多分、愛じゃない

ゆきの(リンドウ)

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恋じゃなくて、多分、愛じゃない

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「どうして今、私がここにいるのか、どうして克巳がいないのかって顔、ですよねぇ?」

 時折、間延びした口調に戻りつつも彼女は確信を付いてくる。

「そう、ですね。間違っていなければここは、俺の家でもありますから」

「俺の家だった、が正しいですよね?」

「…いえ、まだ克巳と話ができていません。だったと言うにはまだ時期尚早かと思われます」

 言いながら、しまったと後悔する。事件を特集するテレビ番組で言っていた、興奮している犯人を更に興奮させることを警察はしないと。

 なのに自分は今、まさしくしてはいけないことをしたのではないだろうか。

 恐る恐る彼女の顔を見ると、彼女は意味のない歩みを止めていた。

 だが、様子がおかしい。そう気が付いたのは、彼女のきつく握られた手がワナワナと震えていたからだ。

 多分、今のうちだ。隙があるなら今しかない。思考ははっきりとそう語りかけているのに、身体が一ミリも動いてくれない。

 まるで頭と身体がバラバラになったようだ。

 怖い。はっきりと思った。この後、何をされるのか何が起きるのか、想像したくもないが頭ではつい想像を繰り広げてしまう。

 きっと彼女は今、怒っているのだろう。彼女の立場からすると、再三忠告したのに言うことを聞かなかった俺、という方程式だ。

 そうなれば答えは一つ。俺を、邪魔者を排除するのみ。

 思うのは逃げなくちゃ、とりあえずここから。それだけだった。

 固まる身体に鞭を打つ、足を勢いよく外に出した。

「あ~あ、戸崎先生。なんで逃げるんですかぁ?」

 戸惑うどころか楽しんでいるような声で迫り来る彼女を、やっとのことで床にへばりついた身体で見上げる。

 ここに来た時間が11時。軽く見積もっても一時間前後。どう考えてもまだ明るい時間帯だ、なのに彼女がニヤリと笑みを浮かべる顔が暗闇の中で不気味に光っているように見えてしまう。

 腰が抜けたように尻をついて後ずさる俺の速度に合わせてゆっくり、ゆっくりと彼女は迫る。

「戸崎先生ぇ?どこまで逃げるつもりなんですかぁ?」

 自然と息が荒くなる。

「ねえ、ってば!」

 瞬間、床にへばりついていた身体が嘘のように、俺は走り出していた。

 扉を開けて右へ。玄関に向かって一直線に。

 動け、動け!もたついて絡まる足へと必死に指令を出しながら、やっとの思いで玄関に辿り着いた。
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