御姉様なんて、私にはハードル高すぎます!

朝顔

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本編

⑩大切な人

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「手を離してくださいますか?」

 シオン王子に、カーテンの中へ引っ張り込まれて、動揺しつつも、冷静を装って、状況を確認した。

 見ると、カーテンの中は、薄暗いが、スペースが出来ていて、物語の中では、身分の高い人が、パーティーなどで過ごす場所となっていた気がする。話の中でテレシアも、ここでシオン王子と、秘密の会話を楽しんでいた。

 よく、考えれば、シオン王子から見れば、10歳くらい年上の既婚女性だ。
 何も考えず、ただの悪戯で、暇潰し程度に遊んでいるだけだろう。
 精神的には同級生という、ややこしい位置関係だが、ここは、大人の女性として対応して、窘めてあげることも必要だ。

「シオン殿下、年上の者を捕まえて、あまり悪戯が過ぎるのも良くないですよ!」

「グレイス、僕はアルヴィンとは、事業の支援も含めて、関係が深いんだよね。あまり、邪険にされると悲しいな」

(こっ…子供のくせに、アルヴィンとの関係を取り出して、脅してきたの!?)

「……。何をお聞きになりたいのですか?シオン様が欲しいような情報など何も……」

「アルヴィンと君の関係は聞いているよ。最近は仲良くしているが、もともとは仮面夫婦であっただろう?」

「……そうですね、それが何か?」

「素直だね。君についての噂はたくさん聞いたよ。正直、アルヴィンが不憫だった。悪い女に捕まって、実家諸共、非常に面倒な連中で」

 シオン王子の手が、私の髪を上から撫でるようにして滑る、時折、くるくると絡ませて、遊んでいるようだった。

「男漁りの女、人のモノを奪う女、飽きたら、次から次へと乗り換え。悪食で、男遊びの激しい尻軽女。全部君の噂だよ」

 聞いているだけで、恐ろしい。魔女過ぎる噂に、頭が痛くなってきた。

「……それと、キス止まりのグレイス」

 髪の毛で遊んでいたシオン王子の人差し指が、そのまま、今度は、唇を指し示すように触れた。むにっと音がしそうなくらい指で押された。

「なっ!!何されるのですか!?」

 慌てて後ろに下がると、そこは固い壁で、背中を預けることになった。

「あいつは付き合っても、しか許してくれないと、バカにしている男達がいてね。それは本当なの?」

「え?……キス?なっ……、キスがなんなのですか?よく分からないです」

 過去の話をされるのは、まず記憶がないから、分からないし、シオン王子が何を知りたいのかも、いっこうに掴めない。

「本気で言っているの?グレイス、僕よりもずいぶん年上のくせに、そんな怯えた顔をして……、まるで妹よりも幼い」

 シオン王子の妹、アン王女は、まだ幼い可愛らしい女の子だった。先ほど、会場に乱入して走り回って、侍女が慌てて追いかけていた。

(いや、あれは、さすがに……そこまで、中身お子様じゃないけど!)

 こちらの抗議の目を感じ取ったのか、シオン王子が少し微笑んで、耳元に顔を寄せてきた。

「この間は、泣かせてしまってごめんね。でも、僕はね、グレイスの泣き顔を見て、ゾクゾクしてしまったんだ」

「なっ……!」

 突然のトンデモ発言に、ドン引きして、逃げようとしたが、後ろは壁で、横の退路に手を置かれて、塞がれてしまった。

「ほら、真っ赤になってきたね。君は本当にグレイスなの?尻軽どころか、キスにさえ怯えてしまうのに」

 シオン王子の目は、とんでもなく妖しく光っている。これが、本当に同級生のなせる技かと、設定に断固抗議をしたくなってきた。

「……やめて。触らないで……あ…アルヴィン」

「ん?首輪が付いているね。このモチーフの意味を教えてあげようか?」

「え……?」

「ヘンデルという冬に見える星で、東の国では、豊穣を祈る大切な星とされている。これを君に贈った男は、君の事が大切という思いを込めたんじゃないかな」

 思いがけず、首飾りに込められた意味を知ってしまった。アルヴィンがそれを知っていて、プレゼントしてくれたのかは分からない。
 分からないけれど……。

「………嬉しい」

 また、ポロポロと泣いてしまった。
 でも、今度は、全身から溢れる嬉しさが、溢れ落ちてきた涙だった。

 ふと見ると、シオン王子は目を見開いて、無表情で固まっていた。

 横に伸ばされた手の力が抜けていたので、今だと思って、ヒュルリと壁との間をすり抜けて、無事カーテンから、逃げることに成功した。
 追いかけられると困るので、小走りで会場の方へ戻った。

(良かった……上手く逃げ出せてたみたい)

「グレイス、ここにいたのか、ずいぶん探したぞ」

 ちょうど、アルヴィンがこちらを見つけて来てくれた。

「グレイス……?泣いたの?目に涙が……」

「こっ……これは、疲れてしまって、あくびをしてしまったの、何でもないです。気にしないで」

「グレイス、もしかして、また……」

 アルヴィンが訝しい目で、こちらを読み取ろうとしてきたところで、また、後ろから声がした。今度はグレイスではなく……。

「アル!貴方も来ていたのね。こんなところで会えるなんて、嬉しいわ」

「……ティファニー、君か」

 アルと親しげに呼んで現れたのは、ハニーピンクのふわふわとした長い髪に、宝石のような大きくて紫の瞳の美しい女性だった。ラブリが月の女神なら、こちらは太陽の女神のようだった。

「あら?珍しいわね。奥様と二人でパーティーに来るなんて、羨ましいわ」

 一つ一つの動作が優雅で、洗練されていた。この人はいったい、どういう人なのだろう…。

 ぼけっと見ていたら、目が合って、にっこりと微笑まれた。もう、なにもかも美しい。

「最近、サロンの方へは顔を出してないのね。みんな寂しがっているわ。もちろん、私もよ」

 気のせいか、気のせいではなく、アルヴィンの腰の辺りに、手を添えて、恋人のように触っているように見える。しかも、時折、私の方を見て、こちらの反応を楽しんでいるようだ。

「ああ、サイモン公爵の集まりには、顔を出すつもりだ」

「あら!それは

(もしかして……この人……)

「そうだ、サイモン公爵といえば、先ほど、アルを探していたわよ。仕事の件で急ぎで話があると言って……」

 重要な件だったらしく、アルヴィンは、私に、この辺りにいるように言って、公爵の元へ行ってしまった。

 当然、ティファニーと残されてしまい、微妙な空気が漂う。

「グレイス様、お二人は結婚されて、何年でしたかしら?」

「……五年になります」

「あらー、もうそんなに。でも五年といったら、ねぇ……。ご心配なさらないで、あなたが大切にしなかったものは、ちゃんと私が大事にしますから」

「それは……!どういう!?」

「今さら、関係を修復しようなんて、失礼な話だと思いません?だって、アルには、もう……、私という次の相手がいるのですもの。ふふふっ」

(やっぱり!!この人が、アルヴィンの……アルヴィンの……)

「可哀想に、青くなって傷ついた顔をして。ふふふっ」

 ティファニーの手が、私の頬に触れた、もしかしたら、打たれるのかもしれないと思い、目を強くつぶった。

 その時、アルヴィンが急いで戻ってきた。

「ティファニー!公爵は既に、お帰りになっていたぞ、いつ、話をしたんだ?」

「あら、先ほどよ。入れ違いだったのかしらね。残念」

 そう言って、アルヴィンの髪に触れて、また、と言いながら離れていってしまった。


「グレイス、ティファニーに何か言われなかったか?あいつは……」

(あいつは俺の恋人だ、とでも言うつもりなのか、そんなの辛くて聞けない)

「何も!何もお話していません!私、疲れたので、先に失礼していいですか?」

 アルヴィンの話を遮って、帰りたいと告げた。
 もともと、アルヴィンは商談もあるから、少ししたら先に帰ってもいいという話になっていた。

 アルヴィンは何か言いたげだったが、すぐに馬車を手配してくれて、先に帰路についた。


 恐ろしく、色々な事があったパーティーだった。貴族のパーティーというのは、こんなに疲れるものなのか。

 テレシアと微妙な別れをしてしまい、ラブリ女神に、吸い込まれそうになり、シオン王子の嗜虐的とも取れる感覚にドン引きして、そして……。

(ティファニーさん。あの人は、いったい、どういう人なのか……)


 帰宅した私は、メリルにそれとなく、ティファニーの名前を出して聞いてみた。

「ティファニー・プロント様ですか?旦那様の元恋人ですよ」

「やっぱりー!!!ん?元?元なの?」

「奥様と結婚される前に、ずっとお付き合いされていた方ですよ。一度、他の方と、ご結婚後、離婚されて、今は独身のはずです」

(……と言うことは?よく分からなくなってきた)

「サイモン公爵と縁続きのある方ですので、旦那様とも、ずっと交流は続いていますね」

(彼女自体が、次の相手は私と宣言したこともあるし…。バツイチでフリー、アルヴィンと復縁した、もしくは、一緒になるつもりと考えるのが近いのかもしれない)

 男性はもちろん、女性でも、思わず目を奪われるような外見だ。
 ティファニーがアルと呼んだ声が、頭の中で繰り返し響いている。甘くて綺麗な声だった。

(……私は全然敵わないよ。あの人に、何一つ、敵う気がしない)

 怒濤の一日は、苦い気持ちと、負けてしまいそうな心を抱えて、静かに終わっていった。


 □□□

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