二十二年前の君にも、愛していると伝えたい

朝顔

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前編

前編②

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 サイラスはその愛くるしい笑顔で、男女問わず魅了してしまい、一方的な好意を向けられることが多かった。何度も襲われて、心に傷を作っていた……これは調べた通りのようだ。
「色々噂は聞いていたよ。大変そうだと思っていた。彼はさしずめ君の番犬といったところかな。よく飼い慣らされている」
「……は? この人、い、今俺を犬扱い……」
「ジェレミー、少し黙っていて。そんなようなものです。あの、指導時間をいただけるのですか?」
「もちろん、学生としては平日の放課後だね。私の勤務は指導係になると時間を調整できるので、放課後の時間に合わせて、指導室で待っている」
「あ、ありがとうございます! 僕、色々相談できる方がほしくて……本当に嬉しいです」
 屈託のない笑顔を見せるサイラスは、誰よりも輝いて見える。そんな彼がなぜ……。
「……あのぉ、でも、本当によろしいのですか? お仕事が始まる忙しい時期なのに……」
「ああ、実はね、私も下級生の時、上級生に助けられたんだ。自分も上級生になったら誰かを、と思って来たけど、卒業まで何もできずに来てしまった。教授から卒業後でも貢献できると聞いてね。これならと思ったんだ」
 口にしながらおかしな話だと、ヨランは心の中で苦笑する。昔は愛想笑いなどできなかった。空気を読まず、誰にでも辛辣な意見をすることから、上級生には生意気だと嫌われていた。
 助けてもらうどころか、散々嫌味を言われた記憶しかない。
「だから……、やり直しにきたんだ」
 ヨランの言葉と共に、風が強く吹いた。
 そう、これはやり直し。
 サイラスの悲しみを止めるのは、彼を助けるため。
 ヨランの目的は、サイラスの隣にいる、幼馴染のジェレミーだ。
 ヨランがよく知っている彼は、笑うと目尻に皺ができて、鏡の前に立っては老けたなと言って笑っていた。
 ヨランは彼の隣に並び、一緒に鏡へ映り微笑む。そして手を絡ませ見つめ合い、自然に唇を重ねた。
 そう、ヨランとジェレミーは結婚し夫婦となる。
 しかし幸せだった二人には、悲しい運命が待ち受けていた。
『二十二年前を忘れるな』
 そのメッセージを見た時、全ては二十二年前、幼馴染のサイラスの死、それから始まったのだと悟った。
 だから、ヨランは戻った。
 二十二年前、まだジェレミーと出逢う前に。
 対価を払い、最愛の人を助けるため……。

 

 ジェレミー・アイザック。
 ジェレミーは貴族ではないが、平民の中で優秀な数人が選ばれる特別生という制度を利用し、高等部から貴族学校に入学した。サイラスの家、エドマン家から支援を受けており、アイザックの名ももらった。
 ジェレミーが評価されたのは、剣の腕だ。
 数々の大会で最年少記録を塗り替えるほどの腕前で、学生でありながら、すでに見習い騎士としての仕事もこなしていた。
 彼とヨランが出会ったのは、サイラスが亡くなった後のことだ。
 彼はサイラスの亡骸の第一発見者だった。
 争った形跡はなく、事故か殺人か自死で判断ができなかった。現場には遺書がなく、不審な点があったため、調査官は判断を裁判所送りにした。
 審問官は最終決定をする裁判を行う前に、参考人から聞き取り調査をし、事件の詳細をまとめる役目を担っている。
 ヨランはその時、先輩審問官に付いて仕事を学んでいたが、学生の事件ならお前が適任だろうと言われ、一人で担当することになる。
 大きな事件であれば、出世の為に我先にと喰らいつくくせに、こんな小さい事件に構っていられない。
 そう顔に書いてあった。
 上官は仕事を長引かせたくないようで、学生同士の痴情のもつれか、くだらない悩みのどちらかだから、自死で処理しろと面倒な顔で指示してきた。
 そんな状況でヨランは、参考人として呼ばれたジェレミーと審問室で出会うことになる。送られてきた調書を見ると、ジェレミーは第一発見者だが、殺害を疑われ、相当キツい取り調べを受けたようだった。
 審問室のドアを開け、名前を名乗ると、返ってきたのは凍りつくような冷たい視線だった。
 まだ研修気分でいたヨランは、その一瞬で自分の甘い考えを叩き直されることになる。
 そう……二人の出会いは良いものとは言えない。
 どちらかと言えば悪い。
 ジェレミーは、ヨランに対して反抗的で酷い態度をとった。ヨランもまた、聞いたことを素直に話さないジェレミーにイラつき、早く終わらせたいという気持ちで仕事をした。
 行き詰まったヨランはやり方を変えることにする。考えてみれば、彼は大切な友人を亡くしたばかり、第一発見者というのもかなりのショックなはずだ。そして、殺害したのではと疑われ、今は全てが憎く見えるはず。
 一学年違いであったが、他人に興味がなく、ジェレミーがどんな人物かも知らなかった。相手を知ることから始めようと、興味がありそうな話題を振り、なるべく気さくに話しかけた。
 事件から離れ、別の話であれば、ジェレミーは答えてくれるようになる。
 毎日、朝から夕方まで、少しずつ、少しずつ、彼の警戒心を解き、笑って話し合えるまでになる。
 いつしか二人で話す時間が楽しくなり、夜が長く感じるようにもなった。冗談を言い、軽く手が触れた時、ジェレミーの瞳が熱いものに変わったことに気づいたヨランは、これはマズいと思った。
 そしてその頃には審議も終了し、ジェレミーがサイラスを殺した証拠がなく、ほぼ自死だろうと結論付けられた。遺族の意向もあり調査は継続扱いになったが、ジェレミーへの審問は終了した。
 二人の関係も、これで終わると思われたが、釈放されたジェレミーは、ヨランの仕事帰りを待ち、話しかけてくるようになった。
 仕事以外では会うべきではないと一線を引こうとしたが、ジェレミーはそれを簡単に飛び越えてくる。
 好きになったと言われ、一年間、毎日のように会いに来て、断っても、押して、押して、情熱的に何度も口説いてきた。
 強引とも思えるアプローチだったが、心がジェレミーに傾いていたヨランは、ついに根負けして頷いた。
 泣きながら笑顔になったジェレミーに強く抱きしめられて、ヨランは自分が満たされて行くのを感じた。
 この気持ちが愛なのだと、初めて気づいたのだ。
 二人が付き合い出した頃、サイラスの死から二年が経過していた。
 

 ツキンと頭が痛み、ヨランは眉間を指で押さえた。
 目を閉じると嫌な記憶ばかり浮かんでくる。
 やり直すために過去へ戻った。
 それなのに何度も何度も、あの場面が頭に浮かぶ。
 忘れたい、忘れたいのに何度も……。
 
「どうした? 辛そうだな」
 叔父の冷たい視線が飛んできて、ハッとしたヨランは顔を上げる。
「少し疲れが。でも、大したことではありません」
「……しっかりしてくれ。私の許可なく指導係などになって、仕事の方は問題ないだろうな? お前の評価が家の名誉に、ひいてはマイクにも影響する。泥を塗るようなことは許さないぞ!」
 朝から嫌なヤツに会ってしまったと思っても仕方がない。ヨランは頭を下げ、その場をやり過ごすことにした。
 エトワール王国の首都ロココ。町の中心にある一際大きな建物、それが王国第一裁判所だ。審問官として採用されたヨランの勤務先であり、裁判官として務めている叔父フィヨルドも同じである。
 採用試験は受けたが、自分の力だけで審問官になれたとは思っていない。そこに叔父の力が入ったのは間違いないからだ。
 アーデルハイド子爵家は、代々裁判官として国の政治に関わる重要な人物を輩出してきた。子供の頃から法律について厳しい教育を受け、否応なしにその道が用意された。
 ヨランも一度は別の道を考えたことがある。しかし、父が歩んだ道を自分も歩いてみたいと思い、同じ道に進む決意をした。
 ヨランにとって、父は憧れの存在だった。父のようになりたいと、辛いことがあっても耐えてきたのだ。
「まぁ、お前は審問官止まりだろうが、マイクは裁判官になるはずだ。足を引っ張るのだけはやめてくれよ」
「ご安心ください。そのようなことはありません」
「その言葉、覚えておくからな」
 捨て台詞のようなものを言って、叔父は先に階段を上っていった。
 同じ職場に勤めていれば、玄関口で顔を合わせることもある。今日は運が悪かったと思うことにする。
 審問官として実績を積み、評価を得られれば、裁判官に昇進できる。しかし、これはほんの一握りしかいない。
 体面を気にする叔父は、兄の子だけ差別していると思われたくなかったのか、一応ヨランを審問官に推してくれた。だが、そこから先は話が別だ。
 よほど優秀であるか、政治の世界まで入り込み、上と上手くやって気に入られなければ先には進めない。
 やり直しの世界では、まだ叔父の強い支配下にあるので、朝から気分が悪くなった。
 あの男の頭のほとんどは、金と名誉だ。自分の息子をどうにか同じ地位まで押し上げたいと、そればかり。
 
——昔からそうだ。
——ずっとだった。

 ヨランは十二の時、両親を事故で亡くした。
 まだ成人に達していないヨランは、爵位を受けることができず、アーデルハイド子爵家は叔父フィヨルドが継ぐことになる。
 両親を亡くし、悲しみに暮れるヨランの元に、叔父一家が移り住んできて、今日からこの家は私のものだと言った。
 夫人は大人しく目立たない人だが、ヨランの二つ下である息子のマイクは、わがままで陰険な性格だ。
 叔父はとにかく自分の息子を溺愛しており、マイクに一番いい部屋を与えて、ヨランを使用人の部屋に押し込んだ。
 ヨランはショックと悲しみで考える力をなくし、抵抗することもできず、言われるままにするしかなかった。
 フィヨルドは爵位を受け継いだため、同時に裁判官として働いていた父の仕事まで手に入れる。
 叔父は審問官として働いていた経歴があったが、二年ほどで辞めていた。それ以来遊び歩いていたが、子爵となり、認められたいと思う気持ちが強くなったようだ。
 上級裁判官にそうとうな金を流したらしい。貴族というやつは、とにかく金を積めば無理難題も押し通すという嫌な事例を作ってしまった。

 過去に戻ったのはジェレミーのためだ。
 自らの人生を考えている場合ではない。
 今の自分は新人だが、完璧に仕事をこなせる知識と経験を持っている。とにかく早く仕事を終わらせ、サイラスの元に向かう。
 今考えるのはそれだけだ。
 ヨランは唇を噛んでから下を向き、歩みを進めた。



 この世界において、恋愛関係は男女が一般的であるが、男同士の恋愛も認められている。それは、男の方が多く生まれるためということもあるが、女神の祝福により、男同士でも子を成すことができるからだ。
 男同士が子を迎える場合、必ず結婚し、生涯の愛を誓えることが条件になる。
 この話を聞いた時、ヨランは自分には関係のない話だと思った。もし、結婚を勧められたとして、相手が男でも女でも関係はない。
 誰かと家庭を築くどころか、他人と暮らすことすら想像できなかった。
 結婚に関して、後ろ向きだったことは認める。
 そして、それを変えてくれたのは、ジェレミーだった。

 放課後の指導室。
 サイラスは約束の時間に遅れず来た。
 一通り勉強の話が終わり、雑談ができそうな空気を作ると、ヨランは口を開いた。
「何か聞きたいことはある? 何でもいいよ」
 ヨランが腕を組んで微笑むと、サイラスは大きく目を開ける。元々大きな青い目が、もっと大きくなりこぼれ落ちそうだ。
「あの……、勉強や就職のことでなくてもいいのですか?」
 指導室は個室で二人だけでじっくり話せる空間になっている。そこに恐る恐るといった風に、サイラスの声が響いた。
「もちろん、そのための指導係じゃないか」
 安心させるように優しい声色で話しかけると、サイラスから緊張の色が消えたのが分かる。
 指導は勉学の悩みや就職相談などをするのが一般的だが、とくにこれと決められてはいない。
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