多分、愛じゃない

ゆきの(リンドウ)

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恋だと思っていたものと、そうじゃなかったもの

(4)

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 とにかく、いてくれ。出掛ける支度なんてどうでもいいからそこにいてくれ!

 最早祈るような気持ちで、真っ直ぐから左に曲がる道を駆け抜けた。

 ショルダーバッグのポケットから鍵を取り出す。

 鍵につけていたキーホルダーが落ちるのも気にせず、焦る気持ちで鍵を開けた。

 玄関には克巳のデカ過ぎるスニーカー、それから俺のでも克巳のでもないヒールの高いパンプス。

 そして、漏れ聞こえる声。

 瞬間茫然と、まるで突然そこに生えてきた木のように、俺は見事に棒立ちになっていた。

 何も考えたくない考えられない。自分の家なのだからさっさと靴を脱げばいいはずが、それすらも出来ない。

 靴の脱ぎ方も玄関から部屋に入る足の上げ方もわからなくなったかのように、ただただ突っ立っていた。

 漏れ聞こえる声が大きくなる。耳を塞いでしまいたい、なのに出来ない、腕が上がらない。

「油井、先生ッ…!」

 その後のことはよく覚えていなかった。

 多分、そっと玄関を開けて忍者の如く外に出ていったのだろう。

 ようやく腰を下ろした時には、夕焼けが綺麗に映えていた。

 あれから俺は、無意識にまた例の待ち合わせ場所に来ていたようで、見覚えのあるデカい時計が午後5時を指している。

 硬くて冷たい石垣に腰をかけると、どっと疲労感が俺を襲ってきた。

 …あれは、現実だったのだろうか。

 思い出したくもないのに脳が勝手に鮮明に映像を再生するのは出来事と感情が強い結びつきにあるからだと、以前うんちくを語っていた多崎先生の言葉通り、俺の頭にはさっきの光景が再生されている。

『油井、先生ッ…!』

 顔を見なくてもわかる、あの声は東雲先生だ。しかもあの艶かしい声は、まさにー。

 つまり、克巳は今日俺との約束を破って東雲先生と事に至っていたのだろう。

 クソッ!クソが!なんで、なんでだよ!

 今日の約束は克巳自身から取り付けたものだ。なのに、どうしてこんなことになった。

 どうして、なんでと目の前にいない相手への不満が募っていく。

 一体、いつからか。もしや、俺が家出していた頃からなのだろうか。

 途端に嫌な感触が背筋を張った。考えなくてもわかってしまう自分が憎い。しばらくぶりに戻った時に感じた気味の悪い正体。

 あれはまさに、東雲先生がそこにいた気配だったのだ。

「あー…やってらんねーな」

 思わずそう呟いた言葉は、夕暮れの喧騒の中に消えてしまっていた。
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