番に見つからない街で、子供を育てている

はちも

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最終話

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「……そうですよ。渡された堕胎薬は飲めなかった。あなたとの子を、僕はどうしてもこの腕に抱きたかったんです」

顔に触れるカイルの髪に、頬擦りをする。
柔らかい子供の髪が俺の涙で濡れる。

「こうしてあなたと僕の面影を宿した子供と生きているんです。
この子は何も知りません。
もうこのままお見逃しください。
僕からこの子を取り上げないで……!」

ヴィルヘルム様は伸ばした腕を、俺にもカイルにも触れさせないまま、下ろした。

「……堕胎薬の話は聞いてない。誰に渡された」

低く唸るような声でいうと、怒りを湛えた目で俺たちを睨む。
カイルがびくりと身を竦ませる。
アルファの威圧がビリビリと肌を刺してくる。

俺はヴィルヘルム様から目を逸らし、カイルをこちらに向かせて腕の中に抱き込んだ。

「あなたの、侍従の方です。
侍女の方にも、身分違いだから思い上がるな、と。
……その通りだと思いました」
「だから、逃げたのか」
「はい」

ヴィルヘルム様は手を強く握りしめた。

「意に沿わぬから逃げたとか、金のために寵を受けたとかではない……のだな?」

その言葉に、カチンときて顔を上げる。
睨みつけたヴィルヘルム様の顔は、困惑の色を浮かべている。

「そんなわけ……! あるはずがないでしょう!」

ヴィルヘルム様は手を伸ばし、カイルの髪をさらりと撫でた。

「そうであろうな。意に沿わなかったのはともかく、金目的であれば、申しても来ぬ、探しても見つからぬはおかしいからな」

困ったようにも悲しげにも見える顔で、ヴィルヘルム様は、痛みを滲ませた笑みを浮かべた。
愛しい匂いに揺れている胸に、その表情が深く刺さる。

「長い年月の食い違いに、ようやく理由がついた。
あなたには、させなくてもいい苦労をさせてしまったな」

大きくて温かい手が頬に触れ、優しく涙を拭ってくれる。
その瞳は甘やかで、あの日を思い出させた。

「その子をあなたから取り上げる気はない。安心しなさい」

辛そうだった笑みが、ふわりと軽くなる。
俺の頬から名残惜しそうに手を離すと、今度はカイルの頭をしっかりと撫でた。

「この子の、名は?」
「ーーカイル、と」

ヴィルヘルム様は目を見開いて驚いた顔をした後、破顔した。

「……そうか。そうか……それは、俺の名だな」

嬉しそうにわしわしと、自分と同じ色をしたカイルの髪をかき混ぜる。

ロアンは、カイルの名をヴィルヘルム様のミドルネームからいただいていた。
小さくてもいい。ほんの少しでも、その面影を手元に残しておきたかったから。

「本当はな、すぐにでもあなたを連れて戻りたかった。だがそれは出来ぬと思う」

柔らかい表情のまま、ヴィルヘルム様はきっぱりと言った。

「ロアン。あなたと、それから我が子カイルがこの先安心して暮らせるようにせねばならぬ。
父として、そしてあなたの番としての私の責任だ」

ヴィルヘルム様は立ち上がると、俺に手を差し伸べる。
取ってもいいものか一瞬考えたが、答えが出る前に体が動き、その手に自分の手を重ねた。
その手の温かさに、張り詰めていたものがほどけていく。

さっきとは違う温度の涙が、頬を流れた。

キョトンとした顔で、カイルは俺とヴィルヘルム様の顔を見比べる。

「この人が、僕のお父さん……? ほんとに?」

ロアンと同じ色の瞳で、ヴィルヘルム様を見つめる。

「……ああ、そうだ。知らずにいたとはいえ、寂しい思いをさせてしまったな」

抱き上げてもいいかと聞かれ、カイルは不安げに俺の顔をちらっと見た。
俺はカイルに笑いかけてやる。
ヴィルヘルム様に向き直ると、カイルは小さく頷いた。

俺とは違い、ヴィルヘルム様は力強く、背もずっと高い。
安定感のある抱っこに、カイルの顔が綻んだ。
カイルの重さを抱いたヴィルヘルム様も柔らかく笑いかけている。

ヴィルヘルム様の腕の中で笑うカイルを見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。
これまでの苦労が、ほんの少しだけ報われた気がした。

「あの、お……とう、さん?
ぼく、さびしくなかったです。
パパがずっと一緒だったから」

カイルの言葉に、もう出すものも残ってないと思ってたのに、視界が滲む。
ヴィルヘルム様が、カイルを抱いたまま、もう片方の腕をこちらに向ける。

「あなたのことも、抱いていいだろうか」

その言葉に考える間もなく、俺はヴィルヘルム様の腕に飛び込んでいた。

親子三人の再会が終わり、ヴィルヘルム様は帰って行った。
ロアンを迎え入れる準備を整えたい、と言い残して。

もう逃げなくてもいいんだ。

その安堵感は、とてつもなく大きかった。
迎えに来てくれるかどうかは、まだ分からない。
それでも、カイルと二人で生きていけるだけの力にはなっている。

ロバート先生には、今回の出来事を話した。
先生は手放しで喜んでくれて、必ず迎えは来るからそれまでは安心していなさいと、言ってくれた。

変わらない日々を過ごしながら、少しだけ変わったところもある。
うっすらと父親の身分を察したカイルが、より勉強に励むようになった。
まだ出来ることは少ないけど、俺に勉強を教えてほしいと言ってきた。
学校から帰ってきてからの時間、店の傍でカイルの勉強を見る。
そのうちに、子供達が宿題を持ってやってくるようになった。

賑やかな店の中にいると、前世暮らしてきた養護施設や、バイトしていた児童クラブを思い出して懐かしくなる。

子供の親達もやって来て、家庭の魔石についての相談も入るようになった。
この先どうなるかは分からない。それでも、出来る範囲のことは引き受けていきたいと思った。

少し忙しさが増してきた頃、ロージーさんの紹介で、魔石に魔力を込められるオメガの女性を雇った。

独立心の強い人で、最初こそ遠慮がちだったけれど、教えたことはすぐに覚えて、仕事も丁寧だった。
ヴィルヘルム様がもし、俺を迎えに来たら、彼女がここでの仕事を継いでくれるだろう。

そんな幸せで充実した日々を過ごして半年。
季節がふたつ動いた頃に、商店街に似つかわしくない馬車がやって来た。
俺の店の前に停まり、降りて来たのは礼服に身を包んだヴィルヘルム様だった。

「ロアン、カイル。迎えに来た」

店から出た俺たちも、それなりにちゃんとした格好をしている。

ひと月ほど前、王宮から手紙が来た。
ヴィルヘルム様からの直筆の便りだった。

王宮での憂いは、すべて片付けた。
安心して生活出来るように計らったから、二人を迎え入れたい。
応じてもらえるだろうか。

と言った内容だった。

どんな未来があるのかわからない場所に、子供を連れて飛び込むのは不安しかない。
でも、もう一度繋がれた番の絆を手放すのは、もう嫌だった。

カイルもせっかく出会えた父親との生活に、二つ返事で賛成してくれた。

ヴィルヘルム様には、謹んでお受けしますと、短い手紙を返した。
そこからは早かった。
ひと月後に迎えにいくとさらに手紙が届き、それが今だ。

仕事と生活の始末をつけ、周りの人たちにお別れのパーティーを開いてもらったりもした。

人の縁に恵まれたこの地での短くない生活。
別れるのは悲しかった。
折れかかっていた人への信頼や、取り戻した温もりへの恩は、しっかりと胸の中にしまい込んだ。

広げられたヴィルヘルム様の腕の中に、カイルと共に飛び込んだ。
力強く抱きしめる腕の安心感と、恋しい匂いに包まれる。

見送りに来ていた周りの人達から、拍手が沸き起こった。
顔を上げると、見知った人達の笑顔と、ハンカチで目元を拭うロージーさんが見えた。

なんて幸せなんだろう。

辛かった思いも、しんどかった日々も、全て色付いた思い出になる。

ヴィルヘルム様の腕の中からそっと離れて、見送りの人に頭を下げる。

「今までお世話になりました。
おかげで俺もカイルも、無事に生きてこられて、感謝しかありません。
本当に、ありがとうございました」

最後にロージーさんと抱き合って、パン屋の奥さんと、それからロバート先生と強く握手をした。

この人達がいなかったら、俺もカイルも生きられなかったかもしれない。

街の人達から離れ、ヴィルヘルム様に促されて馬車に乗り込む。

走り出した窓から、去っていく商店街の、見慣れた風景を目に焼き付ける。

これから生活は、大きく変わるだろう。

力強く抱き寄せてくれる愛しい番と、小さな手を繋いでくれる愛しい我が子。

二人がいれば、もう先の不安はいらない。
そう、心から思えた。
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