御姉様なんて、私にはハードル高すぎます!

朝顔

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本編

⑪お父様の正体

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 パーティーから、数日過ぎ、屋敷にはテレシアの姿があった。
 微妙な別れ方であったため、テレシアの方から、謝りたいと言って、訪問してきたのだ。

「お姉さま、先日は失礼なことを言って、ごめんなさい。あんなこと言うつもりじゃなかったの」

 目に涙をいっぱい浮かべて、可愛らしく謝られたら、許せないはずがない。

「いいよ。テレシアの言っていたことはよく分かるよ。私は、テレシアに幸せになってもらいたい。だから、お金よりも愛を大切にしたいと選ぶならば、私は全力で応援する」

「お姉さま……、ありがとうございます。早速、ご相談なのですが……、お父様のことです」

 来た、と思った。娘の結婚で一財産稼ごうという男が、下級貴族の、男爵の息子との結婚など、許すはずもない。
 黙っていても、どこかで、話を聞き付けて、二人を引き離そうとするはずた。

「ついに、イーサンの事が知られてしまって、今日、ここへ来るのも大変でした。このままだと、縛られて、家から出して、もらえなくなるかもしれないですわ」

「お父様は、何と言っているの?」

「イーサンと結婚するなら、ノラン子爵と結婚しろと……。信じられます?もう60は超えていている方ですのよ。財産と土地はあるので、優遇してくれるみたいですけど、噂では変な趣味もあるとか…」

「だめだめだめ!そんなの!」

 物語の中では、王家の権力を使って、黙らせていたけれど、今回はなんの後ろ楯もなしなのだ。
 変に小細工するより、真っ向勝負というか、一度ちゃんと話してみる必要があるのではないかと感じた。

「分かったわ、私が話してみる」

「お姉さま!ありがとうございます!」

「正直なところ、どこまで話が通じるか分からないけど、一応、肉親というところに賭けてみるわ!」

 テレシアは泣いて喜んだ。
 それほど、追い詰められていたのだろう。
 実家に行く約束をして、テレシアは帰っていった。

 仕事から帰って来たアルヴィンに、明日、実家へ行くことを話した。
 アルヴィンは、あまり良い顔をしなかった。

「テレシアのことが心配なのは分かるけど、あの子爵のことだ。何をしてくるか。私はグレイスが心配だ」

「大丈夫よ。酷いことは言われるかもしれないけど、どうにかテレシアのこと考えてもらえないか、説得してみる」

 アルヴィンは、全然首を縦に振らないし、心配だ心配だと、オロオロし始めた。

「メリルも付いてきてくれますし、大丈夫ですよ、ほら、落ち着いてください」

 とりあえず落ち着いて欲しくて、アルヴィンの側に寄って行った。
 いつも、抱き締めてもらうと、気持ちが落ち着くので、今日は私からアルヴィン抱き締めた。
 子供をあやすみたいに、優しく背中をトントンと叩いてみた。

「……グレイス、私は幼子ではないんだよ。……まぁ、嬉しいけど」

「あまり、遅くならないうちに、戻りますので」

「明日は大事な案件があって、私も、行かなくてはいけないのだが、終わったらすぐ帰るから、その……、グレイスに話があるんだ」

 改まって話と言われると、何か、嫌な予感がして、アルヴィンにまわしていた手を離した。

「話……ですか……」

(もしかしたら、五年目の話かもしれない、もう、終わりを告げられるのかも)

 平静を装っているが、現実に近づきたくなくて、後ろに下がって、アルヴィンから少し離れた。

 ところが、今度はアルヴィンの方が近づいてきて、すっぽり抱き締められてしまった。

(アルヴィンの気持ちが分からない……、大人とは、こんなに気まぐれなことをするの?)

「……グレイス」

 アルヴィンは、優しく髪を撫でて、私のおでこにキスをした。

(こんなに、こんなに触れられたら、私の気持ちは……隠しきれなくなってしまう)

 せめて、もう少しだけ、という気持ちで、アルヴィンの胸に潜って顔をうずめた。

「……あぁ、だめだ。今日言ってしまおうかな」

(そんな!今いきなり?心の準備が!それでなくとも、明日のお父様との戦いのために、気持ちを奮い立たせていたのに!試合前にズタボロになってしまう!)

「アルヴィン……、待って……、明日は早いので、今日はこれで戻ります」

「んー……。戻って欲しくない」

「ええ!?」

「………妻を困らせるのも好きなんだけど、嫌われたくはないからな……。分かった。今日は我慢しよう」

 しぶしぶという感じで、アルヴィンは手を離してくれた。何とか、今日、ボロボロにならずにすんで、ホっとした。
 覚悟は出来ているつもりだったが、私はなんて弱い人間なのか、現実に見えてきたら、怖くてたまらなくなってしまった。

(……だめだ。気持ちを切り替えよう、テレシアのために頑張らないと)

 その日の夜は、色々考えたり、怯えたりで、ほとんど眠ることが出来なかった。


 翌日、早朝に出発して、馬車が到着したのは、私の実家、らしい……、ファンデル子爵邸。

「……だと思うんだけど、ここ?」

 昔は、それなりに、立派な邸宅だったのであろう、雰囲気だけは辛うじて残っている。

 建物自体はそれなりに大きい、しかし、全体的に黒ずんで、蔦におおわれ、外壁はボロボロと崩れている箇所も多く、廃墟と呼ぶ方が相応しかった。

「こんなところに?人が……、まるで遊園地のお化け屋敷……怖……」

「ファンデル子爵は、いまや、多額の借金を抱えております。使用人はほとんどいないので、屋敷の管理などには、手が回らないのでしょう」

 外観ですっかり、怖じ気づいてしまったが、メリルに行きますよと言われて、やっと足を踏み出した。


「お姉さま!よく来てくださいました!」

 既に、玄関で待っていたテレシアが、こちらを見つけて走ってきた。
 砂漠に花、でなくて、お化け屋敷に花という感じだ。

「お父様は、今日予定はないはずです。マルクお兄さまは、仕事へ行っています」

「そう、ではゆっくり話せるね」

 屋敷の中は、これまた、ひどい有り様だった。壁は剥がれ、床には穴が空き、絵画は傾き、脱いだ服が散乱。なぜか廊下に使った後の食器が転がっている。

「……こっ……、これは……、いくら使用人が少ないとはいえ、テレシア……、あなた、少し片付けたりしないの?」

「私がですか!そういったことは、私には無理ですわ。侍女がたまにやっていますけど」

(貧乏令嬢とはいえ、生まれも育ちもお嬢様なんだよね……)

 中学の時、学校の美化運動に取り組んでいた私は、思わず、モップを取り出して、拭き掃除を始めたくなったが、今日は掃除に来たのではない。

 ウズウズする気持ちを抑えて、お父様のいるお部屋を訪ねた。

「グレイスじゃないか!ちょうど良かった!私も話があってな、いつ呼びつけようと思っていたんだ」

 お父様は、なぜか歓迎してくれたが、早々と人払いをさせられて、部屋の中は二人だけになってしまった。テレシアの援護を期待していたので、ちょっと心配だ。

「今日はテレシアのことで参りました」

「ん?ああ、どうせ、イーサンのことだろう。私は認めないからな」

 お父様は、肥えた体を、ソファーに沈ませて、ふんぞり返って、偉そうにしていた。

 考えたら、シングルだった私の家庭に、父親はいなかった。早くに亡くなってしまったが、父親がいたら、どうだっただろうと想像することはあった。想像の中の父は、優しい人を思い浮かべていた。
 娘の結婚を利用するような人は、父と呼べるのか、それともこの世界では、当たり前のことなのか。

「テレシアが大事ではないのですか?あの子の幸せを考えたら、イーサンと結婚することは、喜ぶことではないですか。男爵家とはいえ、うちとは違い、借金もないですし、ここより、まともな生活が出来ますよ」

「お前は本当にバカな女だ。いいか、いくら借金がないとはいえ、大した財産もないんだ。それでは、こちらが取れるものがないじゃないか!それではだめなんだ!」

「お父様、それではテレシアの気持ちが……」

「黙れ!テレシアのことはもういい。終わりだ!お前だグレイス!」

 お父様は、テーブルを拳で叩いて、大きな音をたてた。

「ヤツとは仲良くしていたようだが、寝ていないだろうな!」

「え?………寝て?…………えええ!?まさか!?」

「私に言われた通り、出来るだけたくさんの男と付き合って、体は許すなという命令は守っていたようだな。全て調べさせているからな」

(どういう事?命令だったの?)

「お前は大事な商品なんだよ。伯爵も男遊びの激しい女は、抱きたいとは思わんだろう。ヤツは土地だけは持っていたからな。事業が思いの外、成功して、たくさん稼がせてもらったかが、もう出すつもりはないらしい。だから、次に移らないといけない。お前は一度売れたものだからな、価値をつけないと、泥がつくだろう。処女である事は、最高の価値になる」

 お父様の目がギラリと光った。

「テレシアのことを守りたいなら、グレイス、お前が、ノラン子爵のところへ行くんだ。あの人は好き者でな、初物食いなんだよ。大喜びで金を出すだろう」

「そんな!娘を道具のように使うのはやめてください!私の心は、アルヴィンと離縁はしたくありません。でも、もし、そうなってしまっても、もう誰とも結婚はしたくないです」

 お父様の目を見てきっぱりと言うと、お父様の顔は赤くなり、怒りで体が震えだしたのが分かった。恐ろしい鬼のような形相だ。

「散々教え込んだのに、もう忘れてしまったのか!お前はみんなに嫌われているんだ、お前のことを愛する者など誰もいない!母親が出ていったのはお前のせいだ!お前は私の言うとおりにするんだ!お前のせいで私は全てを失ったのだからな!全部お前のせいだ!」

(……そうか、グレイスは、この男に支配されていたんだ)

 今の私の心は、客観的に見ることが出来るが、グレイスはこの男に、そう言われてずっと育ってきたのだろう。幼い頃から刷り込まれれば、言いなりになってしまうのも分かる気がする。

「……テレシアは、このことを知っているのですか?」

「いや、テレシアは、巻き込まないようにと、お前が言ったのだろう。」

(でも、この父親なら、いつテレシアを道具にするか分からない。現に変なのと結婚させようとしていたし)

「今日は、お前と伯爵の婚姻の日だ。約束の五年が経ったのだ。もうあの男は用済みだ」

(そうか、それで今日、アルヴィンは話があると……)

「もう、向こうの屋敷には帰さない。侍女には、離縁状を持たせて、すでに帰したからな」

(なっ!このクソオヤジ!許せない!)

「言わせてもらいますが、自分の失敗を子供のせいにするなんて、最低の父親ですね。私は家へ帰ります。今後の話は夫とします。もし、離縁することになっても、ここには帰りません!二度と顔も見たくないです」

「なんだと!私に意見するとは!ヤツに影響されたな!」

「いいえ。私は今まで、あなたの言いなりだったかもしれませんが、これからは、嫌なことは嫌と言わせてもらいます」

 怒り狂ったお父様は、こちらに勢いよく走って来て、パン!っと、音を立てて、頬を叩いた。その衝撃で私は床に転がった。

「反省しろ!生意気になったな、グレイス!自分が商品だと自覚するまで、部屋から出れないようにしてやる!」

 お父様が呼ぶと、体格の良い使用人達が現れ、否応なしに立たされて、グレイスの部屋へ連れていかれた。

 こんな最悪の状況だけど、私は絶望するより燃えていた。それは、ファンデル子爵に叩かれたとき、グレイスの想いが痛いほど体に染み渡ったからだ。
 グレイスは、一人で背負って戦っていた。自由を求めて、ずっと苦しんでいた。
 愛する人を遠ざけ、嫌われていると思い込んで、嫌われる人間を演じ続けた。
 それが、父親を不幸にした、自分の罪だと信じて。

 グレイスが使っていたとされる部屋は、窓に格子が付けられた、広いが牢屋のような部屋だった。
 私はその薄暗い部屋で、手から溢れ落ちそうになる怒りを握りしめて、闘志を燃やした。

 口に滲んだ血の味が、やけに濃く感じられた。この味は、絶対に忘れないと、心に刻んだ。



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