彼と兄と過ごした日々 〜蒼亞の願い〜

アマリリス

文字の大きさ
14 / 36
第一章 忍冬

十四 話の共有

しおりを挟む
 蒼亞達四人は宴会場に行き、席を見て同じ事を思った。誰も朱翔の隣に座りたくない。蒼亞は義兄の隣を考えたが、そこは玄史に譲ることにし目をきょろきょろさせる。
 朱翔が四人を見て言う。
「蒼亞、お前は私と柊虎の間に座るんだ」
「…はい」
 もはや選択権は無かった。あからさまに、三人の安堵の呼吸が伝わる。
「壱黄は私と黄虎の間だ」
「はい…」
 壱黄は隣が身内なだけまだましだ。
「海虎は柊虎と磨虎の間」
「はい!」
「玄史は玄弥と黄虎の間だ」
「はい!」
 微笑んで座る二人が羨ましいが、実に的確な配置だ。
「よし、まずは食うか!」
 緊張していても飢えた腹の虫には勝てない。昨夜から驚きの連続に、ご馳走も味わえなかったのだから無理もない。大人達が雑談する中、皿に盛られた肉や魚を夢中で頬張る。どれも美味しく腹が満たされると緊張感も解れ、話に耳を傾ける余裕まで出てきた。何気ない会話にも自然と笑みが溢れる。大人達も分かっていたのか、食べるのが落ち着いた頃、話は今日の出来事へと移り変わる。
「朱翔、やはり蒼万は気づいていたのだな」
「柊虎、だから言ったろ? 私が勘づくならあいつも同じさ、でもこれでいいんだ。あいつが一番話し合わなきゃいけない相手と向き合っているならさ、殴ったかいがあったよハハハハ」
「えっ、兄上を殴ったんですか?」
 朱翔は拳を翳して言う。
「七年前に一発だけな、こっちの手の方が痛かったぞハハハ」
 柊虎は共に笑い酒を一口呑んだ。
「なっ…何故殴ったんですか?」
「苦しんでいる志瑞也をほったらかして、自分だけで責任を取ろうとしたからだ」
 朱翔の声には怒りの色が感じられた。
「兄上がっ…志ぃ兄ちゃんを?」
 今の兄からは想像つかない。
「そうだ。だから二人の事は二人で話し合えって殴ったんだ、ふっ」
 そう言って、朱翔は酒を一口呑んだ。口調からして、相当朱翔は怒ったのだろう。兄が朱翔に一目置く理由は、きっとそこにある。
 黄虎が腕を組んで言う。
「朱翔、志瑞也の神力はやはり声なのだな?」
「ふっ、使い方を神獣に教わるなんて聞いた事ないよ」
 朱翔がすっと顔色を変える。
「皆、ここだけの話していいか?」
 全員の顔付きと共に空気が一変する。
「辰瑞は恐らく神の指示を受けている」
 柊虎が鼻息をついて言う。
「お前もそう思うか?」
「あぁ。今になって神力の使い方教えるなんて、おかしいと思わないか? 今までだってくしゃみぐらいしていただろ? 志瑞也が制御できる精神、もしくは心が強くなると、一つ一つ教えていくかもしれないな…」
「朱翔様、それなら志ぃ兄ちゃんはどうなるんですか?」
 動揺する蒼亞に、朱翔は真面目に言う。
「案ずるな。辰瑞が志瑞也を操ることはない、ただこれだけは覚えて置くんだ。〝神は意味のない事はしない〟今回も蒼万のために志瑞也は心が強くなった。だから青龍を抑えるため、辰瑞は声の力の使い方を教えた。そう考えると腑に落ちないか?」
「はい…」
 柊虎が眉間にくっと皺を寄せて言う。
「その考え方なら、志瑞也が蒼万のために力を使う時が…来るってことか?」
「考えたくはないが、志瑞也にとっての〝選択の鍵〟が蒼万なのは今後も変わらないって事だ。皆もそれは頭に入れて置いてくれ」
 大人達は険しい顔で頷く。
「蒼亞…今日、伯父上が言っていたのって…」
 壱黄と蒼亞は見合わせ眉をひそめる。
 二人の様子に大人達は目配せし、黄虎は読み取り壱黄の顔を覗く。
「志瑞也は何を話したのだ?」
「父上、伯父上が『普通の神族でも人間でもないなら、寿命は皆と違うかもしれない』って…」
 言いながら、壱黄はうつむく。
「志ぃ兄ちゃんと兄上は『残される人達のことを一番に考えようって約束した』と… 『もう俺達の願いは叶っているから』って…」
 蒼亞は膝の上で拳を握りしめた。
「玄咊に玄華様を『お母さん』と呼んでほしいと。いずれは玄華様を『おばぁちゃんにしてあげてほしい』とお願いしていました。黄怜様は玄華様を『一人残した事をとても悔やんでいる』、『俺は残される側の気持ちが良く分かる』とも言っていました…」
 玄史が言い終わると、しんと静まり返る。
 義兄が玄史の背中を摩る。
「そうか…玄華様は喜んでおられたか?」
「はい玄弥様、今日はお祝いするそうです」
「玄咊ちゃんは?」
「玄咊も楽しそうでした」
 全員が和やかに頷く。
 磨虎が目で「お前も何か言え」と海虎を見る。
「あ…わっ私は『逞しいな』ってだっ抱きしめられて、頬に〝おまじない〟していただきました… へへへ」
 海虎は頬を触り顔を赤らめる。
「ぷっ、ハハハハハハハ!」
 大人達は吹き出して笑う。
「お前達早速〝目〟になってくれたな。そうか、志瑞也は気づいていたかハハハ」
「朱翔様、どういう意味ですか?」
 朱翔は蒼亞の肩を組み、人差し指を立て体の部分を差しながら説明する。
「いいか? 志瑞也は素直なだけで頭は悪くない、ちゃんと考えているし観ているんだ。特に人の感情や生死には敏感だ。いつから気づいていたか言っていたか?」
「身体の事を知った時からだと…」
「やはりな、あいつは言わないで呑み込む癖があるんだ。しかもその内容を忘れたりしない。でもお前達に話せたのは、蒼万とちゃんと話し合ったからだなハハハハ」
 朱翔は嬉しそうに酒をくいっと呑み干した。
 義兄が優しく言う。
「し志瑞也ぁの心が強くなったのは、やはり〝願い事〟のお陰ですね」
 朱翔はお猪口に酒を注ぎ「コトン」と酒瓶を置き鼻息をつく。
「だろうな、置いて逝くことも置いて逝かれることもない… 蒼万が死にたいなら構わないけど、向き合ってからでも遅くないなんて。ハッ、よく言えるよな? 死ぬのは怖くないってことだろ? 今の志瑞也はある意味無敵だなハハハハ」
 大人達は参ったと笑う。
 磨虎は怪しげに笑い海虎の肩を組む。
「お前、志瑞也に〝おまじない〟してもらって嬉しかったか?」
「はっはい、不思議な感じでした」
 海虎の照れる様子に皆で笑い合う。
「くっ、唇も柔らかかったです…」
 義兄は驚き酒を「ブッ」と吹き出した。
「げっ玄史もされたのか⁉︎」
「はい…」
 玄史は満更でもない顔で微笑む。
 再び皆で笑い合い、黄虎は酒を呑み干す。
「黄怜の〝おまじない〟がこんなに流行るとはな」
「それは黄怜も思っているよハハハ」
 黄虎と柊虎は微笑む。
 朱翔が揶揄うように言う。
「海虎、玄史、喜べ! お前達が倒れたら、志瑞也はを起こすぞハハハハ」
 大人達が酒を呑んで笑う中、四人は共に笑う磨虎をちらっと見た。
「それと後一つ、神力は獣なら使えるかもって言っていたよな?」
 全員が真剣な顔で頷く。
 朱翔はお猪口を持って机に肘を突き、怪しげに顔をにやつかせる。
「考えてみたんだが、もしかしてあいつのあの・・声、神力なんじゃないのか? 発情したら声の質が変わるだけと思っていたが、あれに神力が込められているとしたら、欲情を煽られるのも納得がいくと思わないか?」
「しかし志瑞也はそのっ、その・・時は言葉を喋っているぞ⁉︎」
 四人は話の流れに目を見開く。
「磨虎、お前と蒼万の決闘の際、志瑞也は『無意識』で『覚えてない』って言っていただろ?」
「まさか蒼万に夢中・・でっ、何を言ったか覚えてないのか⁉︎」
 黄虎はすかさず壱黄の耳を塞ぐ。
「恐らくな、だが全て覚えてないかは分からない。元々の素質・・もあると思うが、獣の発情なら本能のままに興奮・・しているはずだ。それなら発している言葉は神力の可能性が高い、だから聴いた者は煽られるのさ。もしそれが事実なら、あれ・・が志瑞也の本当の獣の姿だ。ふっ、淫魔の方がまだましに思えてくるよ」
 朱翔は呆れるように鼻で笑う。
あれ・・が全て志瑞也の本能⁉︎ おっ恐ろしいな…」
 磨虎は咄嗟に鼻根を押さえ、手拭いを渡そうとする柊虎に目で「まだ大丈夫だ」と言い、柊虎は頷き手拭いを懐に戻す。
「つまりはだな、獣としての本能に近い状態にならないと神力は使えないんだ。現に結界には『咬み突く』ように吠えて、青龍を止めるには『威嚇』って言っていただろ? 分かり易く言えば赤子は言葉は話せないが、泣いたり喚いたりすると母親には腹が減っているのか下の事なのか分かるだろ? あれと同じだ」
 全員が納得して頷き、朱翔は酒を一口呑む。
 柊虎は腕を組みながら言う。
「蒼万は気づいているのか?」
「どうかな、普通の攻撃なら私達でも神力って直ぐに気づくさ。あいつ前にしている・・・・時は体が持たないから、神力は使わないって言っていたよな? もし使っていたら術が反応して、誰よりも先に気づいていたはずだ」
「では蒼万も?」
「恐らく気づいてない」
 朱翔は柊虎と見合って頷き、酒を一口呑んでにんまりと笑う。
「そこでだ、私達は最近・・の志瑞也の状態を知らない。昨夜のだって避難するのが精一杯でちゃんと聴いてはいない」
 壱黄以外の三人は嫌な予感がしてきた。
 黄虎は壱黄の耳を塞いだまま、朱翔を睨み顔を横に振る。
「ハハハわかったよ黄虎。壱黄以外で構わない、話してくれないか?」
「……」
「……」
「……」
 残りの三人は目を泳がせ黙り込む。
「海虎、話すのだ」
 名指しされ、海虎は露骨に慌てふためく。
「磨虎様っ、なっ何故私なのですか⁉︎」
「蒼亞は兄の事だっ、言いにくいではないか!」
 思わぬ磨虎の配慮に、蒼亞は心から感謝する。朱翔の隣に座らなくても、磨虎の隣では海虎に逃げ場などない。隣に座る柊虎に助け舟を出すも微笑んで頷く、性格は違えどもやはり双子だ。同じ顔に挟まれた海虎は、口をもごもごさせながら言う。
「えっと……志瑞也さんが笑いながら『いきそうなのか?』って言ったら、耳がおかしくなって怖くなりました…」
「怖かった?」
 磨虎は眉間に皺を寄せる。
「はい。そ、その後『いかせてほしいって、言えよ』って言ったら思わず口走りそうになったのですが、蒼亞が口を塞いでくれて、我を見失っていたって気づきました…」
 海虎の立場を察したのか玄史も言う。
「私も口が勝手に動きそうになって…自分で塞ぎました。四人の中で蒼亞だけが、何とか耐えていたようでした…」
 ───しんと静まり返る。
 おや?
 三人は不思議に思い、大人達の顔を見渡す。揶揄われると思いきや、誰一人笑ってはいない。それどころか酒を呑む手を止め、険しい顔で黙り込んでいるではないか。
 柊虎が重く口を開く。
「朱翔、あの時意識まで操られたか?」
「…いいや、恐らく磨虎はもう無理だ。直ぐにやられるぞ」
「私も、そう思う…」
 朱翔と磨虎の顔からは、完全に笑みが消えていた。
「あの声が神力なら、蒼亞が耐えられたのは血で繋がった兄弟だからだ。だが四人を迎えた時、蒼亞もきつそうだったな……それともあいつの身体、まだ変化しているのか?」
 大人達が重い空気を漂わせ考え込む。
 朱翔が目配せし柊虎は頷いて言う。
「蒼亞、話してくれないか? 志瑞也の変化は寝ている時や無意識化、つまり獣の状態に近い時に現れるのだ。全てに蒼万が関係しているから中には言いにくい内容もあるさ、だが皆で繋がる鍵を共有して初めて知った事もあるのだ。それから私達は、どんな些細な事でも話し合うようにしているのだよ」
 柊虎は朱翔と頷き合う。
 蒼亞は彼のためならと口を開く。
「わかりました。志ぃ兄ちゃんは最初は兄上を求めるだけでした。そっその声もかなり危険でしたが、私は何とか耐えられました。途中から少し豹変して…あの、その……色々と落ち着いて、暫く楽しそうに会話していたんです。でも話ながら完全に豹変して、その後からは私も苦しくて駄目でした。まるで獣の叫び声みたいに目が眩むようでした…」
 玄史がすかさず言う。
「蒼亞っ、おっお前もだったのだな⁉︎ 私も蒼万様の名が鳴き声に聴こえて、身体が支配されていくみたいで怖かったのだ」
「お前達もか⁉︎ 私だけではなかったのだな、良かったぁー 私は意識まで持っていかれて震えたのだ」
 海虎は安堵の表情を見せる。
「壱黄っ、お前もなのか⁉︎」
「……」
 壱黄は注目を浴びきょとんとする。
 朱翔は呆れて言う。
「黄虎っ、耳を塞いだままだろ!」
「あ、そうだった」
「ったく、恐らく壱黄も三人と一緒だ」
 黄虎は壱黄の耳を解放する。
「ハハハ壱黄すまない」
「ん? いいえハハハ」
 親子は幸せそうに微笑む。
「蒼亞、話してくれてありがとう。お前が話してくれたから海虎や玄史の不安も取れたし、志瑞也の状態も知ることができたのだ」
 柊虎は蒼亞の頭をなでる。
「いいえ」
 蒼亞は柊虎と頷き合う。
 朱翔が空気を張り詰めさせる。
「皆、私が今考えていること、分かるか?」
 柊虎が深刻な面持ちで言う。
「朱翔、皆同感だ」
 大人達は揃って頷くも、四人には訳が分からないまま話が進みだす。
「誰が連れてくる?」
「朱翔さんっ、急がないと!」
 朱翔が低く言う。
「……四人に行かそう」

 え?

 朱翔が指令をだす。
「四人は今直ぐ、蒼万と志瑞也を黄怜殿に連れて来い」
 四人は目を見開く。
「玄弥、志瑞也が最近亀酒を呑んだのはいつだ?」
「確か十玄が生まれた五年前です。祝いの宴で亀酒が振舞われましたが、蒼万さんが見張っていて一合しか呑んでいません」
「となると五年振りか、その時はどうだったか?」
 義兄は困惑した顔で言う。
「その…まだ話はできましたが蒼万さんにくっつきはじめたので、同家の方達の手前私が蒼万さんにお願いして、二人は離れた客室に下がってもらったのです。その後はわかりませんが、次の日は何ともありませんでした」
 朱翔は四人を見ながら言う。
「いいかお前達、志瑞也が亀酒を呑むのは久々だ。あの場で発情したら大変な事になるぞ、それに私達が以前聴いた時よりも志瑞也の声は進化しているんだ。私達よりも痛い思いをしたお前達ならこの意味、わかるよな?」
 時折、彼は自殿で青露酒ちんるしゅを呑んでいるようだが、酔う姿は見てはいない。友の宮に行っても、皆兄が不在では許可しないのだ。大人達の焦り具合から見ても、一大事なのはわかる。自分達の身内が悶える姿など誰も見たくない。ましてや上に立つ者として、公の場では自尊心に関わる事だ。
 四人は阻止するべく指令に従う。
「分かりました。皆行くぞ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライムパンツとスライムスーツで、イチャイチャしよう!

ミクリ21
BL
とある変態の話。

ふたなり治験棟 企画12月31公開

ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。 男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

【短編】初対面の推しになぜか好意を向けられています

大河
BL
夜間学校に通いながらコンビニバイトをしている黒澤悠人には、楽しみにしていることがある。それは、たまにバイト先のコンビニに買い物に来る人気アイドル俳優・天野玲央を密かに眺めることだった。 冴えない夜間学生と人気アイドル俳優。住む世界の違う二人の恋愛模様を描いた全8話の短編小説です。箸休めにどうぞ。 ※「BLove」さんの第1回BLove小説・漫画コンテストに応募中の作品です

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

壁乳

リリーブルー
BL
ご来店ありがとうございます。ここは、壁越しに、触れ合える店。 最初は乳首から。指名を繰り返すと、徐々に、エリアが拡大していきます。 俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 じれじれラブコメディー。 4年ぶりに続きを書きました!更新していくのでよろしくお願いします。 (挿絵byリリーブルー)

処理中です...