地獄蝶事件簿

武田杏

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嘱目するスフェーン

第5話 旧東京駅

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 行き交う人々も増え始めた。今すれ違った人は「亜鈴」なのか「人間もどきヒューマイム」なのかはわからない。帯刀していない人や、子供も見かけるようになった。ここら一帯は治安は安定しているのだろう。
 レンガ造りの巨大な建物が目に入った。旧東京駅舎。東京を走る鉄道は、全線廃線になって久しいが、一部は道としての機能を果たしている。巨大な駅構内は、あらゆるところで露店が開かれている。今回は、駅の構内には入らず、出入り口脇にある、交番が目的の場所だ。
「ここかい。この死体が届けられた屯所っていうのは」
 わざとらしく、大きな音を立てて、トランクケースを置いたひすいさんに、オレは冷ややかな視線を送る。呼び鈴があるのだから使えばいいのに。彼女は、いたずらっぽく笑うと、備え付けの木椅子に腰かけた。
 奥から、一人、東京警備隊の羽織を纏った青年がやってきた。
「お話は伺っていますよ。地獄蝶のお二人ですね。席にかけてください」
 オレは、促されて、席に着く。客として来ている以上は最低限の礼は持つべきだ。
「君がこの死体を受け取った人物で間違いないのかな」
 トランクケースを開けると、躰を丸めた状態で、届けられた遺体が入っていた。出発前に見た時よりも、幾分か血色がよい。防腐の奏術だけでなく、ある程度の見た目は整えたらしい。それでも服は着せていないので、垂れ下がった乳房に視線がいってしまう。
「確かに、これで間違いないです。脳と眼球と、瑰玉は最初からありませんでした。本部に連絡後、総隊長が直々にこちらに来たときは驚きましたよ」
「だろうね。変死体一つの報告でボスが出てくるとは思わないからな。この辺りだと、8番隊くらいか」
「よくご存じで」
 半年前に東京に連れてこられたオレには、その土地の会話にはついていけなかった。東京警備局は25の部隊に分かれており、それぞれに番号が割り振られているらしい。そのうちのこの辺りは8番隊の所轄であるとのことだった。
「どうして、この死体を報告しようとおもったのだ。瑰玉が無かったり、咏回路が無い死体なんぞ、この辺りを10分歩けば簡単に見つかるだろう」
「この死体は魔眼を持っていたのだろうと、考えたからですよ」
 ひすいさんは、怪訝な顔を浮かべた。
「英雄気取りか、死に急ぎか、変態の集まりだと思っていたが、奏術に詳しい人がいるとは。よく気が付いたな」
「ええ、出身が人間もどきに関するところでして」
 少し沈黙があった。
「君、“狗飼”なのか」
「ええ。両親はそこの所属です。東京警備局は、イエでは無いので苗字は変えていません」
「なるほどな。まあ、警備局は実力さえ認められれば入れるからね。それで、異常な死体を亜鈴が持ってきたのか。それとも人間もどきだったのか」
 今度は警備局の青年が沈黙した。
「それが、難しいのですよ。性別もよくわからなかったですし。ただ、顔立ちはこの遺体と似ていましたよ。確認しますか」
 青年は胸元を軽くたたく。確かに、瑰玉から昨日分のインクルージョンを取り出して、確認すれば、どういう人物かすぐにわかるだろう。ひすいさんだったら3分もかからないはずだ。
「いや、その必要はないかな。最後に質問がある。最近、駅構内で“占い師”か“物取り”の噂はないかい」
「物取りは数えきれないほど起きているので把握できていませんが・・・・・・。占い師も聞いたことないですね」
「わかった。ありがとう。お礼にこれを渡しておこう」
 千円紙幣と、地獄蝶の紋が入った可燃通信紙の束を青年に渡した。
「その通信紙は君が個人で持っているといい。緊急時に燃やしておけば、ユーイチが助けに向かうさ」
 そう言って、屯所を後にした。
「すみません。あんな人でもちゃんと仕事はしていますから・・・・・・」
「いいえ。お気になさらず。貴方が噂の地獄蝶の用心棒なのでしょう」
「一応。先ほどのお二人の話、半分もわからなかったですけれど」
「そうですね。まあ、簡単に言えば魔眼は珍しいのですよ。でも必ずしも生活がよくなるわけではない。命を狙われるか、見える世界に囚われ続ける。君も魔眼持ちとも似たような数奇な運命を辿っているようだけど」
「そんなところです」
 この青年は頭が切れるのだろう。いろいろと言い当てられる前にひすいさんの後を追った。

 旧東京駅のドーム型の駅舎の中へひすいさんが消えていくのが見えた。犯人捜しの前に買い物する気だろうか。やがて、彼女は一つの露店の前で足を止めた。目の色が変わっていた。
「チタナイトの瑰玉じゃないか。いいなあ。この具合だと、はっきりとしたファイアが見られそうだな。こっちはオパールだな。ああ、でも屋敷の電力機構を今一度点検したいしな。回路のほうは別で見繕うべきか」
 オレは、ひすいさんの後頭部を、鞘尻で小突く。小さい呻き声が聞こえた後、顰めた顔を向けられた。
「鞘尻でつつくだなんて、ひどいじゃないか」
「抜身でやらなかっただけよかったと思ってください。何故駅舎に来たのですか。買い物なら後ででもいいでしょう」
「今日の夕飯の下見だぞ」
「瑰玉は夕飯になりません」
 ひすいさんが見ていたシートの上には、色とりどりの石が並べてある。大きさはどれも大体一緒であるので、瑰玉なのだろう。オパールは人工でも作成可能であると聞いたが、黄色い楔型の結晶は、作成できない。つまり、持っていた人間がいて、それが流れてこんな露店に並べられている。瑰玉が抜き取られているならば、当然肉体に、何等かの異変があったと考えていい。咏回路も血の一滴ですら、資源である。
 オレだって、ひすいさんと出会わなければ、ここで売られていたかもしれない。
「人の流れが少ないところに行きますよ。そこから次の目的地を考えましょう。屯所にいた人は狗飼と名乗っていたのでやはり、狗飼研究所に向かうのが早いですかね。そうなると・・・・・・」
「場所は移そう。だけどまだ旧東京駅には用が残っている。ああ、このチタナイトはいただいていくよ。お代はこれだ」
 紙幣を2枚投げ渡すと、オレの手首をつかみ、駅のさらに奥へ進んだ。

 鈴のオブジェの周りには、店は出ておらず、有志が置いた椅子と机が並んでいた。
 結局、米10キロ分と、鶏肉、食用油と丁子油を買った。そのたびに、見せびらかすように現金を支払うため、周囲を窺わなければならなかった。
「結構店を回ったが占い師はいないようだね」
「それより3人組に後をつけられていますけど」
「ああ、あれか。狗飼研への手土産にしようと思っているところだ」
「どういう意味ですか。それ」
 席に座るよう促されたので、従うことにした。
 この待ち合わせ場所のような空間で、抜刀をしても、無関係の人を巻き込むことは無いだろう。
「あそこ、研究所だから、サンプルが欲しいだろうと思って」
 三人はこちらへ徐々に近付いてきている。親指で鍔を押しておき、いつでも抜刀できる状態にした。
「それと占い師探しになんの関連があるのです」
「狗飼研は、咏回路研究と、最先端の人間もどきの研究所だ。もちろん魔眼持ちの人間もどきの研究もしている。それ以外には、瑰玉の研磨加工による性格傾向の変化もやっていたな」
「ウチのライバルのようなものですか」
「狗飼が勝手に敵愾心を持っているだけだな。私はあそこの研究所を尊敬している。研究成果も公表しているしな。学べることも多いぞ。占い師を探していたのは・・・・・・」
 瞬きの間に大柄な男が、ひすいさんの右頬めがけてナイフを突き刺した。彼女は首を傾け避けたが、赤い線ができていた。
 オレは男の顔を正面から思い切り殴る。奏術を使わなかったせいで、思ったより威力が出なかったが、それでも、男からナイフを落とすことには成功した。
「流石だ。残り二人もその調子で頼むぞ。ああ、殺してしまっても問題は無い。私がどうとでも直すからね。奏術は“破砕”以外だったら自由に使うといい」
「こんな騒ぎになったの、ひすいさんのせいですからね」
「そうだな。私としては願ったりの展開だ。買い物もできて、訪問先への土産も手に入る。まあ、本当に必要な魔眼の情報はまだ手に入ってはいないが。それでも、相楽ユーイチの戦いが見られる訳だ。もう今日は帰ってもいいくらい満足さ」
 頑張り給えと言いながら、少女のような顔で微笑む。地獄蝶へ来てから、芹澤ひすいには振り回されっぱなしだ。
 ため息をつきながら、刀を抜いた。
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