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第69話 ー影を抱く誓いー
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夜明けの鐘が王都に鳴り響き、街は新しい朝を迎えていた。
凱旋の宴の熱狂は去ったものの、人々の心にはまだ歓喜の余韻が残り、広場では夜を徹して歌い踊る者たちの姿があった。
だが、王城の高みでは、別の空気が漂っていた。
影の女王は静かに一人歩き続けていた。長い回廊の先、まだ朝日に染まらぬ石壁を背にして、彼女の黒衣はまるで闇そのもののように揺れていた。
(……もう決めた。ここを去る。光に立つのは私ではない。このまま留まれば、私は虚飾の英雄に祭り上げられるだけだ)
彼女の足取りには迷いがなかった。
だが、その行く先に、すでに待ち受ける者がいた。
「――やっぱり、行くつもりだったのね」
柔らかな声に影の女王は足を止めた。
そこに立っていたのは、夜明けの光を浴びたセレーナだった。
影の女王は目を細め、唇を吊り上げた。
「……察していたのか」
セレーナは頷き、真っ直ぐに彼女を見つめた。
「あなたは、この王都に馴染もうとしていなかった。人々の歓声を受けても笑わず、言葉を返さず……。あの時から気づいていたわ。あなたは去ろうとしている」
影の女王は肩をすくめ、乾いた笑みを零した。
「愚か者よ。やはり光に生きる者は鋭いな。……そうだ、私はこの地を去る。英雄として称えられることに何の意味がある? リリィナも、カリーネも、レイジも……彼らの死が飾りにされるのを、私は見ていられぬ」
その声には冷たさと共に、痛みに似た震えが混じっていた。
セレーナは一歩近づき、声を強めた。
「でも……だからこそ、あなたが必要なのよ!」
影の女王は目を見開いた。
「……何を言う?」
セレーナは胸に手を当て、涙を滲ませながら続けた。
「人々は希望を求める。けれど希望だけでは危うい。犠牲を、影を、真実を語る者がいなければ、いずれ王国はまた同じ過ちを繰り返すわ。あなたはその影を抱く存在――だから、残ってほしい」
影の女王の瞳に、揺らぎが走った。
「……私は闇の王女だ。光の王都には似合わぬ」
セレーナは首を振り、彼女の手を取った。
「いいえ。闇を抱いているからこそ、光を正しく導ける。あなたは虚飾の英雄ではなく、この国の参謀として必要なの」
その言葉に、影の女王は息を呑んだ。
(参謀……? 光に立つ者ではなく、影に寄り添い、真実を語る役……それならば……)
沈黙が流れた。朝の鐘が響き渡り、窓から差す光が二人を照らした。
やがて影の女王は、静かに口を開いた。
「……本当に、それを望むのか、セレーナ。私のような闇を抱いた者を、そばに置くことを」
セレーナは涙を拭い、力強く頷いた。
「ええ。私一人では、この国を導けない。あなたがいてくれなければ、きっと王国は脆く崩れてしまう。……だから、一緒にいて」
影の女王の心に、熱いものが込み上げた。
これまで誰からも求められることのなかった彼女が、初めて「必要」と言われた瞬間だった。
「……愚か者だな、お前も。だが……悪くない」
彼女はかすかに笑みを浮かべ、セレーナの手を握り返した。
――こうして影の女王は、去ることをやめ、王都に残る決意を固め始めた。
夜明けの光が大理石の回廊を照らし、二人の影を長く伸ばしていた。
握り合った手は温かく、互いの心の奥底にある孤独と痛みを確かに繋いでいた。
影の女王は深く息を吐き、静かに視線を落とした。
「……参謀、か。王国の歴史において、光の王に寄り添う影の参謀など前例はない。だが……それこそが必要なのかもしれぬ」
セレーナは力強く頷いた。
「ええ。私はこの国を導く王女であり、いずれは女王となるでしょう。でも、私には光しか持てない。だからこそ、闇を知るあなたが必要なの」
その言葉に、影の女王の心に揺るぎない決意が芽生え始めた。
(……なるほど。光だけでは人は盲目になる。闇を抱く者が傍にあってこそ、均衡が保たれるのだ)
彼女は微かに笑い、かつてない穏やかな声で言った。
「……よかろう。ならば我は、この王都に残ろう。光の英雄ではなく、闇を抱く参謀として。お前の隣に立ち、愚か者の犠牲を忘れさせぬために」
セレーナの瞳に涙が溢れた。
「……ありがとう。あなたがいてくれるなら、私はきっと王国を導いていける」
影の女王はその涙を見つめ、首を横に振った。
「礼を言うのは私の方だ。お前が呼び止めなければ、私は闇に帰り、すべてを拒んでいた。……愚か者に次いで、また一人、私を縛る者が現れたというわけだな」
セレーナは微笑んだ。
「縛るんじゃないわ。……共に歩むの」
その言葉に影の女王は沈黙した。
だが、長い孤独の果てに、ようやく寄り添うべき光を得たと、心の奥で理解していた。
遠く、鐘楼の鐘が再び鳴った。
王都は新たな一日の始まりを告げ、人々は希望に胸を膨らませていた。
セレーナはバルコニーから城下を見下ろし、声を震わせて言った。
「この国はまだ脆い。戦乱を逃れたばかりで、人々の心には深い傷がある。だからこそ、光と影が揃って未来を支えなければならないの」
影の女王は横顔を見つめ、かすかに口角を上げた。
「……ならば、共に見届けよう。この国が愚かさに飲まれぬよう、我が闇で釘を打つ。お前が光を掲げる限り、私はその影として立とう」
その言葉に、セレーナは深く頷き、涙を拭った。
「……約束よ。私が女王として立つとき、あなたは必ず傍にいて。私たち二人で、この国を守るの」
影の女王は目を閉じ、低く呟いた。
「愚か者レイジ……お前の魂は見ているか? 我らはまだ歩みを止めぬぞ」
二人の間に流れたのは、かつてないほどの強い絆だった。
――こうして影の女王は去ることをやめ、参謀としてセレーナの隣に残る決意を固めた。
光と影、二つが揃うことで、新たな王国の未来が始まろうとしていた。
王城の謁見の間は、朝日を受けて黄金の光に包まれていた。
セレーナと影の女王が揃って歩み入ると、臣下や高官たちがざわめき、宰相が驚いたように目を見開いた。
「セレーナ殿下……そして影の女王よ。今宵の宴でのご様子からして……まさか、まだこの王都に留まるおつもりか?」
影の女王は一歩進み出て、冷ややかに視線を投げた。
「意外か? 私は光に立つつもりはない。ただし、参謀として殿下を支える覚悟を決めた。……それを拒むというなら、今すぐにでも去ろう」
その一言に、謁見の間は凍りついた。
武官たちは互いに顔を見合わせ、文官たちは小声で囁き合った。
「参謀……? 影の女王が……?」
「殿下の側に置くなど、あまりに危険では……」
宰相は眉をひそめ、セレーナに問いかけた。
「殿下、本気でそのようなことを……?」
セレーナは真っ直ぐに宰相を見返した。その瞳には揺るぎない光が宿っていた。
「ええ。本気です。私には光しか持てません。だからこそ、闇を抱く彼女が必要なのです」
その言葉に、臣下たちは息を呑んだ。
光と闇を並べ立てるなど、王国の歴史に前例はない。だがセレーナの言葉には理があった。
「……民は今、歓喜に酔っています。けれど、その熱狂は長くは続かない。犠牲の痛みを忘れれば、また過ちを繰り返すでしょう。だからこそ、この国には影の声が必要なのです」
宰相はしばし沈黙し、重く頷いた。
「……なるほど。殿下のお考え、理解いたしました。しかし……影の女王。あなたは本当に、この王都に縛られる覚悟がおありか?」
影の女王は薄く笑い、低く答えた。
「縛られるのはごめんだ。だが、殿下に言われた。『共に歩む』とな。ならば、縛りではなく誓いとして受け入れよう」
その言葉に、謁見の間は再びざわめいた。だが先ほどの不安ではなく、今度はどこか安堵を含んだ響きだった。
セレーナは壇上に立ち、臣下たちに向けて声を高めた。
「皆よ、聞きなさい。私はこの国を導く女王となります。しかし私一人では、未来を築くことはできません。だから、影の女王を参謀として迎えます。これは命令ではなく、誓いです。彼女と共に、王国を守り抜きます!」
その宣言に、広間は静まり返った。
やがて、一人の若い武官が声を上げた。
「殿下に従います! 闇を抱く参謀もまた、我らの未来を支える柱となりましょう!」
次々と臣下たちが声を上げ、賛同の声が広がった。
「殿下万歳!」
「参謀に栄光あれ!」
影の女王はその声を冷ややかに聞き流しつつも、心の奥にかすかな温もりを覚えていた。
(……愚か者ども。お前たちはまだ何も知らぬ。それでも……この声を、悪くはないと思えてしまう自分がいる)
セレーナは隣に立ち、微笑んだ。
「……これで、あなたはこの国の一部。私の隣で、ずっと共にいてくれるわね」
影の女王は短く答えた。
「……ああ。愚か者の魂が消えぬ限り、私はここに残ろう」
こうして、王国は新たな形を得た。
光を掲げる女王と、影を抱く参謀――二つが揃うことで、王国の未来は動き出したのだった。
謁見の間のざわめきがようやく静まり、臣下たちが退室していった後、広間にはセレーナと影の女王、そしてわずかな護衛だけが残されていた。
祭りのような熱狂の余韻が消え去ると、途端に広間は静まり返り、空気はひどく澄んでいた。
セレーナは長い吐息をつき、影の女王の方へと歩み寄った。
「……本当に残ってくれるのね」
影の女王は淡々とした表情のまま答えた。
「言っただろう。去ることもできた。だが、お前が望むなら、私はこの王都に留まる。……ただし、光の英雄ではなく、影の参謀としてだ」
セレーナは微笑みを浮かべ、涙をにじませながらその言葉を受け止めた。
「それでいいの。英雄として飾られる必要なんてない。……私はあなたが隣にいてくれるだけでいい」
その言葉に、影の女王はわずかに視線を逸らした。
「……随分と愚かだな。闇に生きてきた私を、隣に置くなど。だが……お前の愚かさに付き合うのも悪くはない」
ふっと短い笑みがこぼれる。これまで冷たさだけを纏っていた彼女の口元に、生きた温もりが宿った瞬間だった。
広間の窓から差し込む朝日が二人を照らす。
セレーナはその光の中で、静かに言葉を重ねた。
「これから先、王国を導くのは私たちよ。……でも、決して二人きりじゃない。リリィナも、カリーネも、そして……レイジも」
影の女王は目を閉じ、深く頷いた。
「……ああ。愚か者の魂は、確かにまだここにある」
その瞬間、広間に吹き抜けた風が二人の髪を揺らした。どこからともなく漂う温かな気配が、彼女たちの頬を撫でた。
セレーナは胸に手を当て、涙をこぼしながら微笑んだ。
「……感じるわ。あなたの気配を、レイジ」
影の女王も静かに空を仰ぎ、かすかな笑みを浮かべた。
「……見ていろ、愚か者。お前が賭して守ったこの国を、我らが必ず未来へ繋ぐ」
二人の声が重なり、広間に響いたその誓いは、単なる約束ではなく、王国の未来を支える礎となるものだった。
――光を掲げる女王と、影を抱く参謀。
そして魂として寄り添い続ける男。
三つの存在が確かに繋がったその時、王国は新たな歴史の一歩を踏み出したのだった。
凱旋の宴の熱狂は去ったものの、人々の心にはまだ歓喜の余韻が残り、広場では夜を徹して歌い踊る者たちの姿があった。
だが、王城の高みでは、別の空気が漂っていた。
影の女王は静かに一人歩き続けていた。長い回廊の先、まだ朝日に染まらぬ石壁を背にして、彼女の黒衣はまるで闇そのもののように揺れていた。
(……もう決めた。ここを去る。光に立つのは私ではない。このまま留まれば、私は虚飾の英雄に祭り上げられるだけだ)
彼女の足取りには迷いがなかった。
だが、その行く先に、すでに待ち受ける者がいた。
「――やっぱり、行くつもりだったのね」
柔らかな声に影の女王は足を止めた。
そこに立っていたのは、夜明けの光を浴びたセレーナだった。
影の女王は目を細め、唇を吊り上げた。
「……察していたのか」
セレーナは頷き、真っ直ぐに彼女を見つめた。
「あなたは、この王都に馴染もうとしていなかった。人々の歓声を受けても笑わず、言葉を返さず……。あの時から気づいていたわ。あなたは去ろうとしている」
影の女王は肩をすくめ、乾いた笑みを零した。
「愚か者よ。やはり光に生きる者は鋭いな。……そうだ、私はこの地を去る。英雄として称えられることに何の意味がある? リリィナも、カリーネも、レイジも……彼らの死が飾りにされるのを、私は見ていられぬ」
その声には冷たさと共に、痛みに似た震えが混じっていた。
セレーナは一歩近づき、声を強めた。
「でも……だからこそ、あなたが必要なのよ!」
影の女王は目を見開いた。
「……何を言う?」
セレーナは胸に手を当て、涙を滲ませながら続けた。
「人々は希望を求める。けれど希望だけでは危うい。犠牲を、影を、真実を語る者がいなければ、いずれ王国はまた同じ過ちを繰り返すわ。あなたはその影を抱く存在――だから、残ってほしい」
影の女王の瞳に、揺らぎが走った。
「……私は闇の王女だ。光の王都には似合わぬ」
セレーナは首を振り、彼女の手を取った。
「いいえ。闇を抱いているからこそ、光を正しく導ける。あなたは虚飾の英雄ではなく、この国の参謀として必要なの」
その言葉に、影の女王は息を呑んだ。
(参謀……? 光に立つ者ではなく、影に寄り添い、真実を語る役……それならば……)
沈黙が流れた。朝の鐘が響き渡り、窓から差す光が二人を照らした。
やがて影の女王は、静かに口を開いた。
「……本当に、それを望むのか、セレーナ。私のような闇を抱いた者を、そばに置くことを」
セレーナは涙を拭い、力強く頷いた。
「ええ。私一人では、この国を導けない。あなたがいてくれなければ、きっと王国は脆く崩れてしまう。……だから、一緒にいて」
影の女王の心に、熱いものが込み上げた。
これまで誰からも求められることのなかった彼女が、初めて「必要」と言われた瞬間だった。
「……愚か者だな、お前も。だが……悪くない」
彼女はかすかに笑みを浮かべ、セレーナの手を握り返した。
――こうして影の女王は、去ることをやめ、王都に残る決意を固め始めた。
夜明けの光が大理石の回廊を照らし、二人の影を長く伸ばしていた。
握り合った手は温かく、互いの心の奥底にある孤独と痛みを確かに繋いでいた。
影の女王は深く息を吐き、静かに視線を落とした。
「……参謀、か。王国の歴史において、光の王に寄り添う影の参謀など前例はない。だが……それこそが必要なのかもしれぬ」
セレーナは力強く頷いた。
「ええ。私はこの国を導く王女であり、いずれは女王となるでしょう。でも、私には光しか持てない。だからこそ、闇を知るあなたが必要なの」
その言葉に、影の女王の心に揺るぎない決意が芽生え始めた。
(……なるほど。光だけでは人は盲目になる。闇を抱く者が傍にあってこそ、均衡が保たれるのだ)
彼女は微かに笑い、かつてない穏やかな声で言った。
「……よかろう。ならば我は、この王都に残ろう。光の英雄ではなく、闇を抱く参謀として。お前の隣に立ち、愚か者の犠牲を忘れさせぬために」
セレーナの瞳に涙が溢れた。
「……ありがとう。あなたがいてくれるなら、私はきっと王国を導いていける」
影の女王はその涙を見つめ、首を横に振った。
「礼を言うのは私の方だ。お前が呼び止めなければ、私は闇に帰り、すべてを拒んでいた。……愚か者に次いで、また一人、私を縛る者が現れたというわけだな」
セレーナは微笑んだ。
「縛るんじゃないわ。……共に歩むの」
その言葉に影の女王は沈黙した。
だが、長い孤独の果てに、ようやく寄り添うべき光を得たと、心の奥で理解していた。
遠く、鐘楼の鐘が再び鳴った。
王都は新たな一日の始まりを告げ、人々は希望に胸を膨らませていた。
セレーナはバルコニーから城下を見下ろし、声を震わせて言った。
「この国はまだ脆い。戦乱を逃れたばかりで、人々の心には深い傷がある。だからこそ、光と影が揃って未来を支えなければならないの」
影の女王は横顔を見つめ、かすかに口角を上げた。
「……ならば、共に見届けよう。この国が愚かさに飲まれぬよう、我が闇で釘を打つ。お前が光を掲げる限り、私はその影として立とう」
その言葉に、セレーナは深く頷き、涙を拭った。
「……約束よ。私が女王として立つとき、あなたは必ず傍にいて。私たち二人で、この国を守るの」
影の女王は目を閉じ、低く呟いた。
「愚か者レイジ……お前の魂は見ているか? 我らはまだ歩みを止めぬぞ」
二人の間に流れたのは、かつてないほどの強い絆だった。
――こうして影の女王は去ることをやめ、参謀としてセレーナの隣に残る決意を固めた。
光と影、二つが揃うことで、新たな王国の未来が始まろうとしていた。
王城の謁見の間は、朝日を受けて黄金の光に包まれていた。
セレーナと影の女王が揃って歩み入ると、臣下や高官たちがざわめき、宰相が驚いたように目を見開いた。
「セレーナ殿下……そして影の女王よ。今宵の宴でのご様子からして……まさか、まだこの王都に留まるおつもりか?」
影の女王は一歩進み出て、冷ややかに視線を投げた。
「意外か? 私は光に立つつもりはない。ただし、参謀として殿下を支える覚悟を決めた。……それを拒むというなら、今すぐにでも去ろう」
その一言に、謁見の間は凍りついた。
武官たちは互いに顔を見合わせ、文官たちは小声で囁き合った。
「参謀……? 影の女王が……?」
「殿下の側に置くなど、あまりに危険では……」
宰相は眉をひそめ、セレーナに問いかけた。
「殿下、本気でそのようなことを……?」
セレーナは真っ直ぐに宰相を見返した。その瞳には揺るぎない光が宿っていた。
「ええ。本気です。私には光しか持てません。だからこそ、闇を抱く彼女が必要なのです」
その言葉に、臣下たちは息を呑んだ。
光と闇を並べ立てるなど、王国の歴史に前例はない。だがセレーナの言葉には理があった。
「……民は今、歓喜に酔っています。けれど、その熱狂は長くは続かない。犠牲の痛みを忘れれば、また過ちを繰り返すでしょう。だからこそ、この国には影の声が必要なのです」
宰相はしばし沈黙し、重く頷いた。
「……なるほど。殿下のお考え、理解いたしました。しかし……影の女王。あなたは本当に、この王都に縛られる覚悟がおありか?」
影の女王は薄く笑い、低く答えた。
「縛られるのはごめんだ。だが、殿下に言われた。『共に歩む』とな。ならば、縛りではなく誓いとして受け入れよう」
その言葉に、謁見の間は再びざわめいた。だが先ほどの不安ではなく、今度はどこか安堵を含んだ響きだった。
セレーナは壇上に立ち、臣下たちに向けて声を高めた。
「皆よ、聞きなさい。私はこの国を導く女王となります。しかし私一人では、未来を築くことはできません。だから、影の女王を参謀として迎えます。これは命令ではなく、誓いです。彼女と共に、王国を守り抜きます!」
その宣言に、広間は静まり返った。
やがて、一人の若い武官が声を上げた。
「殿下に従います! 闇を抱く参謀もまた、我らの未来を支える柱となりましょう!」
次々と臣下たちが声を上げ、賛同の声が広がった。
「殿下万歳!」
「参謀に栄光あれ!」
影の女王はその声を冷ややかに聞き流しつつも、心の奥にかすかな温もりを覚えていた。
(……愚か者ども。お前たちはまだ何も知らぬ。それでも……この声を、悪くはないと思えてしまう自分がいる)
セレーナは隣に立ち、微笑んだ。
「……これで、あなたはこの国の一部。私の隣で、ずっと共にいてくれるわね」
影の女王は短く答えた。
「……ああ。愚か者の魂が消えぬ限り、私はここに残ろう」
こうして、王国は新たな形を得た。
光を掲げる女王と、影を抱く参謀――二つが揃うことで、王国の未来は動き出したのだった。
謁見の間のざわめきがようやく静まり、臣下たちが退室していった後、広間にはセレーナと影の女王、そしてわずかな護衛だけが残されていた。
祭りのような熱狂の余韻が消え去ると、途端に広間は静まり返り、空気はひどく澄んでいた。
セレーナは長い吐息をつき、影の女王の方へと歩み寄った。
「……本当に残ってくれるのね」
影の女王は淡々とした表情のまま答えた。
「言っただろう。去ることもできた。だが、お前が望むなら、私はこの王都に留まる。……ただし、光の英雄ではなく、影の参謀としてだ」
セレーナは微笑みを浮かべ、涙をにじませながらその言葉を受け止めた。
「それでいいの。英雄として飾られる必要なんてない。……私はあなたが隣にいてくれるだけでいい」
その言葉に、影の女王はわずかに視線を逸らした。
「……随分と愚かだな。闇に生きてきた私を、隣に置くなど。だが……お前の愚かさに付き合うのも悪くはない」
ふっと短い笑みがこぼれる。これまで冷たさだけを纏っていた彼女の口元に、生きた温もりが宿った瞬間だった。
広間の窓から差し込む朝日が二人を照らす。
セレーナはその光の中で、静かに言葉を重ねた。
「これから先、王国を導くのは私たちよ。……でも、決して二人きりじゃない。リリィナも、カリーネも、そして……レイジも」
影の女王は目を閉じ、深く頷いた。
「……ああ。愚か者の魂は、確かにまだここにある」
その瞬間、広間に吹き抜けた風が二人の髪を揺らした。どこからともなく漂う温かな気配が、彼女たちの頬を撫でた。
セレーナは胸に手を当て、涙をこぼしながら微笑んだ。
「……感じるわ。あなたの気配を、レイジ」
影の女王も静かに空を仰ぎ、かすかな笑みを浮かべた。
「……見ていろ、愚か者。お前が賭して守ったこの国を、我らが必ず未来へ繋ぐ」
二人の声が重なり、広間に響いたその誓いは、単なる約束ではなく、王国の未来を支える礎となるものだった。
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