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四章 隠すつもりはないんですね。堂々とやるなんて流石に頭を疑います。

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 王太子フェルナンドとリストル公爵令嬢リラの婚約発表は筒が無く終了した。それはかなり呆気なく、何より、周りの臣下達が安堵の息を吐き出していた事をリラは見逃していなかった。このまま、婚約者が見付から無ければ、年齢の近い、そこそこの戦闘能力を持つ令嬢が選ばれていたからだ。種が選んだ妃ではない為、何が起こるのか分からない状態であったらしい。リストル公爵が必死で娘を守っていたが、その娘の認識の甘さがある意味、貴族達を救った形になる。
 
 そして、国民に向けて発表されると、国を挙げてのお祭り騒ぎになった。国民にとって王太子の妃は国を守る要である認識だ。なかなか決まらなかった妃が漸く見付かったのである。
 
「本当に納得出来ない」
 
 令嬢の戦闘モードから、王太子妃の騎士服に着替えたリラがポツリと漏らす。その呟きを耳にしたのはフェルナンドだ。婚約発表の後から、リラはフェルナンドの婚約者兼護衛として行動を共にしている。朝の鍛錬もリラの想像を遥かに超える有意義なものだ。フェルナンド始め、騎士達。果ては二人の王妃に国王まで参戦してくる。ここは何処の脳筋の集まりか?! と、そう疑いたくなる光景である。
 
 リラが与えられた騎士服は何故か赤に金糸の刺繍を施したもの。騎士服は基本、数色用意されているものを急遽、リラのサイズに合わせた。なので、今、リラのサイズに合わせた特注の騎士服を制作中だと言う。赤が選ばれた理由が、前回の血糊を浴びた姿であった事は否定出来ない。
 
「私としては有難いけどね」
「それは殿下だからであって、私は不本意ですが」
 
 リラはフェルナンドが執務をしている目の前のソファに腰を下ろし不貞腐れていた。
 
「まあ、今は大人しくしているが、直ぐに本格的に動き出すぞ」
「全く嬉しくない情報ですね」
 
 リラにしてみれば、婚約破棄後に戦闘能力を検分され、更に、暗殺騒ぎである。何もなかったとは言い難いと思っている。
 
「私の暗殺騒ぎなど、明日の天気程度でしかない」
「は?」

「ほぼ、毎日、命を狙われているからな。ある意味、オセリアは可愛い弟だ」
 
 フェルナンドの言葉にリラは眉間に皺を寄せた。この言い方だと、二人の王妃の敎育方針を理解しているように感じる。
 
「殿下は……」
「フェルナンドでいいぞ。敬称もいらん」
「そう言うわけには……」
 
 リラ的には敬称なしで呼べるのは有難いが、父と兄がそれを許さないだろう。後で愚痴愚痴と言われるに決まっている。
 
「シュトラスか? それとも公爵か? 何時も側に居るのに形式ばられると肩が凝る」
 
 フェルナンドは話しながらも手は忙しなく動いている。毎日命を狙われている割には、冷静すぎやしないか。いや、これくらい肝が据わっていないと王太子など出来ないのか。
 
「では、二人の時はフェル様と呼びます」
「お、愛称で呼んでくれるのか?」
「お名前が長すぎです!」
 
 リラは完全に開き直った。いくら言い合っても時間の無駄である。父や兄が何か言ってきたら、フェルナンドに丸投げすれば良いのだ。
 
「フェル様はオセリア様のボンクラは、王妃様達の策略だと知っていたの?」
 
 フェルナンドは持っていたペンを置くと、何ともいい笑顔を見せた。
 
「知っていたと言うより、見せられていた、が正確だ。母上達は国の為だと笑い飛ばしていたが」
 
 リラは頭が痛くなった。王妃二人は本当に見事なボンクラを作り上げたのだから舌を巻く。
 
「だが、誘導されて既婚者に手を出したのは少しばかり悪手だったと思うが」
「王妃様達は第二王子様に拐かされた的な話をしてましたけど」
「そうだな。エリエスは野心家だ。オセリアを使って揺さ振りを掛けたかったんだろうな。まあ、婚約者がここまで跳ねっ返りだとは、彼奴も考え及ばなかったようだが」
 
 フェルナンドの言葉に反論出来ないリラは、その点は口を噤んだ。
 
「そのエリエス様がフェル様の命を狙っていて、自分が継に選ばれると確信しているように感じるんですけど」
「話を急に変えたな」
「五月蝿いですよ!」
 
 リラはリラで既にあれこれ知られているので、今更隠す必要はないと仮面が剥がれ始めている。今更取り繕っても意味はないのだ。フェルナンドは少し笑うと表情を引き締める。
 
「種はより血の濃い者を選ぶ。それは前例で知れている事だ。今いる王族に連なる血筋で血が濃いのはエリエス、と言う事になるが。だが、辺境伯家の血を引くシュトラスもある意味同じかそれ以上だ」
「え? そうなんですか?」
 
 フェルナンドの言葉にリラは目を見開いた。雪の花の種が選ぶのはより血の濃い者だ。辺境伯家は初代の子供が起こしたのだ。表向きは伯爵家だが、その実、公爵家にも引けを取らない。他国では侯爵家同等と言われているが、この国では公爵家同等である。
 
「リストル公爵家は数代前の王弟が始まりだ。そして、コーラル辺境伯家は初代の子が起こしている。その後、王家から王女が降嫁もしている。下手をしたらエリエスより血は濃い」
 
 フェルナンドは冷静に言い切った。それを考えるなら、シュトラスはフェルナンドより純血に近いことになるのではないだろうか。
 
「シュトラスが王子なら、私より強い種を手に生まれたかもしれん」
「いや、兄は望まないと思いますが!」
「だろうな。面倒だと、笑って言い切るからな」
 
 フェルナンドはそう言うと、再びペンを手に取った。これだけ話していても、きちんと執務を行える能力があるのは凄い。しかも、刺客などの問題から、本当の意味での側近を作ってはいないと言う話だ。あくまでシュトラスは仮での側近という立ち位置なのだという。筆頭となる話は出ているが、今はその時ではないと言う。
 
「補佐は欲しくないの?」
 
 リラの心配気な問いに、フェルナンドは少し笑みを見せた。補佐は喉から手が出るほど欲しい。だが、身の安全の考慮をするとどうしても決められない。これで妃となったリラが次代を妊娠すれば安全は保証される。それは言い換えるなら、自分の息子の命と引き換えとなる安全なのだ。
 
「欲しいが、今はその時ではない」
 
 リラは少し考えてしまう。確かに王家の事も国の事にも無頓着だが、頭はそれほど悪くはない。日がな一日、フェルナンドの護衛という名目で同じ室内にいなくてはならないのだ。ならば執務を覚えるのも手である。それはそれで策略に嵌っているようで面白くはないが背に腹は変えられないのだ。
 
「私にも何か仕事を頂戴」
「は?」
「私も仕事を覚えるわ! こんな所で一日座ってたら流石の私も頭にカビが生えるじゃない!」
 
 リラは立ち上がると、フェルナンドが執務を行なっている机に両手を付いた。国の成り立ち、王家の事に疎いだけで普通の勉学は学園では上位なのである。本来なら今も通っている年齢だが、王太子妃となった以上、無理な話である。
 
「通常の勉強は終了してないだろう?」
「馬鹿にしてます? とうの昔に習得済みです。私の母の恐ろしさを知らないでしょう」
 
 リラは両手を組むと母との日々を思い出していた。リラの教育が本格的に始まったのは齢三歳の時だ。勉学から武術、果ては毒に対する耐性まで。スパルタ的に教え込み叩き込んだ女傑である。つまり、そのスパルタがリラから国に対する知識と、王家に対する知識を奪う形になった。それに拍車をかけたのが、リストル公爵のスパルタ的な令嬢教育である。
 
「両親には愛されたと思いますが、私を常時甘やかしてくれたのは兄だけです。祖父母も伯父夫婦も私には厳しかったので」
 
 辺境伯家がリラに厳しかったのは確実に母親のセラの預言のせいである。流石のリラも今だから分かるのだ。その当時は知らなかった為、かなり、反抗的態度を取っていた。リラも一筋縄でいかない娘であったのだ。
 
「シュトラスから聞いたが、一族一丸となっていたのか?」
「さあ。でも、メリハリのある教育は受けたよ。確かに厳しかったけど、甘やかしてくれる時はとことん甘やかしてくれました」
「飴と鞭か?」
「そうとも言います」
 
 そして、そうなった理由はリラにもある。つまり、知識を与えれば与えただけ、スポンジが水を吸収するように身に付けたからだ。これで覚えの悪い子供なら、諦めも入っていたかもしれない。だが、とリラは思う。母だけは態度を変えなかっただろうな、と。
 
「じゃあ、仕分けてもらおうか。まだ、国に対しての知識は万全ではないだろう?」
「う……、そこを突かれると反論出来ない」
「まあ、私と執務をしていたら嫌でも覚えるか」
「絶対に身に付けてやる!」
 
 フェルナンドはリラの叫びに、何となくリストル公爵家とコーラル辺境伯家が一丸となった理由を垣間見た。つまり、リラの能力の高さが、一族を本気にさせたのである。そして、それを見ていたシュトラスはリラを不憫に思ったのだろう。だからこその甘やかしだったのだ。
 
 
 婚約後一週間が経った。この日、リラはフェルナンドに伴われてある場所に来ていた。城の奥まった場所である。その場所は王族の中でも国王と第一王妃、王太子と王太子妃しか来ることが許されない。何故、婚約一週間後なのか。それは種が本当に反応しているかの確認期間だったのだ。目の前に広がるのは硝子で覆われたドーム状の建物だ。目の前に来るまで認識出来なかった事を考えると認識阻害の魔法が掛けられているようだった。
 
 二人で建物内に足を踏み入れ眼前に広がる景色に驚きを隠せなかった。外の見た目とは明らかに広さが違う。広大な草原にポツンと大きな木が立っている。少し離れた場所に遥かに小さな木が一本。それ以外は何もない本当に草原だった。時々吹き抜ける風はひんやりと冷たい。
 
「えっと、雪の花は?」
「目の前に見えているだろう」
「あれは大変立派な木と、小さな木であるように見えるけど?」
 
 リラは雪の花と言うから、草の方を想像していた。よくよく観察して見ると、木には真っ白い花が確認出来た。無数に花開いているその花は、それ程大きくはない。
 
「まあ、最終的には木になるみたいだけどね」
「どう言う事?」
「王太子が妃を娶り、最初に咲かせる花は一輪だ。その姿は本当に草花なんだけど。次代が生まれ、育っていくと木になるようだよ」
 
 リラは必死に知識を引っ張り出す。木とて発芽した時は普通の小さな植物だ。雪の花がどうやって長い間その存在を保っているのかが不思議であったが、木ならば納得の答えである。
 
「フェル様の種は何処ですか?」
 
 リラは考えるのをやめた。王家が管理する雪の花は神秘の存在だ。あれこれ考えても無駄である。
 
「此処にあるよ」
 
 そう言うと手を差し出した。フワリと現れた種にリラは目を見開く。保管してたわけではないのか。いや、この場所に保管されていたと言う意味ではあっているのか。
 
「疑問ですが、とても新生児が手に握っていたとは考えられない大きさです」
「ああ、この種は成長しているようでね。初めての現象らしいけど」
 
 リラは肩を落とした。規格外の王太子であろう。そう思っていたのだが……。現れた種の大きさは胡桃大だ。新生児の手では握り締めるのも難しい。
 
「リラが生まれた時から成長を始めた」
「は?」
「それまでは小さな種だったんだが。陛下も母上も驚いていたな」
 
 フェルナンドはそう言うと、爽やかに笑う。いや、そこは笑うところではないと、リラは更に項垂れた。これでは父がいくら抵抗しても無駄ではないか。国を守るなら、リラをにするしかないのである。種は選別し、それ以外を必要としていないように見える。
 
「手を出して」
 
 リラは渋々、両手を出すとフェルナンドはその上に種を置いた。種は少しだけ身動いだように見え、直ぐにその姿を消した。リラは目を見開く。消えるとは不吉ではないか。
 
「さあ、見に行こう」
「へ? 見に行く?」
 
 フェルナンドはリラの手を取り、強引に歩を進める。そこそこの身長差があるので、リラは引き摺られていくだけだ。入ってすぐ大樹の右横に小さな木があった。その反対側にフェルナンドは歩いていく。そして、しゃがみ込んだ。リラはフェルナンドの視線の先を追う。そこには小さな双葉の植物があった。
 
「無事に発芽したね」
「じゃあ、フェル様は狙われなくなったの?」
「いや、発芽してからの方が狙われる。何せ一番厄介な発芽を確認したんだ。その後、私を亡き者にし、リラの命も狙う。王太子と王太子妃が儚くなれば、私の雪の花は代わりを選出するからね」
 
 つまり、発芽しなくても発芽しても狙われる。狙われなくなる条件が、次代を妊娠した時と言う事だ。
 
「理不尽!」
「確かに」
「この大樹が初代の雪の花なんだよね? この大樹だけで事足りるんじゃないの?」
「そう簡単にはいかないんだよ」
 
 フェルナンドは小さく息を吐き出すと立ち上がる。
 
「王となる者が代々、種を手に生まれてくるのは契約なんだよ」
「契約?」
「そう。初代の雪の花はこの地を住みやすい環境に整えてくれた。でも、それはあくまで初代との契約だ。その契約を継続する為に、王家の後継は種を手に生まれ、その自由を拘束するんだ」
「自由を奪うって……」
「初代の雪の花はこの地に根を下ろしてくれた。だからこそ、見守るべき王はこの地に縛られる。それが契約だ。王太子が次代となる後継が決まった後、国から出られなくなる。それは雪の花がそう決めたからだ」
 
 リラは大樹を見上げた。よくよく注意をしてみれば、右側に今代の王の雪の花の木。左側にフェルナンドの雪の花の芽。その大樹の後ろにもう一つ、少し大きな木があった。
 
「あの木は?」
 
 リラが指差した方角に視線を向けたフェルナンドは、ああ、と頷く。
 
「祖父の雪の花だ。まだ、元気であられるからな」
 
 つまり、今まで三本の雪の花の木が存在していた事になる。そして、四本目。フェルナンドの雪の花の種が発芽した。
 
「この場所から出たら、更に警戒してくれ。暗殺者が何処から命を狙ってくるか分からない」
 
 リラは右手で顔を覆った。まさかの命の危機である。しかし、リラも一筋縄でいくような娘ではない。膨大な魔力量を持つリラである。フェルナンドの自室にはしっかり結界魔法を施してある。執務室はリラも一緒にいる為、その都度掛ける予定だ。そして、今この時決意する。フェルナンド本人にも常時結界を貼ってやると。
 
「リラ?」
「覚悟してなさい。その攻撃、全部跳ね返してやるわ」
 
 右手を握り込んだリラにフェルナンドは目を見開く。実際、リラは二人の王妃と会っている時に受けた攻撃を、結界で跳ね返している。一度は第一王妃に助けてもらったが、その後、しっかり結界を部屋に張ったのだ。物理、魔法など、ありとあらゆるものを跳ね返し、更に反撃すると言うえげつないモノである。そして、少し離れた森の中で、絶命して居る男達がいた。誰の手の者であるかまでは残念ながら追えなかった。しかし、リラの能力が規格外である事が立証された瞬間だった。
 
 
 同時刻、ある場所で第二王子であるエリエスは悉く跳ね返される攻撃に歯噛みしていた。自分一人ではどうする事も出来ないと分かっていた。そして、考えた安直な考えは他国を頼る事、だったのだ。第三王子のオセリアを早々に蹴落とす為、既婚者の元男爵令嬢を嗾けた。だが、それすら、国王と二人の王妃は看破していた。雪の花が選んだ令嬢をみすみす王太子であり兄であるフェルナンドの元に行かせてしまう悪手だ。しかも、その令嬢の規格外の強さ。ただ、強いだけではない。守りすら一級の魔法師である。秘密裏に放った刺客は全て反撃に会い絶命している。幸か不幸か裏にいるエリエスと手を組んだ国の素性は知られていない。知られていないとエリエスは思いたかった。しかし、城での動きでエリエスが動き出した事は知れている。何より、城の騒がしさが、王太子フェルナンドの種が発芽したと知らしめていた。歴代に見ない能力の高い雪の花の種。それが発芽したと言う事は、エリエスに残された時間が少ない事を示している。一年の婚約期間が終わり、婚姻してしまっては遅過ぎる。下手をしたら初夜で次代が生まれる可能性があるからだ。
 
「何故、上手くいかないっ」
 
 エリエスは苛立ちを抑え切れなかった。この国の城でエリエスが気を許せる者はいない。この国の貴族達は確かに派閥争いをして居るが、王太子の花嫁については一丸となる傾向が強い。雪の花が無ければこの国は生物が生きていくには厳しい土地だからだ。
 
 そうして、エリエスはフェルナンドを亡き者にすれば、自分が選ばれると疑っていなかった。より血が濃い者が選ばれる。フェルナンドと同じ血を持つ自分こそが選ばれると。しかし、フェルナンドは知っていた。最も血が濃いのはリストル公爵家の兄妹であると。フェルナンドの種が強い力を持っているのは、彼の問題だけではない。より濃い血を持つ者が誕生し、種を持つ王太子の妃となる事が分かっていたからだ。
 
 この国は今の王の雪の花の能力が低いせいで危機的状況に陥っていた。理由が数代前に王太子が病死し、直系の血筋が絶えたからだ。リストル公爵家は直系の王弟が起こした。
そして、コーラル辺境伯家は初代の王家の血筋である。その二つの血を引くシュトラスとリラはこの国に於いて最も濃い血を引く者なのである。では、エリエスが絶対になれると確信を持ってしまったのは何故なのか。理由としてはフェルナンドと同じ両親の元に生まれた、と言うものに他ならない。フレイヤ侯爵家も王家の血を引いてはいるが、それはあくまで傍系という立ち位置になる。
 
「彼奴さえ、彼奴さえいなければ、私が王太子となり、この国を統治できるというのにっ」
 
 正確に国王と王太子の不便さを知っている者ならこんな言葉は出てこない。実際にシュトラスは王太子、国王になるのなど願い下げだと言い切るのだ。ここに二人の王妃の教育の弊害が出ている。変に優秀で変にポンコツなのだ。そして、この王子の嘆きはしっかり聞かれていた。何処にでも王家の影は潜んでいるのもなのである。そして、一語一句報告されている事実を彼は知らない。王妃二人の教育を中途半端に掻い潜った弊害は早々に改善されはしない。オセリアが見事ボンクラに育ったのである。当然、エリエスとて例外ではない。オセリアよりも少し優秀程度なのだ。
 
 そして、エリエスは自室で永遠と独り言と言う愚痴を口にしている。それを聞いている王家の影はどんな心境なのだろうか。おそらく、ゲンナリしているに違いない。エリエスの愚痴と、見えていなかった他国の諜報部の接触という手紙を入手した王家の影は、王子が就寝したのを確認してから王の元へと向かった。そこには国王と二人の王妃。フェルナンドと何故かリラまでいる羽目になった。
 
「まさか、この国が手を貸すとはな」
「神聖王国。おそらく、彼の国は雪の花の秘密を知りたいのでしょう」
 
 リラは首を傾げる。自国のことに疎いという事は、他国の事など知りようもない。
 
「まあ、雪の花は元々、神聖王国のある大陸の自生種だからな。その雪の花は神聖王国の神聖王家との契約を拒否し、我が国の始祖と契約を交わした。まあ、始祖と言うより、当時の妻であった聖女が関係しているとは思うが」
 
 よくよく話を聞けば、聖女は神聖王国の聖王子と婚約していたらしい。だが、婚約破棄をされた。その聖女を庇い助けたのが始祖なのである。リラは何処の国でも婚約破棄をするのかと。王家の王子とは考えなしの人種なのかと思ってしまう。聖女とは国を護る要である場合が多く、しかも、その年代に一人しか現れないのである。その聖女を袖にし、神聖王国の聖王子とやらは何を考えていたのか。何とか国として立て直しはしたが、前ほどの繁栄は望めなかった。何より、聖女は始祖と共に大陸を去ってしまった。そう、雪の花と共に。それにより齎されていた恩恵が全て無くなってしまったのである。
 
「馬鹿だとは思っていたけど、ここまでお馬鹿だとは。我が息子ながら、本当に使えないわね。私達の希望通り、ボンクラとして育っていれば未来はあったというのに」
 
 第一王妃の言葉にリラは首を捻る。今の言葉の意味は何なのか。
 
「あら、リラちゃん。おかしな顔をしているわよ」
「お嬢様。普通ボンクラに育てば未来はありません」
「そうよね。でもね。私達の思い通りにボンクラに育つという事はとっても素直って事よ」
 
 素直、っとリラは更に首を傾げた。
 
「オセリアはこれからスパルタ的に再教育を施し、フェルナンドの執務を手伝わせる予定よ」
 
 第一王妃のいい笑顔にリラは顔が引き攣った。つまり、いいだけボンクラに育て上げる。そして、どん底に落とした後、いいように再教育を施す。勿論、フェルナンドに楯突けないようにすることも忘れない。リラは心底恐ろしいと身震いした。
 
「セラの言っていた事は正しかったわね。エリエスは思い通りに育たないと」
「オセリアは私の子です。血の中にお嬢様の血を持つ者に従うと刷り込まれています」
 
 リラは違うだろうと、心の中で突っ込んだ。そんな話は聞いた事がない。この話を聞くと、オセリアが気の毒に思えてくる。
 
「神聖王国の聖王家が手を出しているのか、それとも神殿と聖殿関係者が手を出しているのか、この手紙では分かりませんね」
 
 フェルナンドは手紙に落としていた視線を上げた。
 
「どのみち、雪の花は渡せない。この土地はあの花がなくては生き物すら生きていけん」
「分かっていますよ。それに雪の花は始祖と聖女の血を持つ者にしか反応しなくなっています。血の契約の元、雪の花は2人について来た。だからこそ、王家の血を持つ男子が誕生する時に種を手に握り締めて産まれるのです」
 
 聖女は自分の持つ能力で雪の花と二人の子を結び付けた。契約をした時に聖女は身籠っていたと言われている。生まれた子の手に種が握り締められていた事実から、それが契約の証だろう事は推察出来た。もし、王家から種を持つ男子が生まれなくなれば、契約は破棄されたと見做される。
 
「雪の花はこの国を見捨てる気は無いだろうな。だからこそ、今代の種は強い力を持ち、しかも、種の状態で成長していた」
 
 リラも、初めてフェルナンドの種を見た時は驚いた。胡桃大の種だとは思っていなかった。普通なら新生児が握り締められる種の大きさなのだ。
 
「エリエスは切り捨てるしかあるまい。これだけはっきりと王太子であり兄であるフェルナンドを亡き者にしようとしているからな」
 
 国王の言っていることは至極まともである。何より、王家の影が収集したエリエスの独り言の数々に、全く隠す気は無いのだと誰もが思う。味方がいないのではなく、味方をしたところで全く益がない。それどころか、それに対する不利益を考えていない。手紙の内容からして、エリエスを良いように躍らせているだけだ。雪の花が選ぶのはより始祖と聖女の血を濃く持つ者。王家よりも濃い血を持つ貴族家が存在している事実を神聖王国は把握している筈だ。
 
「隠す気がない言動をしている自覚が無いんですね」
 
 リラは思わず呟く。婚約破棄をされた時、エリエスはフェルナンドを支えている、そう思っていたが違った事に脱力したくなった。それに対して、四人は苦笑いを浮かべるだけだった。
 
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