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第一章
⑮怖い夢を見た夜は
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季節は初夏をむかえ、学園には爽やかな風がふいていた。
休憩時間、教室の窓辺でおやつのクッキーをつまみながら、リリアンヌはローリエと二人で外を眺めていた。
窓からは、噴水広場がよく見えて、水の美しい音に癒されるのだ。
「ジェイド・クラフトって言えば有名人よ。リリアンヌ知らないの?」
「クラフト王国がどういうところかも知識なしよ。名前くらいしか分からないわ」
フェルナンドから注意するようにと言われた事が気になって、ローリエに相談する事にしたのだ。
(まずは情報収集、ジェイドって名前聞いたことがあるような気もするんだよね)
「クラフト王国は、サファイアに次ぐ北の大国よ。長い間鎖国状態で、独自の文化を築いてきたし、内紛もあって、ずっと混乱状態だったけど、王が変わってから、ずいぶんと落ち着いたの。ただ、最近は他国に干渉して、新たな領土を広げようとしているわ、かなり好戦的とも言われていて、危険視されているわね」
「ジェイド王子はどういう方なの?」
「今の二学年になられるわ。最近になって、よく名前を聞くようになってきたわね。カリスマ性があって、一部の生徒達を先導しているとか。私も遠くから見た事しかないけど、なかなかのイケメンよ。非公認のファンクラブもあるくらい。私に分かるのはこれくらいかしら」
二年の校舎は少し離れていて、ほとんど交流がない。上級生参加の夜会にも出席されていなかったらしく、ローリエもどういう人物か掴めていないようだ。
(うーん、今一つ、人物像が不明だ。カリスマ性があって、支持を集めていることが、危険なのか。クラフト国の状況から、よく思われていないのか)
「とにかく!リリアンヌは関わらないのよ!あなた、ぼけーっとしているように見えて、色々と首を突っ込んでいるんですから」
「わっ、分かっているよ」
「だいたい、殿下との放課後の逢瀬はどうなってるのよ」
ローリエの目がキラリと光り、リリアンヌに近づいてきた。全て見透かされてしまいそうでドキッとした。
「それは…順調よ!毎日、殿下の入れてくれたお茶を飲んで、近況を話したり、子供の頃の話をしたり……」
「それだけ!?密室で二人きりで楽しくお話しておしまい?」
ローリエは、口をパクパクと開いて、信じられないという顔をしている。
「他に何があるのよ!私は真剣に考えてお互いをよく知り合えるように頑張っているのよ」
「殿下が迷路にはまっているのが想像できるわ…百戦錬磨の策士も、この手の無垢なタイプは逆に手に負えないかも…大切にしつつ、強引にいくことは避けて、距離を縮めようとされているのね…気の長いこと…」
「ローリエ、なに、ブツブツ言っているのよ」
下を向いてブツブツ言っていたローリエが、突然パッと顔を上げた。
「リリアンヌ!良いことを教えてあげる。お互いをよく知るためには、確かにあなたの努力が必要なのよ!」
「え?ええ、それは…」
ローリエはリリアンヌに耳打ちをした。
「…?そんな事でいいの?」
「そうよ。ふふっ、殿下は私に感謝するべきね」
ローリエがにっこりと笑った。
初夏の日差しがローリエ顔にとろっと伸びていき、それははちみつのように甘そうでとても美しかった。
□□□
「ごめんね、承認した案件に不備があったみたいなんだ」
「いえ、私の方は全然構いません。お忙しいのでしたら、今日は・・・」
「それは、大丈夫!リリアンヌは座ってゆっくりしていてね」
いつものように放課後、生徒会会長室を訪ねると、フェルナンドは、生徒会の方々と忙しそうに書類の整理に追われていた。
(会長の仕事なんて、サインをするだけなんて言っていたけど、いつもちゃんと、仕事しているからな)
放課後、リリアンヌが来ると、フェルナンドは書類をチェックしたり、打ち合わせをしている事が多い。無理に時間を作ってもらっているようで、申し訳ない気持ちもあるので、何か手伝えればと思うのだか、部外者がそこまで踏み込んで迷惑になるのも避けたい。
大人しくソファーに座って、フェルナンドの仕事ぶりを眺めていた。
テキパキと指示をして、淡々と書類の山を片付けている。
アレンスデーンは、まだまだ小国だが、豊かな大地に恵まれて、昨今は輸出にも力をいれている。フェルナンドはどんな国を作ろうとするのだろう。
男と恋愛するなんて、まっぴらだと思ってきた。世捨て人のようになって、自由に生きていこうとも思っていた。
ここに来て、その思いも揺らいでいる。それは、家のために命令されてというわけではなく、この男の作る国を、近くで見てみたいと思うようになってきた。
(ははっ…重症だな)
(もし、フェルナンドが、透哉であった自分のことも認めてくれたら・・・って、なに考えてんだよ)
「リリアンヌ、大丈夫?ずいぶん難しい顔をしているけど」
ハっと気がつくと、フェルナンドの顔が目の前にあった。
「っ!!あっ、いえ、今日の夕食の事を考えていました。何にしようかなと…」
「そんな難しい顔をして?リリアンヌは面白いな」
フェルナンドが、目を細めて笑った。
ぶぁと心に温かいものが広がって、くすぐったい気持ちになった。
(知りたくなかったよ。こんな気持ち)
いつの間にか、仕事は終わったらしく、生徒会の人達は撤収していた。
せめてこれだけはと、今日はリリアンヌがお茶を用意した。
「どうでしょうか。今日はウベの茶葉を使いましたが、お口に合いますか?」
「うん。美味しいよ。懐かしい味だね」
ウベの紅茶はアレンスデーン産で、国民にもよく親しまれて飲まれている。安価で香りも優れていて、最近輸出量が増えてきている。
フェルナンドにもお馴染みの味だと思ったので、取り寄せたのだ。
「子供の頃、怖い夢をよく見てね。眠れないときに、よくこのお茶を飲んだよ」
「まぁ、怖い夢ですか」
「ああ、私は兄弟いるのだが歳が離れていてね。姉達も早くに嫁いでしまったし、いつも一人でいる事が多かった。怖い夢を見た話を誰かにしたかったけど、まわりはとても厳しかったから、夢の話なんてしたら、しっかりしろと怒られるものだった。眠れない夜はこのお茶を入れてもらって、窓辺でカップの中に浮かんだ月を見るんだ。もしかしたら、自分のように誰かが同じ月を見ているかもしれない。そう思うと少し心が楽になったから」
フェルナンドは思い出しながら、少し寂しそうに笑った。
「今思うと、夢の内容も覚えていないし、何がそんなに怖かったのか、子供だったんだよね」
リリアンヌは胸の奥がツンとして、たまらずフェルナンドの手を握った。
「今も寂しそうな子供の目をしていらっしゃいますよ。昔の殿下の隣にいって、手を握ってさしあげる事は出来ないですが。今の殿下には私がおります。怖い夢を見たときは、どうぞお呼びください。そして、何を見たのか話してください。私がウベのお茶を入れて、朝までだって付き合いますから」
「リリアンヌ…君は…」
フェルナンドの顔が驚きの色に染まる。
¨もっとお互い知り合うには…リリアンヌが努力を……¨
(そうだ、ローリエに言われてたっけ…このタイミングで言うのか分からないけど)
「あー…えーと…、そのかわり、私が怖い夢を見たときも側にいてくださいね、フェルナンド」
驚いた顔をしていたフェルナンドが、今度は林檎のように赤くなった。
カップを持っていたら、落としていたかもしれない。
この人もこんな顔するのかと、今度はリリアンヌが驚いた。
「もう一度」
突然我に帰ったように、フェルナンドは立ち上がった。
「え?なんですか?」
「今のもう一度言って、リリアンヌ」
「ええ!?そんな!もう…恥ずかしいです!忘れました」
今のタイミングはまずかったのだろうかと、リリアンヌは焦りだした。
「だめだよ!せめて、もう一度、私の名前を呼んで」
「フェルナンド!いいですか、これで…!うわっ!」
フェルナンドに抱き上げられて、ぐるぐると子供のようにまわされた。
「うわぁぁぁ、ちょっと、こんなことされたら、腕が折れてしまいますよ」
「君は私をなんだと思っているの?このくらい全く問題ない」
その状態でしばらくフェルナンドは、リリアンヌを抱き締めていた。
「リリアンヌ、さっきの言葉は特別な言葉だよ。私はこんなに嬉しかったことはない」
「はっ…はい」
「これからは、ずっと、そうやって私の名前を呼んでね」
「はい…分かりました」
¨お互いもっと知り合うのなら、敬称を付けずに名前で呼んであげて。ここぞというタイミングが良いのだけど、さすがに上級テクだから、普通にさらっと呼んでみたらいかが?もっと距離が近くなれるわよ¨
(ローリエはあんな風に言ってたけど、これであっていたのかな)
確かに二人の間にあった、薄い壁みたいなものが、なくなったような気がした。
リリアンヌは、フェルナンドの胸に顔をうずめながら、心地よい安心感に目を閉じたのであった。
□□□
休憩時間、教室の窓辺でおやつのクッキーをつまみながら、リリアンヌはローリエと二人で外を眺めていた。
窓からは、噴水広場がよく見えて、水の美しい音に癒されるのだ。
「ジェイド・クラフトって言えば有名人よ。リリアンヌ知らないの?」
「クラフト王国がどういうところかも知識なしよ。名前くらいしか分からないわ」
フェルナンドから注意するようにと言われた事が気になって、ローリエに相談する事にしたのだ。
(まずは情報収集、ジェイドって名前聞いたことがあるような気もするんだよね)
「クラフト王国は、サファイアに次ぐ北の大国よ。長い間鎖国状態で、独自の文化を築いてきたし、内紛もあって、ずっと混乱状態だったけど、王が変わってから、ずいぶんと落ち着いたの。ただ、最近は他国に干渉して、新たな領土を広げようとしているわ、かなり好戦的とも言われていて、危険視されているわね」
「ジェイド王子はどういう方なの?」
「今の二学年になられるわ。最近になって、よく名前を聞くようになってきたわね。カリスマ性があって、一部の生徒達を先導しているとか。私も遠くから見た事しかないけど、なかなかのイケメンよ。非公認のファンクラブもあるくらい。私に分かるのはこれくらいかしら」
二年の校舎は少し離れていて、ほとんど交流がない。上級生参加の夜会にも出席されていなかったらしく、ローリエもどういう人物か掴めていないようだ。
(うーん、今一つ、人物像が不明だ。カリスマ性があって、支持を集めていることが、危険なのか。クラフト国の状況から、よく思われていないのか)
「とにかく!リリアンヌは関わらないのよ!あなた、ぼけーっとしているように見えて、色々と首を突っ込んでいるんですから」
「わっ、分かっているよ」
「だいたい、殿下との放課後の逢瀬はどうなってるのよ」
ローリエの目がキラリと光り、リリアンヌに近づいてきた。全て見透かされてしまいそうでドキッとした。
「それは…順調よ!毎日、殿下の入れてくれたお茶を飲んで、近況を話したり、子供の頃の話をしたり……」
「それだけ!?密室で二人きりで楽しくお話しておしまい?」
ローリエは、口をパクパクと開いて、信じられないという顔をしている。
「他に何があるのよ!私は真剣に考えてお互いをよく知り合えるように頑張っているのよ」
「殿下が迷路にはまっているのが想像できるわ…百戦錬磨の策士も、この手の無垢なタイプは逆に手に負えないかも…大切にしつつ、強引にいくことは避けて、距離を縮めようとされているのね…気の長いこと…」
「ローリエ、なに、ブツブツ言っているのよ」
下を向いてブツブツ言っていたローリエが、突然パッと顔を上げた。
「リリアンヌ!良いことを教えてあげる。お互いをよく知るためには、確かにあなたの努力が必要なのよ!」
「え?ええ、それは…」
ローリエはリリアンヌに耳打ちをした。
「…?そんな事でいいの?」
「そうよ。ふふっ、殿下は私に感謝するべきね」
ローリエがにっこりと笑った。
初夏の日差しがローリエ顔にとろっと伸びていき、それははちみつのように甘そうでとても美しかった。
□□□
「ごめんね、承認した案件に不備があったみたいなんだ」
「いえ、私の方は全然構いません。お忙しいのでしたら、今日は・・・」
「それは、大丈夫!リリアンヌは座ってゆっくりしていてね」
いつものように放課後、生徒会会長室を訪ねると、フェルナンドは、生徒会の方々と忙しそうに書類の整理に追われていた。
(会長の仕事なんて、サインをするだけなんて言っていたけど、いつもちゃんと、仕事しているからな)
放課後、リリアンヌが来ると、フェルナンドは書類をチェックしたり、打ち合わせをしている事が多い。無理に時間を作ってもらっているようで、申し訳ない気持ちもあるので、何か手伝えればと思うのだか、部外者がそこまで踏み込んで迷惑になるのも避けたい。
大人しくソファーに座って、フェルナンドの仕事ぶりを眺めていた。
テキパキと指示をして、淡々と書類の山を片付けている。
アレンスデーンは、まだまだ小国だが、豊かな大地に恵まれて、昨今は輸出にも力をいれている。フェルナンドはどんな国を作ろうとするのだろう。
男と恋愛するなんて、まっぴらだと思ってきた。世捨て人のようになって、自由に生きていこうとも思っていた。
ここに来て、その思いも揺らいでいる。それは、家のために命令されてというわけではなく、この男の作る国を、近くで見てみたいと思うようになってきた。
(ははっ…重症だな)
(もし、フェルナンドが、透哉であった自分のことも認めてくれたら・・・って、なに考えてんだよ)
「リリアンヌ、大丈夫?ずいぶん難しい顔をしているけど」
ハっと気がつくと、フェルナンドの顔が目の前にあった。
「っ!!あっ、いえ、今日の夕食の事を考えていました。何にしようかなと…」
「そんな難しい顔をして?リリアンヌは面白いな」
フェルナンドが、目を細めて笑った。
ぶぁと心に温かいものが広がって、くすぐったい気持ちになった。
(知りたくなかったよ。こんな気持ち)
いつの間にか、仕事は終わったらしく、生徒会の人達は撤収していた。
せめてこれだけはと、今日はリリアンヌがお茶を用意した。
「どうでしょうか。今日はウベの茶葉を使いましたが、お口に合いますか?」
「うん。美味しいよ。懐かしい味だね」
ウベの紅茶はアレンスデーン産で、国民にもよく親しまれて飲まれている。安価で香りも優れていて、最近輸出量が増えてきている。
フェルナンドにもお馴染みの味だと思ったので、取り寄せたのだ。
「子供の頃、怖い夢をよく見てね。眠れないときに、よくこのお茶を飲んだよ」
「まぁ、怖い夢ですか」
「ああ、私は兄弟いるのだが歳が離れていてね。姉達も早くに嫁いでしまったし、いつも一人でいる事が多かった。怖い夢を見た話を誰かにしたかったけど、まわりはとても厳しかったから、夢の話なんてしたら、しっかりしろと怒られるものだった。眠れない夜はこのお茶を入れてもらって、窓辺でカップの中に浮かんだ月を見るんだ。もしかしたら、自分のように誰かが同じ月を見ているかもしれない。そう思うと少し心が楽になったから」
フェルナンドは思い出しながら、少し寂しそうに笑った。
「今思うと、夢の内容も覚えていないし、何がそんなに怖かったのか、子供だったんだよね」
リリアンヌは胸の奥がツンとして、たまらずフェルナンドの手を握った。
「今も寂しそうな子供の目をしていらっしゃいますよ。昔の殿下の隣にいって、手を握ってさしあげる事は出来ないですが。今の殿下には私がおります。怖い夢を見たときは、どうぞお呼びください。そして、何を見たのか話してください。私がウベのお茶を入れて、朝までだって付き合いますから」
「リリアンヌ…君は…」
フェルナンドの顔が驚きの色に染まる。
¨もっとお互い知り合うには…リリアンヌが努力を……¨
(そうだ、ローリエに言われてたっけ…このタイミングで言うのか分からないけど)
「あー…えーと…、そのかわり、私が怖い夢を見たときも側にいてくださいね、フェルナンド」
驚いた顔をしていたフェルナンドが、今度は林檎のように赤くなった。
カップを持っていたら、落としていたかもしれない。
この人もこんな顔するのかと、今度はリリアンヌが驚いた。
「もう一度」
突然我に帰ったように、フェルナンドは立ち上がった。
「え?なんですか?」
「今のもう一度言って、リリアンヌ」
「ええ!?そんな!もう…恥ずかしいです!忘れました」
今のタイミングはまずかったのだろうかと、リリアンヌは焦りだした。
「だめだよ!せめて、もう一度、私の名前を呼んで」
「フェルナンド!いいですか、これで…!うわっ!」
フェルナンドに抱き上げられて、ぐるぐると子供のようにまわされた。
「うわぁぁぁ、ちょっと、こんなことされたら、腕が折れてしまいますよ」
「君は私をなんだと思っているの?このくらい全く問題ない」
その状態でしばらくフェルナンドは、リリアンヌを抱き締めていた。
「リリアンヌ、さっきの言葉は特別な言葉だよ。私はこんなに嬉しかったことはない」
「はっ…はい」
「これからは、ずっと、そうやって私の名前を呼んでね」
「はい…分かりました」
¨お互いもっと知り合うのなら、敬称を付けずに名前で呼んであげて。ここぞというタイミングが良いのだけど、さすがに上級テクだから、普通にさらっと呼んでみたらいかが?もっと距離が近くなれるわよ¨
(ローリエはあんな風に言ってたけど、これであっていたのかな)
確かに二人の間にあった、薄い壁みたいなものが、なくなったような気がした。
リリアンヌは、フェルナンドの胸に顔をうずめながら、心地よい安心感に目を閉じたのであった。
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