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第三章 後継者

第61話 アーサーの企み

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 アーサー達に連行されたララは、ミズガルの城の一室に軟禁されていた。
 部屋も綺麗で待遇は悪くなく、まるでそれなりの客人をもてなすような扱いを受けていた。
 リインも別室に軟禁されており、ララと同じような待遇を受けていた。

 ララは淹れられた御茶には手を出さず、ソファーに座ったまま此処からどうやって抜け出そうかずっと考えていた。
 部屋の出入り口には内側と外側に兵士が立っており、窓の外も上階故に飛び出せない。魔法を使おうにも杖は取り上げられており、更には魔法を封じる特別な魔法道具を両手首に装着されているため使えない。

 もう部屋に軟禁されて数時間は経過している。アーサーに吹き飛ばされてしまったルドガーのことも心配であり、ララは無力な自分に歯痒さを感じていた。

 その時、部屋のドアが開かれた。
 現れたのは白いコートに白銀の軽装を纏ったアーサーだった。
 ララはソファーから立ち上がりアーサーを警戒する。
 アーサーは済ました顔で対面のソファーに座る。

「そう警戒しなくても良い。今は君にこれ以上何かをするつもりは無い」
「今は、ね……」

 ララは警戒の色を消さないままソファーに座り直す。
 そんなララをアーサーはジッと見つめる。そして静かに呟く。

「……似ているな、父に」
「……これでもよく母親似だと言われるんだけど?」
「顔はそうなんだろう。だがその目と髪、それから雰囲気はそっくりだ」
「……何が目的なんだ?」

 ララは情報の収集に徹した。此処から出られない以上、やれることは限られている。ルドガーが戻ってきた時に可能な限りの情報を持っていればそれが武器になり得る。そう考えての発言だった。

 アーサーはララを一瞥した後、冷めた御茶を魔法で温め直し、空いているもう一つのカップに注いで口を付ける。

「……僕の目的は二つだ。一つは復讐。もう一つは――再会だ」
「……? 復讐? 再会?」
「……兄さん、ルドガーは君の父、魔王を殺したんだ」
「知ってる」
「……へぇ。てっきり黙っているのかと思っていたよ。許しているのかい?」

 許した許していない、どちらかと問われれば、ララは父を殺されたことに関しては何とも思っていない。ララが許せていないのは父が殺されたことで間接的に母が殺されたことだ。

 それ故に、ララはルドガーの人生を縛った。ララが赦すまでルドガーはララを側で守り続ける契約を持ち掛けた。ルドガーはそれを受け入れ、ルドガーの命はララのモノになっている。

 だがそれをアーサーに言う必要は無い。

「私は父を知らない。一度も顔を合わせたこともない父に思い入れなんて無いからな」
「……そうかい。僕の知らない父の話を聞けるかと思ったけど、残念だ」
「……まさか、父を殺したセンセに復讐するつもりなのか? お前だって勇者として魔王と戦ったのだろう?」
「僕は殺すつもりで戦っていた訳じゃない。父を元の父に戻す為に戦っていた。それは他の兄姉達もそうだった。だけどルドガーは父を殺したんだ。大切な家族だったのに」

 それはララも初耳だった。ララが聞かされていたのは単純に勇者達と魔王が戦っていたという話だけ。父親を取り戻す為に戦っていたとは聞いていない。

 なのにルドガーは父を殺した。そこにどんな理由があったのか、ララは知りたかった。

「何でセンセは父を、魔王を殺したんだ?」
「知らないね。何度聞いても答えてくれなかった。ただ一言、『もう親父はいない』、それだけしか言わなかった」

 ララはその言葉からある可能性を考慮した。

 ルドガーも最初は父親を取り戻す為に戦っていた。だが戦っている内にもう父親の面影は無く、人族を蹂躙し世界を支配しようとする魔王でしかいなかった。だから殺したのかもしれないと。

 あの優しくて立派な恩師が何の理由も無く、それこそ悪意を以て父親を殺すはずが無い。
 ララはそう信じている。きっと何かどうしようもない理由があったはずなんだと。

 だがアーサーにとってそれは関係なく、ただ大切な父を殺された憎しみだけが心に渦巻いているようだ。

「……復讐は分かった。再会、というのは?」
「言葉の通りさ。父を蘇らせる」
「不可能だ。死者は蘇らない。そんな魔法は存在しない」

 ララは学校で魔法を学んだ。それこそ多くの魔法をだ。
 だがそこに死者蘇生の魔法なんてものは無かった。多くの者達が死者蘇生の魔法を研究して求めたが、成功した実例は存在しない。霊体として現世に降ろす魔法は存在しても、肉体も蘇る魔法は存在しないのだ。

 だがアーサーは首を横に振る。

「いいや、あるのさ。僕はそれを知っている」
「……黒き魔法」

 ルドガーが何度も口にしていた魔法。この旅の目的でもある魔法。
 もしかしてそれが関係しているのだろうかと、ララは察した。

「そう、黒き魔法さ。それさえあれば、父は蘇る」
「……だったら勝手に蘇らせればいいじゃないか。どうして復讐なんて――」

 ララは嫌な予感がした。途轍もなく悍ましい可能性が頭に思い浮かんだのだ。
 それを察したのか、アーサーはニヤリと笑う。

「察しが良いね……。そう、黒き魔法であっても代償無しでは死者を蘇らせることはできない。だから、ルドガーには生贄になってもらう」
「……兄を殺して父を蘇らせるのか? この外道」
「少し違うな。これでも僕は兄のことは愛している。僕に最初に愛を教えてくれた人だから。だからどれだけ憎くても殺したいとは思っていない」
「話がややこしくなってきたな。復讐したいんだろ?」

「復讐は必ずしも殺すことだけじゃない。ルドガーには生き続けてもらうよ――父としてね」

 ララはアーサーの瞳に狂気を感じた。蒼い瞳は濁っており、真っ暗な闇が見えた。
 アーサーの言葉をそのまま信じるのであれば、アーサーは兄を、ルドガーを依り代にして父親を蘇らそうとしているのだ。そしてルドガーは死ぬことはなく、父、即ち魔王として生き続ける。

 ララはカップを掴み、中身をアーサーへとぶっかけた。

「この――クソッタレが! センセを、センセをそんな目に遭わせてなるものか!」
「……ふぅ。君の意見は聞いていないよ。ここまで君に話したのは、君が父の実の娘だから特別に教えてあげたんだ。それに父が蘇れば君も父親と再会できるじゃないか」
「私はそんなこと望んじゃいない! 私は父よりもセンセのほうが大切だ!」
「……君が何と言おうと、既に事は運んでいる。今頃、兄は光の試練に挑んでいるだろう。光神の力を手にした時、兄の力は黒き魔法に耐えられるようになる。その時が父の復活だ」
「っ!?」

 ララは歯を食いしばった。今此処でアーサーを殺せたらアーサーの企みは止められる。
 だが自分の力がアーサーに敵う訳がないと言うのを自覚してしまっている。刺し違えてでもと思っても、それも敵わないだろう。

「言っておくが、何の理由もなく君を捕らえた訳じゃない」
「……?」
「君はスペアだ。兄さんが失敗した時の、ね」
「どういうことだ?」
「――この世界でただ二人だけなんだ。全属性に適応し、黒き魔法を生み出せる存在はね」

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