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11 美しい力
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「綺麗ですねぇ。こんな高価なもの、私の目には眩し過ぎます」
台座の上に載せられた女神の銅像を、ウルガが口を開けながら眺めていた。
両手で抱えるほどの大きさで、目には宝石を埋め込まれている。
贅を尽くした一級品で、長い間貴族の邸に飾られていたものを、オークションでファルコンが競り落としたそうだ。
外を歩くだけでは何もないからと、町へ行った次の日、女神像がルキオラの元に届けられた。
自室の入り口に飾ってみたが、あまりにそこだけ豪華になってしまい、ルキオラの質素な部屋には合わなかった。
それはウルガも感じたようで、価値が分からなくてすみませんと言って謝ってきた。
「私も美術品の価値なんて分からないよ。というか、私には高価なもの過ぎて、どう扱っていいのか……」
ヘルトに贈ったのが、母の形見で作ったネックレスだったので、それに見合うものを考えてくれたのだろう。
貰っておいて文句は言えないが、女神像に見られていると変に緊張してしまい、落ち着かなかった。
「あれ、それは子供の工作ですか?」
「え?」
何を言っているのか分からなかったが、ウルガの視線の先にあったのは、ルキオラが手に持っているブローチだった。
「孤児院訪問でもらったものですね。おー、なかなかよくできているじゃないですか」
「いや、これは……」
「ギラギラした銅像より、私はこちらの方が好きです」
オルキヌスから貰ったと言ったら、変な誤解を生んでしまうかもしれない。
オルキヌスは厳つい見た目に反して優しい人なので、親切心から泣いてしまったルキオラを励ますためにブローチを手作りしてくれたのだろう。
それを上手く説明できなくて、目を泳がせてしまった。
「私も、このブローチの方が好きだよ」
それは本心だった。
ファルコンから貰った、とても高価な銅像より、オルキヌスがくれたブローチの方が嬉しかった。
今までだったら、ファルコンが自分のためにこんな豪華なものをくれたと喜んでいたに違いない。
それなのに、布を引っ張ってこの銅像が現れても、少しも心が踊らなかった。
待たせてしまったからその詫びもあるとファルコンからの手紙には書かれていた。
その通り、あのカフェで長々と待たされた後、結局店から出てきたファルコンは酔っていて、騎士達に抱えられながら馬車に乗せられた。
皇帝とのことで、ファルコンの心が荒れているのかもしれないと思ったが、あまりにひどいと思ってしまった。
それでもそこまで落ち込まなかったのは、オルキヌスがいてくれたからだ。
ルキオラが泣いてしまった後は、面白い話をしてやろうと、他国で流行っている冗談を言ってきた。
ルキオラには意味がわからなくて、ポカンとしてしまったが、必死に笑わせようとしてくるオルキヌスを見て、おかしくて笑ってしまった。
だから、長い時間待たされても少しも苦ではなかった。
しかし、それとこれとは話が別だ。
前々から、自分への扱いが雑であることは気が付いていた。
何をしてもいいだろうと思っている節があった。
我慢してきたが、オルキヌスと話したことにより、疑問が絶えず生まれてくるようになった。
そしてそれを我慢せずに自分の意思として受け入れることにしたのだ。
「殿下へのお返しはどうしますか? 神具でも……」
ウルガが準備をするために立ち上がったのが分かったが、ルキオラは首を振った。
皇族へ感謝の気持ちを伝える時には、神殿にある神事で使う神具や、神殿が所有している茶器や、花瓶といったそれぞれ高価な物を返すのが一般的だった。
「手紙だけでいいよ」
「えっ……いいのですか?」
今までのルキオラなら、神官達に頭を下げて歩いて、何かもらえませんかとお願いしただろう。
しかし、もうそんな労力を使うことがバカらしく感じてしまって、ルキオラは手紙だけで済ませることにした。
ルキオラは簡単にお礼だけ書いて手紙に封をした。
ファルコンのことを想うことも疲れてしまって、しばらく離れて考えたいと思っていた。
窓の外を青い蝶が飛んでいるのが見えた。
どこへ向かうのだろうと思いながら、ルキオラはひらひらと舞う蝶に自分を重ねていた。
◇◇◇
英雄様が力を使うところは、二度と忘れられないくらい美しいと聞いた。
初めて英雄様を見たのは、宮殿で開かれた剣術大会だった。
試合に負けて足の骨を折った騎士のところに、英雄様のヘルトがやってきた。
彼が姿を見せた時、会場は歓喜に沸いた。
同じ皇宮騎士の同僚が、こっちを見てくださいと隣で叫んだのをうるさく思った。
純白で風を通す薄い絹を巻き付けた衣装は、英雄様だけが纏えるものだと聞いた。
確かに見た目は女神の使いを思わせる、神秘的な銀髪に黄緑色の瞳、甘く整った顔立ちは少女とも少年とも思えない幼さと魅惑的な印象があった。
あれでもうすぐ成人だと聞いたので、嘘だろうと疑ったほどだった。
しかしオルキヌスはヘルトの目を見た時、悪寒を覚えた。
あの目だ。
娼館で生まれ育ったオルキヌスは、あの目をよく知っていた。
強い欲望に魂まで染まった目。
あんな目をしているやつが帝国の英雄様なのかと思ったら、吐き気がして笑いたくなった。
ヘルトは剣術場で大勢の者が見守る中、怪我人に力を使った。
その場で軽く空に向かって一本指を上げて、その指で怪我人の足に触れた。
それは一瞬とも思えるくらいのわずかな時間で、男は回復して歩けるようになった。
男が誇らしげに走って腕を上げている場面を見たオルキヌスは、その力の凄さに思わず戦慄が走った。
死人を蘇らせることは不可能だと聞いたが、かなりの重傷でも、たちまち復活させることができる。
戦場に出たことはないと聞いたが、いざという時、彼が戦場に立ったら、どんなに精鋭部隊を揃えても敵わないかもしれない。
それでなくとも彼が生きている限り、女神の加護は続くのだ。
奇跡だと拍手が沸き起こる中、どうにかその秘密をつきとめなければと、オルキヌスは強く手を握り込んだ。
だから、力を使うところが美しいなどという言葉は、すっかり忘れていた。
あの姿を見るまでは……
「こっちは静かなもんです。訓練に城の警備、貴人の警護、町の見回りに、牢の見張り番を回してます。この辺は似たようなものですね。不満があるやつはそれなりにいますが、大したものはないです」
「そうか、引き続き頼む。何か情報があればすぐに知らせるように」
月明かりの下、オルキヌスの部屋に窓から入って来たのは部下のゴングルだった。
直近の報告を受けたが、目立った変化はなかった。
「やはり、英雄様の成人の儀か。そこに何かありそうだな」
「ええ、まだ時間はありますが、兵達も準備を始めています。どこでやるかも明かされず、皇帝と神殿長と英雄様以外は立ち入り禁止の厳戒態勢らしいので、どう入り込むかは今から調べる必要がありますね」
「俺もその線で探ろう。書庫を調べる必要があるな」
と言っても宮殿の書庫に騎士は入れない。
どうやって忍び込むか考えながら、オルキヌスは組んでいた腕を外して手を机の上に置いた。
壁にもたれていたゴングルは、夜目がきくので、わずかな変化にすぐに気がついた。
「あれっ、オルキヌス様。指先に傷が……珍しいですね。訓練で怪我でも……」
「いや、金具を打っている時に擦っただけだ」
「金具って……皇宮騎士はそんな手作業までするんですか?」
ゴングルがちゃんと仕事をしているのかという目で見てくるので、ゴホンと咳払いしながら、いいだろうと言ってオルキヌスはまた腕を組んだ。
「そう言えば、一般騎士の方では、神殿警備の担当が人気で取り合いになってますよ」
「ああ、どうせヘルト様目当てだろう。この国の連中はみんな揃いも揃って……」
「そうなんですけど、それが最近はルキオラ様を見たいという者も現れてきたんです」
ゴングルが何気なくこぼした話にオルキヌスの思考が止まった。
「先日宮殿でルキオラ様が力を使うところを初めて見たというやつがいましてね。なんでも神事で力を使う時は、ヘルト様が活躍する場面が多くて、ルキオラ様は陰に隠れるように目立たなかったらしいんですよ。それで今回初めて見たという者達が大騒ぎしているんです。ヘルト様とはまた違って……」
「美しかった、か」
「えっ……ええそうです」
言おうとした言葉を先に言われてしまったので、ゴングルは不思議そうな顔をしていた。
始めは小さな光だった。
手の中に灯ったそれが柔らかに体全体に伸びていき、キラキラと星のように光った。
ルキオラの髪は風を受けているように靡いて、緑の瞳は生命が息吹くように輝きだした。
全てが、この世の輝きの全てがそこに込められたように眩しくて、あの時オルキヌスは息をするのも忘れてしまった。
自分の手の中にあの輝きをつかまえたい。
おそらくあの場にいた誰もがそう思って手を伸ばしたに違いない。
令嬢の頬が治ってルキオラの力が止まった時、オルキヌスの心臓の鼓動は壊れそうなくらいだった。
魂ごとを奪われてしまったように目が釘付けになってしまった。
英雄様などともてはやされて、ヘルトは気味が悪かったし、嫌な印象しかなかった。
それなのに同じ英雄様で、姿もよく似ているはずのルキオラは、別人のように洗練されていて美しかった。
その時のことを思い出して、胸が熱くなったオルキヌスは、深く息を吐いて立ち上がった。
「もう戻れ、休む」
「は、はい」
心ここに在らずで、ベッドに入ってしまったオルキヌスを見て、ゴングルは首を傾げながら入ってきた時と同じように窓から出て行った。
全て壊してしまうかもしれないのに、誰かと関わるつもりなどなかった。
それなのに、引き寄せられてしまうのは、英雄様の力のせいなのか、それとも……
オルキヌスは目を閉じて胸に手を当てた。
瞼の裏にルキオラがブローチを手に泣きながら笑っている顔が思い浮かんで、開いていた手をぎゅっと閉じた。
□□□
台座の上に載せられた女神の銅像を、ウルガが口を開けながら眺めていた。
両手で抱えるほどの大きさで、目には宝石を埋め込まれている。
贅を尽くした一級品で、長い間貴族の邸に飾られていたものを、オークションでファルコンが競り落としたそうだ。
外を歩くだけでは何もないからと、町へ行った次の日、女神像がルキオラの元に届けられた。
自室の入り口に飾ってみたが、あまりにそこだけ豪華になってしまい、ルキオラの質素な部屋には合わなかった。
それはウルガも感じたようで、価値が分からなくてすみませんと言って謝ってきた。
「私も美術品の価値なんて分からないよ。というか、私には高価なもの過ぎて、どう扱っていいのか……」
ヘルトに贈ったのが、母の形見で作ったネックレスだったので、それに見合うものを考えてくれたのだろう。
貰っておいて文句は言えないが、女神像に見られていると変に緊張してしまい、落ち着かなかった。
「あれ、それは子供の工作ですか?」
「え?」
何を言っているのか分からなかったが、ウルガの視線の先にあったのは、ルキオラが手に持っているブローチだった。
「孤児院訪問でもらったものですね。おー、なかなかよくできているじゃないですか」
「いや、これは……」
「ギラギラした銅像より、私はこちらの方が好きです」
オルキヌスから貰ったと言ったら、変な誤解を生んでしまうかもしれない。
オルキヌスは厳つい見た目に反して優しい人なので、親切心から泣いてしまったルキオラを励ますためにブローチを手作りしてくれたのだろう。
それを上手く説明できなくて、目を泳がせてしまった。
「私も、このブローチの方が好きだよ」
それは本心だった。
ファルコンから貰った、とても高価な銅像より、オルキヌスがくれたブローチの方が嬉しかった。
今までだったら、ファルコンが自分のためにこんな豪華なものをくれたと喜んでいたに違いない。
それなのに、布を引っ張ってこの銅像が現れても、少しも心が踊らなかった。
待たせてしまったからその詫びもあるとファルコンからの手紙には書かれていた。
その通り、あのカフェで長々と待たされた後、結局店から出てきたファルコンは酔っていて、騎士達に抱えられながら馬車に乗せられた。
皇帝とのことで、ファルコンの心が荒れているのかもしれないと思ったが、あまりにひどいと思ってしまった。
それでもそこまで落ち込まなかったのは、オルキヌスがいてくれたからだ。
ルキオラが泣いてしまった後は、面白い話をしてやろうと、他国で流行っている冗談を言ってきた。
ルキオラには意味がわからなくて、ポカンとしてしまったが、必死に笑わせようとしてくるオルキヌスを見て、おかしくて笑ってしまった。
だから、長い時間待たされても少しも苦ではなかった。
しかし、それとこれとは話が別だ。
前々から、自分への扱いが雑であることは気が付いていた。
何をしてもいいだろうと思っている節があった。
我慢してきたが、オルキヌスと話したことにより、疑問が絶えず生まれてくるようになった。
そしてそれを我慢せずに自分の意思として受け入れることにしたのだ。
「殿下へのお返しはどうしますか? 神具でも……」
ウルガが準備をするために立ち上がったのが分かったが、ルキオラは首を振った。
皇族へ感謝の気持ちを伝える時には、神殿にある神事で使う神具や、神殿が所有している茶器や、花瓶といったそれぞれ高価な物を返すのが一般的だった。
「手紙だけでいいよ」
「えっ……いいのですか?」
今までのルキオラなら、神官達に頭を下げて歩いて、何かもらえませんかとお願いしただろう。
しかし、もうそんな労力を使うことがバカらしく感じてしまって、ルキオラは手紙だけで済ませることにした。
ルキオラは簡単にお礼だけ書いて手紙に封をした。
ファルコンのことを想うことも疲れてしまって、しばらく離れて考えたいと思っていた。
窓の外を青い蝶が飛んでいるのが見えた。
どこへ向かうのだろうと思いながら、ルキオラはひらひらと舞う蝶に自分を重ねていた。
◇◇◇
英雄様が力を使うところは、二度と忘れられないくらい美しいと聞いた。
初めて英雄様を見たのは、宮殿で開かれた剣術大会だった。
試合に負けて足の骨を折った騎士のところに、英雄様のヘルトがやってきた。
彼が姿を見せた時、会場は歓喜に沸いた。
同じ皇宮騎士の同僚が、こっちを見てくださいと隣で叫んだのをうるさく思った。
純白で風を通す薄い絹を巻き付けた衣装は、英雄様だけが纏えるものだと聞いた。
確かに見た目は女神の使いを思わせる、神秘的な銀髪に黄緑色の瞳、甘く整った顔立ちは少女とも少年とも思えない幼さと魅惑的な印象があった。
あれでもうすぐ成人だと聞いたので、嘘だろうと疑ったほどだった。
しかしオルキヌスはヘルトの目を見た時、悪寒を覚えた。
あの目だ。
娼館で生まれ育ったオルキヌスは、あの目をよく知っていた。
強い欲望に魂まで染まった目。
あんな目をしているやつが帝国の英雄様なのかと思ったら、吐き気がして笑いたくなった。
ヘルトは剣術場で大勢の者が見守る中、怪我人に力を使った。
その場で軽く空に向かって一本指を上げて、その指で怪我人の足に触れた。
それは一瞬とも思えるくらいのわずかな時間で、男は回復して歩けるようになった。
男が誇らしげに走って腕を上げている場面を見たオルキヌスは、その力の凄さに思わず戦慄が走った。
死人を蘇らせることは不可能だと聞いたが、かなりの重傷でも、たちまち復活させることができる。
戦場に出たことはないと聞いたが、いざという時、彼が戦場に立ったら、どんなに精鋭部隊を揃えても敵わないかもしれない。
それでなくとも彼が生きている限り、女神の加護は続くのだ。
奇跡だと拍手が沸き起こる中、どうにかその秘密をつきとめなければと、オルキヌスは強く手を握り込んだ。
だから、力を使うところが美しいなどという言葉は、すっかり忘れていた。
あの姿を見るまでは……
「こっちは静かなもんです。訓練に城の警備、貴人の警護、町の見回りに、牢の見張り番を回してます。この辺は似たようなものですね。不満があるやつはそれなりにいますが、大したものはないです」
「そうか、引き続き頼む。何か情報があればすぐに知らせるように」
月明かりの下、オルキヌスの部屋に窓から入って来たのは部下のゴングルだった。
直近の報告を受けたが、目立った変化はなかった。
「やはり、英雄様の成人の儀か。そこに何かありそうだな」
「ええ、まだ時間はありますが、兵達も準備を始めています。どこでやるかも明かされず、皇帝と神殿長と英雄様以外は立ち入り禁止の厳戒態勢らしいので、どう入り込むかは今から調べる必要がありますね」
「俺もその線で探ろう。書庫を調べる必要があるな」
と言っても宮殿の書庫に騎士は入れない。
どうやって忍び込むか考えながら、オルキヌスは組んでいた腕を外して手を机の上に置いた。
壁にもたれていたゴングルは、夜目がきくので、わずかな変化にすぐに気がついた。
「あれっ、オルキヌス様。指先に傷が……珍しいですね。訓練で怪我でも……」
「いや、金具を打っている時に擦っただけだ」
「金具って……皇宮騎士はそんな手作業までするんですか?」
ゴングルがちゃんと仕事をしているのかという目で見てくるので、ゴホンと咳払いしながら、いいだろうと言ってオルキヌスはまた腕を組んだ。
「そう言えば、一般騎士の方では、神殿警備の担当が人気で取り合いになってますよ」
「ああ、どうせヘルト様目当てだろう。この国の連中はみんな揃いも揃って……」
「そうなんですけど、それが最近はルキオラ様を見たいという者も現れてきたんです」
ゴングルが何気なくこぼした話にオルキヌスの思考が止まった。
「先日宮殿でルキオラ様が力を使うところを初めて見たというやつがいましてね。なんでも神事で力を使う時は、ヘルト様が活躍する場面が多くて、ルキオラ様は陰に隠れるように目立たなかったらしいんですよ。それで今回初めて見たという者達が大騒ぎしているんです。ヘルト様とはまた違って……」
「美しかった、か」
「えっ……ええそうです」
言おうとした言葉を先に言われてしまったので、ゴングルは不思議そうな顔をしていた。
始めは小さな光だった。
手の中に灯ったそれが柔らかに体全体に伸びていき、キラキラと星のように光った。
ルキオラの髪は風を受けているように靡いて、緑の瞳は生命が息吹くように輝きだした。
全てが、この世の輝きの全てがそこに込められたように眩しくて、あの時オルキヌスは息をするのも忘れてしまった。
自分の手の中にあの輝きをつかまえたい。
おそらくあの場にいた誰もがそう思って手を伸ばしたに違いない。
令嬢の頬が治ってルキオラの力が止まった時、オルキヌスの心臓の鼓動は壊れそうなくらいだった。
魂ごとを奪われてしまったように目が釘付けになってしまった。
英雄様などともてはやされて、ヘルトは気味が悪かったし、嫌な印象しかなかった。
それなのに同じ英雄様で、姿もよく似ているはずのルキオラは、別人のように洗練されていて美しかった。
その時のことを思い出して、胸が熱くなったオルキヌスは、深く息を吐いて立ち上がった。
「もう戻れ、休む」
「は、はい」
心ここに在らずで、ベッドに入ってしまったオルキヌスを見て、ゴングルは首を傾げながら入ってきた時と同じように窓から出て行った。
全て壊してしまうかもしれないのに、誰かと関わるつもりなどなかった。
それなのに、引き寄せられてしまうのは、英雄様の力のせいなのか、それとも……
オルキヌスは目を閉じて胸に手を当てた。
瞼の裏にルキオラがブローチを手に泣きながら笑っている顔が思い浮かんで、開いていた手をぎゅっと閉じた。
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