姫の駆け落ちを助けた護衛騎士ですけど、代わりに結婚するとか聞いていないのですが。

朝顔

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第一章

地を這うものに光を

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 朝方まで降っていた雨で地面は濡れ、湿気を帯びた空気が辺りを包んでいる。離宮の庭園に咲き誇る花々は、陽光を浴びて輝いていた。
 ジャリジャリと地を踏み締めて歩くアナスタシアの横には、リュシアンがいる。彼は、砂利道を歩いてもほとんど音がしない。ただ歩くだけでも優雅に見えるのは、彼が生まれ持った高貴さからだろうか。アナスタシアとリュシアンの間には一定の距離が保たれ、二人は挨拶を終えてからほとんど会話をしていない。
 大勢の人に囲まれるのが苦手なアナスタシアのために、再度日程が組まれた二人顔合わせは、離宮庭園での散歩が選ばれた。アナスタシアは直前まで前回のように嫌がっていたが、二度も逃れることはできず、渋々離宮へと足を運んだ。
 リュシアンはいつもと変わらない様子で、アナスタシアを出迎えた。お互い名前を名乗り挨拶を交わし、リュシアンがアナスタシアの手の甲にキスをする。
 順調な滑り出しだった。しかし、いざ散歩が始まったものの、アナスタシアは口を閉ざしたままで、リュシアンもまた黙っている。リュシアンはよく喋るタイプに思えたが、女性と二人の会話は緊張するのかもしれない。そして、この妙な空気に拍車をかけるのが、アルフレッドの存在だ。
 離宮の臨時警備に志願したアルフレッドは、庭園に立ち、二人が連れ立って歩く姿を凝視している。本来は目を伏せなければいけないものだ。注意するために視線を送るが、アルフレッドは全く気づかない。
 お茶の前に少し散歩する予定だったが、ここでついに耐えきれなくなったアナスタシアが立ち止まる。下を向いたまま動かなくなった。どうしてもダメな時はお願いと言われていたので、ステファンは二人の元へ駆けつけた。
「いかがなさいましたか?」
 ステファンが声をかけると、リュシアンはふわりと笑い、花が咲いたような笑顔になる。
「ああ、ステファン。皇女の様子がおかしいんだ。体調が優れないのかもしれない」
 リュシアンに頭を下げたステファンは、アナスタシアの方へ向き直る。
「失礼いたします。姫様、大丈夫でいらっしゃいますか? お手を……」
「……ええ」
 限界を迎えたアナスタシアを部屋に戻すため、ステファンが手を伸ばすと、その前にスッと暗い影が入ってきた。リュシアンが邪魔をするように二人の間に入ったのだ。
「具合が悪いなら、すぐに医師を手配しよう。離宮に部屋を用意するから、休んでくれ」
「あ……あの、お気遣いなく。皇女宮に専任の医師がおりますので」
 自分の婚約者に触れてほしくないのかもしれない。そう悟ったステファンは一歩後ろに下がる。
「大公殿下、申し訳ございませんが、今日はこのまま皇女宮に――」
「あー君、そう君だ。こちらへ」
 早くこの場を離れようとするステファンの声を遮り、リュシアンは警備隊に声を掛ける。誰を呼んだのかと思えば、不思議そうな顔で近寄って来たのはアルフレッドだった。なぜアルフレッドを呼んだのか、ステファンの背中に寒気が走る。
「君に頼もう。皇女を宮殿へ送り届けてほしい」
「えっ、わ、私が、ですか?」
「何か問題でもあるのか? 君は皇宮の騎士だろう?」
「そうですが……」
 アルフレッドはアナスタシア専属の騎士ではない。勝手な判断はできないが、高貴な人の依頼を断ることもできず、アルフレッドは目を泳がせている。ステファンは鼻から息を吐き、一歩前へ出た。
「アルフレッド、大公殿下の仰せの通りに」
「は……はい」
 ただの気まぐれならいい。だが、ずらりと並んでいた騎士の中から、アルフレッドを指名したことに意味を感じる。婚約相手を秘密裏に調査し、二人の関係を知ってしまったのか。もし糾弾されたら、アルフレッドはもちろん、事情を知っていたステファンも命はないだろう。
 自分の命など惜しくはない。だが、アルフレッドを失ったアナスタシアのことを考えると恐ろしくなる。繊細なアナスタシアのことだ。耐えきれずに後を追ってしまうことも考えられる。
 何を言われるかのかと心臓がバクバク鳴っていたが、リュシアンはそれ以上なにも言わず、アナスタシアとアルフレッドを送り出した。
 間違いならいい。墓穴を掘っているとしか思えない。けれど黙っているには苦しくて、ステファンは息を吸い込み口を開く。
「大公殿下。お気遣いいただきありがとうございます。しかし、皇女殿下の専属騎士はこの私です。なぜ、あの者を指名したのでしょうか」
 冷静に、冷静に。動揺を気取られないように。
「なんとなく、だ」
「な……なんとなく……ですか」
「強いて言えば、彼はいい目をしていた」
「なるほど……」
 はぐらかされた気がする。ステファンはすぐに皇女宮へ戻るつもりだったが、このままでは戻れないと思った。
「茶を用意していたんだ。せっかくだから、ステファン。飲んでいかないか?」
「嬉しいお誘いありがとうございます。ええ、ぜひご一緒させてください」
 リュシアンの急な誘いに、何かあると勘づいたステファンは胸に手を当て頷く。向こうも探りを入れてくるはずだ。気を引き締めて庭園奥にあるガゼボへ向かった。

 ガゼボのテーブルには、すでに茶やお菓子が並べられていた。席に着いたステファンは、驚きでテーブルの上を眺める。
 どれも女性が好みそうなクリームたっぷりの甘いお菓子ではない。甘いものが苦手なステファンでも食べられそうな素朴なお菓子だ。パンを使った軽食も用意されている。飲み物も変わっていた。令嬢へのもてなしといえば、砂糖たっぷりのミルクティーが一般的だが、会議に出てくるような茶が用意されてた。
「こちらの不手際だ。せっかくの散歩で気の利いた話ができず、皇女の気分を害してしまったようだ」
「そ、そんなっ! 大公殿下の前で緊張されていたのです。朝から少し目眩があったようなので、おそらくそのせいです」
「では、俺との面会を楽しみにしていたということかな?」
「それは……はい、もちろんです」
 開口一番に謝られてしまい、考えていた言葉が飛んでいってしまった。しかも、痛いところを突かれて答えに詰まり、嫌な汗がステファンの背中を流れていく。
「君は嘘をつかないワケではないが、下手だな」
「いや……その……」
「気にするな。そのくらいの方がいい。突然見知らぬ男との結婚を命ぜられたのだから、気分がいいものではないだろう。誰でも想像できる」
 完全に会話のペースを取られてしまい、ステファンは素直に頷くしかない。リュシアンの赤い瞳に見られると、心臓の奥まで覗かれているような気分になる。
「……たとえば、好きな男がいたら、尚更だろう」
「……え」
「たとえば、の話だ。なんだ? 本当にいるのか?」
「ま、まさか! いっいないです! いるわけがないです!」
 リュシアンの言葉に心臓を貫かれ、思わず変な声が漏れてしまう。こればかりは肯定するわけにいかず、ステファンは必死に首を振る。ただの例え話なのか、何か知っているのか、全く読めない状況に胸が焦れていく。
「……まぁいい。また会う機会はある。その時は、気の利いた会話ができるように考えておこう」
 リュシアンは見透かしたように目を細めて微笑む。恐ろしい男だと、ステファンは心の中でため息をついた。ただ椅子に座っているだけでも彫刻のように絵になる。この世の美しいという言葉を独り占めにして、それでもまだ光り輝いて見える。地面ばかり眺めている自分とは大違いだと思った。
 ステファンは緊張を紛らわすために、テーブルに置かれた茶を一口飲んだ。
 茶葉のほのかな甘味が口に広がる。個人的には好みだが、アナスタシアの好むものとはかけ離れている。
 令嬢が好むものが分からないなど、大公家がそんな失敗をするはずがない。おそらくこれが北部のもてなしなのだと素直に受け取ることにする。
「それは領土で採れた茶だ。少々味にクセがある。根が強く寒冷地でもよく育つ。どうだ? 飲みやすいか?」
「はい。お茶と言えば砂糖を入れるのが一般的ですが、私は少し苦手で……。でもこれなら自然な甘味で美味しく感じます。帝都では見かけませんが、出回っていないのでしょうか」
「ずいぶん前にルートができたが、味にうるさい帝都人にはウケないと言われてな。売り出し寸前に商会から外された。だが、ステファンがそんなに喜んでくれるのなら、勝機はありそうだ。また販売に回してみよう」
「ぜ……ぜひ! 私も買わせていただきます。すごく気に入りました。兄も好きだと思います。あっ、失礼しました。勝手に自分の話を……」
 嬉しくなり身を乗り出したステファンは、調子よく話していることに気がつき、急いで姿勢を正す。リュシアンは無礼だと怒るような素振りはなく、むしろ微笑んでステファンの話を聞いていた。
「構わない。もっと君の話しが聞きたい。兄がいるのか?」
「え……ええ。兄と言っても、私は養子ですから、本当の兄ではありません。兄とは二十も歳が離れていて、家督を継ぎ結婚し子供もおります。突然弟になった私のことを拒否することなく、面倒を見てくれました」
「養子か。前男爵はなぜ跡取りがいて、平民の君を養子に?」
「それは……、ステファンさんが」
「ん?」
「あ、あの。本当のステファンは、前男爵夫妻の次男です。偶然私の住んでいた村を通りかかった夫妻が、私が亡くなった次男によく似ていて恋しくなり、よければ養子にしたいと申し出てくれたのです」
「なるほど、連れて行く代わりに援助金を渡したのだな。貴族のやりそうなことだ」
 リュシアンの言葉を聞いて、ステファンの胸はチクリと痛む。金で買われた子。どこへ行っても陰でそう言われてきた。
 子供のいない貴族の夫婦が、家を存続するため、親戚の子をもらうことや、孤児院から子供を引き取ることはよくあった。ただ、ヘイズ家のように、すでに跡取りがいるにも関わらず、新たに子供を引き取ると、あまりいい顔はされない。家の中に争いを作るだけだからだ。
 しかも亡くなった子と同じ名前を付けられたことで、ステファンはいつも哀れみの目を向けられてきた。ステファンを貶めたい連中から、代替品と呼ばれたこともある。それでもステファンは、夫妻を恨むような気持ちにはなれなかった。
「事実はそうですが。私は夫妻に感謝をしています。彼らのおかげで健康になり、教育を受けてここまで大きくなれました。村にいたら、もう死んでいたかもしれません」
「そうか……。前男爵夫妻は?」
「……私が騎士になったのを見届けることなく……。流行病で二人とも一緒に旅立ちました」
 目を閉じるといつも思い出してしまう。
 感謝をしている。
 そう言ってはいるが、二人に直接伝えることはできなかった。二人のために本当のステファンになろうと努力してきた。兄からは無理をしなくていいと言われたが、ステファンにならなければ二人を悲しませてしまうと思ってきた。毎日必死に剣を振り、ステファンのような立派な人に、少しでも近づこうと……。
 ようやく認められ、騎士への道が開けた時、二人の危篤の知らせが届いた。臨終の場でステファンは立ち尽くしたまま何も言えなかった。
 ベッドの周りで泣き崩れる人々。自分は本当にここにいていいのだろうか。そう思うと近づくことすらできなくて、震える手足を引き摺って部屋から出た。
 『ありがとう』
 その一言だけでも言えたなら、後悔は少なかったかもしれない。何も伝えることができずに、逃げるように背を向けたことが悔しくて、悔しくて、何度も思い出しては自分を責めて生きてきた。
「私は親不孝な人間です」
 感傷的な話をしてしまい、本音がポロリとこぼれ落ちた。何を言っているんだろうとハッとした時、顔を上げると、リュシアンと目が合った。内側まで炙り出されるような視線の強さに、ステファンは思わず鼻から息を吸い込む。
「生みの親が金で苦労していたなら、おかげで家族は平穏を得ただろう。育ての親は、君に亡くした子の面影を重ね、傷ついた心が癒やされたはずだ。どちらの両親にも幸せをもたらした。君ほどの親孝行はいない」
「…………」
「君には周囲の人間を、幸せにする才能があるのだな」
「そんな……私なんかに……」
「どうだ? 今度は自分の番ではないのか?」
「え?」
 ステファンはやっと我に返る。この男は何を言っているのだろうと、ポカンと口を開ける。ステファンが自分を責め続けた言葉を、あっという間にひっくり返し、閉ざしていた扉を開けた。
 こんな人は知らない。
 これ以上関わったらダメだ。
 心の中で、危険を知らせる鐘が鳴り響いていた。
 

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