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一緒にいたいのも好きだから、朝も夜も一緒にいたいのも好きだからで、多分、詩音も好きだと思ってくれているから人前で手を繋がない惣一郎を許してくれている。
見たくないホラー映画も、狭くてぼろい家もきっと、詩音の愛だ。
そう気付くとなんだか、不安になった。愛されている、それは疑ったこともないが、自分が詩音を愛しているという事実が詩音にきちんと届いているのだろうか。
自分の愛は詩音のそれよりも薄っぺらくないだろうか。
惣一郎の思うようにさせてくれる詩音につい、甘えてしまい、伝えるべき愛がおざなりになっている。そんな気がして、最近、胸に巣を作っている不安が大きく広がっていく。
もし、惣一郎の愛よりもわかりやすい愛を与えてくれる人が、詩音の近くにいれば、それでも詩音は無条件で惣一郎を愛してくれるだろうか。
先日の慌てる詩音が瞼を過る。あれから、どうも詩音の様子がおかしく見える。携帯を必要以上に触っているわけではないのだが、ふと、何かを考え込んでいたり、話しかけても上の空だったり。
何かあるはずなのに、わからないし言わない。そんな詩音に抱いてはいけない苛立ちに似た感情を抱くことも増えてきた。
けれどそれが、惣一郎に言えないことだとしたら。たとえば、惣一郎以外の人を好きになったとか。
漠然とした不安が、しっかりとした不安に変わる。芽を出し始めれば急に、育ち始める植物のように、それは不安という栄養を吸っていく。
もし、詩音が惣一郎以外を好きだと言ったら、その時は詩音を離してやれるのだろうか。
「三田さん?」
つい、不安に呑まれてそんなことを考えていると、三月に声を掛けられた。
「もしかして三田さんも何か悩んでますか?」
問われ、誤魔化したかったのに上手く誤魔化せず、空気を読んだ三月が深い眼差しで惣一郎を見た。
「…最近、恋人の様子がおかしくて」
「様子が?」
「何か言いたそうにしてるのに、俺には言わなくて。何か隠してる気がして、でも俺も聞けないんです」
「…それは、どうしてですか?」
「多分…怖いんです」
別れを切り出されることが―。
口には出さずにそう、心の中で呟きながら、ずっと見ないふりをしていた答えがまた一つ、見つかったと自分でも驚いた。
詩音を失うことが怖い。そう、ずっと思っていたのだ。
「そっか…それだけ三田さんは恋人さんのこと、好きなんですね」
「好き、か」
「好きじゃなかったら、怖くて聞けないなんて、思わないですよ」
「そうでしょうか」
「…僕は三田さんの恋人さんに会ったこともないので、わからないんですけど。でも、きっと、言えないってことは恋人さんも三田さんのこと、好きなんだと思います」
だから。と、三月が続ける。
「勇気を出して三田さんが聞いてみたらいいんじゃないでしょうか」
穏やかな声で言われ、背中を押されたように顔が上がる。自分はいくつになっても子どものようだ。そう、誰かに言って欲しかった気さえして、けれど気持ちは少し晴れた。
「お互い、悩まされますね」
「そうみたいですね」
笑って言い合いながら、ふと、外のカップルが目に付いた。
惣一郎たちが座る席は、窓側。店のロゴが中央についているとはいえ、上から下までガラス張りになっている窓から外の視界は良好だ。
カップルといっても、男同士。一人は背が高く、すらっとしており、もう一人は背の高い男性の首の辺りに頭がある。見上げて笑って、親密そうだ。
後ろ姿しか見えず、それに店の中と外だ。雰囲気なんてわからないのに、まるですぐ近くにいるように二人の雰囲気が伝わってきて、気付けば羨望の眼差しで二人を見つめていた。
「いいなあ、あのカップル。いかにもラブラブですって雰囲気で」
「ですね」
カップルはその男性たちだけではない。他にも手を繋いだり、身体を寄せあったり。男女のカップルだっていたのに、互いに見ているカップルはきっと、同じだろうと何故だか思った。
あんなふうにできればいいのに。二人の顔が見えたら、参考にさせて欲しい。
そんなことを思っていた時、ふと、そのカップルが振り向いた。
瞬間、目を疑った。
見たくないホラー映画も、狭くてぼろい家もきっと、詩音の愛だ。
そう気付くとなんだか、不安になった。愛されている、それは疑ったこともないが、自分が詩音を愛しているという事実が詩音にきちんと届いているのだろうか。
自分の愛は詩音のそれよりも薄っぺらくないだろうか。
惣一郎の思うようにさせてくれる詩音につい、甘えてしまい、伝えるべき愛がおざなりになっている。そんな気がして、最近、胸に巣を作っている不安が大きく広がっていく。
もし、惣一郎の愛よりもわかりやすい愛を与えてくれる人が、詩音の近くにいれば、それでも詩音は無条件で惣一郎を愛してくれるだろうか。
先日の慌てる詩音が瞼を過る。あれから、どうも詩音の様子がおかしく見える。携帯を必要以上に触っているわけではないのだが、ふと、何かを考え込んでいたり、話しかけても上の空だったり。
何かあるはずなのに、わからないし言わない。そんな詩音に抱いてはいけない苛立ちに似た感情を抱くことも増えてきた。
けれどそれが、惣一郎に言えないことだとしたら。たとえば、惣一郎以外の人を好きになったとか。
漠然とした不安が、しっかりとした不安に変わる。芽を出し始めれば急に、育ち始める植物のように、それは不安という栄養を吸っていく。
もし、詩音が惣一郎以外を好きだと言ったら、その時は詩音を離してやれるのだろうか。
「三田さん?」
つい、不安に呑まれてそんなことを考えていると、三月に声を掛けられた。
「もしかして三田さんも何か悩んでますか?」
問われ、誤魔化したかったのに上手く誤魔化せず、空気を読んだ三月が深い眼差しで惣一郎を見た。
「…最近、恋人の様子がおかしくて」
「様子が?」
「何か言いたそうにしてるのに、俺には言わなくて。何か隠してる気がして、でも俺も聞けないんです」
「…それは、どうしてですか?」
「多分…怖いんです」
別れを切り出されることが―。
口には出さずにそう、心の中で呟きながら、ずっと見ないふりをしていた答えがまた一つ、見つかったと自分でも驚いた。
詩音を失うことが怖い。そう、ずっと思っていたのだ。
「そっか…それだけ三田さんは恋人さんのこと、好きなんですね」
「好き、か」
「好きじゃなかったら、怖くて聞けないなんて、思わないですよ」
「そうでしょうか」
「…僕は三田さんの恋人さんに会ったこともないので、わからないんですけど。でも、きっと、言えないってことは恋人さんも三田さんのこと、好きなんだと思います」
だから。と、三月が続ける。
「勇気を出して三田さんが聞いてみたらいいんじゃないでしょうか」
穏やかな声で言われ、背中を押されたように顔が上がる。自分はいくつになっても子どものようだ。そう、誰かに言って欲しかった気さえして、けれど気持ちは少し晴れた。
「お互い、悩まされますね」
「そうみたいですね」
笑って言い合いながら、ふと、外のカップルが目に付いた。
惣一郎たちが座る席は、窓側。店のロゴが中央についているとはいえ、上から下までガラス張りになっている窓から外の視界は良好だ。
カップルといっても、男同士。一人は背が高く、すらっとしており、もう一人は背の高い男性の首の辺りに頭がある。見上げて笑って、親密そうだ。
後ろ姿しか見えず、それに店の中と外だ。雰囲気なんてわからないのに、まるですぐ近くにいるように二人の雰囲気が伝わってきて、気付けば羨望の眼差しで二人を見つめていた。
「いいなあ、あのカップル。いかにもラブラブですって雰囲気で」
「ですね」
カップルはその男性たちだけではない。他にも手を繋いだり、身体を寄せあったり。男女のカップルだっていたのに、互いに見ているカップルはきっと、同じだろうと何故だか思った。
あんなふうにできればいいのに。二人の顔が見えたら、参考にさせて欲しい。
そんなことを思っていた時、ふと、そのカップルが振り向いた。
瞬間、目を疑った。
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