番に見つからない街で、子供を育てている

はちも

文字の大きさ
3 / 6

3話

しおりを挟む
思わず力を込めてしまった腕に、カイルが不思議そうな顔で見上げてきた。
俺の表情を見て、直前までキラキラさせていた瞳に、不安そうな色を浮かべる。

「パパ、まためまい、した?」

体を捻って、俺の頬を温かく小さな手で撫でてくれる。

「あったかいおちゃ、のもっか」

俺を安心させるために、ニコッと笑って膝から降りる。
心配そうに俺の様子を見ていたロージーさんに頼んで、新しいお茶を淹れてもらっている。
パン屋の奥さんは、膝掛けを渡してくれた。
ロバート先生も、背中をゆっくりと摩ってくれる。

歓声が一際上がった。
窓から入ってくる香りも強くなる。

あの人の元に飛んでいきたい。
あの胸に飛び込んで、香りに、熱に、包まれたい。

賑やかな歓声の中、粛々と進む王の一団。
カイルも、周りの大人たちも、俺も、窓の外を見つめる。

突然、馬上の王が足を止める。
少し距離があってはっきりはしないが、焦った顔をしている。
今までの威厳ある態度は崩れ、忙しなく辺りを見回している。
一瞬この窓を見た気がした。

俺は反射的にカイルを抱き込んで、身を隠した。
血の気が引き、目の前が暗くなる。
カタカタと震える体は、ありったけの力でカイルを捕まえる。

だめだ、見られたかもしれない。

ロアンが絶望に泣いている。
そしてそのまま意識が途切れた。


目が覚めたら、そこは病院のベッドの上だった。
すぐ横には、泣き疲れた顔で眠るカイルが居た。

この世界でロアンとして目覚めた日を思い出す。
ゆっくりと寝返りを打って、カイルの頬に触れる。
赤ん坊の頃のような柔らかさは薄れて、子供らしいまろやかさが増した。

「ああ、起きたかい。気分はどうかな?」

申し訳程度のノックと共に、ロバート先生が入ってきた。
俺が体を起こそうと身じろぎした瞬間、カイルがパッと目を覚ました。
顔を歪めて抱きついてくる。
カイルはいつものような泣き声をあげず、静かに涙を流し、肩を震わせている。
いじらしい息子の小さく丸まった背を、俺は優しく抱きしめた。

「ずっとパパと居ると言ってね、看病していたんだよ」

俺の胸に顔を擦り寄せるカイルの頭を、ロバート先生が柔らかく撫でる。

「心配掛けちゃったね、カイル。パパもう大丈夫だから。ありがとう。
先生も、ご迷惑おかけしました」

俺の言葉に、カイルは無言で何度も頷き、先生は「これも仕事だから気にしないで」と笑った。

俺は急な貧血で倒れたそうだ。
それに加えて、急なヒートも起こしていた。

「緊急抑制剤を使うか迷ったんだけどね。
君の体力を考えると、あれは負担が大きくてさ」

ロバート先生は、言いながら俺からカイルに目線を移す。

「そしたら、カイルがね。
パパは朝、お薬を飲んでたって教えてくれたんだ。だから追加で服用させてもらったよ」

カイルはその言葉に、誇らしげな顔でこちらを見た。
朝、マイペースな俺に怒りながらも、ちゃんと動きを見ていたらしい。
まだ赤ん坊に毛が生えた程度にしか思っていなかったが、ずいぶんとお兄ちゃんになっている。
頼もしい顔をしているカイルの頭を撫でて、「ありがとうな」と礼を言う。
くすぐったそうな笑い声に、張り詰めていた心がほっと緩んだ。

「パパがげんきじゃないと、カイルが、かなしくなるんだからね」

いつも俺が軽く怒るときにするように、鼻の頭をちょんと突っつきながら、カイルはメッと俺を叱った。

和んだ空気の中で、ロバート先生がカイルに、待合室のロージーさんのところへ行くように声を掛けた。
何時間くらい眠っていたのか。ロージーさんまで待っていてくれたとは。
カイルは目元を腫らしたまま、それでも元気に返事をして病室を出て行った。
先生と二人きりになった病室には、半分開けられた窓から外の空気が入り込んでいた。

「僕もアルファなんだけど、君が番持ちでよかったと、今回初めて思ったよ」

ロバート先生が静かに話し出した。

「あの場にいたみんなが察したよ。君の相手は……そういうことでいいんだよね」

ロバート先生の濁した言葉に、俺は一瞬間を開けて小さく頷いた。

眠っている間、夢を見た。
俺のことと、ロアンのこと。
手帳に書かれていなかった記憶まで、はっきりと。

「俺」は両親を七歳までしか知らない。
だからこのロアンの深い子供への愛情に戸惑ってしまうことがある。

自分は痩せぎすでパサパサになっても、子供に乳を与え続けたり。
自分の着る物が擦り切れても、季節に対応していなくても子供には買い与えたり。
逃走の旅だってそうだ。
腹の中に宿った命を失うことを恐れて、何もかも捨てた。

ロアンにも家族はいなかった。
元々は下級貴族の生まれで、愛情を受けて育った。
だが、事故で両親を亡くし、親族に家督を奪われた。
身内としての最後の情けで、かろうじて王城の仕事を斡旋された。
最初の二年は下働き。
その後魔力注入の仕事に移り、十四歳からはその係として働いた。

十六歳の春、運命の相手に遭遇した。
それが王に一番近いと噂されていた、第一王子だった。

ロアンは始め知らなかった。
好ましい香りの、欲して止まない相手が、王子であったことを。
衝動的にヒートを起こして、やることをやったあと、相手の正体を知ったのだ。

事後の世話をする者たちの、態度や言動は酷かった。
手が付いたことが罪のように言われ、薬を渡された。

子が出来たら飲むように、と。

ロアンは思い悩み、泣いた。
本来は喜びであるはずの、うなじにある噛み跡の痛みも、罪の重さの前には罰にしか思えないほどに。

だから逃げた。

見つかれば罰せられるだろう。
俺も、カイルも。
カイルはアルファだし、養育されるかもしれない。

でも俺やロアンのように、親のない子になるかもしれない。
悲しみを与えたくない。
ただただ幸せな人生を。
番との唯一のつながりを消したくない。

それだけが、ロアンのすべてだったから。

話し終えると、ロバート先生は俺を……ロアンを悲しげな眼で見つめた。
小さく息をついて、ベッドに腰を下ろした。

ずいぶんと艶は戻ってきたが、いまだパサついているロアンの髪を優しくなでる。
父親がいたら、こんな感じかもしれない。
そんな温かくて、大きな手だ。

「若い身で、ずいぶんな苦労をしたんだな。
いや、君が――ロアンが病院を初めて訪れた時から、十分感じてはいたけどね。
あの時は、切羽詰まって……今にも死んでしまいそうな顔だったな」

そういってロバート先生は、苦く笑った。

「君をずっと患者としても友人としても見守ってきたからわかるよ。
根っこにあるものは、何も変わっていない。
君も――ああ、君もロアンだろう。別々の人間には思えないよ」

ロバート先生の言葉に、俺の目から涙がこぼれた。

「子供へ向けた愛情は、親以外にはありえない。
なあ、ロアン。君はこれからどうしたいと思っているんだい?」

体の芯にはまだ番を求める熱が残っている。
四年近くの年月を、あの香りに腕に抱かれていないことが、とても悲しかった。

今ここを出れば、すぐ手に届くところにいる。
駆けていけば、呼びかければ、もしかしたら抱きしめてもらえるかもしれない。

――だけど。

「番は恋しいです。今も胸がつぶれそうに辛い。
でも……カイルは手放せない。
どちらかを選ばなきゃならないなら、俺はカイルを選ぶ」

両方が選べたら。
でもこれもロアンが受けた罰だ。
どちらかを選べる余地があるだけ、まだましだろう。

「……君が、そういうなら。
 僕もロージーも、パン屋のご夫妻もみんな、君たち親子の力になるよ」

先生は片手で僕を抱き寄せ、そっと背中を摩ってくれた。
その手の優しさに、気付けば涙が止まらなくなっていた。

この熱が、あの人のものならいいのにと、叶わぬ思いに身を焦がしながら。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

運命の番は僕に振り向かない

ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。 それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。 オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。 ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。 ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。 ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。 ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。

婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結・番外編更新】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。

はぴねこ
BL
 高校生の頃、片想いの親友に告白した。  彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。  もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。  彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。  そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。  同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。  あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。  そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。 「俺もそろそろ恋愛したい」  親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。  不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。

運命よりも先に、愛してしまった

AzureHaru
BL
幼馴染で番同士の受けと攻め。2人は運命の番ではなかったが、相思相愛だった。そんな時、攻めに運命の番が現れる。それを知った受けは身籠もっていたが、運命の番同士の子供の方が優秀な者が生まれることも知っており、身を引く事を決め姿を消す。 しかし、攻めと運命の番の相手にはそれぞれに別の愛する人がいる事をしり、 2人は運命の番としてではなく、友人として付き合っていけたらと話し合ってわかれた。 その後、攻めは受けが勘違いしていなくなってしまったことを両親達から聞かされるのであった。

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

処理中です...