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第一章
⑩恋と友情の分岐点
しおりを挟むフェルナンドが何を期待しているか知らないが、お疲れとくればやることは一つ。
蘭が遊びに来ていた時に、よくせがまれてやっていた。
(アンタはプロ級だねなんて褒められたけど、久しぶりでちゃんとできるかな)
お茶用のお湯を少々お借りして、ハンカチに付けた。
「フェルナンド様、ちょっと下を向いてください」
「え?下?下はちょっとやりづらいんじゃ…」
ごちゃごちゃ言っていたが、強引に下を向かせ、温めたハンカチを首に当てた。
「えっ熱!なに??」
「いきますよ!男性なので強めにいきますからね!」
「ちょっ…」
まず、肩甲骨の辺りをグイグイえぐるように揉み、肩の上から体重をかけて押して、徐々に横へ力をスライドさせてぬけていく。
丁寧にかつ力を入れるところは入れて!何度も往復して揉みほぐしていく。
「…これは?何をしているの?」
「肩揉みです。肩に疲れが溜まるんですよ。それを揉んでほぐすのですわ。すごく軽くなりませんか?」
「確かに…少し痛みもあったが、嘘のようだ…」
以前は、男の体だったので、気にならなかったが、リリアンヌの体だと、胸が多少邪魔になる。肩の辺りを流すときに、押し付けてしまう形になってしまった。まぁマッサージだから、気にならないだろう。
「ふふふっ、気持ちいいですか?」
「あぁ、悲しいけれど、確かに気持ちが良い。されど悲しい…もどかしい」
「疲れたときはこれが一番!妹もよく喜んでくれました」
蘭が、これこれ、これがないと生きていけなーいと言っていたのを思い出した。
(ごめんな、蘭)
センチメンタルに浸っていたら、フェルナンドが顔を上げた。
「ん?妹?」
「あっ!妹ではなく、弟です。あのこ、可愛くてつい、妹のように思ってしまうくせがあって…オホホホ」
「へぇ……ユージーンも、これをやってもらっていたのか…ほぉーーー」
(あとで、話を合わせておけばいいか)
「まぁ、期待したものとは違ったが大変気に入ったよ」
「そうですか。それは良かったです」
「これからも疲れたときにはお願いしてもいいだろうか」
「ええ、はい。このくらいならいくらでも」
フェルナンドが満足してくれたらしくて、とりあえず良かった。一芸は身を助けるってやつだね。
ちょうど、肩揉みが終わったくらいに、フェルナンドに呼び出しがかかり、リリアンヌも会場へ戻ることにした。
なぜか、最後に、肩揉みは、もうユージーンには、やらないようにねと約束させられた。
よほど気に入ったのだろうか。
ひとまず、ローリエの話を変に誤解してしまったことは、上手いこと丸く収まったようで良かった。
夜会はやはり、卒業生達の同窓会と化していて、朝から参加している新入生達は次々とリタイアして宿舎に帰っていた。
ローリエも躍り疲れてぐったりしていたので、一緒に帰ることにした。
「殿下との事はとりあえず明日聞くわー。上手くいったんでしょ。もう着替えるのもつらいー眠すぎるー。」
立ったまま寝そうなローリエをなんとか連れて帰り、宿舎で待っていた専属のメイドに渡した。
ドタバタの一日だったけど、やっと学園生活のスタートだ。
明日は主人公にも会えるだろう。
穏やかな学生生活を夢に見つつ、
ゲーム開始の夜は更けていくのであった。
□□□
「あーー!大変ですお嬢様!」
授業が始まる初日、慌ただしい朝だ。着替えの最中、アニーが突然大きな声を上げた。
「どうしましょう。お作りした制服のお胸のボタンがしまりませーん」
アニーが涙目になって見上げてくる。ぐいぐい引っ張っても、生地がたりず、ボタンホールまでは遠い状態だ。
(やばい、太ったのかな。他の所のサイズは変わらないのに)
「まだまだ、お育ちになるみたいですね。失念しておりました。特に女性は恋をすると…」
アニーが意味ありげな視線を向けてきた。
「なによっ…アニー」
「私はお嬢様の幸せを願っております」
「それは、ありがたいけど、これどうにかしないと!遅刻よ!遅刻よ!」
「お任せください、この私めに考えがあります」
「お嬢様、少しの間ご辛抱を…」
「ひっ…ひぃーーーーーー!!」
アニーの力業で、胸を別布で予め押さえて、なんとか、服の中に全て収めることに成功した。
毎朝これをやるのかと思うと、早くもやってられない気持ちになった。
□□□□□□□□□□
サファイア王立学園は、基本的に男女別々のクラスで、授業も分かれている。
男子は、政治についての講義がほとんどで、他に剣や馬術の実技訓練がある。
女子は、社交術、淑女の礼儀作法、女性としての役割の講義がある。社交術は、会話とダンスレッスン、お茶の入れ方、手紙の書き方、詩の朗読会、まー、そんなところで、色々と忙しい。
宿舎は男子のみ二人部屋。人数も多いので、王子であっても容赦なし。
女子はとにかく荷物が多いので、一人部屋が用意されていた。
教室に着くと、ローリエが声をかけてきた。
「リリアンヌ、ここよ」
「席は自由なのね。取っておいてくれてありがとう」
パーティーで、仲良くなったご令嬢同士もいるのだろう。すでに複数のグループになって話している。
まぁ、リリアンヌ達もそうだが、ほとんど同国で集まっているのも確かだ。
(はぁー…こういう時の女同士のノリって分からないから、ローリエがいて助かったわ)
ふと、気になったのは、主人公の事。
ゲームでは、会場に入る前に一悶着あり、中でも確か悪役令嬢ボスのエリザベスに、チクリと言われる。
そこを、アルフレッド王子に助けられて、二人はダンスをする事になる。
中での流れがすっぽり抜けているので、この後の二人がどう恋愛に発展するのか、または、別の攻略対象者にいくのか、傍観者としての位置をキープしつつ、見守る予定だ。
ちなみに、ゲームでは、クラスのシーンはほとんどなく、主人公には友人が一人もいない。
恋愛に集中するように課せられたのか、毎日誰かしらの攻略対象者と過ごす。
その中での、好感度が高い対象者と、個別ルートへ入る。
「ねぇ、ローリエ、エリーナ・マグニート様はどちらかしら」
「あぁ、昨日の騒ぎのご令嬢ね、上手く生徒会が動いてくれたんでしょう。すでにあちらにいらっしゃるわよ」
リリアンヌが目を向けると、いたいた!ふわふわのライトブラウンの巻き毛に、こぼれ落ちそうな大きなグリーンの瞳、ピンク色の頬、楽しげに笑っている主人公、エリーナを発見した。
(ぼっち設定だけと、教室内で談笑くらいするのかしら)
「元気そうよね。もうすっかり、クラスに馴染んでいるわよ」
意外な事に、悪役令嬢大ボスのエリザベスとも普通に話している。
よく考えれば、家柄の格差はあるが同国であるし、そもそも、主人公がアルフレッドと仲良くすることがエリザベスにとって気に入らない点であり、パーティーでアルフレッドとダンスイベントがなかった現段階では、二人の間に衝突するネタがないのかもしれない。
「エリザベス様は制服がとってもよくお似合いですね。この中で一番素敵でいらっしゃいますー!」
「あら、ありがとう。でも私、こういう地味な服は好みではないの。やはり、私の華やかさが引き立つのは、それなりのドレスでないと」
「エリザベス様ならどんなドレスも着こなすことができますわー」
(漏れ聞こえてくる会話を聞くと、どうも主人公が取り巻き属性になりつつある気がするが、まぁ家柄の格差があるから多少は仕方がないのだろう)
(もしかしたら、最初のイベントが失敗したことで、このまま、特に衝突も恋愛イベントもスルーで二人が仲良くなり、みんな仲良しこよしで学園を卒業という可能性もある。その方が、平穏を望むリリアンヌとしては大団円だ)
しかし、そう上手くはいかないもので…
リリアンヌは、じっとりと自分を見る視線があることに気がついていなかった。
□□□
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