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第一章 ライゼール領
1-3c. 夜会 【シンデレラの夜】
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「ゼルダ様……!」
アデリシアさえ、息を呑んでゼルダの礼装をつかんだ。
「あちら、お兄様です……!? 麗しい方、ヴァン・ガーディナ王子みたい――」
「は?」
みたいもなにも、その人だ。
麗容ならば、ゼルダも兄皇子に決して遜色はしない。けれど、ヴァン・ガーディナの雪白の髪の美しさは人目を引く上に印象的で、十七歳のヴァン・ガーディナは、ゼルダより頭半分ほど背が高い。兄皇子と並ぶと、さすがに、ゼルダの風貌さえ霞んでしまうのだった。
「兄上、今宵は何の趣向ですか。パートナーは?」
「ちょっと、気が向いてね。パートナーなんて、会場で探すよ。そちら、アデリシアーナ侯爵令嬢かな?」
乙女の夢そのものの笑顔を見せたヴァン・ガーディナが、すっと、アデリシアに手を差し伸べた。
「可愛らしいお姫様、私と一曲いかが?」
ヴァン・ガーディナの流し目の色香たるや、ゼルダのそれを遥かに凌ぐ魅力で、アデリシアなんて瞬く間に陥落した。頬を上気させてヴァン・ガーディナを見詰めるアデリシアの瞳は、もはや、完璧に恋する少女のものだ。
「まぁ! はい、もちろんです。あの、私などで、よろしければ……!」
ほらねと、爽やかな笑顔をヴァン・ガーディナがゼルダに向ける。ほらねじゃない。
「兄上、私の正妃に手を出したら承知しませんよ!」
アデリシアの髪の一筋を取って、ヴァン・ガーディナが唇を寄せた。アデリシアはもう眩暈がしそうで、『ゼルダ様が、アデリに手を出したら承知しないって!』とか『素敵すぎるお兄様に、アデリ、キスされちゃいました!』とか、嬉しいやら困るやら興奮するやら、両手で顔を覆ってキャーキャーやっている。
「ゼルダ、その言い方じゃ手を出したくなるだろう。承知しないおまえってどんなか、是非、堪能したいよ、何のご褒美だ? 控えなさい」
「~…!」
何ですかその理屈、ふざけないで下さいとか、ド畜生、悪魔の申し子の分際で私の妖精にとか、浴びせたい罵声は多々あれど、ゼルダはぐっと堪えて微笑んで見せた。
けれど、大切に守っている無邪気なアデリシアの貴重なファースト・キスとか奪ったら、ただでは置くものか。
ゼルダの怒り心頭な視線に気付いてか、ヴァン・ガーディナはお得意の麗しい微笑みで返すと、絶対にわざと、アデリシアを胸に抱き寄せた。アデリシアは大喜びで、嫌がりもしない。巧みな踊り手であり、麗容も装いも華やかな第四皇子と侯爵令嬢が踊るというので、すぐに人だかりが出来た。これだけ人目があったら、逆に、手は出せないか。
ゼルダは腰に手を当てて頬を膨らませ、ひとつ嘆息すると、兄皇子に負けないはずの麗笑を見せて、シルフィスを振り向いた。
「ねぇ、シルフィス、私達も踊らない? 私と踊って欲しいな」
アデリシアほど人懐こくないシルフィスは、人見知りして、ゼルダの背に隠れるようにしていた。ヴァン・ガーディナの麗容にも、それだけで心奪われた様子はなかった。ほっとして、より一層、シルフィスが愛しくなるゼルダだ。はにかみやのシルフィスが、彼だけに心許しているのも嬉しい。
「……ごめんなさい、私、踊り方がわかりません……」
澄んだ琥珀の瞳を翳らせて、シルフィスは顔をうつむかせた。
シルフィスも楚々とした風情の可憐さで、アデリシアに遜色しない魅力の持ち主だ。けれど、誰一人、シルフィスを誘う者はない。ゼルダの御手付きで、貴族どころか先の皇妃暗殺のレダス――
シルフィスを誘うには、駆け落ちと、末路には死の覚悟が必要なのだ。
そのため、憧れの目でシルフィスを眺める者は多かったけれど、彼女に声をかける者はいなかった。
シルフィスはそれを、彼女に魅力がないためと誤解しているのだろう。シルフィスは一途だ、アデリシアを羨ましがる様子はなかったものの、彼女ではゼルダと釣り合わないと気にしているようだった。なんという可愛げだろうか、超グっとくる。
「シルフィス、大丈夫だよ。私が教えるように動いてみて? シルフィスは綺麗だもの、誰も私達を笑わないよ。皆、私達を羨ましがるから、ね? 私を信じて」
言うや、ゼルダは不意打ちでシルフィスに優しいキスをして驚かせた。アデリシアには内緒と口許に指を立てる。
大広間の隅で軽く手解きすると、ゼルダはシルフィスを引っ張って舞台に踊り上がった。
「シルフィス、私以外の誰も、君の瞳に映さないで欲しいな。私だけのために踊ってね?」
【挿絵】N人様
途惑うシルフィスを上手にリードして、舞わせたり、そこ駆け抜けるからついて来てと誘ったり。そのうち、緊張して硬かったシルフィスの表情もほぐれ、笑顔が零れはじめた。彼に振り回されて笑っている。すごく可愛い。
流れていた曲が終わると、シルフィスは息を弾ませながら、ゼルダに笑いかけた。
「あ、はぁっ、疲れました。でも、ゼルダ様、楽しかったです、嬉しい……」
ゼルダに振り回されるのが、踊るのがこんなに楽しいと思わなくて、シルフィスはつないだ手を離すのが、寂しかった。
「シルフィス、とっても可愛かった!」
ゼルダにきゅっと抱き締められて、シルフィスは小さな悲鳴を上げた後、はにかみながら、笑顔を零した。
シルフィスにとって、こんなに甘くて楽しい時間は生まれて初めてだった。
ゼルダが大好きで、幸せな気持ちと愛しさに満たされて――
優しい人々が集う場所だと信じていた神殿よりも、ゼルダの後宮がずっと、優しさと思いやりに満ちて、居心地が好かった。
ゼルダもアデリシアも侍女達も、誰一人としてシルフィスを疎外しない。
シルフィスのお菓子を美味しいと食べてくれるし、怪我をしたアデリシアに癒術をかけたら、アデリシアは天使でも見つけたかの瞳でシルフィスを見て、無邪気に笑いかけてくれた。
最近はもう、アデリシアは毎日のように、シルフィスのおやつを食べることに決めているらしく、三時になるとナイフとフォークで菓子皿をチンチン鳴らし出す。神殿の子供達みたいで可愛い。
アデリシアが髪に飾ってくれた白百合の花も綺麗で、シルフィスにはどう結っているのか全然わからない魔法のような手際と結い方で、夜会に足を踏み入れてもおかしくない髪型にしてくれた。
ゼルダの傍で過ごしていると、この世には優しい人しかいないような気がしてくるのだ。
神殿にいた頃の悲しい出来事が、悪い夢を見ていたよう――
そのアデリシアが、満面の笑顔で、二人に抱きつくように飛び込んできた。
アデリシアさえ、息を呑んでゼルダの礼装をつかんだ。
「あちら、お兄様です……!? 麗しい方、ヴァン・ガーディナ王子みたい――」
「は?」
みたいもなにも、その人だ。
麗容ならば、ゼルダも兄皇子に決して遜色はしない。けれど、ヴァン・ガーディナの雪白の髪の美しさは人目を引く上に印象的で、十七歳のヴァン・ガーディナは、ゼルダより頭半分ほど背が高い。兄皇子と並ぶと、さすがに、ゼルダの風貌さえ霞んでしまうのだった。
「兄上、今宵は何の趣向ですか。パートナーは?」
「ちょっと、気が向いてね。パートナーなんて、会場で探すよ。そちら、アデリシアーナ侯爵令嬢かな?」
乙女の夢そのものの笑顔を見せたヴァン・ガーディナが、すっと、アデリシアに手を差し伸べた。
「可愛らしいお姫様、私と一曲いかが?」
ヴァン・ガーディナの流し目の色香たるや、ゼルダのそれを遥かに凌ぐ魅力で、アデリシアなんて瞬く間に陥落した。頬を上気させてヴァン・ガーディナを見詰めるアデリシアの瞳は、もはや、完璧に恋する少女のものだ。
「まぁ! はい、もちろんです。あの、私などで、よろしければ……!」
ほらねと、爽やかな笑顔をヴァン・ガーディナがゼルダに向ける。ほらねじゃない。
「兄上、私の正妃に手を出したら承知しませんよ!」
アデリシアの髪の一筋を取って、ヴァン・ガーディナが唇を寄せた。アデリシアはもう眩暈がしそうで、『ゼルダ様が、アデリに手を出したら承知しないって!』とか『素敵すぎるお兄様に、アデリ、キスされちゃいました!』とか、嬉しいやら困るやら興奮するやら、両手で顔を覆ってキャーキャーやっている。
「ゼルダ、その言い方じゃ手を出したくなるだろう。承知しないおまえってどんなか、是非、堪能したいよ、何のご褒美だ? 控えなさい」
「~…!」
何ですかその理屈、ふざけないで下さいとか、ド畜生、悪魔の申し子の分際で私の妖精にとか、浴びせたい罵声は多々あれど、ゼルダはぐっと堪えて微笑んで見せた。
けれど、大切に守っている無邪気なアデリシアの貴重なファースト・キスとか奪ったら、ただでは置くものか。
ゼルダの怒り心頭な視線に気付いてか、ヴァン・ガーディナはお得意の麗しい微笑みで返すと、絶対にわざと、アデリシアを胸に抱き寄せた。アデリシアは大喜びで、嫌がりもしない。巧みな踊り手であり、麗容も装いも華やかな第四皇子と侯爵令嬢が踊るというので、すぐに人だかりが出来た。これだけ人目があったら、逆に、手は出せないか。
ゼルダは腰に手を当てて頬を膨らませ、ひとつ嘆息すると、兄皇子に負けないはずの麗笑を見せて、シルフィスを振り向いた。
「ねぇ、シルフィス、私達も踊らない? 私と踊って欲しいな」
アデリシアほど人懐こくないシルフィスは、人見知りして、ゼルダの背に隠れるようにしていた。ヴァン・ガーディナの麗容にも、それだけで心奪われた様子はなかった。ほっとして、より一層、シルフィスが愛しくなるゼルダだ。はにかみやのシルフィスが、彼だけに心許しているのも嬉しい。
「……ごめんなさい、私、踊り方がわかりません……」
澄んだ琥珀の瞳を翳らせて、シルフィスは顔をうつむかせた。
シルフィスも楚々とした風情の可憐さで、アデリシアに遜色しない魅力の持ち主だ。けれど、誰一人、シルフィスを誘う者はない。ゼルダの御手付きで、貴族どころか先の皇妃暗殺のレダス――
シルフィスを誘うには、駆け落ちと、末路には死の覚悟が必要なのだ。
そのため、憧れの目でシルフィスを眺める者は多かったけれど、彼女に声をかける者はいなかった。
シルフィスはそれを、彼女に魅力がないためと誤解しているのだろう。シルフィスは一途だ、アデリシアを羨ましがる様子はなかったものの、彼女ではゼルダと釣り合わないと気にしているようだった。なんという可愛げだろうか、超グっとくる。
「シルフィス、大丈夫だよ。私が教えるように動いてみて? シルフィスは綺麗だもの、誰も私達を笑わないよ。皆、私達を羨ましがるから、ね? 私を信じて」
言うや、ゼルダは不意打ちでシルフィスに優しいキスをして驚かせた。アデリシアには内緒と口許に指を立てる。
大広間の隅で軽く手解きすると、ゼルダはシルフィスを引っ張って舞台に踊り上がった。
「シルフィス、私以外の誰も、君の瞳に映さないで欲しいな。私だけのために踊ってね?」
【挿絵】N人様
途惑うシルフィスを上手にリードして、舞わせたり、そこ駆け抜けるからついて来てと誘ったり。そのうち、緊張して硬かったシルフィスの表情もほぐれ、笑顔が零れはじめた。彼に振り回されて笑っている。すごく可愛い。
流れていた曲が終わると、シルフィスは息を弾ませながら、ゼルダに笑いかけた。
「あ、はぁっ、疲れました。でも、ゼルダ様、楽しかったです、嬉しい……」
ゼルダに振り回されるのが、踊るのがこんなに楽しいと思わなくて、シルフィスはつないだ手を離すのが、寂しかった。
「シルフィス、とっても可愛かった!」
ゼルダにきゅっと抱き締められて、シルフィスは小さな悲鳴を上げた後、はにかみながら、笑顔を零した。
シルフィスにとって、こんなに甘くて楽しい時間は生まれて初めてだった。
ゼルダが大好きで、幸せな気持ちと愛しさに満たされて――
優しい人々が集う場所だと信じていた神殿よりも、ゼルダの後宮がずっと、優しさと思いやりに満ちて、居心地が好かった。
ゼルダもアデリシアも侍女達も、誰一人としてシルフィスを疎外しない。
シルフィスのお菓子を美味しいと食べてくれるし、怪我をしたアデリシアに癒術をかけたら、アデリシアは天使でも見つけたかの瞳でシルフィスを見て、無邪気に笑いかけてくれた。
最近はもう、アデリシアは毎日のように、シルフィスのおやつを食べることに決めているらしく、三時になるとナイフとフォークで菓子皿をチンチン鳴らし出す。神殿の子供達みたいで可愛い。
アデリシアが髪に飾ってくれた白百合の花も綺麗で、シルフィスにはどう結っているのか全然わからない魔法のような手際と結い方で、夜会に足を踏み入れてもおかしくない髪型にしてくれた。
ゼルダの傍で過ごしていると、この世には優しい人しかいないような気がしてくるのだ。
神殿にいた頃の悲しい出来事が、悪い夢を見ていたよう――
そのアデリシアが、満面の笑顔で、二人に抱きつくように飛び込んできた。
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