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参 失われた契約
参 失われた契約【12】
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「……御影……?」
馬のいななきに、自然にこぼれる笑みを、はやる気持ちを抑えられずに、霞月は表に出た。
御影もすぐに彼女を見つけて、笑って手を差し伸べた。
ほとんど挨拶代わりに、御影が霞月を抱き締める。
その腕の中で、霞月は少しの痛みと、苦しいほどの切なさに酔いながら、目を閉じた。一人でいた間の寂しさ、痛み、つらさ――
全て満たされて、埋められていく。
昔、この腕なしでどうしてそれらを処理していたのか、今の霞月には、わからなかった。
「来てくれたのだな。……会いたかった」
「来るさ、何度でも。おまえがここにいるんだから」
霞月はぱっと頬を染め、それでも、御影の傍を離れがたいようで、はにかんだ笑みを浮かべて御影を見ていた。
わずか、御影に甘えているようでもあった。
もっとも、甘えるといっても霞月の場合、何をするわけでも、何を願うわけでもない。
ただ、やっと会えたと、もう少しだけ、可愛がってもらえないかと、遠慮がちに待っているのだった。
目がそっと御影をうかがっている。
ふと、何かに気付いた様子で、霞月が少し離れた場所で馬をつないでいる、連れらしき由良に目をとめた。
「今日は、由良様も一緒なのだね。……公用で?」
すぐに行ってしまうのだねと、霞月が幾分肩を落として御影に尋ねた。
「いや、泊まっていくよ。由良はさ――」
御影は真っ直ぐ霞月の瞳を見ると、真剣な様子で告げた。
「おまえ、俺に話せないこと、あるだろ」
霞月は息を呑んだ。
「どうして、わかるのだ……」
そりゃなと、御影が続ける。
「由良なんかじゃ何の役にも立たないかもしれないけど、話せるだけでも違うだろ。同い年くらいの女、知り合いにいないみたいだからさ」
……。
霞月はこくりと頷いた。
いない。
正確には、いなくなってしまった。
仲のよい娘も昔はいたのだけれど、皆、戦で死ぬか、連れ去られるか、身を隠してしまって姿が見えなくなっていた。
「――ありがとう」
霞月は少し恐縮しながら礼を述べた後、ふと、口元に手をやった。
「……霞月?」
「御影、あの……今夜は、由良様と一緒にすれば良いのか? それとも、前回のように智と直を預ければ良いのか?」
寝られるような部屋は、この家には二部屋しかないのだ。
「はあ!? 馬鹿言うなよ、由良はガキたちと一緒。俺がおまえと一緒。言っとくけど、由良がいるからって関係ないからな。――抱くぞ」
「……えっ――」
驚きのあまり、二の句の継げない霞月の腕を、ややきつめに御影がつかんだ。
「――いやか」
霞月はとっさに答えられなかった。
けれど、いやだとは、思えていなかったから。
「…………いや、構わない……。待っていたから……。――愚かだな、私は」
自嘲するように答える霞月を、御影が何も言わずに引き寄せて、その胸にかき抱いた。
「愚かじゃない、普通だろ。俺だって、会いたかったんだから――」
馬のいななきに、自然にこぼれる笑みを、はやる気持ちを抑えられずに、霞月は表に出た。
御影もすぐに彼女を見つけて、笑って手を差し伸べた。
ほとんど挨拶代わりに、御影が霞月を抱き締める。
その腕の中で、霞月は少しの痛みと、苦しいほどの切なさに酔いながら、目を閉じた。一人でいた間の寂しさ、痛み、つらさ――
全て満たされて、埋められていく。
昔、この腕なしでどうしてそれらを処理していたのか、今の霞月には、わからなかった。
「来てくれたのだな。……会いたかった」
「来るさ、何度でも。おまえがここにいるんだから」
霞月はぱっと頬を染め、それでも、御影の傍を離れがたいようで、はにかんだ笑みを浮かべて御影を見ていた。
わずか、御影に甘えているようでもあった。
もっとも、甘えるといっても霞月の場合、何をするわけでも、何を願うわけでもない。
ただ、やっと会えたと、もう少しだけ、可愛がってもらえないかと、遠慮がちに待っているのだった。
目がそっと御影をうかがっている。
ふと、何かに気付いた様子で、霞月が少し離れた場所で馬をつないでいる、連れらしき由良に目をとめた。
「今日は、由良様も一緒なのだね。……公用で?」
すぐに行ってしまうのだねと、霞月が幾分肩を落として御影に尋ねた。
「いや、泊まっていくよ。由良はさ――」
御影は真っ直ぐ霞月の瞳を見ると、真剣な様子で告げた。
「おまえ、俺に話せないこと、あるだろ」
霞月は息を呑んだ。
「どうして、わかるのだ……」
そりゃなと、御影が続ける。
「由良なんかじゃ何の役にも立たないかもしれないけど、話せるだけでも違うだろ。同い年くらいの女、知り合いにいないみたいだからさ」
……。
霞月はこくりと頷いた。
いない。
正確には、いなくなってしまった。
仲のよい娘も昔はいたのだけれど、皆、戦で死ぬか、連れ去られるか、身を隠してしまって姿が見えなくなっていた。
「――ありがとう」
霞月は少し恐縮しながら礼を述べた後、ふと、口元に手をやった。
「……霞月?」
「御影、あの……今夜は、由良様と一緒にすれば良いのか? それとも、前回のように智と直を預ければ良いのか?」
寝られるような部屋は、この家には二部屋しかないのだ。
「はあ!? 馬鹿言うなよ、由良はガキたちと一緒。俺がおまえと一緒。言っとくけど、由良がいるからって関係ないからな。――抱くぞ」
「……えっ――」
驚きのあまり、二の句の継げない霞月の腕を、ややきつめに御影がつかんだ。
「――いやか」
霞月はとっさに答えられなかった。
けれど、いやだとは、思えていなかったから。
「…………いや、構わない……。待っていたから……。――愚かだな、私は」
自嘲するように答える霞月を、御影が何も言わずに引き寄せて、その胸にかき抱いた。
「愚かじゃない、普通だろ。俺だって、会いたかったんだから――」
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