英雄になれなかった子

朝顔

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21 予期せぬ訪問者

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 その人が来たのは、ヘルトが大暴れして、ルキオラのペンダントが壊れたあの日から、三ヶ月ほど経った日の午後だった。

 来訪が知らされた時、ルキオラは間違いではないかと聞き返してしまった。
 ウルガは何度も同じ名前を言うので、間違いないのだと思うまで時間がかかってしまった。

 神殿の来客用のティールームで待ってもらったが、ノックをして返事が来るまで、何か目的があるのではないかと考えてしまった。

「ルキオラ様、お久しぶりです。約束もなく、突然押しかけてしまい申し訳ございません」

 ドアを開けると、花柄のドレスがふわっと膨らんで、編み上げが美しい頭が見えた。
 深々とお辞儀をしていた頭が上がると、マルゲリッタ令嬢の計算し尽くされたような美しい微笑みがあった。

「こちらは予定もないので構いません。ただ、びっくりしました。私に会いに来てくださるなんて……、もう体調はよろしいのですか?」

 そう問いかけると、マルゲリッタの顔は曇ってしまった。大丈夫ですと言った言葉が、やけに弱々しく聞こえた。

 とりあえずウルガにお茶を用意してもらい、マルゲリッタには椅子に座ってもらった。
 ルキオラもその正面に座って、簡単に挨拶を済ませた。
 ウルガが運んできたお茶を一口飲んでから、マルゲリッタはルキオラの目を見て話し始めた。

「あの時の……お礼が言えませんでしたので。しばらく寝込んだ後、気がついたら事がルキオラ様のせいになってしまい、私は何もできずに申し訳ございませんでした」

「ああ、あれはもう済んだことですし、いつものことというか……」

「そんなっ……ルキオラ様は助けてくださったのに……。それにあれは、私のせいなのです」

「ええと……令嬢が殿下と二人きりになってヘルトが怒って……」

「ええ、ヘルト様に思い切り見せ付けるようにキスをしました」

 カチャンとカップを置いて、神妙な顔をしたマルゲリッタが力強く言い放ったので、ルキオラは唖然として言葉を失ってしまった。

「わざと怒らせたのです。それで騒動を起こして、私を婚約者候補から外してもらえるようにしたかったのです」

「ええっ!!」

 驚きの真相に、ルキオラはお茶を口から出しそうになってしまった。マルゲリッタは真剣な顔になって重々しい口調で語り出した。




「実はマクベス公爵家と皇家とは、父の代になってからあまりいい関係ではありませんでした。父は政治的に反対の立場を取り、役人達とは繰り返し衝突して来ました。私を婚約者候補に入れたのは、表向きは友好のためですが、娘を人質にして力をねじ伏せようという思惑があるのです。父は頭を痛めていて、私がどうにかしようとあのような行動を取りました」

「なぜ、そのように関係が悪くなってしまったのですか?」

 それを聞くとマルゲリッタは、いっそう重い顔になって口を閉じた。
 あまり聞かれたくない話なのかもしれないと、ルキオラは手を上げて、ウルガに外へ出るように促した。
 頭を下げたウルガが部屋を出ていくと、マルゲリッタは一息ついてからまた口を開いた。

「二十年前の大火事をご存知ですか? 暗黒期最後の悲劇と呼ばれた……」

「ええ、帝国の南端にある港町エイレンが一夜にして火の海になったという火事ですね。歴史の時間に習いましたが、ひどいものだったと聞きました」

「私も生まれる前なので、実際の状況は分かりませんが、父はその火事で弟を亡くしています。本来は父が行く仕事だったのですが、父の弟が代わりに向かって、エイレンで災難に……」

「なんと……それは悲しいことですね」

「叔父は火傷を負ったのですが、助け出されてしばらくは生きていました。父は部下から話を聞いて、叔父が見たものについて知り、皇家に疑惑を持つようになったのです」

 何だかとんでもない話になってきたので、ルキオラはこの話を自分が聞いていいのかと内心慌てていた。
 しかし、マルゲリッタは止めることなく話してくるので、ルキオラはとりあえず頷くしかなかった。

「叔父はあの火事の時に暗夢を見たと言ったそうです」

「暗夢……、皇宮騎士団でも特に高い忠誠心と武力が優れた者を集めたという、陛下直属の部隊ですね」

 オルキヌスも所属する皇宮騎士団には、特別な部隊が存在すると言われている。
 隊員の名前もその人数も謎だが、皇帝のために工作や殺戮も行うと言われている。
 しかし誰も存在を確認できないというのに、なぜ暗夢だと分かったのかと思ったら、マルゲリッタはルキオラの視線に頷いた。

「叔父には貴族学校時代からの幼馴染がいて、彼が暗夢に入ったことを内緒に教えてもらっていたそうです。あの日、その幼馴染を見かけたそうです。幼馴染は商店の裏で油を撒き、火をつけていたと……、黒装束で顔を隠していましたが、歩き方で幼馴染だと分かったそうです」

「え? どっ、な……火を? ななぜ、そんな……」

「それが分からないのです。とにかく叔父は見ては行けないものを見てしまった。そして火の海に飲まれた……。父は叔父の皇帝を信じるなという最後の言葉を聞いて、それから疑惑の目を向けることになりました。あの大火事は、弟の命を奪った大火事は仕組まれたものだと」

 マルゲリッタの話はルキオラにはまったく理解できなかった。
 暗夢なんて存在すら信じられなかったのに、その上、何かの陰謀が隠されていると言われても、ルキオラにはどうしていいか分からない話だった。

「なぜ……この話を私に……」

「どうか、英雄様にも知っていて欲しいのです。歴史上、皇后は皇太子を産むとなぜかすぐに病死してしまうこと。英雄様もまた短命で、英雄と呼ばれて尊いとされるのに、終わりはあっけなく粗末に埋葬されます。それに、今まで何人も皇家に疑問を持った者がいましたが、全員跡形もなく消えています」

「それは……」

 触れてはいけないもの。
 それはこの世にはたくさあるが、その一番危険なものが今聞かされた話かもしれない。
 ぶるりと震えたルキオラは自分の腕を掴んだ。

「もしかして、アーバン子爵家も皇家と関係が悪いと聞きましたが、何かあるのですか?」

「アーバン家は確か何代か前のご当主が、国の要職を突然辞められて、引き止めにあったそうですが、頑なにもう関わらないと拒否されたそうです。何か手掛かりになりそうなものが残されていたら、当時の状況が分かるかもしれませんね」

 その時、ルキオラの脳裏によぎったのは、子爵の曽祖父の日記だ。あれが読めたなら、この疑問ばかりに囲まれた状況から抜け出せるような気がした。

「実はあの時、私ヘルト様と殴り合う覚悟をしていたんです。でも、実際自分が叩かれたら頭が真っ白になってしまって、自分が何もできないのだと本当に思い知りました」

「マルゲリッタ様……」

「でも作戦通り、私の評判は落ちて、他の貴族から婚約者候補から外した方がいいという声が上がっています。それとは別に、私は積極的にパーティーに参加して、ルキオラ様が悪くないことを、伝え歩いています。ヘルト様の信者は多いですけど、令嬢達の噂の力はすごいですよ」

「で、でも、私にこんな話をしたら殿下に伝わるかもしれないのに……」

「私を助けてくれたルキオラ様を信じます。あの時のお力……本当に優しくて心に沁みました。確かではないですが、夜の歓楽街で殿下を見かけたという噂が出ています。どうか、ルキオラ様のご無事と幸せを祈っております」

 失礼しますと立ち上がったマルゲリッタは、以前見た時のまだあどけなさの残る可愛らしい感じとは少し違って見えた。
 憂だ横顔は大人の女性を思わせる美しさがあった。

 部屋の前で控えていた侍女とともに、頭を下げてからマルゲリッタはドレスの裾を翻して帰って行った。
 さすが所作一つ取っても完璧で美しく、彼女こそ皇后に相応しいと思えるものだった。

 廊下に出るとウルガの姿がなかった。
 確か、午後は予定があると言っていたので、時間になったら、自分が来客中でもすぐに向かっていいと言っていたのを思い出した。

 自分の部屋に戻ろうとしていたら、角を曲がった時、ふと違和感に気がついた。
 その角の奥がヘルト部屋で、不在でもいつも誰かが廊下に立っていた。
 それなのに、今日は部屋の前に人がおらずドアが少しだけ開いていた。
 不在で人手がないのかもしれない。
 不在時ドアは必ず閉めなくてはいけないので、ルキオラは迷ったが、閉めてあげようとヘルトの部屋に近づいた。

「あっ………っっ」

 ドアに手を掛けようとして伸ばした手が、中から聞こえて来た声にビクッとして固まった。
 どこか苦しんでいるような、声のような気もするが、何となく艶のある声にも聞こえる。

 そのまま動かずにいたら中から聞こえて来た声に、ルキオラの心臓は一気に冷えた。

「大きな声をあげるな。外に聞こえるぞ」

「大丈夫……人払いをしたから、しばらく近づかないように言ってある」

「ハッ、可哀想な犬達だ。どんなに尻尾を振っても、ココに触れさせてはもらえないのだから」

「言ってるでしょう。僕だって寂しいからお遊びはするけど、ココに挿入っていいのは、ファルだけだよ」

 興奮しているのかいつもより上擦った声だが、その声は聞き間違えることなくファルコンだった。
 密室でヘルトと二人きりで何をしているのか、逃げ出したいと思うのに、ルキオラの足は動かなかった。




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