地獄蝶事件簿

武田杏

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嘱目するスフェーン

第4話 再起動

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 人波を縫うようにして、橋の袂に向かう。欄干から、三人の遺体が吊り下げられていた。
 遅れてきたひすいも、同じ現場を見る。
「心臓脇の右下に穴が開いている。顔には、咏回路の跡だけあるな。回路は抜き取られたのだろう。場所からして、酒川製薬の人間もどきヒューマイムだろう。暴食王は関係ないね。あるとすれば、狗飼研究所あたりか」
 ひすいさんの言葉を聞きながら、対岸に目をやると、オレに手を振る青年がいた。この前であった経帷子を纒った人物だ。どう反応をすればよいだろうか。それとなく、ひすいさんのほうを向くと、彼女は、右目の眼帯を外していた。
 直後、辺り一帯のざわめきが停止した。
「いきなり魔眼使ってどうしたのですか」
「君に手を振っていた男、知り合いか」
「知り合いではないですが、昨晩店で絡まれました」
「そうか」
 ひすいさんは、青年がいたところをじっと見つめていた。
「人の動きを止めたが、消えやがった」
 オレはここで疑問が浮かぶ。
「あの男が暴食王ですか」
「違うな。暴食王は私が17の時に倒した。もし、いるとすれば、そいつは暴食王の躰を被ったなにかだろうな」
「今回の遺体と何か関係ありそうですかね」
「無いだろうな。奴の正体が何かは不明だが、アレの躰を使っている以上、眼球と脳をだけを取り出すという手間はかけない。先を急ごう」
「この3人はどうします。地獄蝶なら復元できるでしょう」
「荼毘に付してやろうと考えたのだが、君が直せというならそうしようか」
 タクトのような杖で、ひすいは、自身のトランクケースを叩く。トランクケースの中から野戦病院で使うベッドが3台出てきた。
 オレは、欄干から伸びるロープを手にかける。
 提げていた刀で切断して、3体を回収し、それぞれをベッドに置いた。
「全て人間もどきか。腐敗は進んでいないようだ。情報は全神経に、基本動作と人格傾向は脳に……まだ残っているな。咏回路が6つの箇所できられている。間違いなくダイアモンドだ。ユーイチ、トランクからダイアモンドの瑰玉3つ取ってくれ」
 巻き上げたロープを奏術で破砕しておこうか迷っていたところで声を掛けられた。
 彼女の後ろに転がっているケースを開けると、中には土生津から持ち込まれた遺体が入っていた。ポケットはなく、瑰玉などどこにも入っていなかった。
「奏術を使え。間違っても【破砕】はするなよ」
 このトランクの容量はどれくらいだろう。一度閉じて、トランクから一歩下がる。
「【機械式舞踊バレエ=メカニック 第2楽章 拘引】」
 トランクケースが震えると、八面体の透き通った人工ダイアモンドが3つとびだした。それを掴み、ひすいさんのほうへ渡す。
「ありがとう。それでこれを埋めて仕上げた。
 瑰玉をはめ込み、露出していた皮膚を縫い合わせると、最後に心臓をタクトで叩いた。
 その際、節をつけて、ひすいさんは、唱えていたが、オレには聞き取ることができなかった。
 濁った目に生気が戻る。
「死んだのに生きかえったのか」
 一人の、人間もどきが言った。
「データだけ抜き取られていた状態から、内部バックアップである程度はもとに戻したという感じだな。君達が人間もどきヒューマイムだったからできた裏技だろうけど。お代は……ユーイチ、あとで私の改造に3回付き合いなさい」
「え、何故」
「かける予定の無い手間をユーイチの頼みでもとに戻した。君は岩石も珍しいジュエリーも持っていないだろう。だから、その躰を差し出せ。この死体が片付いた後で、だな」
 頼むべきではなかったかもしれない。
 助け出した3人は、ひすいさんの言った通り、酒川製薬所属の人間もどきだった。五体投地の勢いで頭を下げられた3人には、元の場所へ戻っていった。
「寄り道してしまった。先を急ごう」
「ひすいさんが硬直させたこの人たち、どうするんです」
「ああ、すっかり忘れていたよ。ユーイチが鐺で突いて、元に戻してやってくれ」
「これは貴女がやったことですよね」
 笑い声を残して、先に進んでいた。簡易ベッドや修理に使用した道具はいつの間にかトランクケースにしまわれていた。
「【機械式舞踊《バレエ=メカニック》 第一楽章 強化】」
 足の咏回路を起動させ、縫うようにして、人を小突いていく。ほぼ全ての人の対応を瞬く間にしてのけた。奏術を停止させ、ひすいさんの後を追った。

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