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弐 夢見た朝
弐 夢見た朝【5】
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「…………勘弁してくれよ~。何で俺があんなちんちくりんと夫婦じゃなくちゃいけないんだよ~!! ――あれは兄嫁!」
え、と。
ひどく驚いた顔で、霞月が御影を見る。
「そ、そうなのか……? いや、とても仲が良いから、てっきり……奥方だとばかり……似合いだと思ったのだが」
本気で言っているのがわかるだけに、御影はどっと疲れた。由良とお似合いだと言うのだけは、やめてほしい。
「……霞月、頼むからやめてくれ」
「そ、そうか……済まない。そなたは、理想が高いのだな。私は……私にも、あのくらいの愛らしさと賢さがあったなら、誰かに愛されただろうかと思って……少し、うらやましかったのだ……済まない……」
「いや、済まないっておまえ……」
愛らしさはともかく、由良のどこら辺が賢いのか、どう考えても理解できない御影だ。
「……? どうした?」
「……いや、いいや。でもおまえ、由良なんかよりずっといい女なんだから、うらやましがることないだろ」
霞月はおかしそうに笑った。
「私に世辞を言っても、何も出ぬよ。世辞など言わなくとも……私で良いなら、そなたの好きにして良い。そなたは、子らに食べさせてくれたのだから。……私は……」
霞月はじっと子供たちを見て、ふいに、涙をこぼした。
「……子らがあのように笑うのを、ずっと見ていなかった。私では……どうしても、どうやっても、子らに必要なだけの食べ物を、与えてやれなかった……。私では、あの子らを幸せにしてやれぬ」
死ぬ思いをしてかき集めても、何食分にもならなくて。
自分の分まで与えても、足りなくて。
精一杯だった。
「……霞月……」
霞月は泣き濡れた目で御影を見ると、迷うように、その胸に手を伸ばした。
御影が黙ってその手を取ると、霞月は御影に取りすがり、泣いた。
彼女がどれだけ張り詰めていたか。
震える細い肩で、誰の手も頼れず、弱音の一つも吐かず、子らを守ってきたのか。
もういいと、静かに抱き締めると、霞月の震えが一際大きくなった。
今までつらかった分を、埋め合わせるように。
やがて震えと嗚咽が収まると、霞月がふいに、つぶやいた。
「…………ても、良い……」
「霞月?」
「……御影……、子らを世話してくれないだろうか……。あの子らが、独り立ちできるまでで良いのだ。どうか……もしも聞き入れてくれるなら、私も、そなたの願いを聞こう。望みの祈祷……私が、請け負うよ」
御影は大きく目を見開いて、霞月を見た。
本当かと問う御影に、霞月はひどく悲しく笑い、頷いた。
「頼まれてくれるか……?」
もちろんだと、御影が頷く。
「だけど、世話は今まで通りおまえがしろよ。あいつらだって、その方がいいだろ? 生活に必要なものは、世話してやるからさ」
「……そうできたら、良かったな……」
そう言って笑う霞月の表情に、深い諦めがあって。
「……霞月……?」
霞月は甘えるように御影の胸に額をもたせると、目を閉じた。
「できないのだ、――できないのだよ、御影。儀式には、贄が必要だと言っただろう?」
「……」
「私は死ぬよ。約束だ、御影。子らを――幸せにしてやってくれ……」
それは、なぜ気付かなかったか不思議なくらい――
だから、『請け負う神官がいない』と呪羅は答えたのか。
死の間際まで追い詰めても、動かなかったのか。
死と死の、同じものの選択でしか、なかったから――?
「それから、御影――私一人では、一つの地を守るがやっとだ。多くの地を守るなら、どうか、贄はその土地から出してくれ。呪羅の者は多かれ少なかれ、周辺部族を憎悪している。贄を呪羅から出せば、神は祟りにしかなるまい。儀式は私がまとめてしてやれるが、立った神が地を守るか祟るかは、贄次第――だから――願わくば、私はそなたの住まう地を、守りたい 。死は一瞬だが、神に立てば未来永劫、地に縛られる。知る者のない、見知らぬ地に縛られるのは、私も恐いのだ……許してくれ……」
いったい、何を言えただろう。
未来永劫……。
神が死なないことくらい、想像に難くない。
神に立つ。
それは『死ねない』ということなのか。
未来永劫、逃れられない定めに甘んじると――?
霞月の言葉を、涙を、御影はついに理解した。
望まぬ神に立てられて、祟らないはずがない。
神自身が、苦しまないはずがない。
どこまで追い詰めても、彼らが請け負わなかったはずなのだ。
それは文字通り『死んだ方がまし』な選択だったのだから――
何も言わない御影に文句を言うでもなく、霞月はただ、その腕の中で微笑んでいた。
「どうしてかな、そなたの腕の中は、安心する――」
身の程知らずだなと笑い、そなたは私のものではないのにと、霞月は嘆息するように息を吐いた。
「約定、たがうことあらば祟るからな。覚悟しておくのだぞ」
最後にそう告げて、挑むように微笑んで、離れようとした霞月を、御影は固く抱き締めた。
「……み……かげ……加減してくれ、苦しい……」
「苦しめばいい」
「……そ……」
くと、苦しげに呻く霞月を抱く腕に、御影はさらに力を込めた。
「……あっ……」
霞月が苦しがり、泣くにいたるまで、御影は腕を緩めなかった。やっと解放したかと思うと、次には乱暴に押し倒し、口付けた。
「……そ……なた…………」
気付かれたくなかったからか。
けれど、肩で息をしながらも、霞月は御影の頬へと手を伸ばした。
「……私のために、泣いてくれるのか……?」
その手を、御影がそこに届く前に止める。
「気のせいだ」
「……そうか……」
え、と。
ひどく驚いた顔で、霞月が御影を見る。
「そ、そうなのか……? いや、とても仲が良いから、てっきり……奥方だとばかり……似合いだと思ったのだが」
本気で言っているのがわかるだけに、御影はどっと疲れた。由良とお似合いだと言うのだけは、やめてほしい。
「……霞月、頼むからやめてくれ」
「そ、そうか……済まない。そなたは、理想が高いのだな。私は……私にも、あのくらいの愛らしさと賢さがあったなら、誰かに愛されただろうかと思って……少し、うらやましかったのだ……済まない……」
「いや、済まないっておまえ……」
愛らしさはともかく、由良のどこら辺が賢いのか、どう考えても理解できない御影だ。
「……? どうした?」
「……いや、いいや。でもおまえ、由良なんかよりずっといい女なんだから、うらやましがることないだろ」
霞月はおかしそうに笑った。
「私に世辞を言っても、何も出ぬよ。世辞など言わなくとも……私で良いなら、そなたの好きにして良い。そなたは、子らに食べさせてくれたのだから。……私は……」
霞月はじっと子供たちを見て、ふいに、涙をこぼした。
「……子らがあのように笑うのを、ずっと見ていなかった。私では……どうしても、どうやっても、子らに必要なだけの食べ物を、与えてやれなかった……。私では、あの子らを幸せにしてやれぬ」
死ぬ思いをしてかき集めても、何食分にもならなくて。
自分の分まで与えても、足りなくて。
精一杯だった。
「……霞月……」
霞月は泣き濡れた目で御影を見ると、迷うように、その胸に手を伸ばした。
御影が黙ってその手を取ると、霞月は御影に取りすがり、泣いた。
彼女がどれだけ張り詰めていたか。
震える細い肩で、誰の手も頼れず、弱音の一つも吐かず、子らを守ってきたのか。
もういいと、静かに抱き締めると、霞月の震えが一際大きくなった。
今までつらかった分を、埋め合わせるように。
やがて震えと嗚咽が収まると、霞月がふいに、つぶやいた。
「…………ても、良い……」
「霞月?」
「……御影……、子らを世話してくれないだろうか……。あの子らが、独り立ちできるまでで良いのだ。どうか……もしも聞き入れてくれるなら、私も、そなたの願いを聞こう。望みの祈祷……私が、請け負うよ」
御影は大きく目を見開いて、霞月を見た。
本当かと問う御影に、霞月はひどく悲しく笑い、頷いた。
「頼まれてくれるか……?」
もちろんだと、御影が頷く。
「だけど、世話は今まで通りおまえがしろよ。あいつらだって、その方がいいだろ? 生活に必要なものは、世話してやるからさ」
「……そうできたら、良かったな……」
そう言って笑う霞月の表情に、深い諦めがあって。
「……霞月……?」
霞月は甘えるように御影の胸に額をもたせると、目を閉じた。
「できないのだ、――できないのだよ、御影。儀式には、贄が必要だと言っただろう?」
「……」
「私は死ぬよ。約束だ、御影。子らを――幸せにしてやってくれ……」
それは、なぜ気付かなかったか不思議なくらい――
だから、『請け負う神官がいない』と呪羅は答えたのか。
死の間際まで追い詰めても、動かなかったのか。
死と死の、同じものの選択でしか、なかったから――?
「それから、御影――私一人では、一つの地を守るがやっとだ。多くの地を守るなら、どうか、贄はその土地から出してくれ。呪羅の者は多かれ少なかれ、周辺部族を憎悪している。贄を呪羅から出せば、神は祟りにしかなるまい。儀式は私がまとめてしてやれるが、立った神が地を守るか祟るかは、贄次第――だから――願わくば、私はそなたの住まう地を、守りたい 。死は一瞬だが、神に立てば未来永劫、地に縛られる。知る者のない、見知らぬ地に縛られるのは、私も恐いのだ……許してくれ……」
いったい、何を言えただろう。
未来永劫……。
神が死なないことくらい、想像に難くない。
神に立つ。
それは『死ねない』ということなのか。
未来永劫、逃れられない定めに甘んじると――?
霞月の言葉を、涙を、御影はついに理解した。
望まぬ神に立てられて、祟らないはずがない。
神自身が、苦しまないはずがない。
どこまで追い詰めても、彼らが請け負わなかったはずなのだ。
それは文字通り『死んだ方がまし』な選択だったのだから――
何も言わない御影に文句を言うでもなく、霞月はただ、その腕の中で微笑んでいた。
「どうしてかな、そなたの腕の中は、安心する――」
身の程知らずだなと笑い、そなたは私のものではないのにと、霞月は嘆息するように息を吐いた。
「約定、たがうことあらば祟るからな。覚悟しておくのだぞ」
最後にそう告げて、挑むように微笑んで、離れようとした霞月を、御影は固く抱き締めた。
「……み……かげ……加減してくれ、苦しい……」
「苦しめばいい」
「……そ……」
くと、苦しげに呻く霞月を抱く腕に、御影はさらに力を込めた。
「……あっ……」
霞月が苦しがり、泣くにいたるまで、御影は腕を緩めなかった。やっと解放したかと思うと、次には乱暴に押し倒し、口付けた。
「……そ……なた…………」
気付かれたくなかったからか。
けれど、肩で息をしながらも、霞月は御影の頬へと手を伸ばした。
「……私のために、泣いてくれるのか……?」
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「気のせいだ」
「……そうか……」
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