置き去りの恋

善奈美

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貴羅&響也編

15 失って得られる感情(貴羅視点)

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 頭がボーッとする。たった一言言われた言が脳裏から離れなくて。その時、顔に映った表情が更に混乱をもたらした。眦に浮かんだ涙が、何を意味するのかなんて分からなかった。
 
 意識が浮上した時、そこには何故か暁。お盆明けに戻ってくると言っていて、表情を伺い見れば呆れた顔をしていた。痛烈に言い放つ言葉に容赦はないけど、心配されているのは伝わってきた。
 
 何時ものように面倒だと言いながら、それでも、きちんと対応してくれるあたりが流石だよね。俺より人間が出来てるよね。
 
「もう、面倒。本当にウザい!」
「酷い言い方だよね」
「本当のことでしょうが。特効薬持ってきたから、さっさと元に戻ってよね!」
 
 特効薬って何? そう思っていたら、ベッドの上に何かを放り投げたような衝撃。
 
「返却は二、三日後。いい。無理矢理はなし!」
「っ、待てよ! 置いてく気かよ?!」
「当たり前」
 
 その声に体が素直に反応した。あれ? そう思ったら、何かを抱き込んで顔を何かにグリグリ押し付けてた。何やら言い合ってるけど、その体温と体臭に何故か瞼が重くなったんだよね。必死で指に手を掛けて外しに掛かってるみたいなんだけど、少し強めに抱き付いたら、抱き込んだ体が少し震えたな。まあ、寝ちゃうけど。

 意識が浮上したのは、辺りが暗くなり始めた頃。夏だし日が長いから多分、七時になるかならないかくらいだと思う。抱き込んでいたものを離して、それが何か確認した。暁は特効薬って言ってたんだよね。それって何かな?
 
 薄闇の中に浮かんでいるのは人の背中。体は女性というより男性で大人のちょっと手前あたりかな。身長は俺に比べてかなり低い。俺が抱き込んだせいで、逃げられなかったのか、諦めたのか、どうやら一緒に寝ちゃったみたいだね。凄く安心して寝れたことに吃驚だけど。人の隣で普通に寝られたのって初めてかもね。
 
 背中を向けていたから、肩に手を掛けて転がした。その振動で眉間に皺がよって……。驚いた。俺が無意識に抱き込んだ相手に。暁の特効薬の意味を。俺に混乱をもたらした張本人。会わないと言い放った相手。言い合っていた理由が分かった。逃げようとしたんだ。でも、暁と多分、雪兎君に無理矢理連れて来られて、放り投げられた感じだったから、担がれていたんだ。
 
 よく顔を覗き込めば、目の下に隈が出来てる。思ったより柔らかい髪に触れて、思い知った。一時の安らぎを求めたつもりが、そうじゃなかった。手放せないほど、嵌ってたんだ。自覚していなかったから、離れていった衝撃で正体を失くしたんだ。あの日のあの時間から、全く記憶がない。あるのは暁が現れた時からだ。
 
 笑いが込み上げてくる。弟の同級生で友人に抱いた感情に、笑うことしか出来なかった。今まで、諦める事しかしてこなかったから、本当に欲しいと思っても認識しなかったんだ。
 
 尚広が言っていたのはこのことだったのか。分からなかったらいいと。こうなると分かっていて、彼奴は口を噤んだのか。つまり、自力で認識しろってことか。結局は暁に促されて、やっと気が付いた。本当に情けないよね。
 
 小さな呻き声に視線を向ければ、響也君が困惑気に辺りを見渡している。俺に視線を向けた瞬間、跳ね起きるとか、ある意味失礼だよね。
 
「っ、俺、帰るから!」
 
 離れて行こうとした左腕を掴んだ。本当に無意識に。これは決定的だよね。本人のことなんか御構いなしに、体の方が認識してるんだから。
 
「離せ……っ」
 
 うん。それはちょっと、無理かな。俺の体がさ、君を求めてるわけ。離したくないって。
 
「それは無理っぽいよ」
 
 穏やかに言ったら、思いっきり目を見開いて凝視してきた。そりゃあ、驚くだろうね。俺本人もそうなんだから。
 
「意味が分かんねぇ?」
「だろうね。俺自身も分かってないからね」
 
 困ったように眉を顰める。
 
「俺はさ。諦めるつもりで離れたんだよ。腕、離してくんねぇかな?」
「だから無理」
 
 今、さらっと重要な事を言ってくれたよね。そして、更に困った顔。うん、分かるよ。でもね、認識しちゃったから、離すのは無理だよ。たとえ、犯罪者って言われてもね。
 
「あんたに、俺は必要ねぇだろう? 俺だけじゃなくってさ。あんたにとっちゃ、他人なんて必要じゃねえだろう?」
「そうだね。今まで、そうだと思ってたよ」
 
 思ってたさ。集まってくる奴等は、俺の容姿や財力。そして、頭の良さや、要は、利用出来る能力を求めて集まってくる。そこに俺自身は必要じゃない。無意識に分かっていたから、一線を必ず引いていた。そうすれば、自ずと俺自身は孤独に身を置くことになる。暁を引き取ったのも、同じものを感じ取ったからだ。一緒にいても、苦痛を感じないと、そういう打算が働いたからだ。
 
「本当に欲しいものが分からなくなってたんだよ」
 
 欲しかったのは嘘偽りのない安らぎ。見返りを求めない、そんな、無償の愛情。でも、それを求めるのは無理なこともきちんと分かっている。本当の親にすら疎まれた俺が求めて得られるものじゃない。でも、心は渇いていたんだ。本当は欲しいのに、欲しくないフリをした。そう偽っていれば、傷も浅くてすむから。
 
「響也君が離れて行ってから、暁が帰ってきた時まで何をしていたのか、全く覚えていないんだよね」
「は? 何言ってんの?」
 
 ベッドにいたということは、無意識に就寝はしたんだ。じゃあ、その後のことは全くと言っていいほど記憶にない。普通に考えて、俺はずっとベッドの上に居たってことだ。体が微妙に軋んだように痛いのは、その影響なのかもしれない。
 
「やっぱり、あんたっておかしい」
「それは否定出来ないね」
 
 そう言うと、最後の抵抗なのか、逃れようと俺が掴んでいる左腕を引いてきた。当然、俺は右手に力を込める。離す気はないから。逃すつもりもないしね。
 
「困るのはあんただろう。だから、独りを選んだんだろう。分かってたから、離れたんじゃねぇか」
 
 君は読むことが得意だもんね。瞬時に俺の内面を読んじゃったんだね。
 
「そうだよ。でもさ、俺の考えを飛び越えてきたのは響也、でしょう?」
 
 意識して呼び捨てにした。本当に欲しかったから。誰にも渡したくなかったから。それが異性であっても、手放したくなかったからだ。
 
「何言ってんのか、分かんねぇよ」
 
 分かってるのに、分からない振りをしたいんだよね。逃げるために。
 
「逃がさない、そう言ってんだよ」
 
 俺は彼の前で初めて本来の言葉を使った。
 
 
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