全てを識る指先

SF

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第19章

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「完成してすぐお屋敷にうかがったのですが、デッケン子爵家に奉公に出されたと聞き耳を疑いました。
よもや兄伯爵に頼ることになるとは思いませんでしたよ。快く推薦状を用意してくれたのはありがたかったですが」

セシリオはいつになく饒舌で、家に入るとまるで見えているかのような足取りで窓を開けて回った。
フラヴィオは玄関の前でポツンと立っていた。眉を寄せ、不満げにセシリオを見つめているが盲目のセシリオには分からない。
部屋中の窓が開くと、光がたちまち溢れかえった。そして、白い布を被った大きな塊が部屋の奥の方に鎮座しているのを見つける。日の光が布を薄く透かして、家具とは違う複雑な曲線を描く影を浮かび上がらせる。
ついに、セシリオの手が布にかかった。

「お前は、僕よりそんな石の塊が大事なのか」

フラヴィオの声の響きは硬かった。セシリオは振り返る。

「作品を作るために、僕を弄んだのか?」
「フラヴィオ様それは」
「何故、会いにくるなと言ったんだ」

作品が完成したと嬉しそうに報告するセシリオに、顔も合わせずもう会わないと告げられた時の戸惑いと憤りが蘇った。
ずっと会いたいと思っていたのに、家を追い出され苦労している間、自分のことを忘れセシリオが作品を作ることだけに没頭していたのかと思うと沸々と苛立ちが湧いてきた。
セシリオはフラヴィオに歩み寄る。セシリオが近づくにつれ頭の中が罵詈雑言でいっぱいになり、自制心を押し退け舌の上に押し出される。いけないと思いつつ傷つけるためだけの言葉を乗せ口が開いた。
それが飛び出す前に、セシリオの唇がフラヴィオの口を塞ぐ。

「これが答えです。フラヴィオ様」

フラヴィオはセシリオに抱擁され、身動きさえとれなくなる。

「貴方に会えば、触れられずにいられなくなってしまうから」

フラヴィオは仰け反るほど強く抱きしめられ、会いたかった、と甘いバリトンが鼓膜を打った。セシリオの胸の中では心臓が強く脈打ち、その情熱を裏付ける。
セシリオも同じ気持ちだったのだと、やっと安堵した。憤りも不安もたちまち消え失せて、セシリオへの愛慕だけが残る。

「貴方の為だけに作りました。見ていただけますか」

フラヴィオが頷くと、セシリオは嬉しそうに布に手をかけた。
さらりと落ちた布の下から現れたものに、フラヴィオは息を呑む。

それはまさしく美の結晶だった。
ソファにしなだれかかるように腰掛ける美少年の彫像は真っ白で、神秘的な青白い陰影を落としている。背中まである豊かな髪や、腰回りで折り重なる薄衣の質感は驚くほど精巧である。触れれば髪の毛の筋が乱れ、布の折り目が崩れてしまうような危うさがあった。
顔の作りはフラヴィオそのものだが、少し伏せた目と僅かに微笑む唇は、淫魔の誘いにも女神の微笑にも見えた。

「これが僕?」

フラヴィオはセシリオを見上げる。セシリオは笑顔で頷いた。それとは反対に、フラヴィオはうつむき表情を曇らせる。

「じゃあ失敗作だ。僕は、こんなに美しくないよ」

眩いばかりの美を放つ彫刻に、自分の醜い嫉妬や独占欲や欲望を照らし出されている気がした。
かなり奔放な生活をしてきたことを自覚しているし、何よりーーーー

「僕は、お前以外の男とーーーー」

フラヴィオは自身を抱きすくめるように両の腕を掴む。セシリオはフラヴィオの肩を抱き寄せた。

「子爵がどのような人間かは存じております。貴方は悪くない」

もしフラヴィオが子爵に抱かれていたとしても、セシリオは自分を手放す気はなかったというのか。フラヴィオの心を喜びが照らすが、本当だろうかと仄暗く翳る。フラヴィオは試すようについ反発してしまう。

「違う。僕から誘ったんだ。抱かれるのはまっぴらだったから口や手で奉仕してやった。僕はこんな内から輝くような清浄な美は持っていない。
より穢れてしまった。だから、似てなんかないよ」

フラヴィオは一息に吐き出した後、セシリオが肩に置いた手をそっと外した。いよいよ軽蔑されただろうかと、ちらりとセシリオの顔を見上げれば真剣な顔つきで見つめられどきりとする。

「フラヴィオ様、この彫刻は、あなたのすべてを写したものです。顔形だけでなく内なる心も。
それでも似ていないとおっしゃるなら、
ーーーー確かめさせていただいてもよろしいですか?」

大きな手がフラヴィオの頬を包んだ。輪郭をなぞり、唇や鼻、目の周りの窪みを親指で擦る。
初めて出会い触れた時のように。セシリオが何を望んでいるのか悟り、フラヴィオは首元のタイに手をかけ解いた。
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