多分、愛じゃない

リンドウ(友乃)

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あるべき恋の姿

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「か、つみ…」

 毎日、職場では顔を合わせていたが、何故だか今この時に見た克巳はとても懐かしいようで、まるでずっと会っていなかった恋人に会ったかのようで不思議と涙が溢れていた。

「大丈夫?奏」

 突然のことに躊躇していると、克巳から声を掛けられた。

 見れば克巳は彼女の振り上げた腕を寸前のところで掴んだようで、振り向いた克巳越しに彼女の手を掴む克巳の手が見えた。

「…大丈夫」

「良かった、奏に何もなくて」

 ふわっと優しく微笑まれ、胸が急激に痛くなる。

 どうしてここに来たとか、どうして居場所がわかったかとか、聞きたいことはたくさんあった。

 俺たちあれからしばらく会話していなかったのに、メールも全部無視していたのに。

 どうしてお前は俺を助けてくれたんだ。

 唐突に昔の、まだ浮気など疑いもしていなかった過去の記憶が蘇り、胸を切なくさせる。

 あの頃、克巳はオドオドしながらもよく笑ったり喋ったりしていた。喧嘩もしたけれどそれでも俺たちは、よく笑っていた。

 俺を見る克巳の瞳に過去の何かを見つけた気がして、一気に懐かしさが込み上げる。

 …俺たち、どうしてこんなに遠くなっちまったんだろうな。

「ちょっと離してよ!」

 突然すぎる展開につい思考を飛ばしていると、彼女の甲高い声が聞こえてきた。

 声のする方に視線を向ける。克巳はまだ彼女の腕を掴んでおり、彼女はその腕をぶんぶん振り回してどうにか自由になろうと試みているようだった。

 そこでようやく、周囲の視線に気が付いた。ここは激安で有名なスーパーの前。つまり、たくさんの客が押し寄せている。

 そんな中、男女三人が怒鳴り合いまではいかなくとも言い合い、あまつさえ暴れていればいい見せ物である。

 それに昨今は良くも悪くもSNSが普及している時代だ。下手したら今、この瞬間に映像が全世界中に配信されていてもおかしくはない。

 そう考えるとゾワッと全身の毛が逆立ち、俺は慌て克巳の背中に問いかけた。

「みんな見てるからもういいよ、克巳」

「…わかった。俺たちは帰るから。また、連絡する、奏」

 俺たち。その言葉に疎外感を感じつつも、まさか一緒に連れ立って帰るわけにもいかないだろうと彼女の背中を押す克巳を見送る。

 彼女が買ったエコバッグを右手に持ち、左手で背中を支える。

 その後ろ姿を潤む視界で見ながら俺は、潮時かとひっそりと一人、呟いていた。
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