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3、学校
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校舎に鳴り響くチャイムの音を聞きながら、どこまでも続く長い廊下を歩いた。
まさかまた自分がここに戻ってくるなんて夢にも思わなかった。
学校という空間は独特だ。
世間とは隔絶された空間、まるで養殖される魚のようだと思っていた。
そのまま大海に放り出されたら自然の厳しさに打ちのめされて死んでしまう。
しかし時間が来たら、押し出されるように誰もが巣立っていかなくてはいけない。
こんなところで働いているやつらは、何を考えているんだろうと思っていた。
とても友人にはなれないなと思っていたが、どうやら理玖の担任は俺の考えていた教師とはどこか違った。
もともと社会人として働いた後に、夢を諦めきれず教師になったと聞いた。
遠くから聞こえてくる運動部の声がぼんやり響く廊下には誰もいない。
まるで時間が止まっているみたいだ。
俺は足を止めて先ほどまで話を聞いていた教室を振り返って見た。
保護者面談で理玖の学校に呼ばれた。
何を聞かれるのか、憂鬱な気分で校門をくぐったが、終わってみればあっという間だった。
「瀬名……さん、ですか? 前原とはご兄弟と聞きましたが……」
「ええ、両親がお互い連れ子で再婚したんです。私は前の父の姓を……」
人には色々な選択がある。
それを深く聞かないのが大人の社会のマナーだ。
だが俺の高校時代の教師は、なぜ名字を変えないのかとしつこく聞いてくる男だった。
その顔には悪気はないと書いてあって、ああこういう世界の人間なんだと嫌気がさしたのを覚えている。
理玖の担任の堀川という男は片眉を少し上げただけで、そうですかと言って表情を変えなかった。
歳は同じくらいだ。
艶のある黒髪を清潔に切り揃え、銀フレームのシンプルな眼鏡をかけていた。
いかにも教師という退屈な外見に思えたが、眼鏡の奥に見える目はキリッとして印象的で色気があった。
「私の兄が結婚して相手の家に入ったもので、瀬名さんも同じかなと思ったのです。すみません、プライベートなことを聞いてしまいまして」
「いえ、そんな。大したことではないです。理玖のためでもありますから」
「そう言っていただけると助かります」
堀川は目を細めて笑った。
笑うと神経質そうな印象が消えて、ぐっと距離が縮まるような人懐っこい笑顔だった。
仕事柄、人に会うことは多いが、俺の周りにはいないタイプの人間だった。
「前原……理玖くんは、うちの学校に来てからひと月ですが、初日からもうすっかり馴染んでますよ。どんな生徒でも最初は緊張して硬くなるものですけど、彼はまったくそれがなくて、どんどん周りに話しかけて、あっという間に人気者になりました」
「へぇ……、驚きました。そんなに社交的だったとは……。実は訳あって離れて暮らしていたので、私自身理玖のことはまだ理解できない部分が多くて……」
「ご両親のことは、聞きました。とても残念でしたね。大人だって耐えきれないくらい辛いものです。それがまだ十代の理玖くんにどういう影響があるかは、こちらも注意して見ていくつもりです」
堀川の口から改めてそう言われると胸にくるものがあった。日々普通に過ごしていると、理玖が傷ついているということをつい忘れてしまいそうになる。
しっかりしなければと自分に言い聞かせた。
「失礼ですが、瀬名さんはご結婚は?」
「いえ、独身です。今のところその予定もないので、理玖が暮らす環境を変えずに面倒を見ていくつもりです」
「とは言っても、独身で子育ての経験もなければ苦労も多いでしょう。私は十代の心については少しは分かるつもりです。もし何か、悩むようなことがあれば気軽に連絡してください」
人の良さそうな顔で調子のいいことを言ってくるやつは何人も見てきたが、堀川の目は真面目そのもので、本心から俺のことを助けたいと思ってくれているのだと感じた。
「ありがとうございます。堀川先生のような方が担任になっていただいて心強いです」
社交辞令の範疇であるとは分かっているが、ずっと同じような目線で相談できるような相手がいなかったので、本当に心強いと思った。
面談が終わり、ドアまで送ってくれた堀川は、最後にお辞儀した俺に、社交辞令じゃないですからねと付け加えた。
その時の目線の強さにドキッとして体が疼いてしまった。
惜しい。
惜しすぎる。
直感で分かった。
同類。
しかもおそらく俺が求めるタイプの男だ。
俺は少しひどくされないと快感を得られない。
だから相手を選ぶ時は、なかなか大変なのだ。
堀川の纏う空気は、柔らかさの中に隠れた鋭さがあった。
担任ではなかったら、誘いたいくらい感じるものがあった。
長い廊下に立ち尽くしていた俺は、頭に手を当ててため息をついた。
何を考えていたんだとやっと冷静になった。
それもこれも悪夢のせいだ。
ここ最近、俺は悪魔に悩まされていた。
今でも思い出すと体が反応しそうになってぶるりと震えた。
「ハル兄」
誰もいないと思っていたのに、背後からかけられた声にビクッとして息を吸い込んだ。
考え込んでいたせいか、気配が全くしなかった。
「面談は終わったの? ちょっと恥ずかしいな。変なこと言われなかった?」
大丈夫、これは現実だと頭の中で繰り返して、俺はいつもの顔を作ってくるりと振り向いた。
「面談の方は特に問題なかった。成績も優秀だって褒められたくらいだ」
「そっか、良かった。今委員会で集まっていたんだけど心配でさ、抜けてきちゃった」
そう言って照れた顔で笑う理玖を見て、ああ俺はなんてバカなんだと、頭の中で自分に向けて呟いた。
「いい先生だな。気さくで面白い人だ。俺もあんな人が担任だったらよかったよ」
「……ハル兄、先生のこと気に入ったの?」
なぜか理玖の声のトーンが一段低くなったような気がした。
理玖が俺のスーツの袖を掴んできたので、何を訴えようとしているのかと思ったら、そこにパタパタと複数の足音が聞こえてきた。
「前原ー、何してんだよー」
「りっくん、帰るつもり? まだ途中だよぉ」
理玖と同じ、紺のブレザーにズボンとスカートはチェック柄のデザインの制服を着た男女が廊下の向こうから走ってきた。
「あれ? 保護者? 前原パパ若くね?」
「ウソぉ! 超カッコいいんだけどぉ。え、やば!」
「父親じゃなくて、兄だよ。まだ若いんだから、こんな大きな子持ちにしないであげて」
理玖は嬉しそうに笑って、俺の腰に手を入れて自分の方へ引き寄せた。まるで仲のいい兄弟を紹介するという構図に、ちょっとジーンときて感動してしまった。
「初めまして、理玖の兄です。理玖がお世話になってます。いつも仲良くしてくれてありがとう」
俺はよそゆきの顔を作って、精一杯感じ良い兄として笑顔で挨拶をした。
「はいはーい! りっくんと仲良くしてまーす! でもお兄さんとも仲良くしたいです。私、茉莉って言います。お兄さん、名前は? 彼女とかいますか?」
見た感じ派手で、イマドキ女子という感じの茉莉という女の子はいきなりぐいぐい距離を詰めてきた。
逆にもう一人の男子生徒が、失礼だからやめろと止めに入る状態だった。
そんな様子を理玖はしょうがないなという顔で眺めていた。
理玖が友人達を見つめる穏やかな目に、俺は上手くやっているようだなと安心した。
「女子高生にモテたなんて、同僚に自慢できるよ。さすがに高校生は犯罪だから、気持ちだけもらっておくよ。ありがとう」
「えー、じゃあ、卒業したら遊んでくださいね」
絶対ですよーとしつこく食い下がる茉莉だったが、最後は引きずられるようにして連れて行かれてしまった。
コントみたいなやり取りが楽しくて、クスクスと笑ってしまったら、理玖は騒がしくてごめんねと謝ってきた。
「なかなか楽しい子達じゃないか。いいお友達ができたみたいで良かったよ」
「うん上手くやってるからさ。心配しないで、ハル兄」
幼さの残る目で俺を見ながら柔らかく笑う理玖を見て、俺も笑い返したが、複雑な気持ちになった。
俺はどうして……夢の中でこんな天使みたいな子のことを……。
はぁはぁ……
はぁ………ぁぁっ……
「ハル兄……ここが好きなの?」
そう……好き
好きだ……
「あれ、どんどん溢れてくる。チンコを叩かれて甘イキしちゃうなんて、本当変態」
ああ……いい
もっと、もっと言って……
またこの夢だ。
毎日見る訳じゃない。
だがリアルで、まるで本当に男に抱かれているかのような夢だ。
しかも……相手は理玖なのだ。
「指を美味しそうに飲み込んでいるところが見えるよ。何本挿入るかな? すごい……こんなに柔らかくなるんだね」
理玖の声が頭の中に響いてくる。
そして身体中を這い回るような感覚が気持ちよくてたまらない。
「ここに何人男を咥えこんだの? でもハル兄が男が好きで良かったよ。女が好きで結婚なんかされて子供でもいたら、色々と面倒だったからね」
なんだ?
理玖の声だけど、こんなこと理玖が言うはずない。
どうして俺の妄想はおかしなことを理玖に言わせているのだろう。
「あっ、腰揺れてる……、可愛い。ねぇ、感じてるの? 俺の指でいいところを擦られて嬉しい?」
はぁ……ハァ……ハァ……気持ちいい
嬉しい……嬉しいからもっと……ひどくして
「乳首は……あんまり弄ったら赤くなっちゃうかな。あっ、今つねったらキュって締まったね。ああ、やっぱり、ハル兄は痛くされると感じちゃうんだ……本当に、可哀想で可愛い」
痛いの……好き……
もっとつねって、擦って、噛んで……
「こら、歯を立ててるんだから、そんなに押し付けたら傷ついちゃうよ。もうー、先っぽから出てるし……イきたくてしかたがないみたいだね」
ツプリと中から指が引き抜かれる感覚がして、広げられたソコが熱くなった。
尻の奥が満たされないと疼きだした。
「ねえ、欲しいの? 何が欲しい? 俺のが欲しいの? 欲しがりだな、ハル兄は……。」
欲しいのなんて決まっている。
デカいアレで奥までガン突きされたい。
気を失うくらい激しく突かれて、中にぶちまけて欲しい。
「ちゃんとお口で言えたら挿れてあげるよ。それまで……我慢しようね」
ああ、ひどい。
こんなに欲しくてたまらないのに、我慢なんて……
そんなの……
なんて最高に……気持ちいい
「ハル兄」
深い海の底から一気に浮上するみたいに意識が戻ってきて、喘ぐように空気を吸いながらベッドから飛び起きた。
「大丈夫? うなされていたけど……悪い夢でも見た?」
顔に手を当てて意識がハッキリするのを待った。
ひどい夢を見ていたから、汗をかいていてベタベタになっていると思ったが、体はサラリとして乾いていた。
服も乱れているところはない。
何もかも寝る前と変わらなかった。
「いや……大丈夫だ。ストレスかな、最近連勤が続いたから……」
「仕事も大事だけど、しっかり休まないと。あ、今日、俺部活で遅くなるから、夕飯だけど……」
「いいよ。大丈夫、何か作っておく」
「ごめんね。今週は俺の当番なのに」
自分だって仕事で遅くなることもあるのでお互い様だと言って俺は笑った。
理玖とは夕食を一週間交代で当番制にしている。だが、そこまでキッチリしたものではなく、早く帰れる方が担当することが多かった。
昨日も理玖はビーフシューを作ってくれた。
理玖は若いからか味の濃いものを作ってくれる。嫌いではないし美味いのだが、この歳になるとアッサリしたものが欲しくなるので、自分が当番の時はついそっちに寄りがちである。
すっかり頭が料理のことでいっぱいになっていたら、行ってきますと言って理玖は学校へ行ってしまった。
何か忘れているような気がしたが、とりあえずベッドから立ち上がった。
キッチンに立ってカップに水を入れて、喉に流し込んだところで、悪夢を思い出して噴き出してゲホゲホとむせてしまった。
「ごっ……くっっ、俺は……なんて夢を……」
悪夢を見始めたのは、理玖と一緒に寝るようになってからだ。
毎晩、ではない。
規則性があるのかわからないが、見るようになって、初めは理玖とキスをする夢だったが、それがだんだん胸を触り下に向かって徐々に理玖が俺に触れるようになった。
今では何度も射精して、後ろもドロドロに溶けるところまでいった。
毎回飛び起きて夢精していないか確認するくらい淫靡な夢を見るようになってしまった。
理玖の方は俺と眠るようになって安心感が生まれたのか、毎晩ぐっすりとよく眠っているような気がする。
心なしか悪かった顔色も、最近はツヤが出てきて元気になったように見える。
理玖が良くなっていく代わりに、まるで俺が淫魔に取り憑かれてしまったようだ。
俺が初日に理玖の逞しい体を見て意識してしまったのが影響していそうだ。
「やっぱり……欲求不満なんだ」
結論はそうなる。
そのせいで淫らな夢を、しかも理玖を巻き込んでしまうなんて、俺はなんてヤツなんだと自分にうんざりした。
今日は休みだ。
飲食業は土日が一番店が混むので、ぽっかり平日が休みになることは多い。
そうなるとよけいに相手に困るのだが仕方がない。
「久々に探すか……」
机の上に載っているスマホを視界に入れて、小さく息を吐いてから手を伸ばした。
□□□
まさかまた自分がここに戻ってくるなんて夢にも思わなかった。
学校という空間は独特だ。
世間とは隔絶された空間、まるで養殖される魚のようだと思っていた。
そのまま大海に放り出されたら自然の厳しさに打ちのめされて死んでしまう。
しかし時間が来たら、押し出されるように誰もが巣立っていかなくてはいけない。
こんなところで働いているやつらは、何を考えているんだろうと思っていた。
とても友人にはなれないなと思っていたが、どうやら理玖の担任は俺の考えていた教師とはどこか違った。
もともと社会人として働いた後に、夢を諦めきれず教師になったと聞いた。
遠くから聞こえてくる運動部の声がぼんやり響く廊下には誰もいない。
まるで時間が止まっているみたいだ。
俺は足を止めて先ほどまで話を聞いていた教室を振り返って見た。
保護者面談で理玖の学校に呼ばれた。
何を聞かれるのか、憂鬱な気分で校門をくぐったが、終わってみればあっという間だった。
「瀬名……さん、ですか? 前原とはご兄弟と聞きましたが……」
「ええ、両親がお互い連れ子で再婚したんです。私は前の父の姓を……」
人には色々な選択がある。
それを深く聞かないのが大人の社会のマナーだ。
だが俺の高校時代の教師は、なぜ名字を変えないのかとしつこく聞いてくる男だった。
その顔には悪気はないと書いてあって、ああこういう世界の人間なんだと嫌気がさしたのを覚えている。
理玖の担任の堀川という男は片眉を少し上げただけで、そうですかと言って表情を変えなかった。
歳は同じくらいだ。
艶のある黒髪を清潔に切り揃え、銀フレームのシンプルな眼鏡をかけていた。
いかにも教師という退屈な外見に思えたが、眼鏡の奥に見える目はキリッとして印象的で色気があった。
「私の兄が結婚して相手の家に入ったもので、瀬名さんも同じかなと思ったのです。すみません、プライベートなことを聞いてしまいまして」
「いえ、そんな。大したことではないです。理玖のためでもありますから」
「そう言っていただけると助かります」
堀川は目を細めて笑った。
笑うと神経質そうな印象が消えて、ぐっと距離が縮まるような人懐っこい笑顔だった。
仕事柄、人に会うことは多いが、俺の周りにはいないタイプの人間だった。
「前原……理玖くんは、うちの学校に来てからひと月ですが、初日からもうすっかり馴染んでますよ。どんな生徒でも最初は緊張して硬くなるものですけど、彼はまったくそれがなくて、どんどん周りに話しかけて、あっという間に人気者になりました」
「へぇ……、驚きました。そんなに社交的だったとは……。実は訳あって離れて暮らしていたので、私自身理玖のことはまだ理解できない部分が多くて……」
「ご両親のことは、聞きました。とても残念でしたね。大人だって耐えきれないくらい辛いものです。それがまだ十代の理玖くんにどういう影響があるかは、こちらも注意して見ていくつもりです」
堀川の口から改めてそう言われると胸にくるものがあった。日々普通に過ごしていると、理玖が傷ついているということをつい忘れてしまいそうになる。
しっかりしなければと自分に言い聞かせた。
「失礼ですが、瀬名さんはご結婚は?」
「いえ、独身です。今のところその予定もないので、理玖が暮らす環境を変えずに面倒を見ていくつもりです」
「とは言っても、独身で子育ての経験もなければ苦労も多いでしょう。私は十代の心については少しは分かるつもりです。もし何か、悩むようなことがあれば気軽に連絡してください」
人の良さそうな顔で調子のいいことを言ってくるやつは何人も見てきたが、堀川の目は真面目そのもので、本心から俺のことを助けたいと思ってくれているのだと感じた。
「ありがとうございます。堀川先生のような方が担任になっていただいて心強いです」
社交辞令の範疇であるとは分かっているが、ずっと同じような目線で相談できるような相手がいなかったので、本当に心強いと思った。
面談が終わり、ドアまで送ってくれた堀川は、最後にお辞儀した俺に、社交辞令じゃないですからねと付け加えた。
その時の目線の強さにドキッとして体が疼いてしまった。
惜しい。
惜しすぎる。
直感で分かった。
同類。
しかもおそらく俺が求めるタイプの男だ。
俺は少しひどくされないと快感を得られない。
だから相手を選ぶ時は、なかなか大変なのだ。
堀川の纏う空気は、柔らかさの中に隠れた鋭さがあった。
担任ではなかったら、誘いたいくらい感じるものがあった。
長い廊下に立ち尽くしていた俺は、頭に手を当ててため息をついた。
何を考えていたんだとやっと冷静になった。
それもこれも悪夢のせいだ。
ここ最近、俺は悪魔に悩まされていた。
今でも思い出すと体が反応しそうになってぶるりと震えた。
「ハル兄」
誰もいないと思っていたのに、背後からかけられた声にビクッとして息を吸い込んだ。
考え込んでいたせいか、気配が全くしなかった。
「面談は終わったの? ちょっと恥ずかしいな。変なこと言われなかった?」
大丈夫、これは現実だと頭の中で繰り返して、俺はいつもの顔を作ってくるりと振り向いた。
「面談の方は特に問題なかった。成績も優秀だって褒められたくらいだ」
「そっか、良かった。今委員会で集まっていたんだけど心配でさ、抜けてきちゃった」
そう言って照れた顔で笑う理玖を見て、ああ俺はなんてバカなんだと、頭の中で自分に向けて呟いた。
「いい先生だな。気さくで面白い人だ。俺もあんな人が担任だったらよかったよ」
「……ハル兄、先生のこと気に入ったの?」
なぜか理玖の声のトーンが一段低くなったような気がした。
理玖が俺のスーツの袖を掴んできたので、何を訴えようとしているのかと思ったら、そこにパタパタと複数の足音が聞こえてきた。
「前原ー、何してんだよー」
「りっくん、帰るつもり? まだ途中だよぉ」
理玖と同じ、紺のブレザーにズボンとスカートはチェック柄のデザインの制服を着た男女が廊下の向こうから走ってきた。
「あれ? 保護者? 前原パパ若くね?」
「ウソぉ! 超カッコいいんだけどぉ。え、やば!」
「父親じゃなくて、兄だよ。まだ若いんだから、こんな大きな子持ちにしないであげて」
理玖は嬉しそうに笑って、俺の腰に手を入れて自分の方へ引き寄せた。まるで仲のいい兄弟を紹介するという構図に、ちょっとジーンときて感動してしまった。
「初めまして、理玖の兄です。理玖がお世話になってます。いつも仲良くしてくれてありがとう」
俺はよそゆきの顔を作って、精一杯感じ良い兄として笑顔で挨拶をした。
「はいはーい! りっくんと仲良くしてまーす! でもお兄さんとも仲良くしたいです。私、茉莉って言います。お兄さん、名前は? 彼女とかいますか?」
見た感じ派手で、イマドキ女子という感じの茉莉という女の子はいきなりぐいぐい距離を詰めてきた。
逆にもう一人の男子生徒が、失礼だからやめろと止めに入る状態だった。
そんな様子を理玖はしょうがないなという顔で眺めていた。
理玖が友人達を見つめる穏やかな目に、俺は上手くやっているようだなと安心した。
「女子高生にモテたなんて、同僚に自慢できるよ。さすがに高校生は犯罪だから、気持ちだけもらっておくよ。ありがとう」
「えー、じゃあ、卒業したら遊んでくださいね」
絶対ですよーとしつこく食い下がる茉莉だったが、最後は引きずられるようにして連れて行かれてしまった。
コントみたいなやり取りが楽しくて、クスクスと笑ってしまったら、理玖は騒がしくてごめんねと謝ってきた。
「なかなか楽しい子達じゃないか。いいお友達ができたみたいで良かったよ」
「うん上手くやってるからさ。心配しないで、ハル兄」
幼さの残る目で俺を見ながら柔らかく笑う理玖を見て、俺も笑い返したが、複雑な気持ちになった。
俺はどうして……夢の中でこんな天使みたいな子のことを……。
はぁはぁ……
はぁ………ぁぁっ……
「ハル兄……ここが好きなの?」
そう……好き
好きだ……
「あれ、どんどん溢れてくる。チンコを叩かれて甘イキしちゃうなんて、本当変態」
ああ……いい
もっと、もっと言って……
またこの夢だ。
毎日見る訳じゃない。
だがリアルで、まるで本当に男に抱かれているかのような夢だ。
しかも……相手は理玖なのだ。
「指を美味しそうに飲み込んでいるところが見えるよ。何本挿入るかな? すごい……こんなに柔らかくなるんだね」
理玖の声が頭の中に響いてくる。
そして身体中を這い回るような感覚が気持ちよくてたまらない。
「ここに何人男を咥えこんだの? でもハル兄が男が好きで良かったよ。女が好きで結婚なんかされて子供でもいたら、色々と面倒だったからね」
なんだ?
理玖の声だけど、こんなこと理玖が言うはずない。
どうして俺の妄想はおかしなことを理玖に言わせているのだろう。
「あっ、腰揺れてる……、可愛い。ねぇ、感じてるの? 俺の指でいいところを擦られて嬉しい?」
はぁ……ハァ……ハァ……気持ちいい
嬉しい……嬉しいからもっと……ひどくして
「乳首は……あんまり弄ったら赤くなっちゃうかな。あっ、今つねったらキュって締まったね。ああ、やっぱり、ハル兄は痛くされると感じちゃうんだ……本当に、可哀想で可愛い」
痛いの……好き……
もっとつねって、擦って、噛んで……
「こら、歯を立ててるんだから、そんなに押し付けたら傷ついちゃうよ。もうー、先っぽから出てるし……イきたくてしかたがないみたいだね」
ツプリと中から指が引き抜かれる感覚がして、広げられたソコが熱くなった。
尻の奥が満たされないと疼きだした。
「ねえ、欲しいの? 何が欲しい? 俺のが欲しいの? 欲しがりだな、ハル兄は……。」
欲しいのなんて決まっている。
デカいアレで奥までガン突きされたい。
気を失うくらい激しく突かれて、中にぶちまけて欲しい。
「ちゃんとお口で言えたら挿れてあげるよ。それまで……我慢しようね」
ああ、ひどい。
こんなに欲しくてたまらないのに、我慢なんて……
そんなの……
なんて最高に……気持ちいい
「ハル兄」
深い海の底から一気に浮上するみたいに意識が戻ってきて、喘ぐように空気を吸いながらベッドから飛び起きた。
「大丈夫? うなされていたけど……悪い夢でも見た?」
顔に手を当てて意識がハッキリするのを待った。
ひどい夢を見ていたから、汗をかいていてベタベタになっていると思ったが、体はサラリとして乾いていた。
服も乱れているところはない。
何もかも寝る前と変わらなかった。
「いや……大丈夫だ。ストレスかな、最近連勤が続いたから……」
「仕事も大事だけど、しっかり休まないと。あ、今日、俺部活で遅くなるから、夕飯だけど……」
「いいよ。大丈夫、何か作っておく」
「ごめんね。今週は俺の当番なのに」
自分だって仕事で遅くなることもあるのでお互い様だと言って俺は笑った。
理玖とは夕食を一週間交代で当番制にしている。だが、そこまでキッチリしたものではなく、早く帰れる方が担当することが多かった。
昨日も理玖はビーフシューを作ってくれた。
理玖は若いからか味の濃いものを作ってくれる。嫌いではないし美味いのだが、この歳になるとアッサリしたものが欲しくなるので、自分が当番の時はついそっちに寄りがちである。
すっかり頭が料理のことでいっぱいになっていたら、行ってきますと言って理玖は学校へ行ってしまった。
何か忘れているような気がしたが、とりあえずベッドから立ち上がった。
キッチンに立ってカップに水を入れて、喉に流し込んだところで、悪夢を思い出して噴き出してゲホゲホとむせてしまった。
「ごっ……くっっ、俺は……なんて夢を……」
悪夢を見始めたのは、理玖と一緒に寝るようになってからだ。
毎晩、ではない。
規則性があるのかわからないが、見るようになって、初めは理玖とキスをする夢だったが、それがだんだん胸を触り下に向かって徐々に理玖が俺に触れるようになった。
今では何度も射精して、後ろもドロドロに溶けるところまでいった。
毎回飛び起きて夢精していないか確認するくらい淫靡な夢を見るようになってしまった。
理玖の方は俺と眠るようになって安心感が生まれたのか、毎晩ぐっすりとよく眠っているような気がする。
心なしか悪かった顔色も、最近はツヤが出てきて元気になったように見える。
理玖が良くなっていく代わりに、まるで俺が淫魔に取り憑かれてしまったようだ。
俺が初日に理玖の逞しい体を見て意識してしまったのが影響していそうだ。
「やっぱり……欲求不満なんだ」
結論はそうなる。
そのせいで淫らな夢を、しかも理玖を巻き込んでしまうなんて、俺はなんてヤツなんだと自分にうんざりした。
今日は休みだ。
飲食業は土日が一番店が混むので、ぽっかり平日が休みになることは多い。
そうなるとよけいに相手に困るのだが仕方がない。
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