気配が届いていた。
「……レイジ?」
影の女王も目を細めた。
「……あの愚か者……」
風は彼女たちの背を押し、崩れ落ちる瓦礫を結びつけていった。まるで見えざる橋が築かれていくかのように、崩落する岩片が次々と組み合わさり、深淵を渡るための道を作り上げた。
セレーナは涙を流しながら、その道を見つめた。
「……導いてくれているのね……」
影の女王も嗚咽混じりに言った。
「魂だけになっても……なお我らを守るのか……」
二人は互いに顔を見合わせ、頷いた。
そして足を踏み出した。
崩れかけた瓦礫の橋は、まるで命綱のように不安定だった。それでも二人は全力で駆け抜けた。背後から迫る奔流が髪を焼き、衣を焦がす。落ちれば一瞬で終わるだろう。
セレーナは心の中で叫んだ。
(見ていて……レイジ……私たちは生き抜く……!)
影の女王も胸の奥で誓った。
(愚か者……我が命をもってしても……その最後を伝えてみせる!)
最後の一歩を踏み越えた瞬間、背後で瓦礫の橋が完全に崩れ落ちた。轟音と共に奔流に呑まれ、跡形もなく消えていった。
だが二人は立っていた。裂け目を渡りきり、崩壊する大陸の先へ進む道を得たのだ。
セレーナは膝をつき、涙を流しながら空を仰いだ。
「……ありがとう……レイジ……」
影の女王も膝をつき、震える声で呟いた。
「愚か者……。お前の魂は……確かに我らを導いた……」
崩壊は止まらない。だが二人の胸には、確かな希望が再び宿っていた。
荒れ狂う轟音の中、二人は走り続けていた。
大地はすでに無数の断片へと引き裂かれ、空は赤黒い裂け目に覆われていた。火の雨が降り注ぎ、影のような獣の群れが奈落から這い上がろうと蠢いていた。世界そのものが死に瀕している――その事実を全身で感じながらも、セレーナと影の女王は止まらなかった。
「もうすぐ……大陸の縁が見える!」
セレーナは荒い息を吐きながら叫んだ。
彼女の視線の先、崩壊の混沌を突き抜けるように、一筋の蒼い光が差し込んでいた。裂けゆく大地の果てに、外の海原へと繋がる出口が見えていたのだ。
影の女王は傷ついた身体を引きずりながらも、かすかに笑みを浮かべた。
「……まだ生き残る道が……残されていたか……」
しかし、その道は決して平坦ではなかった。縁に至るまでの大地は崩壊し続け、裂け目と炎に覆われていた。数歩進むごとに足場は砕け落ち、後ろに残すものは一切ない。
セレーナは胸の奥で祈るように呟いた。
「レイジ……お願い……もう一度だけ……導いて……」
すると風が吹いた。
熱と灰を含んだ暴風の中に、確かに柔らかな温もりが混じっていた。それは二人の髪を揺らし、前方へ進むように背を押した。
影の女王はその風を受け、目を閉じて微かに頷いた。
「……あの愚か者の魂だ……最後まで我らを見捨てぬとは……」
二人は崩壊する大地を駆け抜けた。
足場が砕ける寸前に跳び、裂け目の上を飛び越え、崩落する瓦礫の橋を踏み抜きながら必死に前進する。背後では炎と闇の奔流が追いすがり、全てを呑み込もうとしていた。
セレーナの視界は涙に曇っていた。だがその瞳には確かな光が宿っていた。
「……もうすぐ……! レイジ……あなたが命を懸けて守った未来に、たどり着く!」
最後の裂け目を越えた時、目の前に蒼い光が広がった。大陸の縁――そこには、崩壊に呑まれぬ空と海の世界が、奇跡のように残されていた。
二人は膝をつき、荒い息を吐きながら、その光景を見つめた。
涙が頬を伝い、嗚咽が喉を震わせた。
影の女王は震える声で呟いた。
「……生き延びたか……愚か者……お前の犠牲は……決して無駄ではなかった……」
セレーナは両手を胸に当て、瞼を閉じた。
「……レイジ……聞こえる? 私たちは……生きている。あなたの抱擁が、この命を……この未来を守ってくれたの」
風が吹き抜けた。温かな風だった。
それは答えのように、二人の頬を撫で、涙を乾かした。
――レイジの魂は確かに、そこにあった。
崩壊する大陸を背に、二人は蒼い光の差す世界を見据えた。
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