悪魔のささやき

大家一元

文字の大きさ
1 / 4
序章

悪魔の子

しおりを挟む
「お疲れ様です、マザキ先生」
「えぇ……いやぁ、酷いもんですな」

 T市記念病院手術室を出た馬崎《マザキ》医師は、扉の前で待っていた二人の警官と目も合わせず、傍にあるベンチに腰を下ろし深いため息をついた。

「どういった状態です?」
「どうもこうも……やれることは限られています。ともかく叩き潰された両手足、陰茎、睾丸は切断し、尿管ステントと人工肛門を取り付けました。皮膚は綺麗に剥がされているので滅菌室に入れましたが、どうでしょうな。もって三日といった所でしょうが、いつ亡くなってもおかしくない。今まで生きていたのが不思議なぐらいです」

 二人の刑事は顔を見合わせ、頭をかいた。およそ予想のついた答えだったとは言え、一応は生きている被害者から何一つ手がかりを期待できないのか、と。
 若い飯塚《イイヅカ》刑事は年配の柴山《シバヤマ》刑事に目配せしつつ、マザキに質問を投げかけた。

「やはり、何も聞き出せませんかね?」
「まず無理でしょうな。舌も手足もないのではメッセージの伝えようがありませんし、そもそも脳がドロドロに軟化しています……これがまた不可解で……」

 手術用キャップを取り、薄い頭を掻きむしりながらマザキは舌打ちした。

「不可解?」
「えぇ……軟化の原因物質が彼の脳内から大量に検出されたのですが、これが外部から投与された形跡が全くないんですね。あれは内側から起こっています」
「内側から……」
「これは仮説ですがね」

 二人の刑事は同時に唾を飲み込んだ。

「彼の脳は、犯人から連続的に暴力を振るわれる過程で通常ありえない量の脳内麻薬を自ら分泌し、自壊していったのではないかと」

 手術室前に、重い沈黙が流れた。


 ☆☆☆


 二人の刑事は手術室前の沈黙を引きずったまま、黙々と署へとパトカーを走らせていた。

「狂人ですね」

 運転席のイイヅカが、助手席で瞑目するシバヤマへに声をかけた。

「ここまでやられると、熊か何かであって欲しいもんだ……同じ人間だと思いたくない」
「ハハ、全くですね……」

 生きていながら、身元の特定が不可能なほど原型を破壊された被害者の仮称は『C』。彼は三人目だった。
 A~Cは共に今朝、T市の三地点でバラバラに発見され、犯行時刻は全て昨晩。犯人は、一晩で三人に対して生きながらに原型を留めぬほどの凄惨な暴行を加え、一切の痕跡を残さずその姿を消したというわけだ。

 不意にシバヤマのガラケーが鳴り、イイヅカとの会話では開けようとしなかった目をカッと見開いて電話を取る。

「私だ」

 イイヅカはシバヤマの相槌を聞きつつ、段々とその声に力が漲っていくのを感じた。が、しかし。

「……何ッ!?」

 シバヤマが突然大声をあげた。彼がこんなに、あからさまに動揺した姿を見せたのは初めてだった。

「……あぁ、あぁ……分かった。その線で進めよう……」

 その後シバヤマは打って変わって脱力し、憔悴しきった表情で通話を切った。イイヅカは暫く迷っていたが、やはり真相に迫りたい気持ちを堪え切れず、訊ねた。

「何か掴めましたか?」
「……あぁ、AとBの身元が、一気にな」
「おぉっ!」

 イイヅカは思わず歓喜の声を上げ、すぐにまずい、と口を噤んだ。が、シバヤマは黙ったままだ。

「……すいません、不謹慎でした」
「いや……あぁ、まぁ、気をつけろよ」

 只ならぬ事態なのだと察した。いつもなら怒鳴られていたところだが、どうやらさっきの報告は余程の衝撃であったらしい。

「一人目はあの川越充《カワゴエ ミツル》だ」
「えっ」
「二人目は野上正一《ノガミ ショウイチ》」

 イイヅカは沈黙した。どちらも警察とは所縁の深い人物であり、イイヅカも仕事の中で何度となく耳にしていた名前だったからだ。

 川越充は有名な資産家で、様々な慈善事業にその私財を投じてきた篤志家でもある。中でも少年犯罪者の社会復帰には取り分け力を入れており、出所後の身元引き受け人となったり養父となったりしていたと聞く。
 野上正一は、T市記念病院の精神科医。精神鑑定の結果、刑務所でなく病院に入れられることになった無数の犯罪者の治療に当たってきた人物として知られる。

「再犯……ですかね」
「あぁ、その線で進めるらしい」
「被疑者は?」
「ノガミからカワゴエの手に渡った奴は多いからな。特定には少しかかるだろうが……実は、俺にはもう目星が付いてる」
「どいつです」

 言いながらイイヅカの頭にも、既に一人の名前、いや異名が浮かび上がっていた。

「『悪魔の子』、だよ」
「……やっぱり」

 悪魔の子。
 十七年前にここT市で発生した、史上最悪の少年犯罪事件の犯人。入署してすぐに一度だけ見た事件の映像は、時折悪夢となって頭をよぎる。
 燃え盛るパラバルーン、近寄った瞬間に引きずり込まれる若い女性、炎を背に鬼の形相で群衆を睨みつける、返り血に塗れた黒髪の少年……

「ガイシャの身元……発表したら、とんでもないことになるでしょうね」
「あぁ」

 イイヅカは唇を噛みハンドルを握り直し、署への道を急ぐ。彼の予想通り、この日の午後伝えられたニュースはT市を飛び越え、大混乱と共に日本中を駆け巡ることになる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

月弥総合病院

僕君・御月様
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【短編集】こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

処理中です...