Parasite

壽帝旻 錦候

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episode 15

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 なんとも微妙な空気が流れ、静まり返った俺達は、どう動くべきかを探るように、互いに顏を見合わせた。

「米澤と松山。お前らと高校生三人組は鶴岡さんについて行け。俺と晴香だったら、もし奴が何かを企んでいたとしても、対処出来る。ソコに頼りになる俺達の相棒もあることだしな」

 彼が顎で指した先にあるものは、ヘリからタカシさんと本郷さんとで運んできたスチール製のBOXがあった。
 あの中に入っているのは、やはり洋一郎の言っていた通り、『物騒なこと』をしでかす為の道具。
 はっきり言えば、普通のルートでは絶対に手に入らない武器だ。

「鶴岡さん。ここには無線か何かはありますか? あと島に蔓延しているウィルスの詳細は本土には?」
「インカム無線は器材庫に何機かありますが、広域タイプでも半径5kmが精一杯。島内は世界で一般的に使われている電波を妨害するシステムが作動している為、一般的な無線機は使えないので、ありません」

 本土の基地に所属しているとはいえ、何度もこの島に上陸し、器材の在庫や在り処、その他、必要なことは全て把握しているらしい鶴岡さんは、はっきりとした口調で答えた。

「島内専用の通信システムのみで使用可能なソフトウェア無線機はありますが、それは我々にしか使えないよう個人コードの入力と指紋認証が必要です。ウィルスにつきましては、ある程度までは政府も報告を受けている筈ですが、その全てを把握しているかと聞かれれば、答えはノーというべきでしょう」

 不機嫌になっているであろう日野浦さんを、あまり待たせるわけにもいかず、必要な情報を得ようと、矢次に質問する本郷さんに嫌な顏一つせずに正確な情報だけを伝える。
 米澤さん達が仕入れていた内容以上に、この凶悪なウィルスに関しての情報を知っているような口振りは、今後、共に行動する上で頼もしいが、この島での情報は決められた事以外は門外不出。
 よって、本土を離れる時に、携帯やタブレット端末、パソコン等、外部と連絡出来る全ての電子機器の持ち込みを禁止された俺達にとって、島内で仲間と連絡する手段が無いのは不安材料である。

「ですが、私が今から皆さんをお連れする場所は、感染者どころか、きちんとした手続きをしない限りは入ることの出来ないブロック(地域)です」

 自分が本郷さんや俺達に与える事の出来る情報や知識が少ない事に後ろめたさを感じているのか、彼は、これから向かう場所について説明しだした。

「例えるなら、サファリパークでの猛獣ゾーン。他のゾーンよりも厳重に警戒し、入る場所にも出る場所にも、区間を開けて二回、上部には電流が流れてある有刺鉄線がつけられた扉がありますよね? あれよりも、もっと重厚でしっかりとしたセキュリティシステムと、高くそびえ立つ壁に囲まれた安全地帯ですから、あなた方の身の安全の保障は断言できます」
「高い壁と完全警護されていると言えば聞こえはいいが、その狭い地域に入れられるってぇのは、サファリパークの猛獣同様、広い檻に入れられるっていうようにも感じるけどな」

 日野浦さんよりは信用出来るといえども、鶴岡さんも日本国防軍の幹部であるのだから、政府側の人間。
 本郷さんが、勘繰るような発言をするのも無理はない。

「病院や介護施設、それにリハビリセンターなどの、老人が集められている島の中でも、更に、一番、弱い人達が集まっている場所ですよ? 檻に入れるというよりも、逆に他と隔離していると言っても過言じゃありません」
「隔離?」

 あまり聞こえがいいものではない単語に素早く反応したのは洋一郎である。
 病院に介護、そして隔離という言葉が集まり、しかも、この島で広がっているウィルスの感染者を目の当りにしてきた俺達は、感染症の防止の為に、他の人間から引き離しているのだと想像してしまう。
 他にも、精神障害の治療だったり、何かしらの危険因子を持った人が普通の人に危害を加えるのを防止する為の措置だと考えてしまうのは、当たり前の事であろう。
 不可解な面持ちで彼を見れば、「あぁ。この言葉だと語弊がありますね。すみません」と、素直に頭を下げて話しを続けた。

「島に収容された人達の中で、健康体であっても、働きたくない。でも、福祉の恩恵にはあやかりたいっていう輩は多いんです。それで、仮病を使う者や、病院や介護施設に侵入する者が後を絶たなくて……この計画が開始された当時は、島内で老人同士のいざこざや、政府に対する不満の声が絶えなかったんですよ」

 眉を下げ、片手を頭の後ろにやって、さすりながら「お恥ずかしい話ですけどね。そこまで我々の管理がしっかり行き届いていなかった証拠です」と、ポツリと呟いた。

「それで、この世に生を受け、死を目前に控えた人にとって、最後くらいは心穏やかに過ごして欲しいという願いから、外部からは決して中を見る事が出来ない安全地帯を作ったのです」
「でも、中身が見えないだけで、他の人間からしてみたら、そのブロックに入っている人間だけが、病気にしろ老化にしろ、労働の義務を免除され、手厚い看護に、温かな施しを受け、特別扱いされているのには変わりはないのですから、不満は絶えないのでは?」

 自分の感じた疑問点を伝える洋一郎からは、疑惑の念を抱いているというよりも、純粋に思った事を質問しただけだというのが、彼のソフトな言い回しから伝わる。
 洋一郎も、鶴岡さんのことを好意的に思っているのが伺え、これから、彼と行動を共にする上での人間関係については、良好なものになるだろうと、俺は内心ホッとした。

「いいえ。その点は大丈夫です。私達が『安全地帯』と呼ぶ場所は、島では『死を待つ場所』と影で噂されておりますから。義務を果たし、禁じられた行為さへしなければ自由で平和な島。怪我人や軽い病気の人を治療する病院は、従来通りある中で、忽然と現れた物々しい外壁と、中身が見えないという異質さ。そこに、我々が『噂』をちょっと火種として放り投げただけで、あっという間に自ら近付く者はいなくなりました」
「では、大病を患ったり、老化が進んで動けなくなった人は――」
「この島内での警護と管理を行っている日本国防軍陸軍の人間が、『安全地帯』へと運びこみます」

 洋一郎が言葉を言い切らぬうちに、ハッキリとした口調で答えた。

「救急隊員や医療関係者ではなく、軍人達が自分達が目にすることの出来ない場所へと運ぶ。そして、そこに連れて行かれた者は、二度と戻っては来ない。たまに上がる白い煙。それらから想像するのは、この島に住む彼らにとって恐ろしいことでしかありませんよ」

 苦笑しながら補足した彼は、そこでフッと口元を緩めた。

「でも、事実は、死を目前に控えた人を、最後までその人らしく、尊厳をもって過ごせるように支援し、看護もしくは介護する場所なんですけれどね。正直、この『安全地帯』こそが、本当の意味での『paraiso』に近い場所なんじゃないかって、私なんかは思うくらいですよ」

 彼が『安全地帯』に対して、かなりの熱意を持っているのが、彼の言葉からひしひしと伝わって来る。
 ただ、ふと目の色が真っ黒に染まったような……僅かに哀しみとも憎しみともつかないような瞳をしたような気がしたが、平穏で安らかな日々が送れる『楽園』のようなところであっても、『死』に纏わるところには変わりはないことを思えばこその、複雑な表情だったのだと、たいして気にも留めずにいた。

「まぁ、あんたが安全だって言うんなら、信用するよ。最終的には俺達も、やることやったら、あんた達と合流する気満々だから、それまで仲間を頼むよ」
「勿論ですよ。あなた達が何をしようとしているのかは……おおよそ予想はついていますが、私に課せられた任務外ですので、目を瞑っておきます。それに、私なんかが口を挟める人でもありませんしね」

 凛々しく男らしい鶴岡さんの顏には似合わず、お茶目に片目を瞑ってウィンクのような仕草をしつつ、薄らと笑みを浮かべる。
 彼もまた、本郷さん達がどのような立場の人間なのかを知っているような口振り。
 ここで起きたこと全てが信じられないような出来事で、既に感覚が麻痺していた俺は、そんなことぐらいでは驚きもしないし、鶴岡さんが、俺達の目的に勘付いていたことにも、別段、動揺したりもしなかった。

 だいたい、感染して、この場から消え去ったタカシさんが、まだマトモだった時、神崎さんに向けて言い放った『コードネーム』という単語。
 それを耳にした途端、驚愕すると共に、タカシさんに向かって強く出なくなった神崎さんの態度を見た時から、この人達は顏こそは知られていないものの、日本国防軍だけでなく、下手したら政府にだって、その名を知られているのではとも考えていたから、鶴岡さんに知られていることぐらいは、言い方は悪いが屁でも無い。
 ただ、あの場におらず、この件をまだ耳にしていない日野浦さんには、本郷さん達の正体(とはいえ、俺達が知っているのも、その一部分でしかないのだろうが)も、俺達の真の目的も知られたくない。

 そんな思いは、無言で鶴岡さんに強い視線を向けていた俺から、だだ漏れだったのか、彼はこちらに顏を向け、一度だけ頷いた。

「大丈夫。日野浦さんには、あの時の事は言わないよ。な? 神崎」
「そういうわけにはいかんだろうっ! 俺達の最高指揮官だぞ?」

 会話に入らず、自分が次に起こす行動は決まっているせいか、他の人間の成り行きを見守っているだけの神崎さんは、急に話しを振られて、しどろもどろになるかと思いきや、きちんと話しは聞いていたらしく、自分の立場を重要視した発言をした。
 これには鶴岡さんも、同じ立場の人間として恥ずかしく思ったのか、顔色を変えて彼を睨みつけた。

「な、なんだよ、鶴岡。この連中が秘密特殊部隊だと、日野浦空将に伝えた方が彼らだって動きやすくなるだろう? 連中は公には姿を現さないが、俺達と同じで、国家に関わる重大な役目をしているんだ。だったら日野浦空将に伝えた方が、彼らだって任務がしやすくなる――」
「俺達とは同じではない。国家にとってトップシークレットな事案で動いているんだ。知っている人間は少ない方がいいに決まっているだろう。俺達にバレたのだって、彼らにしてみたら不本意だった筈だ。それに、国防軍の最高司令官ですら、秘密特殊部隊が上陸したのを知らない。ということは、知られてはマズいってことに何故気が付かないんだ?」

 肉体派の神崎さんに対し、頭脳派っぽい鶴岡さんは、「お前の頭は筋肉で出来ているのか?」とでも言いたそうな顏で溜息を吐く。

「兎に角。彼らは日野浦空将よりも上から命じられているんだ。下手なことはするな。まぁでも、すぐに短気を起こして大声を出すお前が、声を落として会話した事だけは褒めてやるよ」
「なっ! 鶴岡、お前なぁっ!」

 意地悪そうに口端を上げた鶴岡さんに向かって、言われた傍から大きな声を出そうとする神崎さんに、何故か、皆が人差し指を口元にあてて、「「「シィ~ッ」」」とジェスチャーをする。

「うっ」

 全員の視線は、自分についてくる人間を静かに待っている日野浦さんが、乗り込んでいる運転席。
 分厚いドアも、防弾ガラスのはめ込まれた窓もピッタリと閉められており、よほどの事がなければ外部の音は聞こえていないとは思うが、念の為に、声を抑えてもらう。
 両手で口元を押さえた神崎さんは、鶴岡さんに「分かった。内緒にしておく」という意味を込めて何度か頷いていた。

「これから俺達は二手に分かれて行動することになる。軍事車両には、通常、指令室や車両同士が連絡し合い、情報を共有し合うことの出来る戦術データリンクシステムが搭載されているが、それでは、連絡し合うために、車両から離れる事が出来ない。情報交換をなるべくマメに行いたい俺達としては、それでは困る」

 脱線した話しを元に戻しつつも、本郷さんは、もうそろそろ日野浦さんが痺れを切らす頃だと思い、早口で自分の要件を言った。

「それは、私も同意見ですが、さっきも説明した通り……」
「島内専用の無線機なら、俺も晴香も使える。だいたい、あんたは安全地帯。こっちの人は俺達と一緒に日野浦さんについて研究所に来るんだろう? だったら、二機あれば充分事足りる」
「あ……。そうでした。私と神崎は別々に行動するんでしたね?」

 横目で鶴岡さんが神崎さんの顏を見る。
 そういえば、日野浦さんの指示に従い、擁護していたから、俺達は勝手に神崎さんは、研究所へ一緒に行くのだとばかり思っていたけれど、日野浦さんが鶴岡さんの意見を認めてからは、神崎さん本人の口からは、どちらについて行くとも言っていなかったように思う。

「お、俺は……本土の司令官からは、民間人を安全な場所へ……」
「それは俺が直接指令を受けているから、責任もって果たすよ」

 どうやら、神崎さんも『安全地帯』に行きたかった様子。
 彼らがそこまで信頼を寄せる鉄壁なセキュリティのある場所なら、感染者に狙われる事もなさそうだ。
 二人のやり取りを見て、安心したのは、俺だけではなく、大介も米澤さんも。
 鶴岡さんと共に行動するメンバー全員のようだ。

「それよりも、一応、“名目上”はテレビ局の人間としてここにいる彼らを護るのも大事な任務。神崎、頼んだよ。そうすれば、無線機も使える」

 鶴岡さんが『護る』と言ったのは、日野浦さんの目を誤魔化すカモフラージュの意味だ。
 民間人が二手に分かれて行動するのだから、当然、本土から来た軍人が二人残っているのであれば、一人ずつに分かれて警護にあたるのが常識。
 二人共が、安全地帯へと向かったら、それこそ、本郷さんと晴香さんを危険に晒しても平気だと捉えられるか、二人を怪しい人物だと思われるのがオチだろう。

「で、本郷さん。あなたが例のメンバーであるのでしたら、私達のように個人コードがあるのは当然ですが、島内専用の無線に関しましては、使えるコードも指紋も本土で管理しているので、全ての国防軍メンバーが使えるわけではありません」
「なぁんだ。そんなこと。そんなの、俺の手にかかればダーイジョーブ」

 申し訳なさそうに眉を下げる鶴岡さんに向かって、本郷さんは、軽い口調で答えた。

「まぁ、一応、神崎サンが、こっち側に来てくれる訳だから、俺の手を煩わせなくても済みそうだけど、もしも、神崎サンと離れるようなことがあっても、俺と晴香。どちらかが必ず無線で連絡するよ」

 自信に満ちた態度でそう言ってのけた彼は、そういえば、凄腕のプログラマー。
 彼ならば、専用ソフトですらも、都合のいいように変えてしまうのも可能かもしれない。
 話しの内容から、鶴岡さんも、本郷さんがパソコンやシステム関連に強い人間なのだと感じ取った鶴岡さんは、苦笑していた。

「……なんだか、あなたの得意分野が分かったような気がします。でしたら、すぐにでも無線機を取りに行って、出発しましょう」
「器材庫に行くんでしたら、ついでにインカム無線も数台お願いします」
 善は急げとばかりに、駆け出しかけた鶴岡さんの背に、洋一郎が声を張り上げた。
「え?」
 不思議そうな顏をして振り返る鶴岡さんに、「安全地帯でも、研究所内でも。
仲間同士、離れて行動する場合もあるでしょう。その時、連絡手段が無ければ不便ですから」

 流石は我らの秀才くん。
 目の付けどころが違う。
 いや、俺も、互いに連絡する手段がないことには不安を感じていたんだけれどね。
 先に話されていた内容をしっかり把握し覚えているところが、やっぱり、頼りになる俺達のブレーンってとこだ。

 洋一郎の言葉に、納得した表情を見せた鶴岡さんは、「あともう一人、手伝いに来てくれ」と言って、駆け出して行った。

 その声に反応したのは、何を隠そう、俺。

 少しでも役に立ちたいし、やれることなら率先してやろう。
 その思いだけで、無意識に体が動いていた。
 その間に、残った連中が何を話し合い、それぞれが何を考えていたかなんて、俺は知らなかった。

 ただ、俺と鶴岡さんが、なるべく惨たらしい残骸を見ないようにして、これから大事な命綱になるものを持ち帰った時、暫くの間、頭が真っ白になるような事が待ち受けていた。

 まさか。

 こんなに早い段階で。

 俺達が離れ離れになるだなんて、一体誰が想像しただろうか?
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